用語集
会津若松城石垣
会津若松城石垣(あいづわかまつじょういしがき)とは、福島県会津若松市にある会津若松城(別名:鶴ヶ城、若松城)の本丸・二の丸・三の丸を取り囲む石積み構造の城郭石垣を指す。会津若松城は1384年に蘆名直盛が築城した「黒川城」を起源とし、その後蒲生氏郷による大規模改修(1592年)、加藤明成による天守再建(1639年)、保科正之以降の松平氏統治期(1643年〜1868年)を経て、戊辰戦争・会津戦争(1868年)で激しい攻防戦の舞台となった歴史的城郭である。明治政府の廃城令(1873年)により天守は解体されたが、本丸・二の丸の石垣は江戸時代の構築のまま保存されており、1934年に国の史跡に指定された。1965年に天守が外観復元され、2011年には屋根瓦の修復工事により創建当初の赤瓦に葺き替えられ、現在は鶴ヶ城公園として福島県を代表する観光地となっている。石垣の構築技法は、(1)打込みハギ(自然石を割って表面を整形し、隙間に間詰石を詰める技法)、(2)切込みハギ(石の表面を平らに加工して隙間なく組み上げる技法)、(3)野面積み(自然石を加工せず積み上げる古い技法)など、構築時期によって複数の技法が混在する。長い年月の風化・地震・凍結融解・植物の根の浸入・地下水の影響などにより、石垣にはらみ・崩落・植生侵入などの劣化が進行し、定期的な修復工事が必要となる。城郭石垣の修復は、文化庁の文化財保護法に基づき、国・県・市の文化財保護担当者と石工技術者・専門コンサルタントの協議の下で、(A)石材の番付・取り外し、(B)裏込め石・栗石の補修、(C)排水処理・地下水対策、(D)石材の再積み、(E)伝統的工具・技法の継承と教育、などの極めて慎重な手順で実施される。マンション・ビル大規模修繕とは異なるが、文化財・城郭・寺社の修復工事は地域の歴史的アイデンティティと観光資源を守る重要な社会的使命を持ち、明誠グループは地域の建設業界との連携を通じてJCSA(一般社団法人全国建設業支援協会)の活動の一環として伝統建築の保全に関する情報共有・人材育成を支援している。

