遮熱塗料はマンション大規模修繕の“投資”になるか——2026年の酷暑局面で、屋上・屋根塗装が電気代と資産価値に効く理由と、ロープアクセス工法でコストを抑える実務【2026年7月】
理事長さまから先週いただいた質問が、そのまま今日のテーマです。「テレビで遮熱塗料というのをやっていた。うちの大規模修繕でも使えるのか。使うと得なのか」。
正直に申し上げます。この質問は、答え方をひとつ間違えると、管理組合の予算を10万円単位で無駄にも、逆に生かしもします。だからこそ、今日は数字と現場の実感の両方で、できるだけ誠実にお答えしたいと思います。
きっかけは、2026年7月に放送されたテレビ番組で、大手塗料メーカーの屋根用遮熱塗料が紹介されたことでした(出典:日本ペイントホールディングス ニュース)。一般の視聴者にまで「遮熱」という言葉が届いたのは、良いことだと思っています。ただ、テレビはメリットを短く伝えるのが仕事です。マンションの大規模修繕という、10年に一度・数千万円の意思決定に当てはめるには、もう少し補助線が要ります。
私はこれを、屋上防水と外壁塗装の計画と必ずワンセットで考えるようにしています。ここからが本題です。
1. なぜ今、遮熱塗料が話題になっているのか
背景には、単純ですが避けられない事実があります。夏が、年々暑くなっているということです。
気象各社の2026年夏の見通しでは、「ダブル高気圧」の影響で7月下旬から8月上旬が暑さのピークとなり、最高気温40℃以上の「酷暑日」が全国で延べ7〜14地点にのぼると予想されています(出典:ウェザーニュース 猛暑見解2026、日本気象協会 tenki.jp 3か月予報)。気象庁の暖候期予報でも、全国的に平年より気温が高い見込みとされています(出典:気象庁 季節予報解説資料)。
この暑さが、マンションの最上階や、鉄骨造の商業ビル・ホテルの屋根に直撃します。屋上のコンクリートやスレート屋根は、真夏の日中に表面温度が60〜80℃まで上がることも珍しくありません。その熱が、じわじわと最上階の室内に伝わります。
私が現場で20年やってきて、夏場の最上階の理事さんから必ず聞くのが「エアコンが効かない」という声です。遮熱塗料は、この「屋根から入ってくる熱」を減らすための塗料です。番組をきっかけに問い合わせが増えているのは、暑さという体感が、そのまま関心につながっているからだと思います。
2. 遮熱塗料とは何か——「反射」で熱を防ぐ仕組み
まず言葉の整理からです。遮熱塗料(しゃねつとりょう)とは、太陽光、とくに熱を持つ近赤外線を通常の塗料より多く反射することで、塗った面の温度上昇を抑える塗料のことです。素人向けに言えば、「屋根に白っぽい鏡を薄く敷いて、太陽の熱を跳ね返す」イメージが近いです。
よく混同される「断熱塗料」とは別物です。断熱は熱を“伝えにくくする”、遮熱は熱を“反射して入れない”。仕組みが違います。この初出の区別を曖昧にしたまま契約すると、期待と結果がずれます。私は必ず、ここを最初にご説明します。
JIS K 5675という公的なものさし
遮熱塗料の性能には、公的な規格があります。屋根用については日本産業規格の「JIS K 5675 屋根用高日射反射率塗料」が定められており、平成23年(2011年)7月20日に公示されました(出典:日本建築仕上材工業会/建材試験センター 規格基準紹介、日本塗料工業会 高日射反射率塗料)。
なぜ規格の話をするかというと、「遮熱」とうたっていても、日射反射率がどの水準にあるかは製品ごとに差があるからです。管理組合として発注するなら、カタログの雰囲気ではなく、JIS K 5675に適合しているか、日射反射率の数値はいくつかを、見積書と一緒に確認してください。私はこれを、施工会社の誠実さを測る最初のリトマス試験紙だと思っています。
表面温度と室内温度は、どのくらい下がるのか
効果の目安として、メーカーが公表している実験値を紹介します。大手メーカーの屋根用遮熱塗料では、屋根表面で約20℃、室内で約4℃の温度低下という実験結果が示されています(出典:日本ペイント サーモアイ シリーズ 製品ページ)。
ここで、正直にお伝えしておきたいことがあります。これはあくまでメーカーの実験条件下の数値であり、実際のマンションで同じ数字が出ると約束するものではありません。屋根の形状、色、断熱材の有無、方位、周辺の日当たりで結果は変わります。「必ず4℃下がります」と言い切る営業がいたら、その場では契約しないでください。私自身、現場では「条件が良ければ体感が変わる範囲」という言い方しかしません。
3. なぜ「大規模修繕のタイミング」が投資判断の分かれ目なのか
ここが、今日いちばんお伝えしたい実務です。
遮熱塗料を単体で塗るために足場を組むと、費用対効果はまず合いません。塗料そのものより、足場の設置・解体の費用のほうが大きくなりがちだからです。逆に言えば、どうせ塗装をやり直す大規模修繕のタイミングでなら、遮熱塗料の“上乗せコスト”は塗料のグレード差だけで済みます。ここに、投資判断の分かれ目があります。
塗装は12〜15年周期の「主役の工種」
マンションの大規模修繕は、国土交通省の「長期修繕計画作成ガイドライン」(令和6年6月改定)で、修繕周期の目安が部材や仕様により異なるものの一般的に12〜15年程度と示されています(出典:国土交通省 長期修繕計画作成ガイドライン)。実態調査でも、平均的な修繕周期は13年前後が最多です。
この12〜15年ごとの工事で、外壁塗装・屋上防水・屋根塗装は必ず主役級の工種になります。つまり、どのマンションもいずれ「屋根や屋上をもう一度塗る」タイミングが来ます。そのときに、標準塗料にするか遮熱塗料にするか。この一択の差が、次の10年以上の夏の快適性と電気代を左右します。
上乗せ額は「塗料のグレード差」だけ
私が理事会でよくお見せするのは、単純な比較です。足場や下地補修、養生といった費用は、標準塗料でも遮熱塗料でも大きくは変わりません。差が出るのは塗料の材料費と、色数・工程の違いくらいです。
だからこそ、私は「遮熱にするかどうかは、大規模修繕の見積もりが固まる“前”に決めてください」とお伝えしています。工事が始まってから追加すると、足場の再設置が必要になり、割高になってしまうことがあるからです。タイミングを外さない。これが最大のコスト最適化です。大規模修繕の全体設計については、大規模修繕工事のご紹介もあわせてご覧ください。
4. メリットを“戸あたり”で体感する
理事会の説明では、総額よりも「1戸あたりいくら」で語るほうが、圧倒的に伝わります。読者の財布感覚に翻訳する、ということです。
遮熱塗料のメリットは、大きく三つです。
第一に、電気代です。省エネの一般的な目安として、資源エネルギー庁はエアコンの設定温度を1℃調整すると消費電力が約10%変わるとしています(出典:資源エネルギー庁 省エネポータルサイト)。遮熱で最上階の体感温度が下がれば、設定温度を無理なく上げられ、その分が電気代の節約につながります。メーカーの事例では電気使用量を大きく削減できたケースも紹介されていますが、これは条件の良い事例であり、全戸で同じ効果が出るとは限らない点は正直に申し添えます。
第二に、居住性です。とくに最上階と、屋根に接する住戸の夏の快適性が変わります。これは電気代のように数字にはしにくいのですが、居住者満足度、ひいては賃貸オーナーであれば入居率・空室期間に効いてきます。収益物件をお持ちのオーナーさまには、私はここを強調します。「夏に涼しい最上階」は、地味ですが確かな差別化です。
第三に、資産価値です。省エネ性能の高い建物は、これからの不動産評価で少しずつ有利になっていきます。屋根の遮熱化そのものが劇的に価格を押し上げるわけではありませんが、「暑さ対策まで手を入れている建物」という積み重ねが、長期の資産維持に効きます。オーナーの長期収益の視点で見れば、遮熱は“守り”の投資です。
“戸あたり”で考えるとどう見えるか(あくまで一例)
具体的な金額感を、あえて一例としてお示しします。ここから先の数字は建物によって大きく変わる試算であり、見積もりの約束ではないことを、先にお断りしておきます。
たとえば50戸のマンションで、屋根・屋上の塗装を標準塗料ではなく遮熱塗料に切り替える場合、上乗せになるのは主に塗料のグレード差です。仮にその差が総額で数十万円だったとすると、50戸で割れば1戸あたりは数千円から一万円程度、という水準に収まることも珍しくありません。しかもこれは、次の12〜15年を通じて効き続けるコストです。
私が理事会で必ずこの「戸あたり」に翻訳するのは、総額で聞くと身構えてしまう金額も、戸あたり・年あたりに直すと、判断のものさしがまるで変わるからです。逆に言えば、この翻訳をせずに総額だけで否決される遮熱の提案は、少なくないと感じています。もったいない話です。
5. ただし万能ではない——不向きなケースと注意点
ここは、あえてデメリットからお話しします。両方お伝えするのが、私の考える誠実さだからです。
まず、屋根に直射日光がほとんど当たらない建物、たとえば周囲を高い建物に囲まれて日陰になっている低層マンションでは、遮熱の効果は限定的です。反射する太陽光そのものが少ないからです。
次に、すでに屋上に十分な断熱材が入っている建物では、遮熱を足しても体感差が小さいことがあります。遮熱と断熱は役割が違うので、「うちはどちらが効くのか」を診断してから決めるべきです。
さらに、遮熱塗料は汚れが付くと反射率が落ちる性質があります。真っ白い服が汚れると熱を吸うのと同じ理屈です。定期的な点検と、必要に応じた洗浄をセットで考えないと、数年で効果が目減りします。「塗って終わり」ではない、ということです。
最後に、色の制約があります。反射率は明るい色ほど高くなる傾向があるため、濃い色を選ぶと遮熱効果は弱まります。デザイン上の希望と遮熱性能のバランスを、事前にすり合わせておく必要があります。
私はいつも理事長さまに、「遮熱は“効く建物”と“効きにくい建物”がある。だから、まず診断です」とお伝えしています。カタログの数字だけで全戸一律に決めない。これが失敗しないコツです。
6. 屋上・高所こそロープアクセス——足場をかけずに塗る選択肢
ここで、私たちの本業の話を少しだけさせてください。利益相反にならないよう、はっきり「自社の提案」として区切ってお話しします。
屋根や屋上の塗装で悩ましいのは、そこへ「どうやって人と道具を運ぶか」です。従来は建物全体に足場を組みますが、屋上・塔屋・高所の一部だけが対象なら、足場は大がかりで割高になりがちです。
そこで選択肢になるのが、ロープアクセス工法(無足場工法)です。産業用のロープで作業員が高所に直接アクセスし、足場を架けずに塗装や点検を行う工法です。素人向けに言えば、「命綱の技術を使って、足場なしで壁面・屋上まわりを施工する」方法です。足場費を抑えられ、工期も短く、居住者の生活への影響も小さく抑えられます。詳しくはロープアクセス工法のご紹介をご覧ください。
足場とロープの「いいとこ取り」=ハイブリッド工法
とはいえ、ロープアクセスが常に最適とは限りません。外壁の全面改修や、大量の資材を上げ下げする工事では、足場のほうが効率的です。
そこで私が必ずワンセットで提案するのが、ハイブリッド工法です。外壁の広い面は足場、屋上まわりや塔屋、狭い箇所はロープアクセス、というように部位ごとに使い分けて、総コストを最適化します。足場一辺倒でもロープ一辺倒でもなく、建物ごとに最適な組み合わせを設計できる会社は、日本でもまだ多くありません。遮熱塗料のように「屋根・屋上に効くもの」を、余計な足場費をかけずに施工できるかどうか。ここが、総額を大きく左右します。
工法ごとの向き・不向きを、ざっくり整理すると次のとおりです。
| 工法 | 向いている場面 | 費用感 | 居住者への影響 |
|---|---|---|---|
| 足場仮設 | 外壁全面の改修、大量の資材上下 | 足場設置・解体費が大きい | 設置期間中は視界・防犯面で影響 |
| ロープアクセス(無足場) | 屋上まわり・高所の一部・点検 | 足場費を抑えられる | 生活影響が小さく工期も短い |
| ハイブリッド | 大規模で部位ごとに条件が異なる物件 | 部位ごとに最適化し総額を圧縮 | 必要な範囲だけ足場を使い影響を限定 |
遮熱塗料を「屋根・屋上」に効かせたいだけなら、建物全体に足場を組むのは過剰になりがちです。どの範囲に、どの工法でアクセスするか。ここを設計できるかどうかで、同じ塗料でも総額はまるで変わってきます。
7. 効果を最大化する“施工品質”の見極め方
同じ遮熱塗料を使っても、施工の質で結果はまったく変わります。ここは、材料の話以上に大切なところです。私が現場で20年見てきて、一番悔しい思いをするのは、良い塗料を使いながら施工が雑で、数年で効果が落ちてしまった建物に出会うときです。
下地処理で8割が決まる
屋上・屋根の塗装は、塗る前の下地処理で仕上がりの寿命がほぼ決まります。古い塗膜やチョーキング(塗装面が白い粉を吹く劣化現象)、コケ・汚れをきちんと除去し、下地を乾燥させてから塗る。この地味な工程を省くと、どんな高性能塗料でも密着せず、早期に剥がれます。見積書に「高圧洗浄」「ケレン(さび・旧塗膜の除去)」の工程と単価が明記されているかを、必ず確認してください。
「ダブル遮熱」で性能を引き出す
遮熱塗料は、上塗りだけでなく下塗りにも遮熱機能を持たせる「ダブル遮熱」の構成にすると、反射性能をより引き出せるとされています(出典:日本ペイント サーモアイ シリーズ)。とくに濃い色を選びたい場合、上塗りだけでは反射率が下がりやすいので、下塗りで遮熱を補う設計が効いてきます。「上塗りだけ遮熱」なのか「下塗りも遮熱」なのか。ここは見積書の仕様欄で確認できます。
膜厚(まくあつ)を守れているか
塗料は、規定の厚み(膜厚)で塗って初めてカタログどおりの性能が出ます。薄く塗り伸ばして材料をケチると、遮熱性能も耐久性も落ちます。私は必ず、使用量の記録(缶数の管理)と、必要なら膜厚計での確認をお願いするようにしています。真面目な会社ほど、この記録を嫌がりません。むしろ、記録を提示できることが施工品質の証明になります。
このあたりは専門的に聞こえるかもしれませんが、管理組合として「工程・使用量・記録が見積書と報告書に出てくるか」を見るだけで、施工の丁寧さは驚くほど判別できます。
8. 省エネ改修という文脈——これからの建物評価
遮熱塗料は、単体の“暑さ対策グッズ”ではなく、建物の省エネ改修という大きな流れの一部として捉えると、判断がぶれません。
屋根・屋上の高反射化は、都市の気温上昇を抑えるヒートアイランド対策としても位置づけられてきました。環境省もクールルーフ(高反射屋根)をヒートアイランド対策の手法のひとつとして紹介しています(出典:環境省 ヒートアイランド対策)。つまり遮熱は、個々の建物の快適性だけでなく、社会的にも意味のある改修だということです。
補助金・制度は「年度」と「自治体」で必ず変わる
ここで注意点をひとつ、はっきり申し上げます。省エネ改修に対する補助金や助成制度は、国・都道府県・区市町村ごとに、そして年度ごとに、内容も締切も大きく変わります。「去年あった制度が今年も同じ条件である」という前提で計画を立ててはいけません。予算枠に達した時点で締め切られる制度も多くあります。
だからこそ、遮熱を含む省エネ改修を検討するなら、大規模修繕の計画段階で、その時点の最新の一次情報(お住まいの自治体の公式サイトや国の事業ページ)を必ず確認してください。私たちも、ご相談の際にはその時点で使える制度を一緒に整理しますが、最終的な適用可否は必ず公的な一次情報でご確認いただくようお願いしています。
「守りの投資」としての位置づけ
省エネ性能の高い建物が、これからの不動産評価で少しずつ有利になっていく——この流れは、しばらく続くと私は見ています。遮熱塗料そのものが資産価値を跳ね上げるわけではありませんが、「暑さ対策まで手を入れている、管理の行き届いた建物」という積み重ねが、10年20年の長期では効いてきます。派手ではありませんが、これは私が現場で見てきた、嘘偽りのない実感です。
9. 屋上は「防水」と「遮熱」をセットで考える
ここは、私たちが防水工事も手がけているからこそ、強くお伝えしたい話です。
屋上の一番大切な役割は、言うまでもなく防水です。雨水を建物内部に入れない。その防水層(ウレタンやシート、アスファルトなどで作る雨をはじく層)の上に、仕上げのトップコートが乗っています。遮熱を考えるとき、この「防水層との関係」を切り離してはいけません。
なぜなら、防水層は紫外線と熱で少しずつ劣化するからです。真夏に表面温度が60〜80℃まで上がる屋上では、防水層も同じように高温にさらされ、ひび割れや膨れが進みます。ここで遮熱を効かせて表面温度を下げられれば、防水層への熱ストレスもやわらぎ、結果として防水の寿命を延ばせる可能性があります。つまり遮熱は、単なる省エネだけでなく、防水層を守るための“上着”にもなり得るということです。
私は屋上に上がると、必ず防水層の状態を先に確認します。膨れ、ひび、そしてドレン(排水口)の詰まり。ここが傷んでいる屋上に遮熱だけ塗っても、根本の雨漏りリスクは消えません。だからこそ、「次の防水改修はいつか」「そのトップコートに遮熱機能を持たせられないか」を、防水と遮熱をワンセットで検討していただきたいのです。防水の種類によって遮熱トップコートとの相性もあるため、ここは必ず専門家の診断を挟んでください。防水も含めた全体設計は大規模修繕工事のご紹介でも触れています。
10. 現場で見た「入れて良かった」ケースと「悩ましかった」ケース
抽象論だけでは伝わりにくいので、物件が特定されない範囲で、私の経験を二つご紹介します。
入れて良かったのは、南向きで日当たりのよい、最上階が暑さに悩んでいた鉄骨系の建物でした。大規模修繕の屋根塗装のタイミングに合わせて遮熱を採用したところ、翌年の夏、最上階の理事さんから「去年より昼間が楽になった」という声をいただきました。数字で証明したわけではありませんが、体感が変わったという感想は、私にとって何よりの手応えでした。足場ではなく高所の一部をロープアクセスで施工したことで、余計な足場費もかけずに済みました。
一方で悩ましかったのは、周囲を高い建物に囲まれ、屋根に直射日光があまり当たらない立地の建物でした。カタログ上の効果は魅力的でしたが、そもそも反射する日射が少ないため、費用に見合う体感差が見込みにくい。私は正直に「この建物では、遮熱に予算を割くより、防水の質を上げるほうが効きます」とお伝えしました。契約は小さくなりましたが、無責任に勧めなかったことは、今でも間違っていなかったと思っています。
この二つのケースが示すのは、結局は同じ結論です。遮熱は建物ごとに効き方が違う。だから、カタログの数字ではなく、その建物を診てから決める。これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。
11. 発注前に管理組合・オーナーが確認すべきチェックリスト
読み終えたあとに動けるよう、確認すべき点を整理します。
まず、次回の大規模修繕がいつかを長期修繕計画で確認してください。その塗装のタイミングに、遮熱の採否をぶつけるのが最も無駄がありません。
次に、見積書で「JIS K 5675適合か」「日射反射率の数値」「色による性能差」を必ず確認してください。ここを説明できる会社は信頼できます。
そして、屋根・屋上の日当たりと断熱の現状を診断してもらってください。効きにくい建物に高い塗料を塗るのは、投資ではなく浪費です。
最後に、屋上・高所の施工方法(足場かロープアクセスか、ハイブリッドか)で総額がどう変わるか、複数案で比較してください。塗料のグレードだけでなく、そこへどうアクセスするかで、総コストは大きく動きます。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 遮熱塗料は必ず電気代が下がりますか。
A. 下がる可能性はありますが、建物の条件によります。断言はできません。設定温度を上げやすくなることで結果的に節電につながる、という位置づけでお考えください。
Q. 大規模修繕とは別に、遮熱塗料だけ塗るのはどうですか。
A. 足場費が上乗せになるため、費用対効果は合いにくいです。次回の塗装工事のタイミングで採否を決めるのが実務的です。
Q. 遮熱塗料の効果はどのくらい持ちますか。
A. 塗料のグレードにもよりますが、汚れで反射率が落ちるため、定期的な点検・洗浄が前提になります。「塗って終わり」ではありません。
Q. 収益物件(賃貸マンション)でもメリットはありますか。
A. 最上階の夏の快適性が入居率・空室期間に効きます。守りの資産維持策として検討する価値はあります。
Q. 遮熱塗料と断熱塗料は、どちらを選べばよいですか。
A. 屋根から入る熱を反射で防ぎたいなら遮熱、室内外の熱の出入り全体を抑えたいなら断熱が向きます。多くのマンションの屋上・屋根では、まず遮熱が検討対象になりますが、既存の断熱状況によって最適解は変わります。ここも診断が前提です。
Q. 高層マンションでも屋上塗装のために足場は必要ですか。
A. 屋上まわりや高所の一部が対象なら、ロープアクセス工法で足場をかけずに施工できる場合があります。外壁全面の工事は足場、高所の一部はロープ、というハイブリッドで総額を抑える設計も可能です。まずは建物を見せていただくのが早道です。
私からのお願い
2026年の夏は、7月下旬から8月上旬が暑さのピークと予想されています。今夏の暑さを実際に体感してから、「次の大規模修繕では屋根の暑さ対策も考えたい」という声が必ず出てきます。そのとき慌てないために、いまのうちに長期修繕計画のどこで塗装のタイミングが来るかだけでも、理事会で1分、話題に出してみてください。動けるかどうかは、この夏の“気づき”を計画に落とし込めるかで決まります。
診断とご相談だけでも、遠慮なくお声がけください。総会の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。お問い合わせはこちらからどうぞ。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 気象庁「季節予報解説資料」
- ウェザーニュース「猛暑見解2026 ダブル高気圧で酷暑に ピークは7月下旬から」
- 日本気象協会 tenki.jp「6月〜8月も全国的に高温 3か月予報」
- 日本建築仕上材工業会/建材試験センター「JIS K 5675 屋根用高日射反射率塗料 規格基準紹介」
- 日本塗料工業会「高日射反射率塗料」
- 日本ペイント「サーモアイ シリーズ 製品ページ」
- 国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン(令和6年6月改定)」
- 資源エネルギー庁「省エネポータルサイト(家庭の省エネ)」
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の製品・工法の効果や、補助制度の適用を保証するものではありません。実際のご判断は、建物ごとの診断と最新の一次情報にもとづいて行ってください。
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路線価が5年連続で上がっても、収益物件の“建物価値”は勝手に下がる——2026年の路線価2.9%上昇局面で、収益物件オーナーと管理組合が大規模修繕と工法選択で資産を守る実務【2026年7月】
2026年の路線価は「5年連続の上昇」——まず何が起きたのかを整理します
2026年7月1日、国税庁が令和8年分の路線価を公表しました。全国約31万地点の標準宅地の平均は前年より2.9%のプラス。上昇は5年連続で、算出方法が現在の形になった2010年(平成22年)以降で最大の伸びとなりました(出典:日本経済新聞「路線価5年連続上昇、伸び2.9%で過去最大」2026年7月1日)。
地域差も大きく開きました。東京都は前年比9.4%プラスで全国最高。駅前再開発が進む盛岡やさいたまなど5都市は上昇率が10%を超え、都道府県庁所在地の最高路線価は、バブル期の1991年公表分以来、実に35年ぶりに「下落した都市がゼロ」となりました(出典:日本経済新聞「路線価、東京は平均9.4%上昇で全国最高」2026年6月)。ちなみに全国で最も高いのは41年連続で東京都中央区銀座5丁目の文具店「鳩居堂」前、1平方メートルあたり5,336万円でした。
数字だけ見れば、不動産を持っている人にとっては明るいニュースに映るかもしれません。ですが、収益物件を運用しているオーナーさまや、資産としてマンションを守る立場の管理組合の理事長さまにこそ、私はここで一度立ち止まっていただきたいのです。なぜなら、この「路線価が上がった」という話は、あくまで土地の話だからです。
まず言葉を整理させてください。今回発表された路線価は「相続税路線価」と呼ばれるもので、相続税・贈与税を計算するときの土地の評価に使われます。公示地価のおおむね8割の水準に設定されています。よく混同される固定資産税は、これとは別の「固定資産税評価額」(公示地価のおおむね7割)を使い、3年ごとに評価替えが行われます。次の基準年度は令和9年度(2027年度)です。名前が似ているので現場でもよく混同されますが、いずれも「土地の値付け」であって、あなたが持っている建物そのものの価値を測るものではありません。
「土地は上がる、建物は下がる」——収益物件オーナーが直視すべき非対称性
ここからが本題です。路線価が上がっても、その上に建っている建物の価値は、勝手には上がりません。むしろ、何もしなければ経年で下がり続けます。
不動産は「土地」と「建物」という、まったく性質の違う二つの資産が合わさったものです。土地は減価しません。景気や再開発や訪日客需要で上下しますが、すり減ってなくなることはない。一方で建物は、鉄筋コンクリート造でも法定耐用年数は47年。会計上も物理的にも、時間とともに確実に価値が目減りしていきます。外壁は色あせ、防水は寿命を迎え、タイルは浮き、鉄部は錆びる。これは20年近く現場を見てきた私の実感として、例外のない事実です。
つまり、今回の路線価上昇でオーナーの資産は「土地の含み益」は増えたように見えても、「建物の実質価値」は放置している限り静かに削られ続けているのです。この非対称性を、私はいつも「土地は世の中が決める、建物はあなたが決める」とお伝えしています。土地の値段は投資マネーや金利や再開発が決めるもので、個人のオーナーにはコントロールできません。けれど建物の価値だけは、オーナー自身の判断——つまり適切な大規模修繕をやるかやらないか——で、大きく変えられるのです。
正直に申し上げます。路線価が上がって喜んでいる裏で、建物の劣化を10年放置した収益物件は、売却の査定でも、賃貸の稼働率でも、確実に見劣りします。土地は高いのに建物がボロボロ、というアンバランスな物件を、私は現場で何度も見てきました。買い手も入居希望者も、まず目に入るのは建物の外観です。土地の路線価は登記簿にも外観にも書いてありません。
路線価上昇が収益物件オーナーの財布に効く「3つの実務インパクト」
「土地の話」と言っても、路線価の上昇はオーナーの手元のお金に無関係ではありません。むしろ、じわじわと効いてきます。ここは税務の入口だけ整理し、詳細はご自身の顧問税理士にご確認いただく前提で読んでください。
1. 相続・贈与のコストが上がる
相続税路線価が上がるということは、その土地を相続・贈与するときの評価額が上がるということです。収益物件を次の世代に引き継ぐ予定のオーナーにとっては、5年連続の上昇は「引き継ぎコストの上昇」を意味します。特に東京の9.4%という数字は、相続を数年内に見据える方にとっては小さくない変化です。ただし賃貸経営中の物件には「貸家建付地」や「貸家」の評価減など複数の実務論点があり、ここは断定を避けます。必ず税理士にご相談ください。
2. 固定資産税・都市計画税も中期的に上がりやすい
固定資産税評価額は路線価とは別物ですが、地価上昇局面では2027年度(令和9年度)の評価替えで上振れする可能性があります。収益物件は毎年のランニングコストとして固定資産税がのしかかりますから、地価が上がる局面は「保有コストがじわり増える局面」でもあると身構えておくべきです。
3. 売却・担保評価では「建物の状態」が効いてくる
土地評価が上がれば、金融機関の担保評価や売却価格の土地部分は追い風になります。ところが実際の取引では、建物の修繕履歴・劣化状態・長期修繕計画の有無が、買い手の指値や金融機関の姿勢を大きく左右します。土地が高く評価されても、建物の状態が悪ければ「この物件は買った直後に数千万円の修繕がいる」と見なされ、その分だけ値を引かれます。つまり、上がった土地評価を実際の手取りに変えられるかどうかは、建物側の状態管理にかかっているのです。
この3つを並べると、共通して見えてくることがあります。オーナーが自分の意思で動かせる変数は、税率でも地価でもなく、「建物をどう維持するか」だけだ、ということです。
建物の価値は「大規模修繕」でしかコントロールできない
では、建物の価値を守る具体的な手段は何か。答えはシンプルで、計画的な大規模修繕です。
大規模修繕とは、外壁塗装・タイル補修・屋上防水・鉄部塗装・シーリング打ち替えなどをまとめて行う、建物の「延命と価値維持」のための工事です(初出なので補足すると、日常の小修繕とは規模も費用も桁が違う、十数年に一度の大工事を指します)。国土交通省のガイドラインでも、分譲マンションでは長期修繕計画を作り、計画的に大規模修繕を実施することが標準とされています(出典:国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」)。
ここで大事なのは、大規模修繕は「劣化を止める」だけでなく「資産価値の下落を緩やかにする」投資だという視点です。何もしなければ建物価値は一直線に落ちていきますが、適切なタイミングで修繕を入れると、価値の下落カーブが緩やかになり、寿命そのものも延びます。私はこれを、路線価という「土地の追い風」に対する「建物側の守り」だと捉えています。追い風が吹いている今こそ、建物という帆を破れたまま放置していないかを点検すべきなのです。
ところが現実には、多くの現場で長期修繕計画が実態と合っていません。計画上の積立額では実際の工事費に足りない、という積立金不足の問題は、資材高騰と人件費上昇が続くこの数年、全国のマンションで深刻化しています。土地評価が上がって資産が増えたつもりでいる裏で、建物を直すための現金が足りない——これが、いま多くの収益物件と分譲マンションが抱える本当の姿です。
上がる税負担の局面でキャッシュを守る——「工法選択」というコスト差
積立金が足りない、税負担は増える、資材も高い。この三重苦の局面で、オーナーと管理組合が最後にコントロールできる現実的な変数が、大規模修繕の「工法選択」です。
大規模修繕というと、多くの方が反射的に「建物全体を足場で覆う工事」を思い浮かべます。ですが工事のやり方は、実は一つではありません。私たち明誠は、次の3つの工法を、建物の形状・高さ・劣化状況・予算に応じて使い分け、最適な組み合わせをご提案しています。
| 工法 | 特徴 | 向いている建物 |
|---|---|---|
| 通常の足場仮設工法 | 従来型。全面を覆うため広範囲の作業に強い | 中低層、劣化が全面に及ぶ物件 |
| ロープアクセス工法(無足場) | 産業用ロープで施工。足場代が不要、工期短縮、居住者・利用者への影響が小さい | 高層、足場が組みにくい、部分補修主体、コスト最重視 |
| ハイブリッド工法 | 足場とロープアクセスを部位ごとに使い分け | 大規模・複雑形状で総合コストの最適化が必要 |
なぜ工法選択がコストに効くのか。理由は単純で、足場の仮設・解体費は大規模修繕の総額の中でも大きな割合を占めるからです。建物を丸ごと足場で覆えば、その分だけ数百万円単位の固定費が乗ります。ロープアクセス工法(無足場工法。ブランコ作業とも呼ばれる、産業用ロープで外壁にアクセスする技術)を使えば、この足場代を大きく圧縮できる場面があります。特に、劣化が一部に集中している物件や、高層で足場が組みにくい物件では、差がはっきり出ます。
私はいつもオーナーさまに、「足場ありきで考えないでください」とお伝えしています。全面足場が最適な建物もあれば、ロープアクセス主体でコストを大きく抑えられる建物もある。両方の引き出しを持っていない会社は、どうしても自社が持っている工法に寄せた提案になりがちです。足場しか持たない会社は足場を、ロープしか持たない会社はロープを勧める。これは私が現場で20年見てきて、一番オーナーが損をしていると感じてきた構造です。
だからこそ明誠は、3つの工法をすべて自社の選択肢として持ち、建物にとってのベストを中立に提案することにこだわっています。詳しくはロープアクセス工法のご紹介や大規模修繕工事のご紹介のページもご覧ください。上がる税負担の局面で手元の現金を守るには、工事の総額そのものを工法で下げるのが、最も即効性のある一手です。
数字を「戸あたり」に落とすと、判断が具体的になります
工法選択のインパクトを、読者の財布感覚に落としてみます。あくまで一般的な目安ですが、たとえば総戸数50戸のマンションで、足場の仮設・解体に600万円かかると仮定すると、戸あたり12万円です。この部分を工法の工夫で仮に半分に圧縮できれば、戸あたり6万円が浮く計算になります。金額の絶対値だけ見ると小さく感じるかもしれませんが、積立金が不足している総会の場では、この「戸あたり数万円」が値上げ提案を通せるかどうかの分かれ目になることを、私は何度も見てきました。
収益物件のオーナーであれば、この差は毎年の手取り家賃と直接比較できます。工法選択で修繕費を数百万円圧縮できれば、それは実質的に「数年分の空室リスクを吸収できるバッファ」になります。路線価が上がって資産が増えたことより、目の前の修繕費を工法で下げることのほうが、キャッシュフローには即効で効くのです。
収益物件オーナーと管理組合が「今日」できる4つの確認
ここまでを、明日の理事会や、来週の相談の場で使える実務に落とします。特別なことは要りません。次の4つを確認するだけです。
第一に、長期修繕計画がいつ作られ、いつ見直されたかを確認してください。5年以上見直していない計画は、いまの資材高騰・人件費上昇を反映しておらず、ほぼ確実に金額が実態とずれています。
第二に、修繕積立金の残高と、次回大規模修繕の想定額のギャップを把握してください。足りないなら、値上げ・借入・工法見直しの3つの選択肢があります。工法見直しは、住民の負担を増やさずに差を埋められる有力な手段です。
第三に、次回の大規模修繕を「足場前提」で見積もっていないかを確認してください。足場ありきの一択で進めると、本来なら圧縮できたはずのコストを取りこぼします。建物診断の段階で、無足場やハイブリッドの可能性も含めて検討することをおすすめします。建物の状態を正確に知るための点検・調査は、工法を選ぶ前提として欠かせません。
第四に、相見積もりを取るときは、必ず「工法の違う複数社」から取ってください。同じ足場工法の3社から取っても、比較になるのは金額だけです。工法の異なる提案を並べて初めて、あなたの建物にとっての最適解が見えてきます。
ただし、すべての物件でロープアクセスが最適というわけではありません。劣化が全面に及んでいる場合や、大規模な改修を伴う場合は、足場を組んだほうが結果的に安く確実なこともあります。ここは正直にお伝えしておきます。大切なのは「工法ありき」ではなく「建物ありき」で選ぶことです。
現場から——「土地が上がった」オーナーが、建物で数百万円を取り戻した話
少し具体的な話をさせてください。個人が特定されないよう細部は伏せますが、以前ご相談をいただいた、都内で築22年の一棟賃貸マンションをお持ちのオーナーさまの例です。
そのオーナーさまは、路線価の上昇で「土地の評価が上がったから、そろそろ売って利益を確定しようか」と考えておられました。ところが仲介に査定を出すと、想定より数千万円低い数字が返ってきた。理由は建物でした。外壁のタイルが数か所浮き、屋上防水も寿命を超え、「引き渡し後すぐに大規模修繕が必要」と買い手側に見なされ、その修繕見込み額がまるごと指値として引かれていたのです。
私がお手伝いしたのは、売り急ぐ前に建物診断を入れ、劣化の実態を正確に把握することでした。結果、全面足場を組む前提だった当初の想定に対し、劣化が集中していた妻側と共用廊下まわりをロープアクセスとハイブリッドで先行補修する計画に組み替えました。足場費を大きく圧縮できたぶん、同じ予算で直せる範囲が広がり、建物の見え方が変わりました。
そのオーナーさまは結局、売却を一度見送り、修繕後に賃料を据え置いたまま稼働率を戻す道を選ばれました。土地の上昇分を焦って現金化するより、建物を整えて保有を続けるほうが、長い目で見た手取りは大きいと判断されたのです。私はこのとき改めて、「土地は世の中が決めるが、建物はオーナーが決められる」という言葉の意味を、現場で確かめた思いがしました。
地方の収益物件オーナーへ——「路線価が上がらない」ことのリスクも同じ結論に行き着きます
ここまで「路線価が上がった」という前提で書いてきましたが、両面を正直にお伝えします。今回の発表で全国平均は上がったものの、上昇をけん引したのは東京をはじめとする都市部と再開発エリアでした。地方や郊外には、横ばい、あるいは下落した地点も少なくありません。都道府県庁所在地の最高路線価は35年ぶりに下落ゼロになりましたが、それはあくまで「各県のいちばん高い地点」の話であって、県内全域が上がったわけではないのです。
では、路線価が上がらないエリアの収益物件オーナーは、この話と無関係かというと、まったく逆です。土地の値上がりという追い風が期待しにくい以上、資産価値を守る手立ては「建物をどれだけ良い状態に保てるか」に、さらに強く集約されます。土地で稼げないなら、建物で差をつけるしかない。地方物件ほど、大規模修繕の巧拙が売却価格や入居率に直結するのです。
私はよく、地方で収益物件を運用されているオーナーさまから「うちは土地が上がらないから、修繕にお金をかけても回収できない」というご相談を受けます。ですが、これは順序が逆だと考えています。土地が上がらないからこそ、入居者に選ばれ続ける建物の状態を保つことが、空室という最大の損失を防ぐ現実的な方法です。空室が1戸増えれば、戸あたり数万円の工法差など一瞬で吹き飛びます。路線価が上がる都市部でも、上がらない地方でも、結論は同じ——オーナーがコントロールできるのは建物だけ、という一点に行き着きます。
次の大規模修繕までに、オーナーが自分の目で見るべき5つの劣化サイン
「建物の価値を守れ」と言われても、専門家でなければ何を見ればいいか分かりにくいものです。そこで、私が現場でオーナーさまにお伝えしている、素人でも自分の目でチェックできる5つの劣化サインを挙げておきます。難しい道具は要りません。
第一に、外壁のひび割れ(クラック)です。髪の毛より細いひびでも、そこから雨水が入ると内部の鉄筋が錆び、コンクリートを内側から押し割る「爆裂」につながります。特に、ひびから白い筋(エフロレッセンスと呼ばれる、内部の成分が溶け出した跡)が垂れていたら、水が回っているサインです。
第二に、タイルの浮きです。タイル張りの建物なら、手の届く範囲を軽く叩いてみて、乾いた高い音ではなく「ポンポン」と空洞のような音がしたら、下地から浮いている可能性があります。タイルの落下は、通行人への事故に直結する最も危険な劣化です。実際に、外壁タイルの落下事故は毎年のように報道されています。
第三に、屋上・バルコニーの防水層です。防水シートの端がめくれていないか、水たまりが引かずに残っていないか、植物が生えていないかを見てください。防水の寿命は一般に10〜15年程度で、切れると一気に雨漏りが顕在化します。
第四に、鉄部(手すり・階段・扉枠)の錆です。塗装が剥げて赤錆が出ていたら、塗り替えのサインです。放置すると母材そのものが痩せ、交換という高額工事になります。
第五に、シーリング(目地のゴム状の充填材)の劣化です。窓周りやパネルの継ぎ目のゴムが、ひび割れて硬くなっていたり、痩せて隙間ができていたら、そこが雨漏りの入り口になります。
この5つのうち2つ以上に心当たりがあれば、次の大規模修繕は「まだ先」ではなく「そろそろ本気で計画する時期」だと考えてください。私の経験上、劣化は気づいてから工事するまでに、計画・合意形成・見積もりで1年以上かかります。気づいた時が、動き出すべき時なのです。
ホテル・商業テナントを持つオーナーへ——「閉めずに直す」が収益を守る
明誠はマンションだけでなく、ホテルやビルの大規模修繕も数多く手がけてきました。今回の路線価上昇の背景には、訪日客需要と都市部のオフィス・宿泊需要の底堅さがあります。つまり、ホテルや商業テナントを持つ収益物件オーナーにとっては、稼働を止めずに建物を維持することの価値が、これまで以上に高まっているということです。
ホテルの大規模修繕で全館を足場で覆えば、その期間の客室は事実上売れなくなります。仮に1泊2万円の客室が100室あるホテルなら、単純計算で1日あたり200万円、1か月で約6,000万円の機会損失です。ここでロープアクセス工法が効いてきます。稼働している客室の外側を、営業を止めずにピンポイントで補修できるのです。全館を閉めて一気に直す時代から、「稼ぎながら直す」時代へ——訪日客需要が旺盛な今だからこそ、この工法の価値が際立ちます。
私は、稼働を止めないことそのものが、収益物件にとっての資産防衛だと考えています。路線価が土地の価値を押し上げても、建物が半年間稼げなければ、その間のキャッシュフローは戻ってきません。工法選択は、単なる工事費の話ではなく、営業損失を含めた「収益全体の最適化」の話なのです。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 路線価が上がったら、すぐ売ったほうが得ですか?
A. 一概には言えません。売却価格の土地部分は追い風ですが、建物の状態が悪ければその分だけ値を引かれます。売る前に建物の劣化状態と修繕履歴を整えるほうが、手取りが増えるケースは多くあります。売却か保有かの判断こそ、建物の状態把握が前提になります。
Q. 修繕積立金が足りません。どうすればいいですか?
A. 選択肢は値上げ・借入・工法見直しの3つです。住民負担を増やさずに差を埋めやすいのは工法見直しなので、まずは足場前提でない見積もりを取ってみることをおすすめします。
Q. ロープアクセスは足場より本当に安いのですか?
A. 建物によります。劣化が一部に集中している物件や高層物件では大きく下がることが多い一方、全面的な改修が必要な場合は足場のほうが結果的に安いこともあります。だからこそ、両方を持つ会社に中立に比較してもらうことが重要です。
Q. 診断や相談だけでも頼めますか?
A. もちろんです。工事の受注を前提とせず、建物診断と工法比較だけのご相談も承っています。総会や決算の前の整理としてお使いください。
ロープアクセスという「稼働を止めない」選択肢について(自社サービスのご紹介)
ここは自社サービスの紹介として、見出しを分けて明確にお伝えします。
賃貸マンションやビル、ホテルの収益物件で大規模修繕をためらう最大の理由は、「工事期間中に稼働が落ちる」ことです。全面足場を組めば、景観も日当たりも悪くなり、入居者からの不満やホテルの客室稼働率の低下につながります。ロープアクセス工法(無足場工法)の大きな価値は、この「稼働を止めない」点にあります。足場を組まないので、居住者・利用者の生活への影響を最小限に抑えながら、必要な部位だけをピンポイントで直せるのです。
明誠は、ロープアクセス工事において日本で初めてフランチャイズ展開を行い、塗装・防水・タイル・電気・看板など各分野の専門職が加盟する体制で、高品質と低価格を両立しています。マンション・ビルのオーナーさま向けの詳しいご案内はオーナー・管理会社向けサービスのページにまとめています。
私たちは「工事を売る」よりも先に、「この建物にはどの工法が本当に合うのか」を一緒に考える相談相手でありたいと思っています。ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。お問い合わせは、総会や決算の前の整理だけでも構いません。
まとめ:路線価が示すのは「立地の価値」、あなたが決めるのは「建物の価値」
2026年の路線価は5年連続で上がり、東京は9.4%、全国でも2.9%上昇しました。これは日本の不動産に世界のお金が集まっている証であり、土地を持つ人にとっては追い風です。
けれど、その追い風を実際の手取りに変えられるかどうかは、建物側の状態にかかっています。土地の値段は世の中が決めますが、建物の価値だけは、オーナーであるあなた自身が、大規模修繕という判断で決められます。税負担が増える局面だからこそ、工事の総額を工法で下げ、手元の現金を守る。これが、私が今日いちばんお伝えしたかったことです。
路線価の発表は、年に一度、自分の資産と向き合う良いきっかけです。土地の数字に一喜一憂する前に、その上に建っている建物の劣化状態と、次の大規模修繕の計画を、理事会で1分だけでも話題に出してみてください。これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 国税庁「令和8年分の路線価等について」(2026年7月1日公表)
- 日本経済新聞「路線価5年連続上昇、伸び2.9%で過去最大 不動産・訪日客需要底堅く」(2026年7月1日)
- 日本経済新聞「路線価、都心オフィス需要がけん引 東京は平均9.4%上昇で全国最高」
- 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
※本記事の税務に関する記述は制度の一般的な説明であり、個別の相続税・固定資産税の取り扱いは、必ず税理士等の専門家にご確認ください。
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
大規模修繕の「夏工事」で誰が責任を負うのか——熱中症対策が罰則付きで義務化された今、収益物件オーナーと管理組合が知るべき工期・工法の判断軸【2026年7月】
「工事のことは施工会社に任せているのだから、現場の暑さ対策までオーナーが気にする必要はない」——もし、いまお持ちの物件やお住まいのマンションで夏場の大規模修繕を検討していて、そうお考えなら、今日の話は他人事ではありません。2025年6月から、職場の熱中症対策は「罰則付きの義務」になりました。そして、その義務が二度目の夏を迎えるのが、まさにこの2026年の夏です。
私は20年近く、マンション・ビル・ホテルの大規模修繕の現場に立ってきました。正直に申し上げます。真夏の工事は、職人にとっても、建物にとっても、そして発注者であるオーナーさま・管理組合さまにとっても、一年でいちばんリスクの高い季節です。今日はその理由と、発注者の立場でいま何ができるのかを、現場目線でお話しします。
この夏、工事現場で熱中症が起きたら——まず何が変わったのかを整理する
2025年6月、熱中症対策は「努力目標」から「罰則付きの義務」になった
まず、制度の話から始めます。ここは数字と条文の話なので、少しだけお付き合いください。
2025年6月1日に施行された改正・労働安全衛生規則(ろうどうあんぜんえいせいきそく=働く人の安全と健康を守るための国のルール)によって、一定の暑さの環境で作業する労働者への熱中症予防措置が、事業者(=施工会社)に義務付けられました。対象となるのは、WBGT(暑さ指数)が28度以上、または気温が31度以上の環境で、連続して1時間を超える作業、または1日の合計が4時間を超える作業です(出典:厚生労働省 職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行))。
WBGTという言葉は聞き慣れないかもしれません。これは気温だけでなく湿度と日射・輻射(ふくしゃ=地面や壁からの照り返し)を加味した「体感に近い暑さの指標」で、屋外の工事現場ではふつうの気温より数度高く出ることも珍しくありません。つまり、天気予報が「31度」でも、足場の中や屋上では体感的にもっと過酷、ということです。
義務化された措置の柱は、大きく二つです。ひとつは、体調異常が起きたときにすぐ報告・対応できる体制の整備。もうひとつは、症状の悪化を防ぐための措置と手順を、あらかじめ定めて現場全員に周知しておくこと。これに違反した場合、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります(出典:同上/keiyaku-watch 労働安全衛生規則改正の解説)。
ここで強調したいのは、これが「気をつけましょう」というスローガンではなく、罰則を伴う法的義務になったという点です。現場の空気は、去年から明らかに変わりました。
数字が語る現実——建設業は熱中症死傷の「最多業種」
制度が厳しくなった背景には、深刻な数字があります。
厚生労働省の確定値によれば、2024年(令和6年)に職場で発生した熱中症による死傷者(死亡または休業4日以上)は1,257人で、統計上の過去最多を更新しました。前年からおよそ14%の増加です。そして、その全体の約4割が建設業と製造業で発生しています(出典:厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況」)。
さらに、業種別に2020年からの5年間を合計してみると、建設業が961人と最も多いというデータもあります(出典:同上)。私たちの業界は、残念ながら熱中症災害の「常連」なのです。
戸あたりの感覚に置き換えると、たとえば100戸規模のマンションの大規模修繕には、繁忙期で延べ数百人日の職人が入ります。真夏にその人数が炎天下や足場の中で作業をする——数字を知ったうえで現場を見ると、この季節の工事がいかにギリギリの綱渡りかが分かっていただけると思います。
そしてもう一点、見落とされがちな事実があります。熱中症は「屋外の炎天下」だけで起きるわけではない、ということです。足場にメッシュシートを張った内部、風の抜けない屋上のパラペット(屋上の立ち上がり部分)際、閉め切った地下ピットなど、建物の工事にはむしろ熱がこもりやすい場所が数多くあります。天気予報の気温だけを見て「今日はそこまで暑くないから大丈夫」と判断するのは危険だ、というのが現場の実感です。だからこそ国も、気温ではなくWBGT(暑さ指数)を基準に据えたのだと私は理解しています。
発注者(オーナー・管理組合)は本当に「無関係」なのか
直接の義務は施工会社。だが「時期」と「工期」を握るのは発注者
ここからが本題です。法律上、熱中症対策の直接の義務を負うのは、労働者を雇う施工会社です。オーナーさまや管理組合さまが条文上の義務者になるわけではありません。
ただ、私はいつも理事長さまやオーナーさまにこうお伝えしています。「工事の“時期”と“工期”を最終的に決めているのは、実は発注者側です」と。
総会の日程、住民合意のタイミング、予算年度の都合——さまざまな事情から、「どうしても夏に着工したい」「お盆前に足場を払いたい」という要望が出ます。その気持ちはよく分かります。しかし、無理な工期が現場にしわ寄せされると、いちばん危険なのは職人の身体であり、次に危ういのが工事の品質です。発注者が「安全に無理のないスケジュールか」という視点を持つだけで、現場は大きく変わります。
もうひとつ知っておいていただきたいのは、万が一、現場で重大な事故が起きれば、工事はストップし、原因究明と再発防止で工期は大幅に遅れるということです。結果として、住民の生活影響が長引き、仮設費用がかさむ。安全は「コスト」ではなく、工期と資産を守る「保険」だと、私は考えています。
私が現場で見た「真夏の突貫」の危うさ
現場で20年やってきて、私が一番悔しい思いをするのは、無理なスケジュールのせいで職人にも建物にも良いことがなかった、というケースに出くわしたときです。
以前、ある築18年のマンションで、総会の関係から「8月中に外壁塗装まで終わらせたい」という強い要望をいただいたことがありました。連日WBGTが高く、午後は作業を中断せざるを得ない日が続きました。工程は詰まり、職人は朝5時台から動く。こういうとき、無理を通せば必ずどこかにひずみが出ます。私はそのとき、理事会に「9月にずらす部位を作りましょう」と提案し、乾燥時間に余裕のいる塗装工程を涼しい時間帯と時期に振り分けました。工期は数日延びましたが、仕上がりと安全は守れた。あのときの判断は、いまでも間違っていなかったと思っています。
逆のケースもあります。あるビルのオーナーさまは、当初「なるべく早く、安く」というご希望でした。しかし現地を一緒に確認しながら、屋上防水は真夏を避けたほうが硬化不良のリスクが小さいこと、外壁の一部はロープアクセスに切り替えれば足場の架設期間そのものを減らせることをご説明したところ、「それなら急いで夏にまとめてやる必要はないね」とご納得いただけました。工期は結果的に短くなり、足場の仮設費も圧縮できた。急がないことが、結果的に安く・安全に・きれいに仕上がる——夏の工事では、この逆説がしばしば成り立ちます。私はいつも、こうした判断材料をできるだけ包み隠さずお伝えするようにしています。
猛暑期の大規模修繕で起きやすい、3つの品質リスク
暑さは職人の身体だけでなく、工事の「質」にも直結します。発注者として知っておくと、施工会社との会話が変わる3点をお話しします。
リスク1:塗装——気温と乾燥時間のミスマッチ
塗料には、それぞれ適した施工温度と乾燥時間があります。真夏は塗膜(とまく=塗った塗料の膜)の表面だけが先に乾き、内部が乾ききらないうちに次の工程へ進んでしまう「早期乾燥」の失敗が起きやすい季節です。表面はきれいでも、数年後に膨れや剥がれとして出てくることがあります。「夏は乾きが速いから工事が早く進む」というのは、必ずしも正しくありません。
リスク2:防水——シート・ウレタンの施工不良
屋上やバルコニーの防水も、暑さに敏感な工事です。ウレタン防水(液体状の防水材を塗り重ねる工法)は高温で硬化が早まりすぎ、シート防水は熱で伸縮します。炎天下の屋上はWBGTが極端に高くなる場所でもあり、職人の消耗と施工品質が同時に問われる、いわば夏工事の「最前線」です。
リスク3:職人の集中力低下がもたらす「見えない手抜き」
これは私がいちばん気にしている点です。暑さで集中力が落ちれば、下地処理の一手間を省いたり、養生(ようじょう=周囲を汚さないための保護)が甘くなったりする。悪意のある手抜きではなく、過酷な環境が生む「無意識のミス」です。だからこそ、職人が無理なく動ける環境をつくることは、発注者にとっても品質を守る話につながるのです。
猛暑の現場で、私たちが実際にやっていること
制度や工法の話が続きましたので、現場で実際にどんな手を打っているのかも、具体的にお話しします。発注者の皆さまが施工会社を見極めるときの「質問のヒント」にもなるはずです。
まず、作業開始前と作業中に、現場でWBGT(暑さ指数)を測ります。数値を「見える化」して職人全員で共有し、基準を超える時間帯は作業内容を入れ替える。炎天下で神経を使う高所作業は午前中の涼しいうちに、比較的軽い準備作業は午後に回す、といった具合です。次に、こまめな休憩と水分・塩分の補給を工程に最初から織り込みます。「時間が押しているから休憩を削る」——この“休めない風潮”こそが、いちばん危ない。私はいつも職長に「工程より人だ」と伝えています。
さらに、単独作業をできるだけ避け、複数人で互いの体調を見合える体制をつくります。熱中症は本人が気づかないうちに進むことがあるためです。ロープアクセスの現場では、そもそも安全管理上つねに複数人で連携して作業しますので、この「相互監視」が自然に働くという利点もあります。
具体的な話をひとつ。ある真夏の外壁補修で、私たちは午後1時から3時の最も暑い2時間を、外壁面での作業ではなく、日陰での準備・段取りの時間にあてる工程を組んだことがあります。一見すると「昼の2時間、外壁を止めるなんて非効率だ」と思われるかもしれません。しかし結果として、熱中症による中断や体調不良がゼロで、手直しもなく、トータルの日数はむしろ当初計画どおりに収まりました。暑い時間に無理に手を動かすより、涼しい時間に集中して進めるほうが、最後まで見れば速くて確実だった——現場でこういう経験を重ねるほど、私は「工程は人の限界に合わせて組む」ことの大切さを実感しています。
こうした一つひとつは地味で、見積書の金額には表れにくい部分です。だからこそ、発注者の皆さまには「安いだけの見積もり」の裏で、こうした安全のための手間がきちんと確保されているかを見ていただきたいのです。過去には、修繕積立金の不足や、施工途中での会社の体力不足が工事の質に影を落とすケースも見てきました(関連する話題は本間社長ブログでも折に触れてお伝えしています)。安さの理由が「安全の削減」であってはいけません。
「足場」と「ロープアクセス」——猛暑期に効く工法の違い
ここで、私たちが3つの工法(通常の足場、無足場のロープアクセス、両者を組み合わせるハイブリッド)を扱う立場から、夏の工事に関わる工法の違いをお話しします。
足場は輻射熱がこもり、工期も長引きやすい
一般的な枠組足場にメッシュシートを張ると、風が通りにくくなり、内部に熱がこもりやすくなります。足場の中の体感温度が外より高くなる、というのは現場ではよく知られた話です。加えて、足場は架設と解体に時間と費用がかかるため、どうしても総工期が長くなり、その分だけ猛暑にさらされる期間も延びます。
ロープアクセス(無足場工法)で酷暑曝露を減らす
一方、ロープアクセス工法(産業用ロープで職人が壁面に直接アクセスして施工する無足場の工法)は、足場の架設・解体が不要なぶん総工期を短縮しやすく、結果として職人が炎天下にいる総時間を圧縮できる可能性があります。開けた空間で作業するため熱がこもりにくく、必要な面だけを機動的に施工できるので、涼しい時間帯に作業を集中させる、といった柔軟な工程も組みやすい。私はこれを、猛暑期の一つの有力な選択肢としてご提案することがあります。
居住者・利用者の生活への影響という点でも、足場を長期間組まないぶん、窓を塞がれる期間が短く、防犯面の不安も小さくできます。詳しくはロープアクセス工法のご紹介もご覧ください。
この「生活・営業を止めない」という利点は、ホテルや商業施設の改修では特に効いてきます。足元では新しいホテルの建設計画があちこちで報じられていますが、一方で、いま稼働している既存のホテルや店舗をどう維持していくかという課題も、同じ重さで存在します。客室の稼働を止めず、宿泊客の目に触れる足場を長期間立てずに外壁や防水を直したい——こうしたご相談は、夏の繁忙期を控えたこの時期に増えます。私は、稼働を止めないことそのものが売上に直結する物件ほど、ロープアクセスやハイブリッドの価値が大きいと感じています。
ただし万能ではない——ロープアクセスが不向きなケース
両論併記で正直に申し上げます。ロープアクセスは万能ではありません。全面打診(外壁を叩いて浮きを網羅的に調べる作業)や、大量の資材を長期間揚げ下ろしする大規模な改修では、足場のほうが効率的で安全な場合があります。バルコニーの形状や建物の構造によっては、ロープでのアクセスそのものが難しいこともあります。
だからこそ、私はこれを、必ず建物ごとに見極めてご提案するようにしています。「足場だけ」でも「ロープだけ」でもなく、部位ごとに使い分けるハイブリッド工法が最適解になることも少なくありません。足場とロープアクセスの両方を持っている会社だからこそ、涼しい季節に足場工程を、猛暑期にロープ工程を、といった季節を意識した工程設計もできます。総合的なご提案は大規模修繕工事のご紹介にまとめています。
夏工事という切り口で3工法を並べてみる
工法選びを「夏の工事」という視点で整理すると、それぞれの得手不得手が見えやすくなります。あくまで一般的な傾向であり、実際は建物ごとに判断が必要ですが、比較の入り口としてご覧ください。
| 観点 | 通常の足場工法 | ロープアクセス(無足場)工法 | ハイブリッド工法 |
|---|---|---|---|
| 猛暑期の熱のこもりやすさ | メッシュシート内に熱がこもりやすい | 開放空間で熱がこもりにくい | 部位により使い分け |
| 総工期の傾向 | 架設・解体があり長くなりがち | 短縮しやすい | 中間 |
| 炎天下での職人の総曝露時間 | 長くなりやすい | 圧縮しやすい | 中間 |
| 全面打診・大規模改修への適性 | 高い | 部位により制約あり | 高い |
| 居住者の生活影響(窓塞ぎ等) | 大きくなりやすい | 小さくしやすい | 中間 |
| 向いている場面 | 全面改修・大量資材の揚重 | 部分補修・高層・工期最優先 | 大規模で総合最適が要るとき |
大切なのは、この表のどれか一列が「正解」なのではない、という点です。建物の高さや形状、劣化の範囲、住民の合意状況、そして季節——これらを掛け合わせて初めて、その物件にとっての最適解が決まります。私が「まず現地を見せてください」と申し上げるのは、このためです。
「安全」と「コスト」は対立しない——長期収益で考える
ここまで読んで、「安全を優先すると工期が延びて、費用がかさむのではないか」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。その心配は自然なものです。しかし私は、猛暑期の工事に関しては、安全とコストはむしろ同じ方向を向くことが多いと考えています。
理由は三つあります。第一に、事故が起きればその時点で工事は止まり、原因究明・是正・工期延長のすべてがコストとして跳ね返ります。第二に、暑さによる施工不良(塗装の膨れ、防水の硬化不良など)は、数年後の手直し工事という「見えない追加費用」を生みます。表面的に安く早く仕上げたつもりが、次の修繕周期を待たずに再工事、では元も子もありません。第三に、足場の架設期間が長引けば、それ自体が仮設費という日割りのコストになります。工期短縮は、安全であると同時に、費用面でも効いてくるのです。
収益不動産のオーナーさまにとって、修繕は単年度の出費ではなく、長期の資産価値と収益を守るための投資です(工法選択と資産価値の関係については、過去の本間社長ブログ記事でも繰り返しお話ししてきました)。修繕積立金や工事予算は限られています。だからこそ、「その年の総会に間に合わせる」という短期の都合だけで工法や時期を決めるのではなく、10年・20年先の資産価値まで見据えて判断していただきたい。私はいつも、目先の見積金額の大小だけでなく、「この工事が何年もつのか」「次の修繕までの総コストはどうか」という視点をお持ちいただくようお願いしています。建設業経営者の皆さまとの情報交換の場(当社が運営する一般社団法人全国建設業支援協会=JCSAの活動)でも、この「長期で見るコスト」の考え方は、業界全体でもっと共有されるべきだと感じています。
発注者が今夏できる、現実的な5つの備え
では、オーナーさま・管理組合さまが、この夏の工事に向けて具体的に何をすればよいか。押し売りではなく、契約前の整理として役立つ5点を挙げます。
- 1. 見積・契約段階で「熱中症対策の体制」を確認する:施工会社に、WBGTの測定方法、休憩・給水の計画、異常時の連絡体制を質問してみてください。きちんと答えられる会社は、現場管理の質も高い傾向があります。
- 2. 工期に「夏の余白」を持たせる:猛暑日は作業中止もあり得ます。最初から余裕のある工程を組んでおけば、無理な突貫を防げます。
- 3. 乾燥時間の要る工程(塗装・防水)の時期を相談する:真夏を避けられる部位は避ける、という発想を持つだけで品質リスクは下がります。
- 4. 工法を「足場ありき」で決めない:無足場のロープアクセスやハイブリッドを含め、複数の工法を比較検討する。夏工事では工期短縮が安全にも直結します。
- 5. 施工写真・報告書での品質確認方法を、着工前に決めておく:無足場工事でも、施工写真と施工報告書で仕上がりを確認できます(ご希望に応じて動画記録も可能です)。「どう確認するか」を先に握っておくと安心です。
これらは、どの工法・どの会社で工事をする場合でも役に立つチェックポイントです。私は、相談だけでもこうした整理のお手伝いができればと思っています。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 発注者(管理組合・オーナー)が、施工会社の熱中症対策違反で罰せられることはありますか?
A. 労働安全衛生規則上の義務者は、労働者を雇う施工会社です。発注者が同条文で直接罰せられるわけではありません。ただし、無理な工期を求めた結果として事故や品質不良が起きれば、工期遅延や追加費用という形で発注者側にも影響が及びます。安全に無理のないスケジュールかどうかを確認することが、結果的にご自身の資産を守ることにつながります。
Q. 夏に工事をするのは避けたほうがよいのでしょうか?
A. 一概に避けるべき、とは申し上げません。適切な工程管理と工法選択をすれば、夏でも品質の高い工事は可能です。大切なのは、乾燥時間の要る工程の時期を調整し、工期に余白を持たせ、職人が無理なく動ける環境を確保することです。
Q. ロープアクセスなら熱中症のリスクはゼロになりますか?
A. いいえ、ゼロにはなりません。屋外作業である以上、暑さのリスクは残ります。ただし、足場内に熱がこもりにくいことや、総工期を短縮して炎天下の総時間を減らせる可能性があることは、猛暑期の一つの利点だと考えています。建物ごとに最適な工法は異なりますので、比較のうえで判断することをおすすめします。
Q. 安全対策をしっかりやる会社は、やはり工事費が高くなるのでしょうか?
A. 一概にそうとは言えません。確かに、休憩や測定、複数人での体制づくりには手間がかかります。しかし前段でお話ししたとおり、事故や施工不良による手直し、足場の長期化による仮設費を避けられれば、トータルの費用はむしろ抑えられることが少なくありません。見積書の総額だけでなく、「その金額で何年もつのか」「安全と品質の裏づけがあるか」まで含めて比較していただくのが、結局はいちばん損のない選び方だと私は考えています。
Q. まだ工事の時期も決めていない段階でも、相談してよいものでしょうか?
A. もちろんです。むしろ、時期や工法を決める前の段階でご相談いただくほうが、選択肢を広くお示しできます。私たちは、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つの工法を建物に合わせてご提案できる数少ない会社です。現地を拝見したうえで、夏を避けるべき工程、無足場に切り替えられる部位などを、フラットにお伝えします。
むすびに
熱中症対策の義務化は、職人を守るためのルールです。しかし私は、それが同時に、発注者であるオーナーさま・管理組合さまの資産と工事品質を守るルールでもあると考えています。無理のない時期に、無理のない工期で、建物に合った工法で——この当たり前を積み重ねることが、猛暑の時代の大規模修繕では何より効きます。
これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。夏の工事の進め方や工法の比較で迷ったら、お問合せフォームからご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会や着工の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」
- 厚生労働省 熊本労働局「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)」
- 建設業労働災害防止協会(建災防)「熱中症予防対策」
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)「職場における熱中症による死傷者数が1,257人となり過去最多に」
- 「【2025年6月施行】労働安全衛生規則改正とは?熱中症対策の義務化・定義・対応方法・罰則」
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省エネ改修は「大規模修繕と同時」が正解——足場を二度組まないで賃料と資産価値を守る、新・省エネ基準時代のオーナー実務【2026年6月】
「うちは築古だから、省エネなんて関係ないよ」。
収益物件をお持ちのオーナーさまと現場でお話ししていると、いまでもよくこう言われます。
私は外壁・防水の現場で20年やってきました。足場を組む工事も、ロープでぶら下がる無足場の工事も、その両方をくぐってきた立場です。その私から、はっきり申し上げたいことがあります。「省エネは新築の話」という時代は、もう終わりました。
2025年4月から、新築の建物には省エネ基準への適合が原則すべて義務づけられました。賃貸や売買の広告には、断熱性能や光熱費の目安を示す「省エネ性能ラベル」が並ぶようになっています。さらに2027年4月には、エアコンの省エネ基準そのものが大きく引き上げられます。
つまり、これから入居者は「光熱費でこの部屋を選ぶ」ようになる。新築や築浅が次々と省エネ性能を打ち出してくるなかで、何もしていない築古の収益物件は、家賃でも、売却でも、じわじわと選ばれにくくなっていきます。
ですが、ここで慌てて省エネ改修だけを単発で発注するのは、いちばんもったいない動き方です。本日お伝えしたい結論は、ひとつです。省エネ改修は「大規模修繕と同時にやる」のが、コストでも工期でも圧倒的に有利——現場の言葉で、その理由と段取りを整理します。
1. 2026年のいま、賃貸市場で「省エネ性能」が選別基準になり始めた
まず、足元で何が起きているのか。判断の前提が変わってきているので、ここから整理させてください。
新築は2025年4月から、省エネ基準への適合が「義務」になった
これまで省エネ基準の適合義務は、延べ面積2,000平方メートル以上の大規模な建物に限られていました。それが2025年4月1日に工事着手する建物から、原則すべての新築建築物(住宅・非住宅)に拡大されています。背景には、2050年のカーボンニュートラル、2030年度に温室効果ガスを2013年度比46%削減するという国の目標があります(国土交通省)。
ここでオーナーさまに知っておいていただきたいのは、「義務化されたのは新築」だという点です。お持ちの既存物件に、いますぐ何かが義務づけられるわけではありません。ですが、市場に出てくる新築・建替え物件は、これから全部が省エネ基準クリア品になる。比較される側の既存物件は、相対的に見劣りしていく——これが、じわじわ効いてくる変化の正体です。
賃貸・売買の広告には「省エネ性能ラベル」が並び始めた
もうひとつ、2024年4月から始まったのが「建築物の省エネ性能表示制度」です。新築建築物を販売・賃貸する事業者は、チラシやインターネット広告に、断熱性能とエネルギー消費性能を★マークや数値で示す「省エネ性能ラベル」を表示することが努力義務となりました(国土交通省)。対象には賃貸住宅や貸しビルも含まれます。
すでにSUUMOやアットホームといった不動産ポータルサイトでも、このラベル表示が始まっています。入居希望者は、間取りや家賃と並んで「この部屋は光熱費がどれくらいか」を、検索画面の段階で見比べられるようになりつつある、ということです。
「努力義務だから、まだ大丈夫」と受け取るか、「次に募集をかけるとき、性能の低い部屋は最初の比較で外される」と受け取るか。私は、後者の感覚で備えておくほうが、オーナーさまの賃貸経営は守られると考えています。
エアコン「2027年問題」——旧設備のままでは、差がつく
設備の側でも、大きな節目が近づいています。2027年4月から、エアコンの省エネ基準(トップランナー制度)が引き上げられます。壁掛け形エアコン全体で2016年度比およそ13.7%の効率改善、普及機種の多い4.0kWクラス(14畳用)では最大34.7%の改善が求められ、2027年4月以降は基準を満たさない機種は製造も販売もできなくなります(資源エネルギー庁)。これがいわゆる「エアコン2027年問題」です。
現在の最安〜スタンダードクラスの多くは新基準を満たしておらず、底上げのために格安モデルの価格帯も全体的に上がる見通しとされています。つまり、設備を「ただ古いものに入れ替える」だけでもコストが上がっていく。だからこそ、建物の断熱性能そのものを底上げして、設備の負担を軽くする発想が効いてきます。
2. なぜ「既存の収益物件」にこそ、この話が効いてくるのか
「義務は新築でしょう」と、ここまでで思われた方。正しいです。でも、オーナーさまの賃貸経営にとっての本当の論点は、義務かどうかではありません。
入居者は、これから「光熱費」で部屋を選ぶ
電気代が高止まりしている今、入居者にとって家賃と光熱費は、ほとんど同じ「毎月の住居費」です。家賃が同じ2部屋が並んだとき、片方が「冬は窓から冷気が入る築古」、もう片方が「内窓が入っていて光熱費が抑えられる部屋」だったら、どちらが選ばれるか。答えははっきりしています。
省エネ性能は、これからの賃貸では空室期間の長さと、設定できる家賃の上限にじかに効いてきます。「築古だから家賃を下げるしかない」と諦める前に、性能を底上げして「選ばれる理由」を作る、という発想に切り替える時期に来ています。
省エネ性能は、売却と融資にも効いてくる
出口(売却)の場面でも同じです。買い手や金融機関が物件を見る目線に、「この建物は今後も競争力を保てるか」という観点が、確実に加わってきています。断熱・省エネ改修の履歴がある建物は、「手をかけて維持されてきた資産」として評価されやすい。逆に、何もしていない築古は、将来かかる改修コストを織り込んで値を引かれやすくなります。
私は以前のコラムでも「修繕履歴が収益物件の売り時を左右する」とお伝えしました。省エネ改修は、その履歴のなかでも、これから価値の差を生む新しい一項目になっていく——そう見ています。
「光熱費の見える化」が、空室対策の言葉を変える
もうひとつ、賃貸経営の現場感覚として申し上げたいことがあります。これまで空室対策といえば、家賃を下げる、フリーレントをつける、設備を一部入れ替える——どれも「コストを払って埋める」打ち手が中心でした。
ところが省エネ性能ラベルが浸透すると、募集の言葉が変わります。「この部屋は断熱性能が高く、光熱費が抑えられます」という、入居者にとって毎月のお金に直結する訴求ができるようになる。家賃を下げずに「選ばれる理由」を作れる、ということです。
築古だからと家賃の値下げ競争に入る前に、性能でポジションを取り直す。これは、長い目で見れば家賃の下支えにもつながります。省エネ改修は「コスト」ではなく「賃貸経営の競争力への投資」だと、私はオーナーさまにお伝えしています。
3. 省エネ改修は「大規模修繕と同時」が圧倒的に有利な理由
ここからが本日の本題です。なぜ単発ではなく、大規模修繕と同時にやるべきなのか。理由は、現場の構造そのものにあります。
足場は、二度組まない——仮設費は工事費の約2割
外壁の断熱改修も、窓まわりの改修の一部も、屋根・屋上の断熱も、外側から手を入れる工事には足場(仮設)が必要です。そして、この仮設費は、大規模修繕の工事費全体のおよそ2割を占める大きな費目です(国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」では、仮設費が工事費に占める割合は2割前後とされています)。
ここがポイントです。大規模修繕で一度足場を組み、それを撤去し、数年後に省エネ改修でまた足場を組む——これは、いちばん高い費目を二回払っているのと同じです。大規模修繕の足場が建っているうちに省エネ改修も一緒に済ませれば、二度目の仮設費がまるごと不要になります。これだけで、トータルのコストは大きく変わります。
外壁・防水・断熱を「一度の足場」で束ねる
大規模修繕では、外壁塗装、タイルの補修、シーリングの打ち替え、屋上・バルコニーの防水を行います。そこに、外壁の断熱、屋上の断熱、開口部(窓・サッシ)まわりの改修を束ねると、足場・養生・近隣対応といった「工事のたびに必ずかかる固定費」を一回分に圧縮できます。
工期の面でも、居住者・テナントへの影響を「一回」にまとめられる意味は大きい。収益物件では、工事のたびに入居者へ気をつかい、退去リスクを抱えるのが現実です。工事の機会を一回にまとめることは、コストだけでなく、入居者満足と稼働率を守ることでもある——私はそう考えています。
数字でイメージする「二度組み」の損
抽象論だけでは伝わりにくいので、あくまで一例として、ざっくりした数字でイメージしてみます。仮に、ある規模のマンションで大規模修繕の工事費総額が3,000万円だったとします。仮設費がそのおよそ2割なら、足場まわりにかかる費用は600万円前後という計算になります。
ここで、省エネ改修(外壁断熱や窓まわりの工事)を数年後に別発注すれば、その都度、足場を組み直すたびに同じような規模の仮設費が、もう一度のしかかってきます。工事の内容や面積によって金額は上下しますが、「いちばん高い費目を、わざわざ二回払う」という構造そのものが、もったいないのです。
逆に、大規模修繕の足場が建っているうちに省エネ改修を束ねてしまえば、この二度目の仮設費はゼロにできます。さらに、その一度きりの仮設費自体も、後でお話しするロープアクセス・ハイブリッドで圧縮できる。「足場を二度組まない」と「足場そのものを軽くする」を重ねると、効果は足し算ではなく掛け算で効いてきます。(※金額はあくまでイメージのための一例で、実際は建物の状態・規模・仕様により大きく変わります。)
ここで効いてくる、足場を減らす「無足場・ハイブリッド」
そして、仮設費が2割を占めるのなら、その仮設費そのものを圧縮できれば、効果はさらに大きくなります。ここが、私たちのいちばんの強みです。
私たちは、通常の足場を組む工法に加えて、ロープアクセス(無足場工法)、そして両者を建物の部位ごとに使い分けるハイブリッド工法——この3つから、建物にとってベストなやり方をご提案できます。高層部や足場の架けにくい面はロープアクセスで、足場が必要な面だけ足場を組む。こうすると、仮設費そのものを抑えながら、省エネ改修まで一度の工事で束ねられます。
3つの工法から最適なものを選べる会社は、日本でも数えるほどです。「足場ありきの見積もり」を一度ほどいて、本当にその足場が全面に必要かを見直すだけで、コストの絵はかなり変わります。
4. 使える補助金——「先進的窓リノベ2026」を逃さない
省エネ改修には、国の補助金が手厚く用意されています。代表的なのが、環境省の「先進的窓リノベ2026事業」です。窓の断熱改修は、費用対効果がもっとも高い省エネ改修のひとつなので、ここは押さえておきたいところです。
住宅は1戸あたり最大100万円、管理組合名義での申請も可能
先進的窓リノベ2026事業は、令和7年度補正予算で1,125億円が計上された大型の事業です。戸建てやマンションなどの住宅では、補助の上限は1戸あたり最大100万円。内窓の設置、ガラス交換、外窓の交換などが対象です(環境省)。
注意点として、2025年の事業では上限が200万円だったものが、2026年は100万円に減額されています。手厚いうちに動くという判断が効く局面です。そして重要なのが、マンションでは管理組合名義での申請も可能という点。共用部・専有部を束ねて、建物全体の断熱改修に活用できます。大規模修繕の計画にうまく組み込めば、補助金と仮設費の節約が両取りできます。
非住宅(貸しビル)は、1棟あたり最大1,000万円
2026年の事業からは、非住宅建築物も補助の対象に加わりました。貸しビルやテナントビルでは、1棟あたりの上限が最大1,000万円となっています(環境省)。オフィスや店舗の窓改修は、これまで補助の薄い領域でしたが、ここが大きく動いた格好です。ビルオーナーさまにとっては、大規模修繕のタイミングで窓の断熱改修を束ねる強い理由になります。
補助金「ありき」にはしない——申請の段取りだけ先に押さえる
ひとつ、現場の人間として正直に申し上げます。補助金は、予算の上限に達すると受付が終了します。また、対象製品や申請のタイミング、補助下限(先進的窓リノベでは補助額5万円以上が必要)など、要件も毎年変わります。
ですから、「補助金が取れたら工事する」という順番ではなく、「大規模修繕の計画を立てるとき、省エネ改修と補助金活用を最初から選択肢に入れておく」のが正解です。設計・仕様の段階で補助対象の製品を選んでおけば、申請のタイミングを逃しにくくなります。段取りが、そのまま金額の差になります。
5. オーナーが大規模修繕の前に確認すべき、5つの実務
ここまでを、具体的な行動に落とします。次の大規模修繕の前に、この5つだけは確認しておいてください。
実務1:長期修繕計画に「省エネ改修」の行を足しておく
多くの長期修繕計画は、塗装・防水・鉄部といった従来の費目だけで組まれています。ここに、外壁・屋上の断熱、窓まわりの改修という行を、検討項目として足しておくこと。計画の段階で並べておくだけで、「同時施工」という選択肢が消えずに残ります。
実務2:次の足場を「省エネ改修と束ねられないか」で考える
次に足場を組む工事の予定が決まっているなら、その足場で省エネ改修も束ねられないかを、必ず一度検討してください。仮設費を二回払わないための、いちばん効く一手です。
実務3:補助金のスケジュールを「設計の前」に確認する
先進的窓リノベ2026事業などの補助金は、予算と期間に限りがあります。工事の発注前ではなく、仕様を決める設計の段階で、対象製品・申請時期を確認しておくこと。これが申請の取りこぼしを防ぎます。
実務4:工法を「足場ありき」で決めない
見積もりが「全面足場」で組まれていたら、一度立ち止まってください。高層部や一部の面だけロープアクセスに置き換える、あるいはハイブリッドにするだけで、仮設費が変わることがあります。3工法を扱える会社に、別の絵も描いてもらうのが安全です。
実務5:省エネ改修の履歴を「記録」として残す
工事をしたら、内容・数量・使った製品を記録に残しておくこと。この履歴が、将来の売却・融資・入居者募集で「手をかけて維持されてきた建物」という説明材料になります。やった工事を、ちゃんと価値に変えるための一手です。
6. 工法の選び方——足場・ロープアクセス・ハイブリッド
「無足場って、本当に大丈夫なの?」というご質問を、現場でよくいただきます。ここで、3つの工法の使い分けを整理しておきます。
居住者・テナントがいる収益物件こそ、無足場が効く
ロープアクセス(無足場工法)は、産業用ロープを使って建物の外壁にアクセスし、足場を架けずに施工する方法です。足場の架設・撤去がない分、仮設費を抑えられ、工期も短く、足場で窓がふさがれる期間がない。居住者やテナントが入ったまま工事を進める収益物件では、この「生活・営業への影響の小ささ」が大きな価値になります。
一方で、広い面を一気に仕上げる作業や、重い資材を扱う工事は、足場のほうが向きます。だから「無足場が万能」とは申しません。建物の形・高さ・工事内容によって、最適な工法は変わります。
3つの工法から「建物にとってベスト」を選ぶ
私たちは、通常足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つを、建物の特性に応じて使い分けてご提案します。足場が必要な面は足場で、不要な面はロープアクセスで——この組み合わせ(ハイブリッド)で、品質を落とさずに仮設費を圧縮します。
さらに、私たちは日本で初めてロープアクセス工事のフランチャイズを展開しており、塗装・防水・タイル・電気・看板といった各分野の専門職が加盟しています。それぞれの専門職が直接施工に入ることで、中間マージンを抑えながら高品質を保つ——これが、高品質と低価格を両立できる理由です。
7. 私が現場で見てきた、同時施工の「失敗」と「成功」
最後に、現場の話を少しだけ。
失敗のほうから。あるオーナーさまは、大規模修繕で足場を組み、外壁と防水をきれいに仕上げました。その2年後、入居者からの「冬が寒い」という声を受けて、窓の断熱改修を別発注。また足場を組み、また近隣にあいさつまわりをして、また仮設費を払いました。「あのとき一緒にやっていれば、足場代がまるまる浮いたのに」——後から悔やまれていました。これは、計画の段階で省エネ改修が選択肢に入っていなかったために起きたことです。
成功のほうも。別の一棟オーナーさまは、大規模修繕の計画を立てる段階で、私たちと一緒に「この足場で、できることを全部やる」と決めました。外壁塗装・防水に加えて、窓の断熱改修を束ね、補助金の対象製品を設計段階で選定。高層部はロープアクセスに切り替えて仮設費を抑えました。結果、工事は一回で済み、入居者へのお願いも一回だけ。工事後の募集では「省エネ性能」を打ち出せるようになり、空室の埋まりが目に見えて変わりました。
差は、能力ではありません。「次の足場を、最大限に使い切る」という発想があったかどうか。それだけです。
8. よくあるご質問(FAQ)
Q1. 既存の築古マンションにも、省エネ基準の適合義務はかかりますか?
A. いいえ。2025年4月から義務化されたのは、原則すべての「新築」建築物です(国土交通省)。既存物件にいますぐ適合義務がかかるわけではありません。ただし、新築・建替えが省エネ基準クリア品になるなかで、何もしていない既存物件は相対的に競争力が下がっていきます。義務ではなく「選ばれ続けるための備え」として考えるのが実務的です。
Q2. 省エネ改修だけを単発で発注するのは損ですか?
A. 足場を要する外壁・屋上の断熱改修については、大規模修繕と別々に発注すると、仮設費(工事費のおよそ2割)を二回払うことになります。内窓の設置など足場が不要な工事は単発でも構いませんが、足場を使う工事は大規模修繕と束ねるほうが、コスト面で有利です。
Q3. 補助金は、いつ申請すればいいですか?
A. 工事の発注後ではなく、仕様を決める設計の段階で、対象製品とスケジュールを確認しておくのが安全です。先進的窓リノベ2026事業のような補助金は、予算上限に達すると受付が終了し、要件も毎年変わります(環境省)。「取れたらやる」ではなく「最初から計画に組み込む」のが正解です。
Q4. マンションの管理組合でも補助金は使えますか?
A. はい。先進的窓リノベ2026事業は、マンションの管理組合名義での申請が可能です(環境省)。共用部・専有部を束ねて、建物全体の断熱改修に活用できます。大規模修繕の計画と一緒に検討すると効果的です。
Q5. ロープアクセス(無足場工法)は、足場の工事より品質が落ちませんか?
A. 工事内容によります。外壁の塗装・補修やシーリング、調査・点検などはロープアクセスでも十分な品質で施工できます。一方、広い面を一気に仕上げる作業や重量物の扱いは足場が向きます。だからこそ、私たちは部位ごとに使い分けるハイブリッド工法で、品質を保ちながら仮設費を抑えるご提案をしています。
Q6. まず何から始めればいいですか?
A. お持ちの建物の長期修繕計画を見直し、「次に足場を組む工事はいつか」を確認するところからです。そのタイミングに省エネ改修と補助金活用を束ねられないか、図面と現地を見たうえでご提案します。判断の前の整理だけでも、お手伝いできます。
9. まとめ——「次の足場」を、最大限に使い切る
本日お伝えしたかったことは、ひとつに尽きます。省エネ改修は、大規模修繕と同時にやる。次に組む足場を、最大限に使い切る。
新築は2025年4月から省エネ基準が義務化され、賃貸広告には省エネ性能ラベルが並び、2027年にはエアコンの基準も上がります。市場は、確実に「省エネ性能で建物を見る」方向に動いています。そのなかで、既存の収益物件が選ばれ続けるためには、性能を底上げする一手が要る。
ただし、慌てて単発で発注すれば、いちばん高い仮設費を二度払うことになります。大規模修繕の足場が建っているうちに省エネ改修を束ね、補助金を計画段階から組み込み、足場そのものをロープアクセス・ハイブリッドで圧縮する——この段取りができるかどうかが、コストと資産価値の分かれ目です。
私たちは、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3工法から、建物にとってベストなご提案ができる、日本でも数少ない会社です。「次の足場で、できることを全部やる」——そのプランニングを、図面と現地から一緒に組み立てます。
無足場・ロープアクセスでの大規模修繕について詳しくはロープアクセス工事のご案内を、調査・お見積もりのご相談は大規模修繕・調査のご案内をご覧ください。具体的なご相談はお問い合わせフォームから承ります。
出典
- 国土交通省「全ての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合が義務付けられます(建築物省エネ法/2025年4月施行)」 https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001519931.pdf
- 国土交通省「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度(2024年4月開始)」 https://www.mlit.go.jp/shoene-label/
- 環境省「先進的窓リノベ2026事業(公式)」 https://window-renovation2026.env.go.jp/
- 環境省「先進的窓リノベ2026事業の概要(令和7年度補正予算1,125億円)」 https://www.env.go.jp/content/000367224.pdf
- 資源エネルギー庁「2027年4月からエアコンの新たな省エネ基準がスタート」 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/air_conditioner_2026.html
- 国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」(仮設費が工事費に占める割合の目安)
本記事の試算・割合はあくまで目安であり、実際の費用・補助内容は建物の状態や年度の制度改正により変わります。個別の判断は現地調査のうえご相談ください。
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大規模修繕の履歴が、収益物件の「売り時」を左右する——中古マンション在庫が動く2026年、オーナーが出口の前に確認すべき5つの実務
「そろそろ、この一棟を手放そうか」。
収益物件をお持ちのオーナーさまから、私がいま一番よくいただくのが、この出口(売却)のご相談です。
そして、ほぼ必ずセットで出てくるのが「大規模修繕は、売る前にやるべきか、やらずに売るべきか」という問いです。
正直に申し上げます。これは、物件によって答えが正反対になります。
ですが、判断の「ものさし」は共通しています。それが、本日お伝えする修繕履歴という考え方です。
私は外壁・防水の現場で20年やってきて、足場を組む工事も、ロープでぶら下がる無足場の工事も、その両方を見てきました。その立場から、いまの市場で収益物件のオーナーさまが損をしないために、出口の前に確認すべきことを整理します。
結論から先に申し上げます。出口で得をするオーナーさまに共通しているのは、特別なことではありません。「自分の建物の状態を、数字と記録で説明できる」——ただそれだけです。逆に、ここが曖昧なまま売りに出ると、本来の価値より安く見られてしまう。本日は、その差がどこで生まれるのかを、現場の言葉でお話しします。
1. 2026年のいま、中古マンション市場で起きていること
まず、足元の市場を私なりに整理させてください。判断の前提が変わってきているからです。
都心の高額帯では「売却の長期化」、ただし首都圏全体の在庫は減少基調
2026年に入ってから、一部のメディアで「山手線の内側で中古マンションの在庫が増えている」「都心離れが始まった」という指摘が出ています。高額帯の物件で売却までの期間が延び、需要が周辺県へ動いている、という見立てです。
一方で、公的な統計を見ると、景色は少し違います。
東日本不動産流通機構(東日本レインズ)のまとめでは、2026年2月の首都圏中古マンションの在庫件数は4万5,112件で、前年同月比0.2%減と、7か月連続で減少しています。成約件数は4,241件(前年同月比2.1%増)、成約平均価格は5,458万円(同9.5%上昇)で、㎡単価は70か月連続の上昇です(出典:東日本レインズ 不動産市場動向)。
つまり、「全体としては在庫が増えて値崩れしている」のではなく、一部の高額帯・特定エリアで売れ行きにばらつきが出ている、というのが実態に近い。私はこの差を、現場の感覚でこう読んでいます。
「市場全体が悪いのではなく、物件ごとの“選ばれる/選ばれない”の差が、はっきり値段と日数に出るようになった」。
ここが、修繕履歴の話につながります。買い手が選別を始めた局面では、建物のコンディションが、いままで以上に価格と売却スピードを左右するのです。
一棟収益ビルが「大規模修繕工事中」のまま売りに出る時代
もう一つ、私が最近目にして「なるほど」と思った動きがあります。
一棟もの(建物を丸ごと一棟保有する収益物件)の販売情報で、「大規模修繕工事中」「下地補修・シーリング工事・外壁塗装・防水工事を実施」といった条件を、わざわざ前面に出して売り出すケースが増えてきました。
これは売り手が、修繕を「コスト」ではなく「セールスポイント(買い手の安心材料)」として使い始めた、ということです。
かつては「修繕したばかり=出費した直後で利回りが下がる」とネガティブに見られがちでした。いまは逆に、「直近で大規模修繕済み=当面の大きな出費が読める」と、ポジティブに評価する買い手が増えています。
私はこの変化を、とても良い兆候だと思っています。建物を丁寧に直してきたオーナーさまが、その努力をきちんと値段で回収できる時代になりつつある、ということだからです。
現場で見た「履歴がある建物」と「ない建物」の差
少し、現場の話をさせてください。
以前、ある一棟ビルのオーナーさまから「売却を考えているが、外壁が気になる」とご相談を受けたことがあります。築20年を超え、タイルの一部に浮き(タイルが下地から剥がれかけ、叩くと空洞音がする状態)が出ていました。図面も、過去の修繕の記録も、ほとんど残っていない物件でした。
私が一番困ったのは、劣化そのものよりも「これまで何をしてきたか分からない」ことでした。
記録がないと、買い手は最悪を想定します。「下地までやられているかもしれない」「配管も限界かもしれない」と。結果として、本来は健全な部分まで割り引かれて値踏みされてしまう。これは、オーナーさまにとって本当にもったいない話です。
逆に、修繕の記録をきちんと残してきた建物は、強い。
「12年目に外壁と防水を一式やり、シーリングは18年目に打ち替えた」という履歴が一枚あるだけで、買い手の不安は一気に下がります。現場で20年やってきて、私が一番悔しい思いをするのは、丁寧に管理してきたオーナーさまが、記録がないというだけで安く買い叩かれる場面です。
だから私は、工事そのものと同じくらい、「記録を残すこと」を大切にしてください、とお伝えしています。
2. なぜ「修繕履歴」が収益物件の価格と速さを左右するのか
ここからが本題です。なぜ修繕履歴が、それほど効くのか。理由はシンプルです。
買い手が本当に見ているのは「これからいくらかかるか」
収益物件の買い手は、投資家です。投資家が見ているのは、表面的な利回りだけではありません。
「買った後、何年で、いくらの修繕費が追加でのしかかるか」——この将来コストの見通しこそが、買い手にとっての最大のリスクです。
ここで、国土交通省の調査が一つの目安になります。
国交省が200社・818件の工事事例を集計した「令和3年度マンション大規模修繕工事に関する実態調査」によると、戸あたりの工事金額で最も多かったのは100万〜125万円/戸の価格帯でした(出典:国土交通省 マンション大規模修繕工事に関する実態調査)。
仮に30戸の物件なら、単純計算で3,000万〜3,750万円。これだけのまとまった出費が「いつ来るか分からない」のと、「直近でやったばかりで、次は10年以上先」とでは、買い手の安心感がまったく違います。
修繕履歴とは、この将来コストの不確実性を下げる証明書なのです。だから価格と売却スピードに効きます。
区分所有なら、修繕積立金と長期修繕計画の整合も見られる
一棟ものではなく、区分マンション(建物の一室単位で保有する形態)を収益物件としてお持ちの場合は、もう一段見られるポイントがあります。管理組合の修繕積立金と長期修繕計画(将来の修繕を時系列で見積もった計画書)の状態です。
国土交通省は2024年6月に「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」を改定しました。
段階的に積立金を増やしていく「段階増額積立方式」について、計画初期の額は均等積立とした場合の基準額の0.6倍以上、最終額は1.1倍以内に収める、という考え方が新たに示されています(出典:国土交通省 修繕積立金ガイドライン改定)。
これは裏を返せば、積立金が極端に安く据え置かれている物件は、「いずれ大幅値上げか一時金徴収が来る」と買い手に警戒される、ということです。
区分の収益物件を売るなら、修繕積立金が計画に対して健全か、直近の大規模修繕がいつ行われたかを、買い手は必ず確認してきます。
売却査定の現場で、修繕履歴はこう効く
もう少し具体的にお話しします。
不動産会社が収益物件を査定するとき、外壁や屋上防水の状態は、査定額の調整項目として必ずチェックされます。「外壁に大きなひび割れがある」「屋上の防水が切れていて雨染みがある」となれば、買い手は補修費用を見込んで指値(値引き交渉)をしてきます。
このとき、修繕履歴があると交渉の景色が変わります。
「外壁・防水は3年前に一式実施済み、保証書もあります」と一枚の資料で示せれば、買い手は補修費の上乗せ分を差し引く理由を失います。つまり、修繕履歴は指値をはね返す盾になるのです。
私は、これを「攻めの履歴管理」と呼んでいます。工事をするだけでなく、いつ・どこを・どんな仕様で直したかを記録として残し、売却時にそのまま渡せる形にしておく。これだけで、同じ建物でも数十万円から、規模によってはそれ以上、手残りが変わってきます。
3. 「修繕してから売る」か「現状のまま売る」か——4つの判断軸
では、本丸の問いです。出口の前に大規模修繕をやるべきか、やらずに売るべきか。
私はいつもオーナーさまに、次の4つの軸で一緒に整理しましょう、とお伝えしています。
判断軸の比較
| 判断軸 | 「修繕してから売る」が有利 | 「現状のまま売る」が有利 |
|---|---|---|
| 建物の劣化状況 | 外壁のひび割れ・タイル浮き・雨漏りなど、見て分かる劣化がある | 劣化が軽微で、買い手が「すぐ直す必要なし」と判断できる |
| 買い手の層 | 実需に近い・修繕を嫌う個人投資家が中心 | 自分で直す前提のプロ・買取再販業者が中心 |
| 市場の状況 | 在庫が多く、差別化が必要な局面 | 売り手有利で、現状でも複数の買い手がつく局面 |
| 資金と時間 | 工事資金があり、売却を急がない | 手元資金を使いたくない・早期に現金化したい |
ざっくり言えば、「劣化が目に見えていて」「修繕を嫌う買い手が相手で」「急がない」なら、直してから売る方が有利になりやすい。逆に、プロが相手で早く現金化したいなら、現状のまま価格を調整して売る方が合理的なこともあります。
ただし、こういうケースは「修繕してから」が不利になる
両論併記でお伝えします。修繕してから売れば必ず得、というわけではありません。
第一に、かけた工事費がそのまま売値に上乗せできるとは限らないケースです。買取再販のプロが相手だと、「修繕済みでも自社基準でやり直す」ため、工事費を評価してもらえないことがあります。この場合、修繕は持ち出しになりかねません。
第二に、売却を急ぐのに工事期間を待てないケースです。大規模修繕は足場を組む一般的な工法だと、規模にもよりますが数か月かかります。その間に市況が変わるリスクもあります。
第三に、過剰な修繕です。出口が決まっているのに、20年先まで見据えた仕様で直してしまうと、回収できない投資になります。出口前の修繕は「買い手が安心する最小限」に絞るのが、私の考えです。
だからこそ、出口の前の修繕は「やるか・やらないか」の二択ではなく、「どこまでやるか・いくらで・どの工法で」まで含めて設計する必要があるのです。
4. 大規模修繕のコストを、出口から逆算して最適化する
「やる」と決めた場合、次は中身です。出口前の修繕は、コストの最適化がそのまま手残りに直結します。
工事費の約2割を占める「仮設足場」をどう削るか
ここで、多くのオーナーさまが見落としがちな数字をお伝えします。
先ほどの国交省の実態調査では、工事費に占める仮設工事費の割合は約22.8%でした(建築工事は約60.3%)(出典:国土交通省 マンション大規模修繕工事に関する実態調査)。
仮設工事の中心は、建物の周りに組む足場です。つまり、工事費のおよそ5分の1が、直接「直す」ためではなく「作業の足場を作る」ためのコストだということです。
戸あたり100万円の工事なら、ざっと20万円強が足場関係。これは「直した結果」として建物に残るものではありません。
出口を見据えるなら、ここを削れるかどうかは大きい。だから私は、足場をどう扱うかを最初に考えます。
ロープアクセス(無足場工法)という選択肢
そこで登場するのが、ロープアクセス工法です。
これは、産業用ロープで作業員が建物の上から吊り下がり、足場を組まずに外壁の補修や塗装、防水を行う「無足場工法」のことです(屋上などからロープで降りて作業する方法、とイメージしてください)。
足場を組まない分、仮設費を抑えられ、工期も短くできるケースが多い。さらに、足場がないことで居住者・テナントの生活や営業への影響が小さく、防犯面(足場を伝った侵入リスク)でも安心という副次的なメリットもあります。
ただし、ロープアクセスが万能というわけではありません。広い面を一気に塗る作業や、大量の資材を扱う工事では、足場の方が効率的なこともあります。だから私は、足場・ロープアクセス・その両方を部位ごとに使い分けるハイブリッド工法の3つを、建物ごとに比較してご提案するようにしています。
(工法の詳しい考え方はロープアクセス工法のご紹介、修繕全体の進め方は大規模修繕工事のご紹介をご覧ください。)
私はこれを、必ずワンセットで提案するようにしています。なぜなら、「足場ありき」で見積もると、削れたはずのコストが見えないまま埋もれてしまうからです。出口を控えたオーナーさまにとって、この差は手残りそのものです。
戸あたり換算で、自分の財布で考える
数字を、もう一度オーナーさまの財布感覚に落とし込みます。
戸あたり100万〜125万円という工事費のうち、約2割が仮設足場。仮にロープアクセスやハイブリッドで仮設の一部を圧縮できれば、戸あたり数万円〜十数万円の差が出ることもあります。30戸なら、その差は数十万円〜数百万円規模です。
もちろん、これは建物の形状や劣化状況によって大きく変わりますので、断定はできません。
ですが、「足場が当たり前」という前提を一度外して比較するだけで、出口の手残りが変わる可能性がある——この点だけは、ぜひ頭の片隅に置いていただきたいのです。
数字でイメージする——あくまで一例として
具体的なイメージを持っていただくために、あくまで一例として簡単な試算をしてみます。
築20年・30戸の一棟マンションで、外壁塗装・防水・シーリングを中心に大規模修繕を行うとします。先ほどの国交省データの戸あたり100万円を仮の基準にすると、工事費はおよそ3,000万円。このうち仮設工事が約2割なら、足場関係は600万円前後という計算になります。
ここで、建物の形状や立地が無足場施工に向いていて、仮設の一部をロープアクセスやハイブリッドに置き換えられたとします。仮に仮設費の一部を圧縮できれば、全体で数十万円から、条件次第では百万円単位の差が生まれることもあります。
繰り返しますが、これはあくまで前提を置いた一例で、実際の金額は建物ごとにまったく異なります。断定はできません。
私がお伝えしたいのは、金額の大小そのものではなく、「足場という前提を疑ってみる価値がある」ということです。出口を控えたオーナーさまにとって、この一手間が、最後の手残りを左右します。
5. なぜ私は「足場ありきの一社見積もり」を勧めないのか
工法の話をすると、必ずいただく質問があります。「結局、どの会社に頼めばいいのか」。
ここは利益相反になりますので、見出しで区切ったうえで、私の考えを正直に申し上げます。
相見積もりは、工法をまたいで取る
大規模修繕の見積もりは、複数社から取る「相見積もり」が基本です。これは多くのオーナーさまがご存じです。
ですが、見落とされがちなのは、工法をまたいで比較するという視点です。足場前提の会社ばかり3社に声をかけると、3社とも仮設足場のコストを前提にした見積もりが並びます。比べているようで、実は同じ土俵の中でしか比べていない。
私がおすすめしたいのは、足場前提の見積もりと、ロープアクセスやハイブリッドを含む見積もりを、並べて比べることです。そうして初めて、「この建物は、どの工法が一番コスト効率が良いのか」が見えてきます。出口を控えているなら、この一手間が手残りに直結します。
「安かろう悪かろう」を避ける仕組み
とはいえ、安ければいいという話ではありません。安い見積もりの裏で、下地補修の数量がごまかされていたり、塗料のグレードが落とされていたりすれば、結局すぐに再劣化します。それでは、売った後にトラブルの種を残すことにもなりかねません。
私たちは、塗装・防水・タイル・シーリングといった各分野の専門職が連携する体制で施工しています。各工程に専門の職人が責任を持つことで、「無足場でコストは抑えつつ、品質は落とさない」を両立させる——これが、私が現場でこだわってきたことです。
価格と品質は、本来トレードオフではありません。工法の選択と、職人の組み方しだいで、両立できる余地があるのです。
6. 出口の前に、オーナーが確認すべき5つの実務
最後に、読み終えたら何をすべきか。具体的なチェックリストにします。
- 直近の修繕履歴を一枚にまとめる。 いつ・どこを・いくらで直したかを時系列で整理する。これが買い手への「将来コストの見通し」になります。区分なら長期修繕計画と修繕積立金の状況も添える。
- 建物診断(劣化調査)を受ける。 いまの建物が「直してから売る」べき状態か、「現状で売れる」状態かを、客観的に把握する。主観で決めない。
- 修繕の範囲を「出口仕様」に絞る。 20年先までではなく、買い手が安心する最小限に。過剰修繕は回収できません。
- 複数の工法で見積もりを取る。 足場前提だけでなく、ロープアクセス・ハイブリッドを含めて比較し、仮設費を見える化する。
- 「修繕してから売る/現状で売る」を数字で比較する。 第3章の4つの軸に、工事費・想定上乗せ額・工期を当てはめ、手残りで判断する。
このうち、私が特にお伝えしたいのは4番です。
工法を比較するだけで、出口の手残りが変わることがある。けれど、足場前提の一社見積もりだけでは、その差はそもそも見えません。
「うちの建物は、足場とロープ、どちらが向いているのか」。
それだけでも、お問合せフォームからご相談いただければ、現場目線で一緒に整理します。売る前提でも、まだ売らない前提でも構いません。判断材料を増やすことが、オーナーさまの損を防ぐ一番の近道だと、私は考えています。
7. 6月は「総会・予算」の季節——出口の話を切り出す好機
ここで、季節の話を一つ。
6月は、マンション管理組合の通常総会が集中する時期です。区分の収益物件をお持ちの方なら、ちょうど管理組合から決算や修繕の議案が届いている頃でしょう。一棟ものでも、年度初めの予算を見直すには良いタイミングです。
私は、この6月という時期を、出口を考えるオーナーさまにこそ活用してほしいと思っています。理由は二つあります。
一つは、情報が手元に揃うからです。総会資料には、長期修繕計画の進捗、修繕積立金の残高、次回の大規模修繕の予定時期が書かれています。これは、買い手が見たがる「将来コストの見通し」そのものです。総会のタイミングで一度整理しておけば、いざ売るときの資料がそのまま使えます。
もう一つは、判断に使える時間があるからです。仮に「修繕してから売る」と決めても、工事の計画から完了までには時間がかかります。秋から冬の工事を狙うなら、夏前のいまから工法の比較や見積もりを始めるくらいで、ちょうど良い。慌てて決めた修繕ほど、過剰になったり割高になったりしがちです。
総会の議案を眺めながら、「この建物、あと何年で次の大規模修繕が来るのか」「そのとき、足場とロープ、どちらが合うのか」を一度考えてみてください。
理事会や管理会社との会話の中で、1分だけでもこの話題を出しておくと、半年後・1年後の判断がずいぶん楽になります。
8. よくある質問(FAQ)
Q. 大規模修繕をしてから売ると、工事費はそのまま売値に上乗せできますか。
A. できるとは限りません。実需に近い買い手なら評価されやすい一方、買取再販のプロが相手だと自社基準でやり直すため、評価されないこともあります。買い手の層を見極めることが先決です。
Q. ロープアクセス(無足場工法)は、足場を組む工事より必ず安くなりますか。
A. 必ずではありません。仮設足場の費用を抑えられるケースは多いですが、広い面を一気に施工する工事などでは足場の方が効率的なこともあります。建物ごとに比較するのが前提です。
Q. 売却を急いでいます。それでも修繕してから売るべきですか。
A. 急ぐ場合は、現状のまま価格調整で売る方が合理的なことが多いです。大規模修繕は規模により数か月かかるため、工期と市況変動のリスクを天秤にかけてください。
Q. 区分(一室)の収益物件です。何を準備すればよいですか。
A. 管理組合の長期修繕計画と修繕積立金の健全性が見られます。積立金が計画に対して不足していないか、直近の大規模修繕の実施時期を確認し、資料として用意しておくと売却がスムーズです。
Q. まだ売るか決めていません。それでも相談していいですか。
A. もちろんです。むしろ、出口を決める前に建物の状態と工法の選択肢を把握しておくことが、後悔しない判断につながります。
Q. 修繕履歴の資料は、どの程度まとめておけば十分ですか。
A. 完璧な書類でなくて構いません。実施時期・工事箇所・おおよその金額・施工会社・保証の有無が一枚で分かれば、買い手の不安は大きく下がります。見積書や工事写真が残っていれば、あわせて保管しておくとより安心です。
出典・参考資料
- 東日本不動産流通機構(東日本レインズ)「不動産市場動向(統計)」(2026年2月 首都圏中古マンション 成約・在庫データ)
- 国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」(令和3年度/200社818件、戸あたり工事費・仮設費割合)
- 国土交通省「「長期修繕計画作成ガイドライン」及び「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」の改定について」(令和6年6月)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
出口の前にやるべきことは、突き詰めれば「自分の建物の状態を、客観的な数字で把握しておく」——ただそれだけです。
売る・売らないにかかわらず、ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会や売却の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
中東発「ナフサショック」が大規模修繕を直撃|塗料1か月待ち時代に、収益物件オーナーと管理組合が今やるべき5つの判断【2026年5月】
はじめに ── 今朝、現場の塗装職長から「在庫6月末で尽きるかも」と電話がありました
おはようございます。株式会社明誠の本間です。
今朝、私は協力会社の塗装職長から1本の電話を受けました。
「社長、ぶっちゃけ言うと、いつも使っているメーカーの塗料、次の発注からは納期1か月で見ておいてください。在庫、本気で6月末には尽きる可能性があります」
電話を切ってすぐ、私は朝日新聞の記事を確認しました。「ナフサ不足で塗装業者から悲鳴 塗料の在庫『6月末で尽きてしまう』」という見出しが目に飛び込んできました(出典:朝日新聞 2026年5月20日)。同じ日、Yahoo!ニュースでは石川県塗装工業会が「橋に塗る塗料が納入1か月待ち、塗装資材の安定供給を」と緊急要望を出しています(出典:Yahoo!ニュース 2026年5月20日)。
これは、現場の一部の話ではありません。私は20年近くこの業界で仕事をしてきましたが、塗料・シーリング・防水材といった大規模修繕の根幹資材が、ここまで一斉に揺らぐ局面は東日本大震災直後以来です。
ここからが本題です。本記事では、収益物件を保有するオーナー様、そしてマンション管理組合の理事長様に向けて、今この瞬間に確認していただきたい5つの判断を、現場の本音とともにお伝えします。
H2-1:なぜ「ナフサショック」が大規模修繕に直撃するのか
ナフサと塗料・建設資材の関係
まず用語を整理します。ナフサとは、原油を蒸留して得られる軽質油の一種で、プラスチック、合成樹脂、塗料、シーリング材、防水材といった石油化学製品の出発原料です。建設現場で使う主要資材の多くが、このナフサ由来の合成樹脂を含んでいます。
ナフサが高騰・不足すると、川下で何が起きるか。
まず塗料:ウレタン系・シリコン系・フッ素系といった主流の樹脂塗料は、ほぼ全量がナフサ由来の合成樹脂をベースにしています。次にシーリング材:マンションの外壁目地に詰めるあの白い・黒いゴム状の材料も、ポリウレタン系やポリサルファイド系といったナフサ由来の樹脂です。防水材もウレタン防水、塩ビシート防水、改質アスファルト防水のいずれも、ナフサ系の樹脂・添加剤に依存しています。
つまり、大規模修繕の工事費の中で「材料費」の50〜70%を占める仕上げ材は、ほぼ全てナフサ価格の影響をストレートに受けるのです。これが、私が「ナフサショックは大規模修繕にとって直撃の問題だ」と申し上げる理由です。
朝日新聞・石川県報道が示す「6月末で在庫が尽きる」現場
朝日新聞が報じた関西の住宅向け塗装業者の言葉が、私には刺さりました。「うちは大丈夫です」と顧客には言い切る。しかし内心は不安でいっぱい、というのです(出典:朝日新聞 2026年5月20日)。
石川県塗装工業会の事例では、浅野川にかかる橋の塗装工事で、塗料納入に1か月かかったとされています。橋梁塗装は構造物の長寿命化に直結する工事ですから、自治体側もこれを待たざるを得ません。
私が痛感したのは、「我慢して待てる工事」と「待てない工事」の差です。橋梁の再塗装は、極論を言えば数か月遅れても倒壊するわけではない。一方、マンションの屋上防水工事で梅雨入りまでに完了させたかった案件が、塗料1か月待ちで7月にずれ込むと、雨季の漏水リスクを丸ごと住民が背負うことになります。
経産省ガソリン補助金41.8円/Lが示す原油・原料価格の異常事態
もう一つ、私が見逃せないと感じているのが、経済産業省が2026年5月20日に発表したガソリン補助金の支給額です。1リットルあたり41.8円。経産省自身、6月にも基金が枯渇する可能性に言及しています(出典:Yahoo!ニュース 2026年5月20日)。
ガソリン1Lに対して41.8円の補助が必要というのは、原油・石油由来製品の市況がそれだけ異常事態だということです。建設現場では、職人の通勤・資材運搬・重機燃料のすべてに軽油・ガソリンが使われます。資材費だけでなく輸送費にも、ナフサショックは波及します。
私はこの数字を見て、「これは数か月で収まる話ではない」と判断しました。長期化を前提に経営判断を組み直す局面に入ったと考えています。
H2-2:実例で見る「価格と工期」の二重打撃
大手3社は増収営業増益、しかし末端工事業者は痛手
ここで一つ、誤解されやすい点を整理させてください。
総合塗料メーカー大手3社(日本ペイントホールディングス、関西ペイント、エスケー化研系列など)の2027年3月期業績予想は、全社が増収営業増益を見込んでいます(出典:Yahoo!ニュース 2026年5月20日)。
これだけ見ると「塗料業界は元気じゃないか」と思われるかもしれません。しかし、これはメーカー視点の話です。原料高を製品価格に転嫁できる大手メーカーは利益を確保できるが、末端の塗装工事会社、ひいては発注者であるオーナー様・管理組合は、その値上げを正面から引き受ける構図なのです。
正直に申し上げます。我々のような工事会社にとって、メーカーが増益でも嬉しくはありません。むしろ、値上げを発注者にどう説明し、どう仕様調整で吸収するかという胃の痛い仕事が増えるだけです。
健美家報道「2027年エアコン省エネ基準改正+ナフサショック」収益物件オーナー直撃
不動産投資情報誌「健美家」が2026年5月20日に配信した記事のタイトルが、私の今日のテーマと完全に一致していました。「2027年エアコン価格が改定? ナフサショックで新築の工期遅れ? 収益物件オーナーが」(出典:健美家 2026年5月20日)。
健美家の指摘は、新築のみならず既存物件の修繕にも波及するというものです。エアコン省エネ基準は2027年の改正でハードルが上がります。室外機の更新や、断熱性能を上げる外壁修繕とセットで考える収益物件オーナー様にとっては、ナフサショックと省エネ基準のダブルパンチが2027年問題として迫っています。
防水・塗装・シーリング、各工程への影響度合い
私の体感ベースで、影響度合いを整理します。あくまで現場の声に基づく目安で、すべての物件に当てはまるわけではありません。
| 工程 | 主原料 | 価格影響 | 工期影響 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 外壁塗装(シリコン・フッ素) | ナフサ系樹脂 | ★★★ | ★★ | メーカー指定品の確保が課題 |
| 屋上防水(ウレタン) | ウレタン樹脂 | ★★★ | ★★★ | 梅雨前需要と重なり最も逼迫 |
| シーリング | ポリウレタン系 | ★★ | ★★ | 主剤・硬化剤の納期長期化 |
| タイル張替 | モルタル+接着剤 | ★ | ★ | セメント系で影響軽微 |
| 鉄部塗装(錆止め・上塗り) | アルキド樹脂 | ★★ | ★★ | 代替品流通あり |
ご覧の通り、屋上防水(ウレタン)が最も逼迫しています。梅雨入り前に終わらせたい工事と、ナフサショックの真っ只中が重なるからです。
H2-3:大規模修繕の現場で何が起きるか ── 私が見てきた3つのリスク
リスク①:工期遅延 ── 足場リース料は1日単位で発生する
ここで現場の話を一つ。
私が以前担当した築20年・96戸のマンションで、塗料納期が3週間遅れたことがありました。その3週間、足場は組んだまま動けません。足場のリース料は、1日単位で発生します。物件規模にもよりますが、私の現場感覚で月あたり数十万円〜100万円超のリース費用が積み増しになるケースは珍しくありません。
これが、「足場が組んであるのに何もできない」という最悪のシナリオです。発注者から見れば、何も進んでいないのに毎日お金が消えている。私が一番悔しい思いをするのは、こういう場面です。
リスク②:仕様変更 ── 「同等品」への切替で品質低下リスク
塗料が確保できない場合、現場では「同等品」と称した代替品への切替が提案されることがあります。
これ自体は悪いことではありません。問題は「同等品の定義が曖昧」なまま発注書に書かれることです。たとえば塗膜の耐用年数、紫外線劣化への耐性、伸び率、これらが似ているようで微妙に違う製品同士が「同等品」として処理されてしまうと、5年後・10年後に外壁の劣化進行が想定より早く出てきます。
私はいつも理事長さまにこうお伝えしています。「同等品の切替が出てきたら、必ず製品名・メーカー名・JIS規格番号を文書で残してください」と。
リスク③:入札不調 ── 見積もり段階で塗料単価が確定しない
管理組合の理事会で予算化された金額に対し、入札してきた業者がすべて予算オーバー、というケースが今年4月から増えています。
理由は単純で、業者が仕入れ価格をリアルタイムで読めないのです。3か月前なら塗料単価をある程度固定で出せたものが、今は2週間後にメーカー値上げが入るかもしれない。だから業者は安全マージンを乗せて見積もる。結果、予算と入札額が乖離する。
私の経験上、これは2026年いっぱい続く可能性が高いと見ています。
H2-4:ロープアクセス工法が今、選ばれる理由
ここまで、ナフサショックが大規模修繕に与える影響をお話してきました。ここからは少しだけ、明誠の話をさせてください。
足場仮設費削減で資材高騰分を吸収
ロープアクセス工法のご紹介でも詳しくご説明していますが、ロープアクセス工法は産業用ロープを用いて職人が建物の壁面に直接アクセスする無足場工法です。
メリットを一言で言えば、足場を組まないので、足場代がかからないこと。これは平時でも工事費全体の10〜30%程度の削減効果がありますが、ナフサショックで資材価格が上昇している今、「材料費の上昇分を、足場代の削減で相殺する」という現実的な戦略が成立します。
もちろん、すべての工事にロープアクセスが向くわけではありません。面の広い外壁全面塗装で工期を短縮したい場合は足場のほうが適していることも多いですし、複雑形状の中低層では足場が向くケースもあります。
工期短縮で居住者・テナントの生活影響を最小化
ロープアクセス工法のもう一つの強みが、工期短縮です。
足場を組むには通常3〜7日、解体にも同程度かかります。これに対しロープアクセスは、設営は半日〜1日。シート養生やバルコニーへの工事員出入りで居住者にお願いする期間が、足場工法に比べて短くなります。
賃貸オーナー様で「テナント満室で、空室期間を作りたくない」という案件、私はロープアクセスをまずシミュレーションするようにしています。
「3工法から最適提案できる」会社の優位性
明誠は、通常足場工法・ロープアクセス工法・両者を組み合わせたハイブリッド工法の3つから、建物特性とご予算に応じて最適な提案ができる、日本でも数少ない会社です。
なぜこの「3工法持っている」ことが、ナフサショックの時代に効くのか。
ナフサショックは、すべての建物に均等に襲ってくるわけではありません。たとえば、屋上防水だけが急を要するなら、ロープアクセスは使えませんから足場が必要です。逆に、外壁の補修が中心で全面塗装は次回でいいなら、ロープアクセスでスポット施工して足場代をゼロにできます。
「足場一択」「ロープ一択」の会社では、今回のような原料ショックの最中、選択肢が硬直して逃げ場がありません。3工法を持っていると、部位ごと・季節ごとに最適な工法を組み合わせることで、資材高騰の影響を最小化できます。
明誠は、この3工法対応に加え、日本で初めてロープアクセス工事のフランチャイズ展開を行っており、塗装・防水・タイル・電気・看板など各分野の専門職が加盟しています。詳しくは大規模修繕工事のご紹介もご覧ください。
H2-5:収益物件オーナーが今やるべき5つの判断
ここからが、本記事で一番お伝えしたい部分です。収益物件オーナー様向けに、2026年5〜6月のうちに動いていただきたい5つの判断を整理しました。
判断①:長期修繕計画の前倒し可否を6月総会前にチェック
築15年を超えた物件で、「次の大規模修繕は2027年予定」と書いてある長期修繕計画をお持ちのオーナー様は、まず計画書を取り出してください。
ナフサショックが長期化すれば、2027年の工事費は2026年比で5〜10%、場合によってはそれ以上の上昇もあり得ます。逆に、2026年内に発注できれば、現時点の単価で固定できる可能性があります。
私はいつも「長期修繕計画は1年単位で見直してください」とお伝えしています。今年は特に、計画前倒しの是非を真剣に検討する時期です。
判断②:見積もり有効期限を従来90日→30日に短縮交渉
業者から出てくる見積書には、必ず「有効期限」が書かれています。従来は90日(3か月)が一般的でした。
しかし、ナフサショック下では、業者にとって90日先の単価固定はリスクが高すぎます。だから安全マージンを乗せた高い見積もりになる。
逆に発注者側から「有効期限30日でいいので、その代わり単価を抑えてください」と提案すると、業者は安全マージンを下げられます。3か月後に再見積もりするのは確かに面倒ですが、結果的に総額を抑えられるケースを私は何件か見ています。
判断③:塗料ブランドの「同等品許容範囲」を仕様書で明文化
リスク②で触れた「同等品問題」を防ぐため、仕様書の段階で「同等品許容範囲」を明文化してください。
たとえば、
「シリコン樹脂系塗料 ◯◯メーカー △△グレード を標準とする。同等品への変更は、JIS K 5658に適合し、かつ塗膜耐用年数12年以上の製品に限る。変更時は書面で承諾を得ること」
ここまで書いておけば、同等品トラブルの大半は防げます。仕様書を作るのは設計事務所やコンサルタントの仕事ですが、オーナー様・理事長様が「ここを書いておいてほしい」とお願いするだけで、大きく変わります。
判断④:足場・ロープアクセスのハイブリッド工法をシミュレーション
3工法のどれが最適かは、建物条件と工事内容で変わります。
私がご提案するなら、こうです。
- 屋上防水が急を要し、外壁は次回で良い物件:屋上のみ足場(or 移動足場)で短工期施工
- 外壁の部分補修・シーリング打替がメイン、全面塗装は不要:ロープアクセスで部位限定施工
- 全面塗装が必要だが、コストを抑えたい中高層:ハイブリッド工法(低層階は足場、中高層階はロープアクセス)
これを「シミュレーション」として複数案で見積もり比較するのが、ナフサショック下では効果的です。1社だけに任せず、明誠のように3工法持つ会社に提案させていただくか、複数社に相見積もりを取って比較してください。
判断⑤:補助金(令和8年度エネルギー需給構造高度化基準認証推進事業費補助金等)を併用
修繕工事と省エネ・脱炭素を組み合わせると、各種補助金の対象になることがあります。
2026年5月20日に経済産業省が公募開始した「令和8年度エネルギー需給構造高度化基準認証推進事業費補助金」(出典:経済産業省 2026年5月20日)など、エネルギー関連の補助金は事業者向けが多いですが、収益物件オーナー様にも適用可能なメニューがあります。
また、東京都のマンションポータルサイトでは、断熱改修・省エネ改修と組み合わせた助成金情報が随時更新されます。
ただし、補助金は予算枠到達で締切となるものが大半です。「絶対通る」「必ず取れる」とお約束はできません。早めの情報収集と申請準備が重要です。
H2-6:管理組合理事長へ ── 総会で必ず聞かれる質問と模範回答
私は管理組合の総会に呼ばれることが多いのですが、ナフサショックが報道されてから、必ずと言っていいほど聞かれる質問が3つあります。
質問1:「来年の修繕、本当に間に合うのか」
私の回答は、こうです。
「間に合わせる方法は2つあります。1つは前倒しで2026年内に契約を済ませること。もう1つは、工法を変えて工期を圧縮することです。たとえばロープアクセス工法を併用すれば、足場架設・解体の期間がカットでき、結果として全体工期が短縮されます」
質問2:「価格上昇分は積立金で吸収できるのか」
これは正直、物件ごとに状況が違います。築古マンションで積立金不足の場合、一時金徴収か、借入か、工事内容の優先順位付けの3択を冷静に話し合っていただくしかありません。
私からは「優先順位付けのご相談には乗ります」とお答えしています。屋上防水・外壁シーリングが最優先、外壁の全面塗装はもう一周ずらしてもよい、といった現実的な順位付けは、現場感覚を持った業者の意見が役に立つ場面です。
質問3:「他社の見積もりと比べて高くないか」
これは正直、ありがたい質問です。私はいつも「ぜひ比べてください」とお答えします。
ただし、比べ方が重要です。「総額」だけで比べると、安い見積もりに大事な工程が抜けていたり、グレードの低い材料が紛れていたりします。仕様書ベースで、材料グレード・施工面積・工期・保証年数を揃えて比較してください。明誠では、相見積もり用の仕様書フォーマットもお渡ししています。
質問4:「ロープアクセスは本当に安全なのか」
これも繰り返し聞かれます。私の回答は決まっています。「法令に基づく作業手順と、二重ロープによるバックアップが基本です」と。
ロープアクセスは厚生労働省の労働安全衛生規則改正(2022年4月施行)で、特別教育の対象となるロープ高所作業として明確に位置付けられています。明誠のフランチャイズ加盟社では、必要な特別教育を受けた職人が、必ずメインロープとバックアップロープの二系統で作業しています。
私は新人にも、お客様にも、いつもこう言います。「安全はコストではなく、最初に守る前提条件です」。この前提が崩れる現場は、どれだけ安くても請けません。
H2-7:私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想
正直に申し上げます。
私はこの業界に入って20年近くになりますが、「数十年に一度のショック」は10年に1回くらいは起きるというのが、現場感覚です。リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍、そして今回のナフサショック。そのたびに、「準備していた会社」と「していなかった会社」で結果が大きく分かれてきました。
オーナー様や理事長様も同じです。今回のショックを「うちには関係ない」と素通りした物件と、「いったん業者と話して、計画を見直しておこう」と動いた物件では、2027年・2028年の修繕費総額で数百万円〜千万円単位の差が出る可能性があります。
「足場一択」「ロープ一択」の会社では、今回のような状況で動きが取れません。これは批判ではなく、構造的な事実です。私たち明誠は、ロープアクセス工事の日本初フランチャイズ展開を通じて、全国の専門職と組んで、この難局でも発注者の側に立った提案ができる体制を整えてきました。
これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。
補足:戸あたり換算で考えると分かりやすい
数字の話を、もう少し読者の感覚に近い形で言い直します。
たとえば100戸のマンションで、修繕積立金から3億円を投じる大規模修繕を予定していたとします。ナフサショックで材料費が10%上昇すると、単純計算で3,000万円。これを戸あたりに換算すると、1戸あたり30万円の追加負担です。
修繕積立金が潤沢な物件であれば吸収できますが、私が見る限り、築20年超の物件の半数は追加徴収か借入を検討せざるを得ない水準です。30万円を月割すれば、1戸あたり月2,500円を1年間徴収する規模になります。
ここを冷静に試算するか、目を背けるかで、数年後の組合運営の安定感が大きく変わります。私が「総会前に1分だけ話題に出してください」と申し上げているのは、こういう理由です。
H2-8:まとめ ── 2026年6月までに動く理由
最後にもう一度、本記事の要点を整理します。
第1に、ナフサショックは塗料・防水・シーリングといった大規模修繕の根幹資材を直撃しています。朝日新聞の報道では、関西の塗装業者で「6月末で在庫が尽きる」可能性が指摘されました。
第2に、ガソリン補助金41.8円/L(経済産業省2026年5月20日発表)が示すように、これは数か月で収まる話ではありません。長期化を前提に経営判断を組み直す局面に入っています。
第3に、収益物件オーナー様・管理組合理事長様が今やるべき5つの判断は、①長期修繕計画の前倒し可否確認、②見積有効期限30日交渉、③同等品許容範囲の仕様書明文化、④3工法のハイブリッドシミュレーション、⑤補助金併用、の5つです。
そして第4に、6月総会前に動くことに意味があります。6月以降、塗料納期はさらに長期化する見通しです。理事会で1分だけでも、この話題を出してみてください。
ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。「うちの物件はロープアクセスが向くのか」「ハイブリッド工法のシミュレーションだけ出してほしい」といった軽いご依頼も大歓迎です。
次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 朝日新聞「ナフサ不足で塗装業者から悲鳴 塗料の在庫『6月末で尽きてしまう』」(2026年5月20日)
- Yahoo!ニュース「橋に塗る塗料が納入 1か月待ち 『塗装資材の安定供給を』中東情勢受け、石川県塗装工業会が要望」(2026年5月20日)
- Yahoo!ニュース「ガソリン補助金、1リットル40円台で高止まり 6月にも基金枯渇か」(2026年5月20日)
- Yahoo!ニュース「総合塗料3社の通期見通し、全社増収営業増益…中東リスクの見方は?」(2026年5月20日)
- 健美家「2027年エアコン価格が改定? ナフサショックで新築の工期遅れ? 収益物件オーナーが」(2026年5月20日)
- 経済産業省「令和8年度エネルギー需給構造高度化基準認証推進事業費補助金の公募について」(2026年5月20日)
- 東京都「マンションポータルサイト」
- 厚生労働省「ロープ高所作業に係る労働安全衛生規則の改正」
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