改正建築物省エネ法が2026年に成立——建物のCO2が資産価値を左右する時代、収益物件オーナーと管理組合が大規模修繕・省エネ改修で先手を打つ実務【2026年7月】
「建てるときのCO2」まで問われる時代が来た——2026年、改正建築物省エネ法が成立した
正直に申し上げます。今回のニュースを最初に見たとき、私は「ついにここまで来たか」と背筋が伸びる思いがしました。
2026年7月24日、参議院本会議で「建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律」の一部を改正する法律案、いわゆる改正建築物省エネ法が賛成多数で可決され、成立しました。衆議院ではすでに6月4日に可決されており、この日をもって法律として固まったことになります(出典:参議院 議案情報 第221回国会)。
私は大規模修繕の現場に20年近く立ってきました。マンション、ビル、ホテルの外壁を、足場を組んだり、ロープ一本でぶら下がったりしながら直してきた人間です。その私から見て、この法改正は「建物の価値の測り方そのものが変わる号砲」だと感じています。ここからが本題です。
何が新しいのか——「建てて壊すまで」のCO2を通算する
これまでの省エネの議論は、ほとんどが「建物を使っているとき」のエネルギー、つまり冷暖房や照明でどれだけ電気やガスを使うか、という話でした。
ところが今回の改正では、建物を建てる段階から使う段階までの各段階で出るCO2(二酸化炭素)を通算して評価する「建築物通算炭素排出量評価」という新しいものさしが創設されました(出典:Sustainable Japan「改正建築物省エネ法成立」、一次情報は上記・参議院議案情報)。
平たく言えば、「使うときのCO2」だけでなく「建てるときのCO2」まで含めて、建物一棟の生涯(ライフサイクル)でどれだけ炭素を出すかを見よう、という考え方です。専門用語では、建物を建てる・壊すときに出るCO2を「エンボディドカーボン(建設に埋め込まれた炭素)」、使っているときに出るCO2を「オペレーショナルカーボン(運用時の炭素)」と呼びます。今回の法律は、この両方を合わせて評価する枠組みを日本で初めて法制度に組み込んだ、という点が最大のポイントです。
誰に、どんな義務がかかるのか
条文で新たに設けられた努力義務・義務を、私なりに現場目線で整理すると次のようになります。
- 建築主(発注する側)には、建物のライフサイクル全体のCO2を減らす努力義務がかかります。
- 設計する建築士と、工事を請け負う建設業者には、建築主に対して「どうすればCO2を減らせるか」を説明する努力義務がかかります。
- 建材メーカーには、製造する建築材料などの炭素排出量の原単位(材料あたりのCO2の目安)を表示する努力義務がかかります。
- そして、一定規模以上の特定用途の建物を新築・増築・改築する建築主には、設計段階で通算炭素排出量の削減計画を作成することを義務化し、算定した評価結果とあわせて国土交通大臣に届け出るか通知することが求められます。
さらに、削減措置が著しく不十分だと国が判断した場合には、必要な措置をとるよう勧告できる仕組みも入りました。加えて、省エネ性能や環境負荷低減の程度を評価する認証制度も創設され、認証を取れば建物に認証標章を表示できるようになります。
「努力義務が中心なら、まだ先の話では」と思われた方もいらっしゃるでしょう。私の経験上、こういう制度は「努力義務から始まって、数年で本義務に格上げされる」というのが、日本の建築規制のいつものパターンです。実際、新築住宅・新築非住宅への省エネ基準適合義務化も、長い努力義務の時代を経て2025年4月に全面義務化されました(出典:国土交通省 令和4年度改正建築物省エネ法の概要)。今回の「通算炭素」も、同じ道をたどると見ておくのが安全だと私は考えています。
なぜ今、この法律なのか——2050年カーボンニュートラルという背景
そもそも、なぜ国はここまで建物のCO2にこだわるのか。理事会でこの改正を説明するとき、私はいつも背景から入るようにしています。背景を知ると、これが一過性の話ではないことが腹落ちするからです。
日本は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を国際的に掲げ、その途中目標として2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減することを目指しています(出典:国土交通省 令和4年度改正建築物省エネ法の概要)。
ここで問題になるのが、建物の存在感の大きさです。日本のエネルギー消費のうち、住宅・建築物を含む民生部門は約3分の1を占めるとされ、ここを削らずに国全体の目標は達成できません。だからこそ、新築の省エネ基準適合義務化(2025年4月に全面義務化)、中規模の非住宅建築物の省エネ基準引き上げ、そして今回の「建てるときのCO2まで通算する」という一手が、段階的に打たれてきたわけです。流れは一貫しています。「建物のエネルギーとCO2を、少しずつ、しかし確実に締めていく」——これが国の方針です。
私はこれを、脅しではなく「予告」として受け止めています。予告された変化に、早く手を打った建物ほど有利になる。それだけの話です。
なぜこれが「既存の収益物件オーナー・管理組合」の話なのか
ここで、多くの方がこう思うはずです。「うちは新築じゃない。もう建っているマンションやビルの話なのだから、関係ないのでは」と。
私は、まったく逆だと考えています。この法改正は、すでに建っている建物を持っている人にこそ効いてくる話です。理由を順にお話しします。
当面の対象は大規模建築から——でも方向は一つ
今回の削減計画の義務がかかる「一定規模以上の特定用途建築物」の具体的な線引きは、これから政令で定められます。報道によれば、国土交通省は当面、延べ床面積5,000平方メートル以上の事務所を対象とする方針で、2028年度にも施行が見込まれています。制度の運用状況を踏まえて対象を広げることも検討されている、と報じられています(出典:日本経済新聞「大規模オフィス、CO2排出量を報告義務」、中日新聞「大規模建築のCO2算定を義務化 28年度にも」)。
つまり、いきなり中小のマンションや一棟ビルすべてに計画義務がかかるわけではありません。ですが、対象を段階的に拡大していく方針が示されている以上、「今は対象外だから」と構えている時間は、そう長くないと見るべきです。制度の方向は一つ、「建物のCO2を見える化し、減らす」で固まっています。
「増築・改築」に計画義務——大規模改修は射程に入りうる
もう一つ、私が現場の人間として見逃せないと思っているのが、義務の対象が「新築」だけでなく「増築・改築」にも及ぶという点です。
大規模修繕や改修が一定の規模になれば、法的には「改築」や「増築」として扱われる場面が出てきます。たとえば外皮を大きく作り替えるような改修、増床を伴う改修などです。すべての修繕が対象になるわけではありませんが、「既存だから制度と無縁」とは言い切れない、というのが正確なところです。だからこそ、オーナーさまや管理組合の理事長さまには、早いうちに「自分の建物のCO2」を意識していただきたいのです。
建物のCO2には「運用時」と「建設時」の2種類がある
話を分かりやすくするために、もう少しだけ「建物のCO2」を分解させてください。理事会でそのまま使えるように、噛みくだいてお話しします。
運用時のCO2は「断熱・遮熱・設備」で下げる
一つ目は、先ほど触れた運用時のCO2です。冷暖房、給湯、照明、換気など、住んだり使ったりしている間に消費するエネルギーから出る炭素です。
分譲マンションでも一棟ビルでも、ここを下げる王道は「建物の外皮(外壁・屋根・窓)の性能を上げること」と「設備を効率の良いものに替えること」です。夏の西日で室温が上がりきってしまう建物と、外壁や屋上に断熱・遮熱の手が入っている建物とでは、同じエアコンでも消費電力がまるで違います。私は現場で、屋上の防水改修に合わせて断熱を入れた建物の管理員さんから「最上階の住戸のクレームが減った」という声を、何度も聞いてきました。数字にも人の暮らしにも、はっきり効くところです。
建設時のCO2は「建て替えより直す」を有利にする
二つ目が建設時のCO2、つまりエンボディドカーボンです。コンクリート、鉄、アルミ、そうした資材を作って運んで組み立てるだけで、建物は膨大なCO2を生み出します。
ここが今回の法改正で新しく光の当たった部分です。そして、既存の建物を持つオーナーさまにとっては、実は追い風になり得る話でもあります。なぜなら、建て替えは新しい建物を一から作る分、大量のエンボディドカーボンを発生させます。一方、既存の建物を活かして直す「改修(ストック活用)」は、その炭素を新たに出さずに済むからです。「建てるより直すほうが、炭素の面でも有利」——この考え方が、これから制度の後押しを受けていくと私は見ています。
「建てるより直す」が、制度でも後押しされる
私はこれまでもこのブログで、「建てるより直す時代」という話を繰り返してきました。工事費の高騰、資材の値上がり、人手不足。こうした事情から、建て替えるより既存の建物を長く大切に使うほうが、経済的に合理的になる場面が増えています。
今回の法改正は、そこに「炭素」というもう一つの理由を加えました。既存ストックを直して使い続けることが、資産の面でも、環境規制の面でも、両方から評価される時代に入ったということです。
私の経験上、これは収益物件オーナーさまにとって、非常に相性の良い流れです。既存の建物の価値を、大がかりな建て替え投資なしに、修繕と改修で高めていける。それを制度が後押ししてくれる。20年この仕事をしてきて、ここまで「直す側」に順風が吹いたことは、そう多くありません。明誠が大切にしてきた「足場仮設とロープアクセス、両方の選択肢から建物に最適な工法を提案する」という姿勢も、まさにこの「直して価値を上げる」時代に噛み合うものだと考えています。
大規模修繕は、省エネ改修の絶好機
ここで強くお伝えしたいのが、「大規模修繕は、省エネ改修を同時に進める絶好のタイミングだ」ということです。
マンションの大規模修繕は、およそ12年周期で巡ってきます(長期修繕計画の一般的な目安)。このとき、外壁や屋上に一斉に手が入ります。せっかく外皮に触れるこの機会に、防水や塗装と一緒に遮熱・断熱の手を入れておけば、運用時のCO2も光熱費も同時に下げられます。工事を別々に発注するより、一度でまとめたほうが、足場代も手間も大きく節約できるのです。
現場で20年やってきて、私が一番もったいないと感じるのは、この「一度きりの機会」を、ただの塗り替えで終わらせてしまうケースです。以前、ある築古のマンションで、前回の大規模修繕では外壁を普通の塗料で塗り替えただけ、という物件を拝見しました。屋上防水も、断熱を入れずに防水層だけをやり直していた。最上階の理事さんは「毎年夏になると寝室が暑くてたまらない」とこぼしておられました。次の修繕で遮熱塗装と屋上の断熱を提案し、色も一新したところ、体感は目に見えて変わったそうです。同じ足場を組むなら、同じロープでぶら下がるなら、「守るだけの工事」で終わらせず「価値を足す工事」にする。この差が、10年後・20年後の資産価値に効いてきます。
もう一つ申し添えると、省エネ改修は住民合意のハードルも下げてくれます。「積立金が上がるのに、見た目が新しくなるだけ」では、総会で反対の声が出やすい。ですが「光熱費が下がる」「夏の暑さがやわらぐ」「資産価値の維持につながる」という具体的な便益がセットになれば、住民の納得感はまるで違います。私はこれを、合意形成のための「もう一つの武器」だと考えています。
省エネ改修で効く工事は何か——外皮を制する者が炭素を制する
では、既存の建物で実際にCO2と光熱費に効く工事は何か。現場の実感を交えて、要点だけお伝えします。
| 部位 | 主な工事 | 期待できる効果 |
|---|---|---|
| 外壁 | 断熱・遮熱塗装、ひび割れ・タイル補修 | 夏の熱負荷を抑え、劣化進行も止める |
| 屋上・屋根 | 防水改修+断熱 | 最上階の暑さ・寒さを緩和、雨漏り防止 |
| 窓・開口部 | 内窓・高断熱ガラスへの更新 | 熱の出入りが最も大きい部分を改善 |
| 設備 | 照明のLED化、給湯・空調の更新 | 共用部・専有部の消費電力を削減 |
遮熱・断熱塗装と防水を一体で施工する
とくに費用対効果が高いと私が感じているのは、外壁の遮熱・断熱塗装と屋上防水を一体で行う方法です。どうせ足場やロープで外皮に触れるなら、色を塗り替えるだけでなく、熱を跳ね返す・逃がさない機能まで持たせる。これで見た目も、資産の寿命も、光熱費も、まとめて手当てできます。屋上防水・漏水対策は、放っておくと躯体そのものを傷める大敵ですから、省エネと防水はセットで考えるのが賢いやり方です。
遮熱塗料は、屋根や外壁の表面温度を下げることで、室内に伝わる熱を抑える塗料です。屋上防水の上から遮熱仕様にすれば、防水層自体の熱による劣化もやわらぎ、防水の寿命を延ばす効果も期待できます。つまり一つの工事で「暑さ対策」「光熱費削減」「防水の長寿命化」の三つを同時に狙える。私が「必ずワンセットで」と申し上げるのは、こうした重なりがあるからです。もちろん、建物の向きや形状、既存の劣化状況によって最適な仕様は変わりますので、そこは現地を見て判断するのが鉄則です。
ここでロープアクセス(無足場工法)が効く理由
そして、私が「必ずワンセットで提案するようにしています」とお伝えしているのが、ロープアクセス工法(無足場工法)という選択肢です。
ロープアクセスとは、産業用のロープで職人が建物の外壁を上下しながら施工する工法で、大がかりな仮設足場を組まずに外壁の点検・補修・塗装ができます。この工法が省エネ改修の時代に効く理由は、大きく三つあります。
一つ目はコストです。足場の架設・解体費が丸ごと不要になる、あるいは大幅に減るため、浮いた予算を断熱・遮熱といった性能向上の工事に回せます。二つ目は工期です。足場を組む・ばらす時間がない分、工事が早く終わり、その間の居住者・テナントの負担も軽くなります。三つ目は、ここが今回の話とつながるのですが、足場そのものが持つCO2です。仮設足場は大量の鋼材を現場まで運び、組み、また運び出します。この運搬と設置にもエネルギーがかかっています。無足場で工事ができれば、この分の環境負荷も抑えられる、という見方ができるのです。
もちろん、ロープアクセスが万能というわけではありません。作業量が非常に多い全面改修や、部位によっては足場のほうが効率的な場合もあります。だからこそ明誠では、足場・ロープ・その両方を組み合わせるハイブリッドの三つから、建物ごとに最適な組み合わせをご提案しています。
コストと環境性能を両立させる「工法の選び方」
「省エネ改修は良さそうだが、費用が上がるのでは」——これは、理事会でもオーナーさまとの打ち合わせでも、必ず出るご質問です。ここは正直にお話しします。
性能を上げれば、材料費は多少上がります。ですが、工法の選び方次第で、その上乗せ分を足場費の削減で吸収できる場面は少なくありません。次の表は、あくまで考え方の整理ですが、工法ごとの向き・不向きの目安です。
| 工法 | 向いている場面 | コストの考え方 |
|---|---|---|
| 通常足場工法 | 全面改修、複雑な形状、作業量が多い | 足場費はかかるが大量施工で単価は安定 |
| ロープアクセス(無足場) | 部分補修、高層、足場架設が難しい建物 | 足場費が不要で総額を圧縮しやすい |
| ハイブリッド | 大規模・複雑物件で総合最適が必要 | 部位で使い分け、全体コストを最適化 |
数字の体感としては、たとえば足場費が総工費の2〜3割を占めるような物件で、その一部を無足場に置き換えられれば、戸あたりの負担はまとまった額で変わってきます。具体的な削減幅は建物の形状・高さ・工事範囲で大きく変わりますので、断定は避けますが、「費用の考え方から相談したい」という段階からお手伝いできます。
環境性能が、賃料・空室・資産価値に効く時代へ
もう一つ、収益物件オーナーさまに強調したいのが、環境性能が「規制対応」だけの話ではなくなってきている、という点です。
省エネ性能や環境負荷の低さは、今回創設された認証制度のように「見える化」される方向に進んでいます。見える化されれば、それは入居者やテナント、金融機関、買い手が建物を選ぶときの判断材料になります。光熱費の安い建物、環境性能の高い建物が選ばれやすくなれば、それは賃料や空室率、ひいては資産価値に効いてきます。マンション・ビルのオーナーさま向けのご提案でも、私はこの「守りの修繕から、価値を上げる修繕へ」という発想の転換を、いつもお伝えしています。
ホテル・宿泊施設のオーナーさまへ——「止められない営業」と省エネ改修
ここで一点、ホテルや商業ビルを持つオーナーさまにも触れさせてください。私はマンションだけでなく、ホテルの大規模修繕の現場にも数多く立ってきました。
ホテルや稼働中の商業施設で一番の悩みは、「営業を止められない」ことです。客室や店舗を閉めれば、そのぶん売上が消えます。ところが従来型の全面足場を組むと、外観が覆われ、窓がふさがれ、宿泊体験そのものが損なわれます。ここでも無足場のロープアクセスは強力な選択肢になります。足場で建物全体を覆わずに、必要な面だけを、必要なぶんだけ直していける。営業を続けながら、遮熱塗装や防水、外壁補修を進められるわけです。
ホテルは客室の冷暖房負荷が非常に大きい業態ですから、外皮の断熱・遮熱改修は光熱費に直接効きます。省エネ改修は、環境対応であると同時に、はっきりと収益改善の投資になります。ホテルオーナーさま向けのご提案でも、私は「営業を止めない工法設計」と「光熱費の下がる外皮改修」を、必ずセットでお話ししています。
管理組合・オーナーが今からできる実務ステップ
最後に、では明日から何をすればよいのか。理事会でそのまま議題にできる形で、実務のステップをまとめます。
- 自分の建物のエネルギーの弱点を知る。 まずは共用部の電気・ガスの使用状況、最上階や西側住戸の暑さ・寒さのクレーム、屋上防水と外壁の劣化度を洗い出します。ここが省エネ改修の優先順位を決める出発点になります。
- 長期修繕計画に「省エネ改修」を組み込む。 次の大規模修繕のタイミングで、防水・塗装と一緒に断熱・遮熱を入れられないかを検討します。別々に工事するより、足場を一度で使い回せるぶん、はるかに経済的です。定期的な点検・調査で現状を正確につかむことが、計画づくりの土台になります。
- 補助金・支援制度の併用を確認する。 省エネ改修は、国や自治体の補助・支援の対象になる場合があります。年度や制度で内容が変わり、予算枠に達すると締め切られることもありますので、最新の公募情報を必ず確認してください(この記事では特定の制度の採否は保証できません)。
- 総会で「制度が変わった」ことを共有する。 今回の法改正のように、建物のCO2が資産価値と規制の両面で問われ始めたという事実を、理事会・総会で1分でも共有しておく。これだけで、次の修繕の合意形成がずっとスムーズになります。
- 工法から相談できる専門家に、早めに声をかける。 見積書が出てから工法を悩むのではなく、計画の段階で「足場か、ロープか、その組み合わせか」を一緒に考えられる会社に相談する。ここで総額が大きく変わります。
私はいつも理事長さまに、「省エネ改修は、環境のためだけにやるものではありません」とお伝えしています。光熱費が下がり、建物が長持ちし、資産価値が守られる。住まう人の快適さも上がる。環境への貢献は、その結果としてついてくるものです。順番を間違えなければ、これは損な話ではありません。
よくあるご質問(改正建築物省エネ法と大規模修繕)
理事会やオーナーさまとの打ち合わせで実際によく出るご質問を、Q&A形式で整理しておきます。
Q. うちは築20年のマンションです。今回の法改正で、何か新しい義務がかかりますか。
A. 現時点で削減計画の作成が義務化される「一定規模以上の特定用途建築物」の具体的な線引きは、これから政令で定まります。報道では当面5,000平方メートル以上の事務所から始まる方針とされ、一般的な既存マンションにただちに義務がかかるわけではありません。ただし、対象を段階的に広げる方針が示されており、また大規模な改築・増築には計画義務が及びます。「今は対象外」でも、次の大規模修繕を省エネの視点で設計しておく価値は十分にあります。
Q. 省エネ改修をすると、修繕費はどのくらい上がりますか。
A. 断熱・遮熱の材料を加える分、材料費は上がります。ただし工法の選び方次第で、その上乗せ分を足場費の削減で吸収できる場面が少なくありません。上がり幅は建物の高さ・形状・工事範囲で大きく変わるため、一律の数字は申し上げられません。まずは現地を見て、工法とセットでお見積りするのが正確です。
Q. 足場を使わないロープアクセスで、本当に外壁全体を直せるのですか。
A. 部分補修や高層物件の外壁塗装・シール打ち替え・防水などは、無足場でも十分に対応できます。一方で作業量が非常に多い全面改修では足場が効率的な場合もあります。だからこそ、足場・ロープ・ハイブリッドの三つから、建物ごとに最適な組み合わせを選ぶことが大切です。
Q. 補助金は使えますか。
A. 省エネ改修は国や自治体の補助・支援の対象になる場合があります。ただし制度は年度ごとに変わり、予算枠に達すると締め切られます。採否を保証することはできませんので、必ず最新の公募情報をご確認のうえ、計画に織り込んでいくことをおすすめします。
Q. 何から始めればいいですか。
A. まずは建物の現状把握です。外壁・屋上の劣化度、最上階や西側住戸の暑さ、共用部の光熱費。この三つを押さえるだけで、次の修繕で優先すべき省エネ改修が見えてきます。調査だけのご相談でも構いません。
まとめ:制度は「直して価値を上げる」時代の追い風になる
2026年の改正建築物省エネ法は、「建物のCO2を、建てるときから使うときまで通算して評価する」という新しいものさしを日本にもたらしました。当面の義務の対象は大規模な建物からですが、方向はもう一つに定まっています。建物の環境性能が、規制でも、資産価値でも問われる時代です。
そしてこの流れは、既存の建物を大切に直して使い続ける——私たちが20年やってきた「直す」という仕事にとって、間違いなく追い風です。大規模修繕という12年に一度の機会に、防水・塗装と一緒に省エネの手を入れる。足場の要る・要らないから工法を最適化して、浮いた予算を性能向上に回す。これができる会社は、まだ日本に多くありません。
これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。制度の話は難しく聞こえますが、やることはシンプルで、「次の修繕を、少しだけ賢く設計する」だけです。総会前の整理だけでも、長期修繕計画の見直しだけでも構いません。ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 参議院「議案情報 第221回国会(特別会)建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律の一部を改正する法律案」
- 国土交通省「令和4年度改正建築物省エネ法の概要」(新築への省エネ基準適合義務化の経緯)
- 国土交通省「改正建築物省エネ法・建築基準法等に関する解説資料とQ&A」
- 日本経済新聞「大規模オフィス、CO2排出量を報告義務 改正建築物省エネ法成立」(対象規模・時期に関する報道)
- 中日新聞「大規模建築のCO2算定を義務化 28年度にも、改正法成立」(対象規模・時期に関する報道)
- Sustainable Japan「改正建築物省エネ法成立。建築物通算炭素排出量削減を努力義務化」(改正内容の解説)
※本記事は2026年7月31日時点の情報にもとづいています。制度の詳細や対象範囲、施行時期は今後の政令等で定まります。補助金・支援制度の採否や適用可否を保証するものではありません。実際のご検討にあたっては、最新の公的情報をご確認ください。
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
猛暑の現場で、大規模修繕は「止める」べきか「続ける」べきか——2025年に義務化された熱中症対策と、発注者・管理組合が知っておきたい工期・品質・責任の話【2026年7月】
正直に申し上げます。7月から8月にかけて、私が現場で一番神経を使うのは、外壁でも防水でもありません。職人の体です。
株式会社明誠で大規模修繕の現場を預かってきて、猛暑の夏は年々「別物」になっています。数年前まで「暑いですね」で済んでいた気温が、今は「作業を止めるかどうか」を毎朝判断しなければならない水準になりました。そして2025年6月、この判断が現場の“気合い”や“経験則”ではなく、法律で定められた義務に変わりました。
この記事は、職人向けの安全講習ではありません。マンションの管理組合理事長さま、ビルやホテルを持つオーナーさま——つまり工事を発注する側の方に向けて書いています。「なぜ発注者が現場の熱中症を気にする必要があるのか」。ここには、工期・品質・費用、そして万一の責任まで、あなたの資産に直結する話が詰まっています。ここからが本題です。
2025年6月、現場のルールが変わった——熱中症対策の「義務化」
まず押さえていただきたい事実があります。2025年(令和7年)6月1日、改正された労働安全衛生規則(労働者の安全と健康を守るための国のルール)が施行され、職場での熱中症対策が「罰則付きで義務化」されました。これまで努力義務、つまり「やった方がよい」だった対策が、「やらなければ罰せられる」義務に格上げされたのです(出典:厚生労働省「職場における熱中症予防対策」)。
対象となるのは、暑さ指数(WBGT)が28以上、または気温が31以上の環境で、連続1時間以上、あるいは1日あたり4時間を超えて行われる作業です。夏場の外壁塗装や防水、タイル補修といった大規模修繕の作業は、ほぼこの条件に当てはまります。屋外の直射日光の下、しかも動きの多い肉体労働ですから、当然です。
義務化された内容は、大きく2つに整理できます。ひとつは、熱中症のおそれがある作業者を早期に見つけるための「報告体制」を整えて、現場の全員に周知しておくこと。もうひとつは、実際に具合が悪くなった人が出たときに、重篤化を防ぐための「対応手順」——作業からの離脱、体を冷やす措置、必要に応じた医療機関への搬送——をあらかじめ決めて、これも周知しておくことです。
罰則も明確です。これらを怠った場合、6か月以下の懲役、または50万円以下の罰金が科され得ます。私はこれを、脅しの数字として受け取っていません。国が「人が死んでいるから、もう精神論ではやらせない」と腹を決めた、その本気度の表れだと受け止めています。
数字で見る現実——なぜ国はここまで踏み込んだのか
制度の背景には、看過できない数字があります。厚生労働省の確定値によると、令和6年(2024年)に職場での熱中症で亡くなったり、4日以上仕事を休んだりした人(死傷者)は1,257人。前年より151人、約14%も増えました。そのうち亡くなった方は31人にのぼります(出典:厚生労働省「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」)。
そして、この死傷者の約4割が建設業と製造業で発生しています。死亡災害に絞ると、建設業が最も多い10人。私たちの業界が、残念ながら「熱中症で人が亡くなりやすい業界」の筆頭なのです。
もうひとつ、私が現場の人間として重く受け止めているのが、死亡事例の「中身」です。厚生労働省の分析では、亡くなった多くのケースで、すでに重篤な状態になってから発見された、あるいは医療機関に搬送されなかった、といった「初期対応の遅れ」が見られたとされています。
つまり、暑さそのものだけが人を倒すのではありません。「あいつ、ちょっと休めば戻るだろう」という思い込み、報告のためらい、判断の遅れ——この“空白の30分”が、取り返しのつかない結果を招いています。義務化された「報告体制」と「対応手順」は、まさにこの空白を埋めるための仕組みなのです。
WBGT(暑さ指数)とは何か——「気温」ではなく「危険度」
ここで、繰り返し出てくる「WBGT」という言葉を、素人向けにかみ砕いておきます。WBGT(暑さ指数)は、気温だけでなく、湿度と、地面やコンクリートからの照り返し(輻射熱)を組み合わせて、人体が受ける暑さの危険度を数値化したものです。単位は気温と同じ「度」で表しますが、天気予報の気温とは別物だと考えてください。
なぜ気温だけでは足りないのか。私の経験上、これは湿度の問題です。人間は汗が蒸発するときに体を冷やしますが、湿度が高いと汗が乾かず、体温が下がりません。同じ32でも、カラッと乾いた日と、雨上がりで蒸す日とでは、現場の危険度がまるで違います。さらにマンションの外壁面は、日中ずっと日を浴びたコンクリートやタイルが「巨大な暖房器具」のように熱を放ちます。足場の中は、外気温より数度高くなることも珍しくありません。
だからこそ、現場では毎朝、その日その場所のWBGTを実測して作業計画を組みます。環境省と気象庁は「熱中症予防情報サイト」で地域ごとの暑さ指数を公表しており、私たちもこれを日々確認しています(出典:環境省・気象庁「熱中症予防情報サイト」)。「暑いから気をつけよう」ではなく、「今日は基準を超えているから、この作業は午前中に前倒しし、午後は別工程に振り替える」——そういう具体的な段取りに落とし込むための数字です。
環境省の区分では、WBGTがおおむね25以上で「警戒」、28以上で「厳重警戒」、31以上で「危険」とされ、31以上では原則として運動や激しい作業を中止すべき水準とされています。私たちの現場に置き換えると、28を超えたあたりから休憩の取り方や作業配置を組み替え始め、31に近づけば作業内容そのものを見直す、というのが実務の感覚です。同じ「暑い日」でも、この数字がひとつ違うだけで、現場の段取りはまるで変わります。
熱中症の危険サイン——現場で見逃してはいけない段階
発注者の方にも、ぜひ知っておいていただきたいことがあります。熱中症は、いきなり倒れる病気ではありません。段階を追って進みます。この段階を早く捉えられるかどうかが、生死を分けます。
初期は、めまいや立ちくらみ、こむら返りのような筋肉のつり、大量の発汗です。この段階で気づいて涼しい場所に移し、水分と塩分を取れば、多くは回復します。次の段階になると、頭痛や吐き気、体がだるく力が入らない、集中力が落ちる、といった症状が出ます。ここまで来たら、本人の「大丈夫」を信じてはいけません。そして最も危険なのが、呼びかけへの反応がおかしい、まっすぐ歩けない、体温が異常に高い、汗が止まって皮膚が乾く——これは重症のサインで、ためらわず救急要請すべき状態です。
私が現場で怖いと感じるのは、真ん中の「だるさ」「判断力の低下」の段階です。本人は自分の異常に気づきにくく、周りも「疲れているだけ」と見過ごしがちだからです。高所やロープ上で判断力が落ちれば、熱中症そのものだけでなく、墜落や工具の落下といった二次災害にも直結します。だからこそ、義務化された「早期発見の報告体制」が、単なる書類仕事ではなく、命綱なのです。
現場で実際にやっている、猛暑期の具体策
では、明誠の現場で具体的に何をしているのか。抽象論では伝わらないので、実務の中身をお話しします。厚生労働省が展開する夏の「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」の考え方も踏まえた、私たちの標準的な段取りです。
まず作業計画です。WBGTの高い午後の時間帯に、負荷の重い作業を割り当てないよう工程を組みます。可能な作業は早朝や午前に前倒しし、日差しの強い時間帯は屋内側の作業や段取り替えに充てます。次に休憩。「1時間に1回」と決め打ちにするのではなく、暑さ指数が高い日はこまめに、そして長めに取ります。日陰やテント、送風機のある休憩場所を必ず確保します。
装備も年々変わりました。ファン付きの作業着(空調服)や、首元を冷やすクーリングアイテムは、もはや標準装備です。水分と塩分は「喉が渇く前に」を徹底し、経口補水液や塩分タブレットを現場に常備します。そして、私が最も重視しているのが「バディ制」です。職人を一人にせず、必ずお互いの様子を見合える体制にする。「顔色が悪いぞ」「今日は口数が少ないな」——この気づきは、機械には代えられません。
加えて、緊急時の手順を現場ごとに決めておきます。誰が救急車を呼ぶのか、最寄りの医療機関はどこか、体を冷やす道具はどこにあるか。これを朝礼で全員に共有します。義務化された「対応手順の整備・周知」とは、まさにこのことです。
発注者・管理組合にも関係がある——工期・品質・そして責任
さて、ここが発注する側の方にとって一番大事な部分です。「現場の安全は施工会社の責任でしょう」——確かに、直接の安全配慮義務を負うのは私たち施工会社です。ですが、猛暑対策は発注者にとっても、決して他人事ではありません。理由を3つに分けてお話しします。
第一に、工期です。熱中症対策が義務化された以上、危険な時間帯の作業を無理に押し込むことはできません。WBGTが基準を超える真夏日には、作業を中断したり、涼しい時間帯に振り替えたりする日が必ず出ます。これを見込まずに「とにかく早く終わらせて」と発注すると、無理な突貫工事になり、事故と手抜きの温床になります。国も、建設業法にもとづく「工期に関する基準」の中で、猛暑などで作業ができない日を織り込んだ、余裕のある工期設定を求めています(参考:国土交通省「建設工事における工期の適正化」)。
第二に、品質です。塗装も防水もシーリングも、材料には「気温何度以下で施工」といった適用条件があります。炎天下で急いで塗れば、乾燥が早すぎて密着不良を起こしたり、職人が朦朧としたまま作業して塗りムラや施工不良が出たりします。私が「夏場は工程に余裕を」とお願いするのは、遠回りに見えて、実は10年20年もつ仕上がりを守るためなのです。
第三に、責任と信頼です。あなたの建物の敷地で、あなたが発注した工事の最中に人が倒れれば、直接の法的責任がどこにあるかとは別に、管理組合や所有者としても心を痛める事態になります。居住者への説明、近隣への影響、報道リスク——資産価値を守るために始めた工事が、逆に評判を落とすことにもなりかねません。安全に配慮した施工会社を選ぶことは、あなた自身の資産と評判を守る投資でもあります。
酷暑の夏、修繕を「止めない」ための工法選択
では、暑いなら工事を秋まで全部やめればよいのか。そう単純にはいきません。雨漏りやタイルの浮き、シーリングの劣化は、待ってくれません。放置すれば夏の集中豪雨や台風で一気に悪化します。「安全のために止める」と「資産を守るために進める」を両立させる——ここに、私たちが3つの工法を持っていることの意味があります。
明誠は、通常の足場を組む工法、ロープアクセス工法(産業用ロープで宙吊りになって作業する無足場工法)、そして両者を部位ごとに使い分けるハイブリッド工法の3つから、建物に最適なやり方を選べる、日本でも数少ない会社です。この選択肢が、猛暑期にこそ効いてきます。
たとえば足場は、いったん組めば天候に左右されにくく、広い面を安定して施工できる強みがあります。一方でロープアクセスは、必要な面だけを狙って短期間で作業できるため、「WBGTが上がる前の早朝に、この面だけ一気に終わらせる」といった機動的な段取りが組みやすい。足場を全面に架けず、危険度の高い作業を短時間で区切れるので、猛暑下の暴露時間そのものを減らせる場面があります。
もちろん、ロープアクセスが万能というわけではありません。作業量が多く連続した面や、重い資機材を長時間扱う工程では、足場の方が安全で効率的です。夏場の観点で3つの工法を整理すると、次のようになります。
| 観点 | 通常足場工法 | ロープアクセス工法(無足場) | ハイブリッド工法 |
|---|---|---|---|
| 猛暑下の暴露時間 | 長くなりがち(架設・解体含む) | 必要な面を短時間で区切りやすい | 部位ごとに最適化できる |
| 適する作業 | 広い連続面・重量物・長工程 | 急所の先行補修・調査・部分補修 | 大規模で形状が複雑な建物 |
| 居住者への影響 | 全面を覆い通風・採光が落ちる | 全面足場を避けられる場面がある | 影響の大きい面だけ足場を絞れる |
| 工期の柔軟性 | 天候に強く安定 | 早朝前倒しなど機動的 | 両者の良いとこ取り |
だからこそ私は、建物の形状・劣化状況・季節を見て、足場とロープアクセスをワンセットで比較提案するようにしています。「夏はロープで急所だけ先に、涼しくなってから足場で全面を」——こうした工程設計は、3つの工法を自前で持っていないと描けません。どれか一つの工法しか扱えない会社は、どうしても自社の得意なやり方に寄せた提案になりがちです。詳しくはロープアクセス工法のご紹介と大規模修繕工事のご紹介もご覧ください。
私が猛暑の現場で必ず確認していること
ここで、少し現場の話をさせてください。数字だけでは伝わらない部分だからです。
数年前の8月、都内のあるマンションの外壁改修で、午後2時前後に若い職人の様子がおかしいことに、班長がいち早く気づきました。本人は「大丈夫です、続けられます」と言い張りました。現場では、この「大丈夫です」が一番怖い。私はすぐに作業を止めさせ、日陰で体を冷やし、水分と塩分を取らせて、少しでも回復が鈍ければ受診、という手順を踏みました。幸い大事には至りませんでしたが、あのとき「もう少しだから」と続けさせていたらと思うと、今でも背筋が寒くなります。
現場で20年やってきて、私が一番悔しい思いをするのは、防げたはずの事故です。だから私は、猛暑期の現場で必ずいくつかのことを確認します。その日のWBGTを実測しているか。休憩は「時間が来たら」ではなく「暑さ指数が高い日は前倒しで」取れているか。塩分と水分、体を冷やす設備、日陰の休憩場所が用意されているか。そして何より、「体調が悪い」と誰もが声を上げやすい空気が班にあるか。最後のひとつは設備では買えません。班長と職人の信頼関係が要ります。
これは私が現場で見てきた、嘘偽りのない実感です。義務化された報告体制も、突き詰めれば「言い出しやすさ」という人の問題に行き着きます。
「工期に余裕を」は、結局オーナーの得になる
ここで、発注者の方が抱きがちな不安に正面からお答えします。「猛暑で作業できない日を織り込むと、工期が延びて費用も上がるのではないか」。もっともなご心配です。
確かに、工期が延びれば足場のリース期間や仮設費が増える可能性はあります。ですが、私の経験上、本当に高くつくのは「無理な突貫工事」のほうです。炎天下で急いだ塗装が数年で膨れて塗り直し、乾燥不良の防水から雨漏りが再発——こうした手戻りは、当初の工事費を軽く上回る出費になります。しかも、やり直しの間じゅう、資産価値は目減りし続けます。
さらに、事故が起きれば工事は止まります。原因究明、行政への対応、居住者への説明——工期は延び、費用は膨らみ、何より現場の士気は地に落ちます。安全に配慮した余裕のある工程は、遠回りに見えて、トータルでは最も安く、最も確実に仕上がる道なのです。私が「工期に余裕を」と申し上げるのは、施工会社の都合ではなく、オーナーさまの財布と資産を守るための提案だと、正直に受け止めていただければと思います。
そして、費用を抑える工夫は工期以外にもあります。明誠は日本で初めてロープアクセス工事のフランチャイズ展開を進めており、塗装・防水・タイル・電気・看板といった各分野の専門職が加盟しています。中間マージンを重ねず、必要な専門職を必要なだけ組み合わせられるため、高品質と低価格を両立しやすい体制です。「安全にお金をかけると高くなる」を、少しでも打ち消すための仕組みでもあります。
夏の工事だからこそ、居住者・利用者への配慮が効く
大規模修繕は、人が住み、働き、泊まっている建物で行うのが普通です。夏は特に、この「生活への影響」が大きくなります。ここを丁寧に設計できるかどうかも、発注先を選ぶ大切な物差しです。
夏は窓を開けて風を通したい季節です。ところが全面に足場とメッシュシートを張ると、通風も採光も落ち、室内が蒸します。エアコンの室外機の前に足場がかかれば、効きが悪くなることもあります。在宅時間の長い高齢の居住者や、小さなお子さんのいるご家庭にとっては、これは想像以上のストレスです。
ロープアクセスを併用すれば、全面足場を避けて、影響の大きい面や時間帯を絞れる場合があります。「南側の居室が集中する面は足場を最小限にし、必要な補修はロープで短期集中」——こうした設計は、住みながらの工事のつらさを和らげます。私はいつも理事長さまに、「工事の品質と同じくらい、住んでいる方の夏の暮らしを守ることが、合意形成の成否を分けます」とお伝えしています。居住者の不満が募れば、次の総会も、次の工事も進めにくくなるからです。
管理組合・オーナーが夏の発注前にチェックすべき5項目
最後に、発注する側の方が、夏場の大規模修繕を検討する際に確認していただきたいポイントを、5つにまとめます。理事会で1分、この話題を出していただくだけでも意味があります。
第一に、工期に猛暑の中断日が織り込まれているか。カツカツの日程を提示してくる会社より、「真夏は作業できない日が出る前提で組んでいます」と正直に言う会社を、私は信頼します。
第二に、熱中症対策の体制を具体的に説明できるか。WBGTの測定、休憩・水分・冷却の段取り、緊急時の連絡・搬送手順——ここを曖昧にせず答えられるかは、安全への本気度の試金石です。
第三に、季節と建物に合った工法を比較提案してくれるか。足場ありきでもロープありきでもなく、「なぜこの建物にこの工法か」を、費用と工期の両面で説明できるかを見てください。
第四に、居住者・利用者への配慮設計があるか。夏は窓を開けたい季節です。足場やメッシュシートで通風・採光がどう変わるか、洗濯物や在宅時間への影響をどう抑えるか。ロープアクセスなら全面足場を避けられる場面もあります。
第五に、見積書に安全対策の費用がきちんと計上されているか。極端に安い見積もりは、どこかにしわ寄せが行きます。その「どこか」が職人の安全であってはなりません。相見積もりを取る際も、金額の大小だけでなく、安全や工程の考え方まで含めて比べていただくと、本当に信頼できる一社が見えてきます。
この5項目は、専門知識がなくても確認できることばかりです。理事会や修繕委員会で、この記事を一枚プリントして配っていただくだけでも、議論の質はぐっと上がるはずです。安全に真剣な会社を選ぶことは、そのまま「長持ちする工事」を選ぶことにつながります。
よくある質問(FAQ)
Q. 熱中症対策の義務化で、工事費は上がるのですか。
A. 安全設備や休憩の段取りにコストがかかるのは事実です。ただし、事故による工事中断や手戻り、品質不良のやり直しに比べれば、はるかに小さな費用です。私は「安全は削るところではない」とお伝えしています。
Q. 夏を避けて、秋や春に工事すればよいのでは。
A. 劣化の進行度によります。緊急性の低い工事なら時期をずらす選択も有効ですが、雨漏りやタイル剥落のリスクがある場合は、夏の間に危険な箇所だけ先行して手当てし、本格施工を涼しい時期に回す、といった工程分割が現実的です。工法の使い分けで対応できます。
Q. ロープアクセスなら、真夏でも問題なく作業できますか。
A. ロープアクセスは機動的で暴露時間を抑えやすい工法ですが、宙吊り作業も当然、熱中症のリスクは負います。WBGTに応じた作業時間の管理は、足場でもロープでも同じく徹底します。「工法を選べば安全」ではなく、「工法を選んだ上で対策を徹底する」が正解です。
Q. 発注者として、施工会社の熱中症対策を確認する具体的な方法はありますか。
A. 見積もりや契約の段階で、「暑さ指数(WBGT)をどう管理していますか」「作業を中断する基準はありますか」「緊急時の連絡・搬送の手順は決まっていますか」と、三つ質問してみてください。すらすら具体的に答えられる会社は、日頃からやっている証拠です。逆に言葉に詰まるようなら、対策が形だけの可能性があります。難しい専門知識は要りません。この三つを聞くだけで、施工会社の姿勢はかなり見えてきます。
Q. 猛暑で近隣や居住者から工事の苦情が出ないか心配です。
A. 夏の工事は、騒音や振動に加えて、窓を開けにくい・室外機がふさがれるといった不満が出やすい時期です。だからこそ、着工前の丁寧な説明と、影響の大きい面や時間帯を絞る工程設計が効きます。ロープアクセスの併用で全面足場を避けられる場合もあります。私は、工事そのものと同じくらい、近隣・居住者への向き合い方を大切にしています。
出典・参考資料
- 厚生労働省「職場における熱中症予防対策/職場における熱中症による死傷災害の発生状況」(改正労働安全衛生規則 2025年6月1日施行、令和6年確定値)
- 環境省・気象庁「熱中症予防情報サイト(暑さ指数 WBGT)」
- 国土交通省「建設工事における工期の適正化」
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的判断を示すものではありません。制度の詳細・最新の運用は必ず上記の一次情報をご確認ください。数値は令和6年確定値(2025年5月公表)に基づきます。
猛暑は、これから毎年きつくなることはあっても、和らぐことはおそらくありません。だからこそ、暑さと上手に付き合いながら建物を守る知恵が、これまで以上に大切になります。8月までに動けるか、秋を待つべきか——建物の状態や劣化の進み具合によって、答えは一棟ごとに変わります。理事会やご自身の判断の前に、まずは一度、現地を見せてください。工事を急かすためではなく、安全と品質と資産価値のバランスをどう取るか、一緒に整理させていただきます。お問合せフォームから、ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
「40戸ないと採算が合わない」——管理会社に“切り捨てられる”小規模マンションが増える2026年、収益物件オーナーと管理組合が大規模修繕を“工法”で守る実務【2026年7月】
「うちの管理、来年から受けられません」——ある日突然、そう言われたら
もし理事会の席で、管理会社の担当者から「来期をもって管理委託契約を終了させていただきたい」と切り出されたら、あなたはどう動くでしょうか。あるいは、契約は続けるものの「委託料を今より大幅に上げさせてください」と言われたら。
これは、特別な誰かの話ではありません。2026年のいま、全国の小規模なマンションで、静かに、しかし確実に増えている現実です。私は大規模修繕の現場で20年近く仕事をしてきましたが、ここ1〜2年、「管理会社に見放されそうだ」というご相談が明らかに増えました。
この記事は、築15〜25年で50戸前後、あるいはそれより小さいマンションの理事長さま・修繕委員の方、そして区分マンションを複数お持ちの収益物件オーナーの方に向けて書いています。「管理会社に切り捨てられる」という一見こわい話を、なぜそれが起きるのか、そして工事会社の立場から見て「本当に効く打ち手」は何かまで、順を追って整理します。結論から言えば、鍵は「管理を誰に頼むか」だけでなく、「一番大きな出費である大規模修繕を、どの工法で、いくらで直すか」にあります。
何が起きたのか——日経が報じた「切り捨てられる小型物件」
2026年7月、日本経済新聞が「マンション不都合な真実 あえぐ管理組合」という連載を掲載しました。その第1回(上)の見出しが、そのものずばり「切り捨てられる小型物件」です。記事では、管理会社が小規模マンションに対して「解約通知は突然に」届き、その理由として「40戸ないと採算合わず」という趣旨の業界の声が紹介されています(出典:日本経済新聞「マンション不都合な真実 あえぐ管理組合(上)」2026年7月20日)。
かつて、分譲マンションの管理は「一度受託したら長く続くストックビジネス」でした。ところが、その前提が崩れつつあります。人手不足で管理員や清掃の人件費が上がり、小さな物件ほど「1戸あたりで見たときの手間」が重くなる。管理会社からすれば、同じ労力をかけるなら戸数の多い物件に人を回したい——そういう選別が、静かに始まっているのです。
この連載は全3回で、第2回(中)は大規模修繕をめぐる不透明な取引、第3回(下)は築古マンションが自治の力でよみがえる事例を取り上げています。つまり日経は、「管理」「修繕」「再生」という、マンションの一生に関わる3つの局面をまとめて問い直しているわけです。私が注目したいのは、その入口が「小型物件の切り捨て」だった、という点です。一番弱い立場の物件から問題が噴き出す——それは、業界全体のひずみが、そこに集まっているということでもあります。
私はこのニュースを、単なる「管理会社の都合」とは受け止めていません。これは、日本の分譲マンションが「新築を売る時代」から「古い建物を維持し続ける時代」に本格的に入ったことの、ひとつの表れだと考えています。国土交通省によれば、分譲マンションのストックは全国で数百万戸規模に達し、築40年を超える住戸も年々増えています(出典:国土交通省「マンションに関する統計・データ等」)。維持しなければならない建物が増える一方で、それを支える人手とお金が細っている。その「しわ寄せ」が、まず小さな物件から表面化しているわけです。
なぜ今、小規模マンションが“管理難民”になるのか
「ある日突然、管理会社から契約解約や大幅な委託料増額を告げられ、次の引き受け手も見つからない」——こうした状態は、近年「マンション管理難民」と呼ばれるようになりました。なぜ、いま急に増えているのか。私が現場で感じている要因は、大きく3つに分けられます。
要因1:人件費の上昇と「1戸あたりコスト」の重さ
管理会社の費用の多くは人件費です。管理員・清掃員・フロントの人件費が上がれば、当然、委託料に反映されます。ここで小規模マンションが不利になるのは、「固定的にかかる手間」が戸数で割り切れないからです。総会の運営も、会計も、点検の立ち会いも、20戸でも100戸でも「一式」で発生する作業は少なくありません。戸数が少ないほど、1戸あたりの負担が重くなる。管理会社が「40戸ないと採算が合わない」と口にする背景には、この構造があります。
要因2:制度改正で“事務コスト”がさらに増える
2026年には、マンションの管理をめぐる制度も動いています。国土交通省は、マンションの管理の適正化の推進に関する法律の施行規則を改正しました(出典:国土交通省「施行規則の一部を改正する省令の公布について」)。管理をより丁寧に、透明にしていく方向の改正で、居住者にとっては望ましいものです。
ただ、管理会社の側から見ると、1件の受託にかかる説明・書面・事務の手間は増える方向にあります。丁寧さを求められるほど、「手間の割に実入りの小さい小規模物件」から人手を引き上げたくなる——業界内でそういう見方が広がっているのは、残念ながら事実です。制度は住民の味方ですが、その運用コストが小さな物件を押し出してしまう、という皮肉が起きているのです。
要因3:担い手そのものの不足
建設業も管理業も、いま共通して抱えているのが「人がいない」という問題です。フロント担当者ひとりが持てる物件数には限りがあります。会社として人を増やせないなら、限られた担当者を効率よく配置するしかない。そのとき、真っ先に見直しの対象になるのが小規模物件です。これは意地悪ではなく、経営としての選択です。だからこそ、「相手の善意に期待する」対策には限界があると、私は考えています。
念のため申し添えますが、すべての管理会社が小規模物件を切り捨てているわけではありません。小さな物件を丁寧に支える会社も、管理組合支援に特化した会社もあります。ここでお伝えしたいのは「危機を煽る」ことではなく、「管理会社任せにしない備えを、いまのうちに」という一点です。
数字で見る、管理組合の“お財布事情”
管理難民が深刻なのは、それが「日々の管理」だけでなく「10年に一度の大工事」に直結するからです。ここで、公的な調査データを見てみましょう。
国土交通省の「令和5年度マンション総合調査」によると、長期修繕計画に対して修繕積立金が不足しているマンションは36.6%にのぼります。ほぼ3棟に1棟です。しかも、そのうち「計画に対して20%を超えて不足している」マンションが11.7%を占めます(出典:国土交通省「令和5年度マンション総合調査結果」)。
| 指標(令和5年度マンション総合調査) | 数値 |
|---|---|
| 修繕積立金が計画に対して不足しているマンション | 36.6% |
| うち「20%超の不足」 | 11.7% |
| 月額の修繕積立金(1戸あたり平均) | 約13,054円(25年間で約1.8倍) |
| 高経年マンションで世帯主が70歳以上 | 半数以上 |
この表を、私はいつも理事長さまに「読者ご自身の財布に置き換えて」ご覧いただくようお願いしています。積立金は25年で約1.8倍に上がったのに、なお3棟に1棟が不足している。しかも住んでいる方は高齢化していて、「これ以上の値上げは厳しい」という声が強い。つまり、「積立金をこれ以上増やしにくいのに、工事費は上がっている」という板挟みが、いまの管理組合の平均像なのです。
もう少し体感的な数字にしてみましょう。1戸あたり月額の修繕積立金が約13,000円だとすると、年間で約15万6千円。50戸のマンションなら、組合全体で年間約780万円が積み上がる計算です。しかし、資材費や人件費が上がった今、外壁・屋上防水・鉄部などをまとめて直す大規模修繕は、規模によっては数千万円に達します。10年から12年かけて積み上げたお金を、ほぼ一度の工事で使い切る——それが多くの組合の実像です。だからこそ、その一度の工事で「足場のかけ方ひとつで数百万円が動く」という事実は、決して他人事ではありません。積立金を増やす努力と同じくらい、「使うときに賢く使う」工夫が効いてくるのです。
そこへ「管理会社に切り捨てられる」が重なると、どうなるか。次の大規模修繕で、頼れる相談相手がいないまま、限られた予算で工事の判断を迫られることになります。
もう一点、見落とされがちなのが「合意形成の難しさ」です。高経年マンションで世帯主の半数以上が70歳を超えているということは、総会に出てくる方の多くが年金生活に入っている、ということでもあります。「今後20年住むかどうか分からない」「値上げはもう受け入れられない」という声が強くなると、必要な工事の決議さえ通りにくくなります。管理会社という“進行役”を失うと、この合意形成がさらに重くのしかかります。だからこそ、「専門的なことを噛み砕いて説明し、判断材料を並べてくれる相手」の価値が、以前より格段に上がっているのです。
収益物件オーナーにとっての意味——空室・利回りと修繕の関係
ここまでは管理組合を主役に書いてきましたが、区分マンションを複数お持ちの収益物件オーナーの方には、もう一段“わがこと”の話があります。管理難民の問題は、そのまま「持っている部屋の資産価値」に跳ね返ってくるからです。
考えてみてください。管理が行き届かず、外壁が汚れ、共用部が傷んだ建物は、入居希望者から敬遠されます。空室が長引けば家賃を下げざるを得ず、利回りは下がる。さらに、修繕がまともに進まない建物は、売却しようとしたときに「大規模修繕の見通しが立たない物件」として評価が下がりやすい。つまり、管理と修繕の停滞は、家賃・空室・売却価格の三方向から、オーナーの収益をじわじわ削っていきます。
私は、収益物件をお持ちのオーナーさまには「区分所有でも、建物全体の修繕方針に一票を投じる意識を持ってください」とお伝えしています。所有戸数が多いほど、その一票の重みは増します。管理組合が“管理難民”に陥りそうなとき、工法や見積もりの知識を持ったオーナーが理事会にいるかどうかで、その物件の10年後は大きく変わります。ご自身の資産を守るという意味でも、修繕のコスト構造を知っておくことは、決して損になりません。
「見放される」が一番痛いのは、大規模修繕のとき
日々の清掃や点検なら、最悪、自主管理という手もあります。掃除当番を決め、会計を輪番でこなす。大変ですが、なんとか回している組合もあります。
けれど、大規模修繕(外壁・屋上防水・鉄部などを12年前後の周期でまとめて直す、マンション最大の工事)は話が別です。数百万円から、規模によっては数千万円が動きます。足場を組み、下地を直し、塗装・防水を重ねる。専門的な判断が連続し、見積書は分厚く、素人がひとつずつ妥当性を確かめるのは容易ではありません。ここで「信頼できる相談相手がいない」状態は、本当に危うい。
私が現場で20年やってきて一番悔しい思いをするのは、「本当は半分の費用で、十分な品質の工事ができたのに」という物件に、後から出会ってしまうときです。相見積もりを取らないまま、あるいは工法の選択肢を知らないまま、言われるがままに契約してしまう。小規模マンションほど、この「情報の非対称」が命取りになります。
私が現場で見た、小規模ほど“足場費”で損をする構造
ここからが本題です。大規模修繕の見積書を開くと、多くの方が驚くのが「仮設足場」の金額です。建物をぐるりと囲う足場は、工事費全体の中でもおおむね2割前後を占めるとされ、決して小さくありません。しかも足場費は、実際に塗ったり直したりする面積とは別に、「組んで・かけて・ばらす」ことそのものにかかる固定費に近い性格を持っています。
小規模マンションは、この足場費の重さをまともに受けます。戸数が少ないぶん、1戸あたりで足場費を割ると割高になりやすいからです。以前、東京都内のある小規模物件で、当初のプランでは足場だけで見積の大きな部分を占めていたケースがありました。建物の形状を一枚一枚見ていくと、「全面に足場を組まなくても直せる面」がかなりある。そこをロープアクセス工法(産業用ロープで作業員が壁面を昇降し、足場を組まずに施工する無足場の工法)に置き換えることで、足場の範囲を絞り込めた。結果として、居住者の生活への影響も、工事の全体像も、ずいぶん軽くなりました。
私はこれを、「工法でコストを下げる」と呼んでいます。材料や職人の腕を削るのではなく、建物の形と傷み方に合わせて、足場のかけ方そのものを設計し直す。ここに、小規模マンションが生き残るための余地が、まだ十分に残っているのです。詳しくはロープアクセス工法のご紹介もあわせてご覧ください。
足場・ロープアクセス・ハイブリッド——3つの工法をどう選ぶか
「工法でコストを下げる」と言われても、具体的にどう違うのか、イメージしにくいかもしれません。私がご相談の場で必ずお見せするのが、次のような比較の考え方です。大切なのは、どれが一番良いかではなく、「あなたの建物にはどれが合うか」です。
| 比較の観点 | 全面足場工法 | ロープアクセス工法(無足場) | ハイブリッド工法 |
|---|---|---|---|
| 向いている建物 | 全面を大きく直す・低中層で複雑な形状 | 高層・足場を組みにくい・部分補修が中心 | 大規模で、面ごとに傷み方が違う建物 |
| 足場の仮設費 | 全面にかかる(固定費が重い) | 原則かからない | 必要な面だけに絞れる |
| 工期 | 仮設・解体の分だけ長くなりがち | 部分作業なら短縮しやすい | 全面足場より短くできる場合が多い |
| 居住者の生活影響 | 窓が長期間ふさがれる・防犯面の不安 | 影響が短く・限定的 | 足場部分のみ影響 |
| 注意点 | 費用と工期がかさみやすい | 大面積・重作業には不向きなことも | 設計・工程管理に経験が要る |
この表を見て、「うちは高層で足場が組みにくいから、ロープアクセス中心が合いそうだ」「全面を一気に直したいから足場が向くかもしれない」と、ざっくりでも当たりをつけていただくだけで十分です。実際には、外壁の傷み具合、タイルの浮き、シーリング(外壁の目地を埋める防水材)の劣化などを一枚一枚見て、面ごとに最適な工法を組み合わせていきます。私が「3つの工法を持っている意味」とよく口にするのは、選択肢が多いほど、ムダな足場を減らし、居住者の負担を軽くできるからです。1つの工法しか持たない会社では、どうしても「自分たちのできるやり方」に建物を合わせることになりがちです。私は逆に、建物にやり方を合わせたいのです。
打ち手——管理会社に依存せず、修繕コストを“工法”で守る
では、管理会社の選別が進む時代に、収益物件オーナーや小規模マンションの管理組合は、具体的に何をすればいいのか。私がいつもお伝えしている3つの視点を挙げます。
打ち手1:足場を「かける・かけない」から設計し直す
まず、次の大規模修繕では、足場ありきの見積を鵜呑みにしないことです。建物の形状によっては、全面足場が最適な場合もあれば、ロープアクセスや、足場とロープを部位ごとに使い分けるハイブリッド工法のほうが、コストと工期のバランスが良い場合もあります。当社は、この3つの工法から建物にとって最適なものをご提案できる、日本でも数少ない会社です。「足場を減らせるか」は、実物を見て初めて判断できます。だからこそ、最初の調査が肝心です。
一点だけ、誤解のないように申し上げます。ロープアクセスは「何でも足場より安い魔法」ではありません。全面的に大きく手を入れる必要がある建物や、作業員が同時に多く入る大規模な現場では、足場のほうが効率的なこともあります。大切なのは「工法ありき」で決めないこと。傷んでいる面はどこか、生活への影響をどこまで抑えたいか、工期はどれくらい許容できるか——この条件を並べたうえで、足場・ロープ・ハイブリッドの中から一番合うものを選ぶ。その判断材料を、私たちは無料の建物調査でお出しするようにしています。
打ち手2:相見積もりを“工法違い”で取る
相見積もりというと、同じ足場工事で2〜3社に価格を出させることを想像しがちです。もちろんそれも有効ですが、私がおすすめしたいのは「工法違いの見積もり」を取ることです。全面足場のプランと、無足場・ハイブリッドのプランを並べて比べれば、「自分の建物では、どの直し方が一番割に合うのか」が数字で見えてきます。判断の軸が、価格だけから「価格×工期×生活への影響」に広がります。大規模修繕全体の考え方は大規模修繕工事のご紹介でも整理しています。
このとき、ひとつだけ気をつけていただきたいことがあります。見積書の「一式」という言葉です。項目が「外壁補修 一式」「防水 一式」とだけ書かれていると、何にいくらかかっているのかが分かりません。私はいつも理事長さまに、「一式の中身を、面積や数量で出してもらってください」とお伝えしています。足場の面積、塗る面積、補修する箇所の数——ここが数量で書かれている見積書は、それだけで信頼度が上がります。逆に、そこを濁す見積もりは、あとで追加費用が膨らみやすい。工法を比べる前に、まず「比べられる形の見積書」をもらうこと。これが、限られた積立金を守る最初の一歩です。
打ち手3:小規模ほど「早め・小分け」の相談を
大きな組織を持たない小規模マンションほど、直前に慌てるほど不利になります。積立金の見通し、劣化の進み具合、次の工事の時期。この3つを、総会の1年前くらいから少しずつ整理しておくだけで、いざというときの選択肢がまるで変わります。管理会社に頼れないなら、工事の相談先を早めに複数持っておく。これは、管理難民時代の“保険”のようなものだと私は考えています。
打ち手4:専門職のネットワークで「高品質×低価格」を確保する
小規模マンションのもうひとつの悩みは、「小さな工事だと、良い職人がなかなかつかまらない」ことです。塗装、防水、タイル、シーリング、電気、看板——大規模修繕はいくつもの専門工事の集まりですが、規模が小さいと、それぞれの分野に一流の職人を手配しづらい。ここが、じつは仕上がりの差になって出ます。
当社は、ロープアクセス工法として日本で初めてフランチャイズ展開を行っており、塗装・防水・タイル・電気・看板といった各分野の専門職が加盟しています。だからこそ、小規模な物件でも、分野ごとに“その道のプロ”を組み合わせて、高い品質と抑えたコストの両立を目指せます。私はこれを、必ずワンセットで提案するようにしています。「安かろう悪かろう」でも「高品質だから高い」でもない、その真ん中を狙えるのが、専門職ネットワークの強みだと考えています。
よくあるご質問
Q. 管理会社に解約を告げられました。まず何をすべきですか。
A. あわてて次の1社に飛びつく前に、「日々の管理」と「次の大規模修繕」を切り分けて考えることをおすすめします。管理の引き受け手を探すのと並行して、直近の大きな出費である修繕の見通しを立てておくと、交渉の土台ができます。相談だけでも、状況整理のお手伝いはできます。
Q. うちは30戸未満の小規模ですが、ロープアクセスは割高になりませんか。
A. 一概には言えません。むしろ小規模ほど、足場の固定費が1戸あたりで重くなりやすいため、足場を減らせる工法との相性が良い場合があります。建物の形状と傷み方によって答えは変わりますので、実物を見てのご判断になります。
Q. 積立金がかなり不足しています。工事は先送りすべきでしょうか。
A. 傷みを放置すると、後の工事がかえって高くつくことがあります。先送りの前に、「工法を変えれば、いまの予算でどこまでできるか」を一度確かめてみる価値はあります。何を優先し、何を次回に回すか——その順番を一緒に整理するだけでも、無駄な出費は避けやすくなります。
Q. 自主管理に切り替えても、大規模修繕は乗り切れますか。
A. 乗り切っている組合はあります。ただし、日々の管理と違い、大規模修繕は金額も専門性も一段大きくなります。会計や点検は自主管理でこなしつつ、修繕のような大きな工事だけは、工法や見積もりを客観的に見てくれる工事会社や専門家に早めに相談する——この“いいとこ取り”が現実的だと、私は考えています。
Q. 相見積もりを取ると、いまの管理会社との関係が悪くなりませんか。
A. 相見積もりは、管理組合の当然の権利です。むしろ、複数の工法・価格を比較した記録は、総会で居住者に説明する際の強い裏付けになります。角が立たない進め方も含めて、経験のある工事会社なら心得ています。まずは情報を集めることを優先されて構いません。
まとめ——「切り捨てられる側」から「選ぶ側」へ
管理会社が小規模マンションを選別し始めた、というニュースは、たしかに気の重い話です。けれど私は、これを「受け身で怯える話」で終わらせたくありません。
管理を誰に頼むかは、相手のあることです。しかし、一番大きな出費である大規模修繕を「どの工法で、いくらで直すか」は、あなた自身が主導権を握れる領域です。足場を設計し直し、工法違いで見積もりを比べ、早めに相談先を持つ。この3つを押さえるだけで、「切り捨てられる側」から「工事を選ぶ側」へと、立ち位置は変えられます。小さな物件だからと諦める必要はありません。むしろ小さいからこそ、動きの速さと工夫で、大きな物件に負けない賢い選択ができるのです。
これは、私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。管理会社に見放されそうな小さな物件こそ、工法の工夫で守れる余地が大きい。もし、次の修繕のことで少しでも不安があれば、お問合せフォームから、ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 日本経済新聞「マンション不都合な真実 あえぐ管理組合(上)切り捨てられる小型物件」(2026年7月20日)
- 国土交通省「令和5年度マンション総合調査結果(とりまとめ)」
- 国土交通省「マンションに関する統計・データ等」
- 国土交通省「マンションの管理の適正化の推進に関する法律施行規則の一部を改正する省令の公布について」
- 国土交通省「マンション関係法令」
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
新築マンションが平均1億3784万円の時代——23区の“8割が1億円超”でも、あなたの資産価値を決めるのは新築価格ではなく『大規模修繕の質』。収益物件オーナーと管理組合が中古価格の曲がり角で資産を守る実務【2026年7月】
新築マンションが平均1億3784万円の時代——23区の“8割が1億円超”でも、あなたの資産価値を決めるのは新築価格ではなく『大規模修繕の質』。収益物件オーナーと管理組合が中古価格の曲がり角で資産を守る実務【2026年7月】
「東京23区の新築マンション、ついに平均1億3784万円」。
このニュースを見て、「もう自分には関係ない世界の話だ」と思われた方こそ、今日は最後まで読んでいただきたいのです。なぜなら、この“新築が買えない時代”の本当の主役は、これから買う人ではなく、すでにマンションを持っている・住んでいるあなただからです。
私は塗装・防水から始めて、足場を組む大規模修繕も、産業用ロープを使った無足場のロープアクセス工法も、20年近く現場でやってきました。その立場から正直に申し上げます。新築がここまで上がると、世の中の合理的な選択は「新しく建てる・買う」から「今ある建物を長く、良く使う」へ確実に傾きます。そして、そのとき資産価値を分けるのは、立地でも新築時の価格でもなく、大規模修繕をどう積み重ねてきたかです。
今日はこの“新築1億円時代”の数字を正確に押さえたうえで、収益物件オーナーと管理組合が、中古価格の曲がり角で資産を守るために何をすべきかを、できるだけ具体的にお話しします。ここからが本題です。
「新築1億3784万円」の中身を、まず正確に押さえる
感情論に入る前に、数字を正確に確認します。曖昧なイメージで動くと、判断を間違えるからです。
2025年度、23区平均は初の1億3784万円
不動産経済研究所が2026年4月20日に発表した調査によると、2025年度(2025年4月〜2026年3月)に東京23区で発売された新築分譲マンションの平均価格は1億3784万円で、前年度から18.5%上昇し、年度としては初めて1億3000万円を超えました(出典:朝日新聞(Yahoo!ニュース)、株式会社不動産経済研究所)。
暦年(1〜12月)ベースでも、2025年の23区平均は1億3613万円で前年比21.8%上昇と報じられています(出典:nippon.com)。年度で見ても暦年で見ても、平均が「1億円台の後半に迫る」という水準に到達したわけです。
数字の桁が大きすぎて、かえって実感が湧かないかもしれません。戸あたり1億3784万円というのは、頭金2割・35年ローンでも月々の返済がおよそ30万円台に乗る世界です。共働きで世帯年収が相当高くなければ、そもそも土俵に上がれません。
「1億円超」は一部の高級区の話ではなくなった
さらに見逃せないのが、1億円超が“特別なエリア”の話ではなくなったという点です。報道によると、東京23区のうち19区、つまり全体の約8割で新築マンションの平均価格が1億円を超え、これまで比較的手が届きやすいとされてきた墨田区・荒川区・板橋区・足立区でも、初めて平均1億円を突破しました(出典:まいどなニュース(Yahoo!ニュース)、マイナビニュース)。
私はこの「19区」という数字に、時代の変わり目を強く感じました。都心の一等地だけが高いのではなく、生活圏として現実的な下町エリアまで、新築というだけで1億円がスタートラインになった。「新築を選ぶ」という選択肢が、多くの人にとって物理的に消えたということです。
なぜここまで上がったのか——現場から見た正体
理由は投機マネーだけではありません。私が毎日現場で肌に感じているのは、建てる・直すためのコストそのものが上がり続けているという事実です。
資材、とりわけ塗料や防水材、鉄・アルミといった建材は、原油とナフサの調達不安を背景に、この2〜3年で目に見えて値上がりしました。同時に、職人の高齢化と人手不足で人件費も上昇しています。2024年4月からは建設業にも時間外労働の上限規制(いわゆる働き方改革関連法の適用、俗に「2024年問題」と呼ばれます)が本格適用され、工期にも余裕を持たせざるを得なくなりました。
新築の価格は、この「上がり続けるコスト」を最も素直に反映します。だからこそ、私はお客さまにいつもこうお伝えしています。「新築が高いのは、裏を返せば、今ある建物を直して使うことの経済合理性が上がっているという合図です」と。
新築が買えないと、既存マンションの価値はどう動くのか
新築が高騰すると、行き場を失った需要は中古市場に向かいます。実際、首都圏の中古マンション価格はこの数年、記録的な上昇を続けてきました。ところが2026年、その流れに変化の兆しが出ています。
中古も上がってきた——だが2026年5月に曲がり角
東日本不動産流通機構(東日本レインズ)のデータによると、2026年3月の首都圏中古マンションの成約価格は平均5521万円で前年同月比11.6%上昇、成約㎡単価も約6年(71か月)にわたって連続で上昇してきました(出典:公益財団法人 東日本不動産流通機構)。新築が買えない層が中古に流れ、中古も釣られて上がる——きれいな連動です。
ところが、です。2026年5月には首都圏中古マンションの成約価格が5067万円まで下がり、19か月ぶりに前年同月を下回りました。成約単価に至っては、約6年(73か月)ぶりに下落へ転じたと報じられています(出典:東日本レインズ関連報道)。金利がじわりと上がり、価格が上がりすぎて実需の手が届かなくなった——そういう「曲がり角」のサインが出始めているのです。
私はここに、オーナーと管理組合にとって非常に大事な意味が隠れていると考えています。市場全体が右肩上がりのときは、正直、多少手入れが悪い物件でも値上がりの波に乗れます。ところが波が止まると、途端に「選ばれる物件」と「選ばれない物件」の差がむき出しになるのです。
立地では説明できない“同じ駅なのに数百万円違う”という現実
私は現場で、同じ駅・同じ築年数なのに、査定額が数百万円違うマンションを何度も見てきました。片方は外壁がひび割れ、シーリング(外壁の目地を埋めるゴム状の防水材)が痩せて黒ずみ、共用廊下の鉄部が錆びている。もう片方は、外壁がきれいに塗り直され、防水も更新され、掲示板には長期修繕計画がきちんと貼り出してある。
買い手が同じ予算を持って両方を見たら、どちらを選ぶかは明白です。立地が同じなら、最後に差をつけるのは建物そのものの手入れ、すなわち大規模修繕の履歴なのです。市場が曲がり角に来たいま、この差はますます値段に直結していきます。
20年後、築40年超マンションは3.3倍になる——国が鳴らす警鐘
「うちはまだ新しいから関係ない」と思われた方にも、避けて通れない未来があります。国土交通省が示しているマンションの高経年化データです。
数字が語る“これから”
国土交通省の資料によると、全国の分譲マンションストックは2024年末時点で約713.1万戸。このうち築40年以上のマンションは約148万戸ですが、10年後の2034年末には約2.0倍の293.2万戸、20年後の2044年末には約3.3倍の482.9万戸に増えると見込まれています(出典:国土交通省「マンションを巡る現状と課題」)。
つまり、これから20年で「高経年マンション」は爆発的に増えます。国土交通省はこの現状を踏まえ、令和7年(2025年)にマンションの管理・再生の円滑化を目的とした法改正(マンションの管理の適正化の推進に関する法律などの改正)を行いました。国全体として、「新築をどんどん建てる」から「膨大な既存ストックをいかに適切に維持・再生するか」へ、政策の軸足が明確に移っているのです。
高経年化は“脅し”ではなく“準備の合図”
私はこの数字を、危機を煽るために引用しているのではありません。むしろ逆です。築40年超が3倍以上に増えるということは、適切に修繕されたマンションが相対的に希少になり、価値が際立つということでもあります。
正直に申し上げます。手入れを怠って「その他大勢の老朽マンション」の中に埋もれるのか、計画的な修繕で「築古でも安心して住める・貸せる・売れるマンション」として抜け出すのか。その分かれ道は、これからの10年でつけた差で決まります。
資産価値を分けるのは「大規模修繕の質」と「修繕履歴」
ここまでの話をひと言でまとめます。新築価格でも、立地でも、築年数でもなく、資産価値の最後の決め手は「大規模修繕をどう積み重ねてきたか」です。ここからは、その中身を掘り下げます。
買い手と査定士は、実はここを見ている
中古マンションを買うとき、慎重な買い手や不動産会社の査定担当は、部屋の内装よりむしろ次の点を確認します。
- 直近の大規模修繕がいつ行われ、何をしたか(外壁・防水・鉄部・給排水など)
- 長期修繕計画が現実的に更新されているか
- 修繕積立金の残高が計画に対して不足していないか
- 一時金の徴収や借入れの予定がないか
内装は買ってからいくらでも直せます。しかし、外壁や防水、給排水管といった共用部の修繕は個人ではどうにもできず、管理組合の積立と合意形成に依存するからこそ、買い手はそこを厳しく見るのです。修繕履歴がしっかりしている物件は、それだけで「買っても安心」という値札がつきます。
現場で見た“安物買いの銭失い”
もう一つ、正直な話をします。私が現場で20年やってきて一番悔しい思いをするのは、「安さだけで選んだ前回の修繕」が、数年で剥がれてやり直しになっている現場に立ち会うときです。
以前、ある管理組合で外壁補修のお手伝いをしたとき、前回の工事からまだ5〜6年しか経っていないのに、塗膜が広範囲で膨れ、シーリングが切れて雨水が回り始めていました。理事長さまに伺うと、前回は「とにかく一番安い見積り」で決めたとのこと。ふたを開けてみれば、下地処理が省かれ、塗料も本来より薄く塗られていた。結局、本来12年もつはずの工事が、半分の年数でやり直しになったのです。
戸数80戸のマンションで、この“やり直し”が一戸あたりに換算するといくらの損失になるか。私が試算をお見せすると、理事長さまは言葉を失っていました。安物買いの銭失いは、大規模修繕の世界では文字通り「積立金の溶解」です。私はこれを、必ず数字で説明するようにしています。
【自社サービスのご案内】修繕コストを最適化する3つの工法
ここからは利益相反を明示するため、見出しで区切ってお話しします。ここは弊社のサービス紹介です。ただ、工法の選択肢を知っておくことは、他社に依頼される場合でも必ず役に立ちますので、フラットにお読みください。
大規模修繕のコストは「どう直すか」だけでなく「どうやって足場を確保するか」で大きく変わります。弊社は次の3つの工法を、建物ごとに最適な形でご提案できる、日本でも数少ない会社です。
3工法の比較
| 工法 | 概要 | 向いている建物・場面 | コスト面の特徴 |
|---|---|---|---|
| 通常足場工法 | 建物全体に仮設足場を組む従来型 | 中低層、形状が複雑、全面的に手を入れる場合 | 足場架設・解体の費用と工期が必要 |
| ロープアクセス工法(無足場) | 産業用ロープで作業員が高所を施工 | 高層、足場が組みにくい、部分補修、コスト最重視 | 足場費を大きく圧縮でき、工期も短縮しやすい |
| ハイブリッド工法 | 部位ごとに足場とロープアクセスを使い分け | 大規模・複雑物件で総合コストを最適化したい場合 | 必要な箇所だけ足場を使い、総額を抑えやすい |
一般に、大規模修繕の工事費のうち足場の仮設費は決して小さくない割合を占めます。ここをロープアクセス工法やハイブリッドで最適化できると、同じ品質でも総額を抑えられる可能性があります。もちろん、すべての建物にロープアクセスが向くわけではありません。「ただし、全面的に下地から手を入れる必要がある場合や、作業の安全性・品質を優先すべき場合は、しっかり足場を組んだ方が良い」——この見極めこそ、3つの工法を持つ会社の腕の見せどころだと私は考えています。
戸あたりに換算して考える
工事費の話は、総額で聞くと大きすぎて実感が湧きません。私はいつも理事長さまに、「戸あたり・月あたりに割り戻して考えましょう」とお伝えしています。
たとえば総額が数千万円規模の工事でも、戸数と積立期間で割れば、一戸あたり月数千円〜の負担に落ちてくることが多いのです。逆に、工法選択でその総額を圧縮できれば、その分だけ積立金の値上げ幅を抑えられる、あるいは他の必要な工事に回せる。この「財布感覚」での説明を、私は必ずワンセットで行うようにしています。弊社の大規模修繕工事のご紹介でも、この考え方を大切にしています。
収益物件オーナー向け——“出口”を見据えた修繕戦略
ここからは、区分マンションやマンション一棟を賃貸に出している収益物件オーナーの方に向けた話です。オーナーにとって修繕は「コスト」ですが、見方を変えれば「出口(売却)と家賃を守るための投資」です。
修繕履歴は、そのまま売却時の“交渉材料”になる
先ほど述べたとおり、中古価格が曲がり角に来た局面では、買い手はますますシビアになります。売却時に「直近で大規模修繕を済ませ、外壁も防水も更新済み、修繕積立金も潤沢」と示せる物件は、価格交渉で強く出られます。逆に、修繕の先送りが積み上がった物件は、指値(値引き交渉)の格好の材料にされます。
私はオーナーの方には、こうお伝えしています。「修繕は費用ではなく、売るときに値切られないための保険だと考えてください」と。特に一棟オーナーの場合、共用部の管理は自分の裁量で決められる分、工法選択でコストを最適化できる余地も大きいのです。
空室対策としての“外観”
もう一つ、家賃と入居率の話です。築古物件でも、外壁がきれいで清潔感があれば、内見の第一印象がまるで変わります。外壁の汚れやひび、鉄部の錆びは、入居希望者に「管理が行き届いていない」という無言のメッセージを送ってしまいます。
大がかりな全面改修まではいかなくても、ロープアクセス工法なら足場を組まずに気になる部分だけを機動的に補修できます。空室が続いて家賃を下げるくらいなら、まず外観を整えて選ばれる物件にする——これは、私が収益物件のオーナーさまに繰り返しお伝えしている考え方です。
管理組合向け——積立金を守りながら資産価値を上げる進め方
分譲マンションの管理組合の理事長さま・修繕委員の方に向けて、実務の進め方を整理します。
まず「現状把握」から
いきなり工事会社を呼ぶ前に、次の順番で足元を固めることをおすすめします。
- 長期修繕計画を最新の物価・工事費で見直す(数年前の計画は、いまの資材高で確実にズレています)
- 修繕積立金の残高と、今後の必要額のギャップを把握する
- 直近の建物診断(劣化調査)を行い、本当に急ぐ工事と、待てる工事を仕分けする
- そのうえで、複数社から相見積りを取り、工法の選択肢も含めて比較する
この4ステップを踏むだけで、「業者に言われるまま」の修繕から、「組合が主導する」修繕へと立場が変わります。
総会で必ず聞かれる質問への備え
私が現場でお手伝いすると、総会でほぼ必ず出るのが次の質問です。
- 「なぜこの金額なのか」→ 足場費・材料費・人件費の内訳で説明する
- 「もっと安くならないのか」→ 工法選択(ロープアクセス/ハイブリッド)での圧縮余地を示す
- 「本当に今やる必要があるのか」→ 建物診断の結果で、先送りのリスクを具体的に示す
- 「積立金は足りるのか」→ 戸あたり・月あたりに割り戻して負担感を共有する
これらに事前に答えを用意しておけば、総会は驚くほどスムーズに進みます。反対のほとんどは、「説明が足りないことへの不安」から生まれる——これが、私が20年見てきた現場の実感です。
デメリット・不向きなケースも正直に
最後に、両論併記のために正直に申し上げます。ロープアクセス工法は万能ではありません。全面的に下地補修が必要な大規模改修や、バルコニー内部など作業導線が確保しづらい部位では、足場を組んだ方が品質・安全・工期の面で有利なことがあります。大切なのは「ロープアクセスありき」でも「足場ありき」でもなく、建物ごとに最適解を選ぶこと。だからこそ、3つの工法を比較検討できる状態を作っておくことが、組合にとっての最大の防衛策になります。
大規模修繕の“質”を見抜く5つのチェックポイント
「修繕の質が資産価値を分ける」と申し上げましたが、では素人の理事長さまやオーナーが、その質をどう見抜けばよいのか。私が現場で「ここを見てください」とお伝えしている5つのポイントを、正直にお話しします。専門家でなくても確認できるものばかりです。
1. 下地処理に時間と手間をかけているか
塗装や防水は、仕上げの塗料そのものより、その前の「下地処理」で寿命が決まります。ひび割れの補修、旧塗膜やサビの除去、高圧洗浄——ここを省くと、どんな高級な塗料を塗っても数年で剥がれます。見積書に下地処理の項目が細かく書かれているか、工程表にその日数が確保されているか。ここが最初の関門です。
2. シーリングを「打ち増し」ではなく「打ち替え」しているか
外壁の目地を埋めるシーリング(防水材)には、古いものの上から足す「打ち増し」と、いったん撤去して新しく入れる「打ち替え」があります。打ち増しは安く速いですが、寿命は短い。長く持たせるなら打ち替えが基本です。どちらを採用しているかを必ず確認してください。
3. 建物診断(劣化調査)の結果に基づいているか
「築12年だから」という年数だけで工事範囲を決めていないか。きちんと建物診断を行い、劣化の実態に合わせて範囲を決めているか。診断なしの“どんぶり勘定”は、過剰工事か手抜きのどちらかに傾きます。
4. 足場・工法の選択に説明があるか
なぜ全面足場なのか、なぜロープアクセスなのか。その選択に「建物の形状・高さ・劣化状況から見てこうです」という根拠が示されているか。私は必ず、複数の工法を比較したうえで「この建物にはこれが最適です」とご説明するようにしています。
5. 保証とアフター点検の中身
工事後の保証年数と、その保証が何を対象にしているか。定期点検の予定があるか。「工事して終わり」ではなく、その後も見てくれる会社かどうかは、長期の資産価値にそのまま効いてきます。
この5点をチェックできるだけで、「安いだけの危ない工事」を避け、積立金を本当に価値ある修繕に向けられます。私はこれを、必ず理事長さまにお渡しするようにしています。
よくある質問(FAQ)
Q. 新築が高いのは投資マネーのせいで、自分の中古物件には関係ないのでは?
A. 直接は無関係に見えても、新築が買えない需要は中古に流れ、中古価格を押し上げてきました。ただ2026年5月には中古が下落に転じており、今後は「手入れの良し悪し」で価格差が開きやすくなります。修繕の巧拙が、より直接的に資産価値へ効いてくる局面です。
Q. 大規模修繕は何年ごとにやるべきですか?
A. 一般には12年前後が一つの目安とされますが、建物の立地・仕様・劣化状況で最適な周期は変わります。まず建物診断を行い、部位ごとに「急ぐもの・待てるもの」を仕分けることをおすすめします。「必ず12年」と機械的に決めつけないことが大切です。
Q. ロープアクセスにすれば必ず安くなりますか?
A. 足場費を圧縮できる可能性は高いですが、すべての建物・工事で安くなると断定はできません。全面改修が必要な場合は足場が適することもあります。工法は建物ごとの比較で選ぶべきものです。
Q. 積立金が不足している場合はどうすれば?
A. まず現実的な長期修繕計画に更新し、必要工事の優先順位を明確にしたうえで、工法選択でコストを抑える余地を検討します。値上げや一時金、借入れの前に、できる工夫がないかを一緒に整理させていただきます。
まとめ——価値を守る主導権は、あなたの手にある
新築が平均1億3784万円、23区の8割が1億円超。この数字は、裏を返せば「今あるマンションを長く良く使うことの価値が上がっている」という合図です。しかし中古市場は2026年5月に曲がり角を迎え、これからは手入れの良し悪しがそのまま価格差になる時代に入ります。
そのとき資産価値を分けるのは、新築価格でも立地でもなく、大規模修繕をどう積み重ねてきたか。そして、その修繕をコスト最適化できるかどうかは、足場・ロープアクセス・ハイブリッドという工法の選択肢をどれだけ持てるかにかかっています。
これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。修繕の時期でお悩みのとき、あるいは総会前の整理だけでも、お問合せフォームから遠慮なくお声がけください。ご相談だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 株式会社不動産経済研究所「首都圏 新築分譲マンション市場動向(2025年度)」(2026年4月20日発表)
- 朝日新聞「東京23区の新築マンション、平均1億3784万円で最高値 昨年度」(Yahoo!ニュース)
- まいどなニュース「墨田・荒川・板橋・足立までも…東京23区中19区で新築マンション1億円超」(Yahoo!ニュース)
- マイナビニュース「東京23区の新築マンション平均価格「1億円超えエリア」が19区に広がる」
- nippon.com「マンション価格、東京23区は平均1億3613万円―不動産経済研究所」
- 公益財団法人 東日本不動産流通機構(東日本レインズ)「季報 Market Watch サマリーレポート 2026年1〜3月期」
- 国土交通省「マンションを巡る現状と課題」
- 国土交通省「マンションに関する統計・データ等」
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
大規模修繕で「談合」に払わされていた時代——公取委が計38社に排除措置命令方針。管理組合と収益物件オーナーが“設計監理方式の穴”から修繕積立金を守る実務【2026年7月】
「うちの管理組合は、まさか談合になんて巻き込まれていないだろう」。
そう思っていた理事長さまほど、今回のニュースは他人事ではありません。2026年6月、公正取引委員会が、首都圏の分譲マンション大規模修繕をめぐる談合で、施工会社と設計コンサルタント合わせて計38社に排除措置命令を出す方針を固めた、と各紙が報じました。対象となった工事は100件以上、施工会社への課徴金は総額でおよそ16億円にのぼる見通しです(出典:日本経済新聞「マンション修繕談合、公取委が30社超に排除命令へ」)。
私は大規模修繕の現場に20年近く立ってきましたが、この事件で一番申し上げたいのは、談合の当事者が悪いという単純な話では終わらせてはいけない、ということです。なぜなら、この談合が成立してしまった背景には、多くの管理組合が「良かれと思って選んでいる発注のかたち」が、そのまま抜け穴になっていたという構造があるからです。
今日は、この事件で実際に何が起きたのか、そして築15〜25年のマンション管理組合の理事長さまや、区分を複数お持ちの収益物件オーナーさまが、次の修繕で同じ轍を踏まないために、明日からできる実務を整理してお伝えします。
まず事実関係を、出典つきで正確に押さえる
感情論に流れないよう、確定している事実から並べます。
公正取引委員会は2025年3月、首都圏の分譲マンション大規模修繕工事の入札などで談合を繰り返した疑いがあるとして、修繕工事業者およそ20社に独占禁止法(正式名称:私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)違反の疑いで立ち入り検査に入りました。その約1年後の2026年6月、公取委は施工会社36社と設計コンサルタント2社、合わせて計38社に対し、再発防止を求める排除措置命令を出す方針を固めたと報じられています(出典:毎日新聞「マンション修繕談合、38社に排除命令へ 計16億円課徴金方針」)。
ここで用語を一つだけ。「排除措置命令」とは、独占禁止法に違反した企業に対して、公正取引委員会が「その違反行為をやめ、二度と繰り返すな」と命じる行政処分のことです。お金のペナルティである課徴金とは別物で、いわば企業の行動そのものを正させる命令だとお考えください(参考:公正取引委員会)。
報道時点ではまだ「方針」の段階で、最終的な社数や課徴金額には多少の幅が出る可能性があります。ですので本稿では、特定の企業名を名指しして断罪することはしません。私が大事だと考えるのは、誰が悪かったかを詮索することよりも、なぜ管理組合の側からこの談合が見抜けなかったのか、という一点だからです。
なぜ談合が成立したのか——「設計監理方式」という善意の落とし穴
今回の事件で報道が繰り返し指摘しているのが、「設計監理方式」の悪用という構造です。ここが本題です。
大規模修繕の発注方式には、大きく分けて二つあります。一つは「責任施工方式」。これは、調査・設計から施工までを一つの施工会社にまとめて任せるやり方です。もう一つが「設計監理方式(設計監理者を施工会社と分ける方式)」で、まず設計コンサルタントに劣化調査・仕様設計・工事監理を任せ、そのコンサルが作った仕様書で施工会社を入札にかける、という二段構えのやり方です。
設計監理方式は、本来とても理にかなった方式です。工事をする会社と、その工事を監理・チェックする会社を分けることで、施工会社の手抜きやお手盛りを第三者の目で防げる。だから国のマニュアルでも、透明性の高い方式として広く推奨されてきました。私自身、物件によっては設計監理方式が最適だと申し上げることもあります。
ところが、この「分離」が逆手に取られました。管理組合にとって専門家であるはずの設計コンサルが、裏で施工会社側と受注調整に関わっていたとされるのが、今回の事件の核心です。つまり、組合を守るべき審判役が、実は選手側と握っていた。こうなると、いくら複数社から見積もりを取っても、あらかじめ「今回はA社が取る番」と決まっているので、他社はわざと高い金額を出す。管理組合は「ちゃんと相見積もりも取ったし、専門家にも見てもらった」と安心しきったまま、割高な工事費を修繕積立金から払わされることになります。
私が現場で20年見てきて、一番悔しい思いをするのは、まさにこういう時です。理事のみなさんは本業を持ちながら、休日を使って真剣に何度も委員会を開いている。その善意と時間が、仕組みの穴一つで食い物にされてしまう。談合の当事者が責められるのは当然として、私はこの「善意が踏みにじられる構造」そのものを、管理組合の側の知恵で塞いでいく必要があると考えています。
談合で、管理組合はいくら余計に払っていたのか
「談合があった」と聞いても、自分の財布がいくら痛むのかがピンとこないと、行動には結びつきません。ここは数字で体感していただきます。
一般に、談合によって工事費が競争価格より1〜2割上振れすると言われます。仮に100戸規模のマンションで、大規模修繕の総額が1億5,000万円だったとしましょう。ここに15%の談合上乗せが乗っていたとすると、余計に払わされた金額はおよそ2,250万円です。
これを1戸あたりに割り戻すと、約22.5万円。修繕積立金を毎月1万2,000円ずつ積み立てているご家庭なら、実に1年半分以上のお金が、競争のふりをした金額に消えていた計算になります。しかも大規模修繕は12年周期で繰り返されますから、一度こういう業者と設計コンサルの組み合わせに当たってしまうと、次も、その次も、同じ構図で払い続けることになりかねません。
収益物件オーナーさまなら、この重みはさらに切実だと思います。区分を5戸お持ちで、それぞれの管理組合で同じことが起きていたら、談合上乗せだけで100万円超が利回りから静かに削られていく。表面利回り5%の物件で、修繕のたびに数十万円が余計に出ていけば、実質利回りは目に見えて痩せていきます。修繕は「コスト」ではなく「資産価値の維持投資」ですが、その投資に不当な中抜きが混じっていたのでは、守れるはずの資産価値も守れません。
自衛策その1——相見積もりで談合を見破る5つのチェック
では、専門家でない理事長さまが、どうやってこの手口を見抜けばよいのか。私がいつも理事会でお伝えしている、相見積もりのチェックポイントを5つに絞ってお渡しします。
第一に、見積書の「端数」を見てください。複数社の見積もりが、そろって同じような端数(たとえば全社が「〇〇万円ちょうど」に近い金額)で並んでいるときは要注意です。本気で積算した見積もりは、材料と数量から積み上がるので、普通は端数がバラつきます。
第二に、「辞退」や「異常に高い金額」が混じっていないか。談合では、本命以外の会社がわざと負けるために、見るからに高い金額を出したり、途中で見積もりを辞退したりします。3社に声をかけて1社だけが現実的で、あとの2社が明らかに高い、という並びが続くなら、競争が働いていない兆候です。
第三に、設計コンサルと施工会社の「距離」を確認する。設計コンサルが特定の施工会社ばかりを推してくる、あるいは過去に同じコンサルと同じ施工会社の組み合わせが繰り返されているなら、独立性を疑う理由になります。
第四に、「工事監理」を誰がやるのかを明確にする。工事監理(工事が仕様書どおりに行われているかをチェックする役割)を、施工会社と資本関係も取引関係もない第三者が担っているか。ここが曖昧なまま進む案件は、後からの検証が効きません。
第五に、内訳の「単価」を近隣事例と突き合わせる。足場の平米単価、塗装の平米単価、シーリングのメートル単価といった主要項目の単価は、地域相場がおおよそ決まっています。総額だけを見るのではなく、単価まで開示させて相場と照らすだけで、上乗せはかなり見えてきます。
この5つは、専門知識がなくても、理事のどなたかが「聞く」だけで実行できます。業者にとって、こういう質問を淡々としてくる管理組合は、一番やりにくい相手です。正直に申し上げますが、談合をしようとする側が最も嫌うのは、金額そのものより「なぜこの金額なのか」を説明させられることなのです。
現場で実際にあった「見えない上乗せ」
抽象論だけでは伝わりにくいので、私が過去に相談を受けた一件を、物件が特定されないよう数字だけ変えてお話しします。
築18年、80戸ほどのマンションでした。理事会は真面目な方ばかりで、設計コンサルに調査と入札の取りまとめを依頼し、3社から相見積もりも取っていました。総額はおよそ1億2,000万円。私のところには「この金額が妥当かだけ見てほしい」というセカンドオピニオンの相談で来られました。
見積書を開いて、まず気になったのが足場の平米単価でした。地域の相場から見て2割ほど高い。次に塗装の数量で、実際の外壁面積から逆算すると、計上されている塗り面積が明らかに多い。そして3社の見積もりが、主要項目でそろって似た単価に並んでいました。競争が働いていれば、単価はもっとバラつくはずです。
私は「談合だと断定はできませんが、少なくとも競争が効いていない兆候はあります」とだけお伝えし、単価の根拠開示と、独立した立場の監理者を別途立てることをご提案しました。結果として、その組合は仕切り直して発注し、最終的な工事費は当初見積もりよりおよそ1,500万円下がりました。1戸あたりにすると約19万円。理事長さまが「あのまま判子を押していたらと思うとぞっとする」とおっしゃっていたのを、今でも覚えています。
この時、私が特別なことをしたわけではありません。単価を相場と突き合わせ、数量を実測から検算し、監理の独立性を確認した。それだけです。談合という言葉が独り歩きすると身構えてしまいますが、防ぐための行動は、実はとても地味で、誰にでもできることばかりなのです。
自衛策その2——発注方式を「知ったうえで」選ぶ
もう一つの防衛線が、発注方式の選び方です。ここは両論併記でお話しします。どの方式にも、向き・不向きがあるからです。
設計監理方式は、第三者チェックが効くという本来の強みは今も有効です。今回の事件は「方式が悪い」のではなく「その第三者が独立していなかった」ことが問題でした。ですから設計監理方式を選ぶなら、設計コンサルの独立性をどう担保するか——たとえば管理組合が自分たちでコンサルを公募し、施工会社の選定過程を透明化する——ここに手間をかけられるかどうかが分かれ目になります。ただし、その手間と監理費用(工事費とは別にかかります)を許容できる規模の物件でないと、コストが見合わないこともあります。
責任施工方式は、調査から施工まで一社が一貫して責任を負うため、窓口が一本化され、工期も読みやすく、監理費用を別建てで払わずに済むという利点があります。私の経験上、中小規模の物件や、工期・生活影響を最優先したいケースでは、この方式が向くことが多いです。ただし、施工会社の中に監理機能が入るため、その会社の技術力と誠実さに品質が大きく左右されます。だからこそ、施工会社の施工実績、有資格者の数、そして「不都合なこともきちんと言うか」を見極めることが欠かせません。
私がここで申し上げたいのは、「どちらが正解」という話ではありません。自分の物件の規模・築年数・積立金の余力・住民の生活事情に照らして、方式のメリットとデメリットを理解したうえで選ぶ。その一手間が、談合のような「知らないうちに払わされる損」への一番の予防になる、ということです。
主な発注方式の違いを、判断の材料として表にまとめておきます。
| 発注方式 | 長所 | 注意点 | 向くケース |
|---|---|---|---|
| 責任施工方式 | 窓口が一本化、工期が読みやすい、監理費が別建てにならない | 施工会社内に監理機能が入るため会社選びが品質を左右 | 中小規模、工期・生活影響を最優先したい物件 |
| 設計監理方式 | 第三者による監理でお手盛りを防ぎやすい | 監理者の独立性が崩れると今回のような穴になる、監理費が別途必要 | 大規模、透明性を最優先でき手間をかけられる物件 |
| 責任施工+第三者チェック併用 | 一貫責任と独立監理の両取りを狙える | チェック役の人選と費用負担の設計が必要 | どちらの弱点も埋めたい中〜大規模物件 |
大切なのは、この表のどれかを「正解」として丸暗記することではありません。自分の物件がどの列に当てはまるかを、理事会で一度言葉にしてみることです。それだけで、業者任せだった発注が「自分たちで選んだ発注」に変わります。
相見積もりは「何社に、どう声をかけるか」で決まる
相見積もりが形骸化する一番の原因は、声のかけ方にあります。設計コンサルや管理会社に「見積もりを集めておいて」と丸投げすると、集める側の裁量で、あらかじめ結論の見えた3社が並ぶことになりかねません。
私がおすすめしているのは、少なくとも1社は、管理組合が自分たちで見つけた会社を入れることです。ネットで調べても、知人の管理組合に紹介してもらってもかまいません。取りまとめ役とは無関係のルートから1社入れるだけで、金額の目線が一気に現実的になります。また、見積もりを依頼する際は、各社に同じ仕様書・同じ数量条件を渡すことが鉄則です。条件がバラバラでは、そもそも金額を比べられませんし、その「比べられなさ」こそが上乗せの隠れ場所になります。
そして、見積もりが出そろったら、必ず各社に同席してもらう場を分けて、単価の根拠を口頭で説明してもらってください。紙の上では立派でも、口頭で数量や単価の理由を問われると、答えに詰まる会社があります。それが、誠実な会社を見分ける一番わかりやすい物差しです。
自衛策その3——工法という、もう一つの防衛線
ここからは、私どもの仕事に直接関わる話になりますので、見出しを分けて正直にお話しします。
大規模修繕のコストは、発注方式だけでなく「工法」でも大きく変わります。特に足場です。一般的な大規模修繕では、建物全体を仮設足場で囲みますが、この足場の架設・撤去費用が、工事全体の2割前後を占めることも珍しくありません。ここが、実は見積もりの中でも金額の根拠が見えにくく、上乗せが紛れ込みやすい部分でもあります。
私どもが手がけているロープアクセス工法(産業用ロープを使い、足場を架けずに施工する無足場工法)は、足場を組まないことで、この足場費を大幅に圧縮できるのが最大の特長です。高層物件や、敷地が狭くて足場を架けにくい物件、あるいは足場設置による防犯・生活への影響を抑えたい物件で、特に効果を発揮します。工期も、足場の架設・撤去がない分だけ短くなります。
一方で、ロープアクセスにも不向きなケースはあります。施工面積が非常に広く、同時に大量の職人を張り付けたい場合や、部位によっては足場のほうが効率的なこともあります。だからこそ私どもは、足場・ロープアクセス・その両方を部位ごとに使い分けるハイブリッド工法まで含めて、建物ごとに最適な組み合わせをご提案するようにしています。足場ありきでもロープありきでもなく、その物件にとって一番ムダのないかたちを一緒に考える——これが、足場とロープアクセスの両方を自社で持っている会社の役割だと思っています。
談合の話と工法の話は、一見別のようでいて、実は同じ根っこでつながっています。どちらも「金額の根拠が見えるかどうか」の問題だからです。足場費であれ、施工単価であれ、なぜその金額なのかを説明できる相手と組むこと。それが、修繕積立金を守る本質だと私は考えています。
「自主申告した会社は課徴金を免れる」——リーニエンシーが示すもの
今回の事件で、もう一つ知っておいていただきたい仕組みがあります。課徴金減免制度(リーニエンシー)です。
これは、談合などの違反を自主的に公正取引委員会へ申告した会社が、申告の順番に応じて課徴金を減免される制度です。今回も、自主申告した会社は課徴金の納付を免れる見込みだと報じられています。談合は一社では成立しませんから、内部から「実はやっていました」と名乗り出る会社が出れば、全体が崩れる。だからこの制度は、談合を抑止する仕組みとして機能してきました。
なぜこの話を管理組合にお伝えするかというと、裏を返せば「談合はいつか必ず表に出る」という前提で発注に臨むべきだ、ということだからです。今、業界全体が公取委の動きに神経をとがらせています。つまり、いまは管理組合にとって、これまでで最も「まっとうな競争を求めやすい」タイミングでもあるのです。堂々と単価の根拠を求め、監理の独立性を問う。それを歓迎する誠実な会社と、嫌がる会社とで、いま最も差が見える時期だと私は感じています。
総会で必ず聞かれる3つの質問への答え方
修繕委員会や理事会で、いざこの話題を出すと、必ず返ってくる質問があります。理事長さまが説明に困らないよう、私なりの答え方を3つ用意しました。
一つ目、「大手に頼めば談合の心配はないのでは?」。残念ながら、今回の対象には名の通った大手も含まれると報じられています。会社の規模と、談合に関わるかどうかは別問題です。大事なのは知名度ではなく、金額の根拠を開示するかどうかです。
二つ目、「相見積もりを取っているのだから大丈夫では?」。相見積もりは必要条件であって、十分条件ではありません。今回の事件は、まさに相見積もりを取っていた組合で起きています。見積もりの「枚数」ではなく「中身の比較可能性」を確保して初めて、競争は機能します。
三つ目、「うちのような小規模物件でも狙われるのか?」。むしろ小規模物件のほうが、専門の担当者もおらず、チェックの目が届きにくいぶん、割高な金額が通りやすいという面があります。戸数が少ないほど、1戸あたりの負担は重くのしかかります。規模の大小にかかわらず、単価を確認する習慣は必要です。
この3つに落ち着いて答えられるだけで、委員会の議論はぐっと締まります。私はいつも理事長さまに、「専門家になる必要はありません、良い質問ができる人になってください」とお伝えしています。
収益物件オーナーの視点——「修繕の質」は出口価格に効いてくる
最後に、収益物件オーナーさま向けに一点だけ。
談合による上乗せは、その場の工事費が高くつくだけの問題ではありません。談合が成立する現場は、往々にして「金額は割高なのに、施工の質は担保されていない」状態になりがちです。監理が形骸化しているからです。そうなると、10年後・20年後の建物の傷み方に差が出て、それはそのまま売却時の出口価格や、空室率に跳ね返ってきます。
私はいつもオーナーさまに、「修繕は一番わかりにくい支出だからこそ、一番ちゃんと見てほしい支出です」とお伝えしています。家賃は毎月見るのに、12年に一度の大規模修繕は業者任せ、という方が本当に多い。けれど、資産価値をいちばん左右するのは、実はこの見えにくい支出のほうなのです。
談合対策は「長期修繕計画」を見直す好機でもある
最後にもう一歩、前向きな話をさせてください。今回の事件をきっかけに発注を見直すなら、その流れで長期修繕計画(今後30年程度の修繕項目と費用、積立金の推移をまとめた計画)そのものを点検されることを強くおすすめします。
というのも、談合による上乗せが疑われる現場では、長期修繕計画の金額もまた、割高な単価を前提に組まれていることが少なくないからです。計画上の工事費が過大なら、必要以上の修繕積立金を住民から集め続けることになり、それはそれで生活を圧迫します。逆に、工法の選択肢を持ち込んで足場費を圧縮できれば、同じ積立金でより多くの修繕をまかなえるようになり、値上げを先送りできる可能性も出てきます。
私はいつも理事長さまに、「大規模修繕は一回の工事ではなく、30年の資金計画の一部として見てください」とお伝えしています。目の前の見積もりを1割下げることも大事ですが、計画全体の前提単価を適正化できれば、効き方の桁が変わります。談合というネガティブなニュースを、自分たちの計画を筋肉質にする入口に変えていただきたいのです。
まとめ——「説明を求める管理組合」が、一番強い
今回の談合事件から、私たちが受け取るべき教訓は、業者を疑心暗鬼で見ろということではありません。むしろ逆で、「きちんと説明を求める」という当たり前のことを、管理組合とオーナーの側が習慣にするだけで、談合のような不当な上乗せは驚くほど成立しにくくなる、ということです。
相見積もりの端数と単価を見る。設計コンサルの独立性を確認する。発注方式のメリットとデメリットを理解して選ぶ。工法の選択肢を持つ。長期修繕計画の前提単価まで見直す。どれも特別な専門知識は要りません。必要なのは、「なぜこの金額なのですか」と一言聞ける姿勢だけです。そして、その一言を面倒がらずに歓迎してくれる会社を、パートナーに選ぶことです。
これは、私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。総会や修繕委員会の前段階で、「うちの発注のかたちは大丈夫だろうか」という整理だけでも、お力になれることがあります。ご相談だけでも、遠慮なくお声がけください。
- 大規模修繕の総合的なご提案について → 大規模修繕工事のご紹介
- 足場費を抑える無足場工法について → ロープアクセス工法のご紹介
- 発注方式や見積もりのセカンドオピニオン → お問合せフォーム
出典・参考資料
- 日本経済新聞「マンション修繕談合、公取委が30社超に排除命令へ 100件以上が対象」
- 毎日新聞「マンション修繕談合、38社に排除命令へ 計16億円課徴金方針」
- 公正取引委員会「トップページ(排除措置命令・独占禁止法の解説)」
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
管理会社に「切られる」マンションが急増する時代へ——小規模物件から始まった“管理難民”のなかで、収益物件オーナーと管理組合が大規模修繕を自ら主導し、工法選択でコストを守る実務【2026年7月】
「うちのマンション、来年から管理会社が引き受けてくれないかもしれない」。
そんな相談を、私はこの半年でずいぶん受けるようになりました。以前なら、管理組合が管理会社を「選ぶ」のが当たり前でした。ところが今は逆です。管理会社の側から「この規模では採算が合わないので、契約を更新できません」と通告される。いわゆる管理会社の“逆リプレイス”、そして行き場を失った「管理難民」という言葉が、業界の外にまで広がり始めています。
先日、日本経済新聞が「小規模マンションを切り捨てる管理会社『うまみない』と突然解約」という記事を出しました(出典:日本経済新聞)。ここで語られているのは、単なる一部の話ではありません。マンション管理という仕組みそのものが、静かに、しかし確実に地殻変動を起こしているという話です。
私は塗装・防水から始めて、足場を組む大規模修繕もロープアクセス(産業用ロープを使った無足場の高所作業)も、20年近く現場でやってきました。その立場から正直に申し上げます。管理会社に切られる時代というのは、裏を返せば「管理組合とオーナーが、修繕を自分の頭で考えなければ生き残れない時代」だということです。今日はその現実と、では何をすればいいのかを、できるだけ具体的にお話しします。
なぜ管理会社は小規模マンションを「切る」のか
管理業者は13年連続で減っている
まず、これは一部の管理会社の気まぐれではありません。構造的な問題です。
国土交通省が2025年6月に公表したデータによれば、マンション管理業者の登録数は2025年3月末時点で1,776社。前年から28社減り、13年連続の減少となりました(出典:国土交通省「マンション管理業者」)。
一方で、管理を委託したいマンション(管理組合)の数は増え続けています。分譲マンションのストックは全国で700万戸を超え、築古物件も年々積み上がっている。つまり、「頼みたい側」は増え、「引き受ける側」は減っている。需要と供給が逆転しているのです。
供給が足りなくなれば、供給する側が相手を選ぶようになる。これは経済の当たり前の帰結です。そして最初に選別の対象になるのが、手間の割に実入りの少ない小規模マンションでした。
小規模ほど「割に合わない」という現実
なぜ小規模から切られるのか。理由はコスト構造にあります。
30戸のマンションと100戸のマンションで、清掃や設備点検、フロント業務にかかる手間はそれほど変わりません。管理員を配置する手間も、理事会に出席する手間も、戸数に単純比例はしないのです。ところが管理会社が受け取る管理委託費は、おおむね戸数に比例します。
結果として、戸数が少ないマンションほど、1戸あたり・1㎡あたりの管理コストが割高になる。管理会社から見れば「同じ人手をかけても利益が薄い現場」ということになります。
私が現場でお付き合いのある管理組合でも、20戸台・30戸台の物件は、正直なところ管理会社の担当者の顔が半年に一度しか見えない、というところが少なくありません。人手が足りないから、採算の合う大規模物件に人が回される。小さいマンションほど後回しになる——これが今、全国で静かに起きていることです。
人手不足とカスハラ、そして法改正が背中を押した
もう一つ、現場を預かる者として見逃せない要因があります。担い手不足です。
管理員の高齢化が進み、募集をかけても応募が来ない。労働条件の厳しさもあって、現場に十分な人を配置できない。これは私たち工事会社の職人不足とまったく同じ構図で、建設・不動産管理の業界全体が抱える病です。
加えて2025年6月には、企業に対してカスタマーハラスメント対策を義務づける法律が成立しました。従業員を守る観点から、「クレームが過剰で継続が難しい現場からは撤退する」という判断を下す管理会社も出てきています。従業員を守るのは当然のことですが、その反射として「切られる」管理組合が生まれているわけです。
そして2026年4月には、改正マンション管理適正化法と改正区分所有法が施行されました(参考:国土交通省「マンション管理」)。管理組合を守るための制度整備が進む一方で、管理会社にとっては対応コストが増える面もあり、「不採算物件からの撤退」に拍車がかかるのではないか、という見方が業界内で語られています。組合を守るはずの制度が、皮肉にも撤退を後押しする一因になり得る——ここは冷静に見ておくべきところです。
「管理難民」が大規模修繕にとって本当に怖い理由
管理会社に解約されること自体も大変ですが、私がもっと心配しているのは、その先にある大規模修繕です。管理難民の問題は、実は修繕の問題と一本の線でつながっています。
「丸投げ」が通用しなくなる
これまで多くのマンションでは、大規模修繕の段取りを管理会社に任せてきました。修繕時期の判断、業者選び、見積りの取りまとめ、工事中の窓口——その多くを管理会社が担ってきたのです。
ところが管理会社が薄く広くしか関われなくなる、あるいは撤退してしまうと、この「丸投げ」が成立しなくなります。修繕の主導権を、管理組合とオーナー自身が握らざるを得なくなる。準備不足のまま12〜15年に一度の大工事に臨むことになれば、判断を誤ってコストが膨らんだり、必要な工事を先送りして劣化を進行させてしまったりする危険があります。
私はいつも理事長さまに、「管理会社にお任せでも、修繕の中身だけはご自分の言葉で説明できるようにしておいてください」とお伝えしています。管理難民の時代には、この備えが効いてきます。
「談合」という、もう一つの落とし穴
主導権を握らなければならないのに、判断材料が乏しい。そこにつけ込まれるリスクもあります。
記憶に新しいところでは、2026年6月、公正取引委員会がマンション大規模修繕工事をめぐる談合を認定し、施工会社と設計コンサルタントあわせて約40社に排除措置命令を出す方針を固めた、という報道がありました。対象は関東のマンション大規模修繕で、施工会社36社と設計コンサルタント2社の計38社。工事業者には総額約16億円の課徴金納付命令が予定され、遅くとも2021年秋以降、見積り合わせで受注予定業者を事前に決めていたとされます。しかも、その調整の場に関わっていたのが、本来は中立であるべき設計コンサルタントだったというのです(出典:さくら事務所「マンション大規模修繕の談合、約40社に排除措置命令へ」)。
これは私にとって、現場20年で一番悔しいタイプの話です。管理組合は「専門家に任せておけば安心」と信じていた。ところがその専門家の中立性が崩れていた。管理会社にも十分頼れず、頼った相手にも足元を見られる——この二重の不安こそが、今の管理難民時代の本質だと私は考えています。
だからこそ、「誰かに任せきりにしない」体制づくりが、これまで以上に大切になっているのです。
管理会社に頼り切らないための、修繕の「自衛」5ステップ
では、具体的に何をすればいいのか。ここからが本題です。管理会社に切られても、あるいは切られる前でも、管理組合とオーナーが自分たちで修繕を守るための手順を、5つに整理します。
ステップ1:自分のマンションの「劣化の現在地」を知る
修繕の主導権を握る第一歩は、建物の状態を自分たちで把握することです。外壁のひび割れ、タイルの浮き、屋上防水の膨れ、鉄部のサビ——こうした劣化は、素人目にもある程度は見えます。
私がおすすめしているのは、年に一度、理事会メンバーで建物を一周する「点検散歩」です。専門的な打診調査(タイルを叩いて浮きを探す検査)まではできなくても、「去年より汚れが増えた」「あの継ぎ目から水が垂れた跡がある」といった変化に気づけるだけで、業者任せにしない目が育ちます。
管理会社が薄くしか関われないなら、その分を組合の「気づく力」で補う。これが出発点です。
ステップ2:長期修繕計画を「現実の数字」で見直す
次に、長期修繕計画(今後20〜30年の修繕時期と費用を見込んだ計画書)を開いてみてください。多くのマンションで、この計画が数年前の物価で作られたままになっています。
ご存じのとおり、ここ数年で建設資材も人件費も大きく上がりました。塗料も防水材も値上がりが続き、計画時の見積りと実際の相場が乖離しているケースは珍しくありません。計画上は「積立金で足りるはず」でも、いざ発注すると足りない——という事態が起きやすくなっています。
管理会社に任せきりだと、この見直しも後回しになりがちです。最新の相場観で計画を洗い直し、積立金の不足があるなら早めに手を打つ。値上げにせよ工法の工夫にせよ、選択肢は時間があるほど広がります。
ステップ3:見積りは「複数社・同じ条件」で取る
談合の話でも触れたとおり、1社だけの見積りを鵜呑みにするのは危険です。かならず複数社から、同じ工事範囲・同じ仕様で見積りを取ってください(これを「相見積り」といいます)。
このとき大事なのは、金額の安さだけで比べないことです。安いには安い理由が、高いには高い理由があります。使う塗料のグレード、防水の工法、足場の有無、保証年数——条件を揃えて初めて、金額の差が意味を持ちます。
私はお客さまに、「見積書は金額の欄より、仕様の欄をじっくり読んでください」とお願いしています。数字だけを見比べても、本当に比較したことにはならないからです。
ステップ4:発注方式のメリット・デメリットを理解する
大規模修繕の進め方には、大きく分けて2つの方式があります。ここは自分のマンションの規模に合わせて選ぶべきところです。
設計監理方式は、設計コンサルタントが仕様づくりと工事監理を担い、施工会社を分けて発注する方式です。透明性が高いとされる一方、今回の談合報道が示したように、コンサルタントの中立性が崩れると逆効果になります。また、コンサルタント費用が別途かかるため、小規模マンションには負担が重くなりがちです。
責任施工方式は、調査から設計、施工までを一つの施工会社に任せる方式です。窓口が一本化されて話が早く、コンサルタント費用が不要な分、小規模物件では総額を抑えやすいという利点があります。ただし、施工会社の力量と誠実さに結果が左右されるため、信頼できる会社を見極める目が前提になります(参考:国土交通省 マンション管理関連情報)。
どちらが正解ということはありません。ただ、管理会社に頼りきれない小規模マンションほど、責任施工方式が現実的な選択肢になりやすい、というのが私の実感です。大切なのは、両方の長所と短所を理事会が理解したうえで選ぶことです。
ステップ5:工法の選択肢を「発注前に」持っておく
そして、私が一番お伝えしたいのがこれです。工事のコストは、工法の選び方で大きく変わります。
大規模修繕というと、多くの方が「建物全体に足場を組む」ことを当たり前だと思っています。たしかに足場は万能で、複雑な形状の建物や、全面的にじっくり作業したい場合には欠かせません。ただ、足場の設置と解体には、工事費全体の2割前後がかかるとも言われます。ここは見過ごせないコストです。
そこで選択肢になるのが、ロープアクセス工法です。産業用ロープを使い、足場を架けずに高所を作業する工法で、足場費を抑えられ、工期も短くなりやすい。何より、足場で建物を覆わないぶん、住んでいる方・使っている方の生活への影響が小さくて済みます。窓が塞がれない、防犯面の不安が減る、日当たりが確保される——居住者にとってのメリットは小さくありません。
もちろん、ロープアクセスが万能というわけではありません。大きな面をまとめて塗る作業や、足場が必要な部位もあります。だからこそ私は、足場とロープアクセスを部位ごとに使い分ける「ハイブリッド工法」を、必ずワンセットで検討するようにしています。ベランダ側は足場、外周のシンプルな壁面はロープアクセス、というように組み合わせれば、品質を落とさずに総額を下げられる余地が生まれます。
管理会社に頼れない時代だからこそ、「足場一択」ではなく、複数の工法から自分の建物に最適なものを選ぶという発想を、発注の前に持っておいていただきたいのです。
弊社では、ロープアクセス工法と足場仮設の両方を自社で扱い、建物ごとにどの工法が最適かをご提案しています。大規模修繕工事の総合的なご相談にも応じていますので、「そもそもうちは足場が要るのか要らないのか」という段階からでも、遠慮なくお声がけください。
もし管理会社から「更新しません」と言われたら——最初の90日でやること
ここまでは「切られる前の備え」の話でしたが、すでに更新拒否や解約の通告を受けてしまった管理組合もあるでしょう。その場合に、私が理事長さまにお伝えしている「最初の90日」の動き方を整理しておきます。慌てて動くと足元を見られますが、順序立てて動けば、必ず道はあります。
最初の30日:事実確認と引き継ぎ資料の確保
まずやるべきは、感情的に反発することではなく、事実の確認です。契約書を開いて、解約の予告期間(多くは3〜6か月前)と、次の管理者へ引き継ぐべき書類の範囲を確認してください。
このとき何より大切なのが、管理に関する書類・データの確保です。長期修繕計画書、過去の修繕履歴、設計図書、点検記録、修繕積立金の会計帳簿——これらは管理組合の財産であり、次の体制に移るための命綱です。私は「解約を告げられたら、まず紙とデータを全部こちらの手元に集めてください」とお願いしています。ここが抜けると、次の見積りも計画も組み直しになってしまうからです。
31〜60日:自主管理か、新しい管理会社か
次に、これからの体制を決めます。大きく分けて、自主管理(管理組合が自分たちで運営する)か、新しい管理会社を探す(リプレイス)かの二択です。
小規模マンションほど、この判断は悩ましいところです。新しい管理会社を探しても、同じ理由で断られたり、委託費が大幅に上がったりすることが珍しくありません。一方で、清掃や点検などの業務を個別の専門業者に切り分けて発注し、会計や総会運営だけをマンション管理士などの専門家に部分委託する「一部委託型の自主管理」で、むしろコストを下げている組合もあります。
正解は物件ごとに違います。ただ、どちらを選ぶにせよ、「大規模修繕をどう進めるか」だけは、この段階で切り離して考えておくことをおすすめします。管理体制が固まるのを待っていると、肝心の修繕が何年も先送りされ、その間に劣化が進んでしまうからです。
61〜90日:修繕の“単独ライン”を確保しておく
管理体制の移行と並行して、修繕については独立した相談ラインを持っておくと安心です。管理会社が薄くなっても、劣化は待ってくれません。
私のところにも、「管理会社が変わる過渡期で、修繕の話が完全に止まってしまった」というご相談がよく来ます。そういうとき私は、まず建物を見せていただき、「これは急ぐ工事か、数年待てる工事か」を切り分けます。雨漏りや鉄部の激しい腐食のように待てないものだけ先に手を打ち、全面的な大規模修繕は体制が落ち着いてから——という段取りにすれば、混乱期でも建物を守れます。
管理難民の時期こそ、「修繕だけは止めない」。これが資産価値を守る要だと、私は考えています。
工法で何が変わるのか——生活影響とコストの早見表
「工法を選ぶ」と言われても、素人にはイメージがわきにくいものです。そこで、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つが、コストと生活にどう影響するかを、私の現場感覚で早見表にまとめました。あくまで一般的な傾向で、実際は建物の形状や劣化状況で変わりますが、判断の入り口としてお使いください。
| 比較項目 | 通常足場工法 | ロープアクセス工法(無足場) | ハイブリッド工法 |
|---|---|---|---|
| 仮設コスト | 高い(工事費の2割前後) | 大幅に抑えられる | 部位を絞るため中間 |
| 工期 | 長め | 短くなりやすい | 中間 |
| 生活への影響 | 建物を覆い、窓が塞がれやすい | 影響が小さい | 部位により差 |
| 防犯面 | 足場からの侵入リスクに注意 | リスクが小さい | 部位により差 |
| 向く建物 | 複雑形状・全面的な作業 | 高層・足場架設が難しい物件 | 大規模・部位ごとに条件が違う物件 |
| 注意点 | 費用と工期がかさみやすい | 大面積の一括作業には不向きな面も | どの部位をどちらで施工するか設計が要 |
この表で一番お伝えしたいのは、「足場が悪い・ロープが良い」という単純な話ではないということです。複雑な形状で全面をじっくり直したい建物なら、足場が最適解になることもあります。逆に、シンプルな四角い建物で、住民の生活影響を抑えたいなら、ロープアクセスやハイブリッドが効いてきます。
大切なのは、発注する前に、この3つを同じ土俵で比較できる会社に相談することです。1つの工法しか扱っていない会社に相談すれば、当然その工法の見積りしか出てきません。私たちが3つの工法を自社で持っていることにこだわるのは、まさにこの「比較して選べる」状態を、お客さまにお渡ししたいからです。
よくある質問(管理難民と大規模修繕)
最後に、実際に理事会や個別相談でよく受ける質問を、いくつかお答えの形でまとめておきます。
Q. 管理会社に切られたら、大規模修繕はもうできないのでしょうか。
いいえ、できます。大規模修繕は、管理会社を通さずに、管理組合が直接、施工会社に相談・発注することも可能です。むしろ「責任施工方式」で施工会社に一本化すれば、窓口はシンプルになります。管理会社の有無と、修繕ができるかどうかは、別の問題だとお考えください。
Q. 小規模マンションだと、工事も割高になりますか。
戸数が少ないと1戸あたりの負担が大きく見えるのは事実です。ただ、そこで効いてくるのが工法の工夫です。足場費を抑えられるロープアクセスやハイブリッドは、総額を圧縮できる分、小規模物件ほど1戸あたりの効果が体感しやすい、という面もあります。まずは工法込みで概算を出してみることをおすすめします。
Q. 相見積りは何社くらい取ればいいですか。
一般的には3社程度が目安とされます。大切なのは社数よりも、同じ工事範囲・同じ仕様で揃えて比較することです。条件がバラバラの見積りを何枚集めても、正しい比較にはなりません。
Q. 談合のニュースを見て不安です。どう身を守ればいいですか。
「専門家に任せておけば安心」という発想を、少しだけ疑うことです。中立であるはずの立場が崩れる可能性があると知ったうえで、複数社から仕様を揃えて見積りを取り、金額の根拠を説明できる会社を選ぶ。この基本を徹底するだけで、リスクはかなり下げられます。
Q. まだ管理会社に切られていませんが、今から準備すべきですか。
はい、切られる前こそ動きどきです。管理会社が元気なうちに、長期修繕計画を最新の数字で見直し、工法の選択肢を知っておく。この準備があれば、万が一体制が変わっても、修繕で慌てずに済みます。
戸あたりで考えると、判断はもっとシンプルになる
ここまで制度や工法の話をしてきましたが、最後に、理事会で判断するときの「ものさし」を一つお渡しします。それは、すべてを戸あたりで考えるということです。
たとえば、ある工事で全体の見積りが100万円下がったとします。総額だと大きな数字に見えますが、40戸のマンションなら1戸あたり2万5千円、20戸なら5万円です。逆に、足場費を削れずに総額が膨らめば、その負担も戸あたりで全員にのしかかります。
管理会社に任せきりだった時代は、こうした数字を「自分の財布の話」として実感する機会が少なかったかもしれません。けれど、これからは違います。管理難民の時代には、理事会の一人ひとりが「これは自分の家計にいくら響く話か」を体感として持つことが、いい判断につながります。
私はいつも、見積書を戸あたりに割り戻してお見せするようにしています。「総額300万円の差」より「1戸あたり月々いくらの積立で吸収できる差」のほうが、皆さん腹落ちが早いからです。数字を体感に変える——これは管理会社の手が薄くなるほど、組合自身が身につけるべき力だと思います。
まとめ:切られる時代は、選べる時代でもある
管理会社に切られるかもしれない、という不安は、決して小さくありません。頼れる相手が減っていくのは事実です。管理業者は13年連続で減り、人手不足も法改正も、その流れを後押ししています。
ただ、私はこの状況を、悲観だけで語りたくはありません。管理会社に「切られる」時代は、裏を返せば、管理組合とオーナーが自分の建物のことを、自分の頭で選べるようになる時代でもあるからです。劣化の現在地を知り、計画を現実の数字で見直し、相見積りを取り、発注方式を理解し、工法の選択肢を持つ。この5つを備えておけば、たとえ管理会社が薄くなっても、修繕でつまずくことはぐっと減ります。
そして工法の選択は、その中でも一番、コストと住み心地に直結する部分です。足場か、ロープアクセスか、その組み合わせか。ここを発注前に検討できるかどうかで、同じ建物でも結果は変わります。
これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。管理会社の動きに不安を感じたら、あるいは次の大規模修繕が5年以内に控えているなら、お問合せフォームからご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会の前段階の、工法や概算の整理だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 日本経済新聞「小規模マンションを切り捨てる管理会社 「うまみない」と突然解約」
- 国土交通省「マンション管理業者」(登録業者数の推移)
- 国土交通省「マンション管理」(改正マンション管理適正化法・改正区分所有法の施行)
- さくら事務所「マンション大規模修繕の談合、約40社に排除措置命令へ。管理組合が今すべきこととは」
- 大規模修繕工事新聞「管理会社に見捨てられる日―13年連続減少が示す「管理難民」時代の到来」
本記事は2026年7月20日時点の公開情報にもとづきます。制度・補助金・法令の内容は変更される場合がありますので、実際のご検討にあたっては各機関の最新の一次情報をご確認ください。
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
大規模修繕が「新築より賢い」時代に——札幌の旗艦再開発すら工事費高騰で縮小・ホテル撤退。建てるより直すへ転換する2026年、収益物件オーナーと管理組合が資産価値を守る工法とタイミングの実務【2026年7月】
「あの札幌の再開発すら縮んだ」——2026年夏に届いたニュースの意味
正直に申し上げます。この夏、私がいちばん考え込んだニュースは、塗料でも金利でもなく、札幌の再開発でした。あなたが収益物件をお持ちのオーナーさま、あるいはマンションの理事長さまなら、これは決して遠い北の街の話ではありません。むしろ「うちの建物をこの先どうするか」を左右する、とても身近な話だと私は思っています。
何が起きたのか。JR北海道が進めてきた札幌駅南口の大型再開発(北5西1・西2地区)が、当初の計画から規模を大きく縮小し、延べ床面積は約32万6500平方メートルに落ち着くことになりました。従来計画から約6万平方メートル、東京ドーム1個分をゆうに超える面積を削ったことになります。理由ははっきりしています。資材価格の上昇と労務コストの増大による「工事費高騰」です。そして、高層階に入る予定だった外資系の高級ホテル、マリオットとの契約は解除され、ホテル計画そのものが白紙になりました(出典:建設通信新聞Digital「札幌の再開発、規模縮小し32.6万㎡に 高級ホテルも撤退」、札幌市「北5西1・西2地区」)。
スケジュールも後ろ倒しになりました。報道によれば、低層棟(西2)は2027年度に着工して2030年度の竣工、高層棟(西1)はその後2030年度に着工して2034年度の竣工を目指すとされ、建物の高さも従来計画から15メートルほど引き下げられます。当初描かれていた華やかな超高層+高級ホテルの絵姿は、工事費という現実の前に、静かに描き直されたわけです。
私がこのニュースに手を止めたのは、規模の大きさではありません。JR北海道という体力のある事業主体が、しかも札幌の玄関口という一等地で、それでも「予定どおりには建てられない」と判断した、その事実の重さです。資本力のある大手ですら旗艦プロジェクトを削り、目玉のホテルを手放す。ここまで来たか、というのが現場から見た率直な感想でした。
そしてこう考えました。これは「新築がしんどい時代」の象徴的なサインではないか、と。新しく建てる採算が合いにくくなれば、世の中の重心は自然と「いま建っているものを、いかに長く・賢く持つか」へ動きます。つまり、既存の建物を適切に直して価値を保つ——大規模修繕(マンションやビルの外壁・防水などを12年前後の周期でまとめて直す工事)の戦略的な重みが、これまで以上に増すということです。
この記事では、まず「なぜ新築が縮むのか」を建設費の公的データで確かめます。次に、その裏返しとして「既存ストックを長く持つ」ことがなぜ賢い選択になりつつあるのかを、国の統計と政策から整理します。そのうえで、「でも修繕費だって上がっているじゃないか」という当然の反論に正面から向き合い、工法の選び方でコストと工期をどう守るかを、私の現場経験からお伝えします。築15〜25年でそろそろ2回目・3回目の修繕が視野に入っている管理組合の方、区分マンションや一棟物件を複数お持ちのオーナーの方に、「うちの話」として読んでいただけるはずです。
なぜ「新築が縮む」のか——資材と労務、二つの高騰
札幌の一件は、特殊な失敗ではありません。全国どこの現場でも起きている「建設費高騰」が、たまたま目立つ場所で表面化しただけです。ここは体感ではなく、国が出している数字で確かめておきましょう。見積書の妥当性を判断するうえでも、この土地勘は必ず役に立ちます。
なぜ一つの再開発の話を、これほど自分の資産に引きつけて読んでいただきたいのか。理由はシンプルです。大手が動かせる資金は、私たち中小の現場が扱う金額とは桁が違います。その大手ですら採算が合わず計画を縮めるということは、より体力の限られる中小規模の建物では、同じコスト上昇がもっと重くのしかかるということだからです。「大きな話」ほど、実は小さな建物の未来を先取りして見せてくれる。私はいつも、業界のマクロなニュースを、目の前の一棟に翻訳して読むようにしています。
建設工事費デフレーターで見る「10年で約3割」
建設費の水準を示す代表的な公的指標に、国土交通省の「建設工事費デフレーター」があります。これは2015年度を100として、建設工事にかかる費用が何倍になったかを示すものです。最新のデータでは、建設総合でおおむね133前後、木造住宅でも130前後まで上がっています(出典:国土交通省「建設工事費デフレーター」)。
かみ砕くと、2015年に1億円で建てられた(あるいは直せた)ものが、いまは1億3000万円ほどかかる、という意味です。この10年ほどで、建設のコストはざっくり3割上がりました。しかも一度上がったきり下がらず、高い水準で張り付いています。私が20年近くこの業界にいて、これほど長く一方向に上がり続ける局面は記憶にありません。
労務単価は14年連続上昇——「人の値段」が構造的に上がった
もう一つ、材料と並ぶ大きな柱が人件費です。国土交通省が毎年公表する「公共工事設計労務単価」は、令和8年(2026年)3月から適用される最新版で、全国全職種の平均が2万5834円となり、統計上はじめて2万5000円を超えました。前年度比で約4.5%の引き上げ、これで14年連続の上昇です(出典:国土交通省「令和8年3月から適用する公共工事設計労務単価について」)。
この「14年連続」という数字を、私は現場でよく引き合いに出します。材料費は世界情勢で上下しますが、人の値段はそう簡単には下がりません。職人の高齢化と担い手不足は構造的な問題で、賃金を上げなければ次の世代が入ってこない。裏を返せば、労務費の上昇は一過性ではなく、これからも続く前提で計画を組むべきだ、ということです。材料と労務、この二つが同時に、しかも長期で上がっている。だから札幌のような判断が出てくるのです。
正直に言えば、私たち工事会社にとっても、この高騰は他人事ではありません。同じ工事をしても以前より原価がかさむ。それでもお客さまに納得いただける金額に収めるために、どこでムダを削れるかを日々考えています。その答えの一つが、後ほどお話しする「工法の選択」です。
「建てるより直す」へ——既存ストックの価値が相対的に上がる
新築が縮むということは、視点を変えれば「いま建っている建物の価値が、相対的に上がる」ということでもあります。ここは収益物件オーナーの方にこそ、じっくり読んでいただきたい部分です。
築40年超が約2割、10年後には倍増する
国土交通省の統計によると、分譲マンションのストック総数は2024年末時点で約713万戸に達しました。日本の人口の1割以上、およそ1500万人以上がマンションに住んでいる計算です。そのうち、築40年を超えるマンションは約148万戸で、全体のおよそ2割を占めます。そしてこの数は、10年後の2034年末には約293万戸、20年後の2044年末には約482万戸へと膨らむと見込まれています(出典:国土交通省「住宅:マンションに関する統計・データ等」)。
高経年の建物が、これから雪だるま式に増えていく。これは分譲マンションの話ですが、賃貸マンションやビルでも事情は同じです。日本全体が「新しく建てる」から「長く使う」へ、否応なく重心を移していく局面に入っている、ということです。
オーナーの立場で言えば、これは「出口」と「保有」の両面に効いてきます。新築の供給が細れば、中古市場に出てくる築浅の競合も減り、相対的に築古でも手入れの行き届いた物件が選ばれやすくなります。売るにしても貸すにしても、「修繕履歴がきちんと残っている」ことが、これまで以上に価格や客付けの決め手になっていく。私はこれを、長く物件を持つオーナーさまにとって、むしろ追い風だと考えています。
建替えは、多くの場合「現実解」になりにくい
「古くなったなら建て替えればいい」と思われるかもしれません。ですが国土交通省の資料でも、老朽化したマンションを建替えだけで解消するのは現実的ではない、と明確に整理されています。建替えは費用も合意形成も極めてハードルが高く、実際に実現した件数は全国で累計300件あまりにとどまります。148万戸という母数に対して、この数字がいかに小さいかは、あえて説明するまでもないでしょう。だからこそ国は、適切な維持管理と「長寿命化」——つまり大規模修繕をきちんと重ねて建物を長く使うこと——を政策の柱に据えています。
私はこの流れを、悲観ではなく機会だと捉えています。新築の供給が細れば、きちんと手入れされた既存物件の希少価値は上がります。裏を返せば、修繕を怠って傷んだまま放置した物件との差は、これから残酷なほど開いていく。同じ築年数、同じ立地でも、「直してきた建物」と「直してこなかった建物」で、賃料も売却価格もはっきり分かれる時代が来ると私は見ています。大規模修繕は、もはや「仕方なく出ていく出費」ではなく、「資産価値を守り、育てる投資」なのだ——このことは、明誠の大規模修繕工事のご紹介でもお伝えしている、私たちの基本的な考え方です。
「でも修繕費だって上がっているじゃないか」——その通り、だから工法で守る
ここまで読んで、鋭い方はこう思われたはずです。「新築が高いなら、修繕だって同じ建設費高騰の波を受けているだろう」と。まったくそのとおりです。ごまかすつもりはありません。大規模修繕の費用も、この10年で確実に上がりました。だからこそ私は、「上がった前提で、どこを削れるか」を工法から考えることを、いつもお客さまにお伝えしています。ここが今日の記事の、いちばんお伝えしたい実務の話です。
足場という「工事費の2割前後」をどう扱うか
大規模修繕の見積書を開くと、多くの方が意外に感じるのが「仮設足場」の金額の大きさです。建物の形状にもよりますが、足場の設置・解体・養生は、工事費全体の2割前後を占めることも珍しくありません。しかもこの費用は、外壁を1平米直そうが100平米直そうが、建物をぐるりと囲う以上まとまってかかる「固定費」に近い性質を持っています。建設費が高騰している今、この大きな固定費をどう扱うかが、コスト防衛の最初の分かれ目になります。
私がいつもお伝えするのは、「足場をかけるのが当たり前だと思い込まない」という視点です。もちろん足場が最適な建物はたくさんあります。ですが、部位や建物によっては、足場をかけずに直せる方法があるのです。
無足場のロープアクセス——強みと、正直なデメリット
その代表が、ロープアクセス工法です。これは産業用のロープを使い、作業員が屋上から吊り下がって外壁の塗装や補修、防水、タイルの点検・補修などを行う、無足場の工法です。足場という大きな固定費を圧縮できるため、条件が合えばコストを抑えられます。加えて、足場の組立・解体にかかる期間がないぶん工期が短くなりやすく、足場が建物を覆わないので居住者や利用者の日当たり・視界・防犯面への影響も小さく済みます。高層で足場架設が難しい建物や、限られた部位だけを直したいケースでは、特に力を発揮します。詳しくはロープアクセス工法のご紹介にまとめています。
ただ、良いことばかりを並べるのは誠実ではありません。ロープアクセスにも、はっきりとした向き・不向きがあります。まず、建物全面を一度に、しかも大量に塗り替えるような工事では、足場をかけて多人数で一気に進めたほうが結局は速く、安くなる場合があります。ロープでの作業は一度に展開できる人数や範囲に限りがあるからです。また、屋上にロープを固定できる強固な支点が取れない構造では採用できませんし、天候の影響も足場作業より受けやすい。さらに、有資格の技術者が必要なため、施工できる会社そのものが限られます。「無足場だから何でも安い」という単純な話ではないのです。ここを正直にお伝えしないと、あとで「思ったのと違った」となってしまいます。
ハイブリッドという第三の選択
では、どうするか。私が現場で20年やってきて行き着いた答えが、「一棟まるごと同じ工法で縛らない」という考え方です。たとえば、複雑で作業量の多い低層部やバルコニー周りは足場をかけ、単調で高所の外壁面はロープアクセスで、と部位ごとに使い分ける。これがハイブリッド工法です。建物の形状と傷み具合を一つずつ見て、「ここは足場、ここはロープ」とパズルのように組み合わせることで、総額を最も低く抑えられる組み方を探ります。
私はこれを、必ず複数のパターンでお見積りするようにしています。「全面足場だといくら」「一部ロープを組み合わせるといくら」と並べて、判断の材料をお渡しする。工法ありきではなく、その建物にとっての最適解を一緒に探す——足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つを自社で扱えるからこそできる提案だと、私は思っています。ビルオーナーの方はビルオーナーさま向けのご案内、管理組合の方は管理組合さま向けのご案内も、あわせてご覧いただければ、判断の助けになるはずです。
3つの工法の性格を、ざっくり一覧にすると次のようになります。ご自身の建物がどれに近いか、あたりをつける参考にしてください。
| 観点 | 通常足場工法 | ロープアクセス工法(無足場) | ハイブリッド工法 |
|---|---|---|---|
| 仮設費(固定費) | 大きい | 小さく抑えやすい | 部位を絞れば圧縮できる |
| 工期の傾向 | 組立・解体の期間が必要 | 短くなりやすい | 中間 |
| 全面・大量塗替え | 得意 | 一度に展開できる範囲に限りあり | 面は足場、他はロープで最適化 |
| 高層・足場架設が難しい建物 | 不利な場合あり | 得意 | 得意 |
| 居住者・利用者への影響 | 建物を覆うため大きめ | 小さい | 部位により小さくできる |
| 主な制約 | 費用と設置スペース | 支点確保・天候・有資格者の確保 | 設計の巧拙で差が出る |
表はあくまで一般的な傾向です。実際には建物の形状、劣化の位置、周辺の道路状況などで最適解は変わります。だからこそ、一律に当てはめず一棟ずつ見る必要があるのです。
一つ、具体的な話をさせてください。以前、ある5階建ての賃貸マンションで、当初は全面足場で約1200万円というお見積りが出ていた物件がありました。私が現地を拝見すると、傷んでいたのは主に高所の外壁面と屋上防水で、低層部やエントランス周りはまだ手を入れる段階ではありませんでした。そこで、傷んだ高所面をロープアクセス、複雑な低層部だけ部分足場に切り替えるハイブリッドで組み直したところ、仮設まわりを中心に費用を圧縮でき、工期も2週間ほど短くできました。オーナーさまには「足場代を丸ごと払う前に、本当に全面必要かを一度見てほしい」とお伝えしています。数字を大きく動かすのは、たいてい派手な新工法ではなく、こうした地味な「かけ方の見直し」なのです。
収益物件オーナー・管理組合が2026年後半に動く実務
ここからは、明日から使える具体的な話に落とします。建設費が高い今、損をしないために押さえておきたい実務のポイントを整理します。
見積書の「どこを見るか」
まず、見積書は必ず「工事の内訳が部位ごと・工種ごとに分かれているか」を確認してください。「一式」で大きくまとめられた見積は、金額の妥当性を検証しようがありません。特に、先ほどお話しした仮設足場の金額が独立して書かれているか。ここが独立していれば、「この部分をロープアクセスに置き換えたらいくら変わるか」という比較検討ができます。
次に、材料のグレードと数量の根拠です。建設費高騰の局面では、安く見せるために材料のグレードをこっそり下げる、あるいは必要な数量を少なく見積もる、といったことも起こり得ます。逆に、不安をあおって過剰な仕様を勧められることもあります。相見積もりを取り、金額だけでなく「なぜその仕様・数量なのか」の説明を求めることを、私はいつもおすすめしています。
見積書を受け取ったら、最低でも次の5点はチェックしてみてください。
- 仮設足場の費用が、独立した項目として金額とともに書かれているか(「一式」で埋もれていないか)
- 外壁補修・塗装・防水・シーリングなど、工種ごとに数量(平米・メートル)と単価が分かれているか
- 使用する材料のメーカー名・製品グレードが明記され、なぜその仕様なのか説明があるか
- 「予備費」「諸経費」の割合が常識的な範囲か、その中身を尋ねて答えが返ってくるか
- 保証年数とアフター点検の内容が書面に含まれているか
この5点がクリアな見積は、金額の高い・安いに関わらず、話のできる相手だと私は判断します。逆に、どれも曖昧なまま総額だけ大きく出ている見積は、金額の妥当性を検証しようがありません。戸あたりに換算して「1戸あたりいくらの負担か」を出してみると、住民説明のときにも数字の体感がつかみやすくなります。
「待つ」か「今やる」か——タイミングの判断軸
「建設費が高いなら、下がるまで待つべきでは」というご相談も、この夏よくいただきます。私の考えを正直に申し上げます。値下がりを当て込んで待つのは、多くの場合おすすめしません。理由は二つです。一つは、材料費はともかく労務費が構造的に上がり続けており、全体として大きく下がる見通しが立てにくいこと。もう一つ、そして私が現場でより重く見ているのが、建物の劣化は待ってくれないという事実です。
外壁のひび割れや防水の傷みを1年、2年と放置すれば、そのすき間から雨水が入り、鉄筋や躯体そのものを傷めます。そうなると、本来は表面の補修で済んだはずが、躯体補修という桁違いに高い工事になってしまう。私が現場でいちばん悔しい思いをするのは、「あと1年早ければ、この費用は半分で済んだのに」というケースに立ち会うときです。建設費が数%動くかどうかを気にして、劣化による数十%の増額を招いては本末転倒です。ですから判断軸は「建設費が上がるか下がるか」ではなく、「うちの建物の劣化が、待てる段階か、待てない段階か」。まずはそこを、専門家の目で見極めることが先だと私は考えています。
もちろん、緊急性が低く、資金計画上どうしても時期を調整したいケースもあります。その場合でも、点検だけは先に行い、「どこまでなら待てるか」を数字で押さえておく。相談だけでも、待つべきか動くべきかの整理はお手伝いできます。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 新築が減ると、中古物件の価値は本当に上がるのですか?
A. 立地や管理状態によります。ただ、新築供給が細り、高経年ストックが増えていく大きな流れの中で、「きちんと修繕され管理された建物」の相対的な希少価値は高まりやすいと考えられます。逆に、修繕を怠った建物との価格差は開きやすくなります。断定はできませんが、維持管理の巧拙が資産価値をこれまで以上に左右する時代になる、というのが私の見立てです。
Q. ロープアクセス工法にすれば、必ず安くなりますか?
A. 必ずではありません。建物全面を一度に塗り替える工事では、足場を組んだほうが結果的に安く・速いこともあります。ロープアクセスが効くのは、高層で足場架設が難しい、限られた部位だけを直したい、居住者への影響を抑えたい、といった条件に合う場合です。建物ごとに複数パターンで見積もって比べるのが確実です。
Q. 修繕積立金が足りません。それでもできることはありますか?
A. あります。まずは点検で劣化の緊急度を仕分けし、「今すぐ必要な部位」と「数年待てる部位」を分けて、工事を段階的に計画するだけでも、資金繰りは大きく変わります。そのうえで工法を工夫して足場などの固定費を抑えれば、限られた予算でも優先度の高い部分を守れます。
Q. タワーマンションや大型ビルでも、工法の使い分けは効きますか?
A. むしろ規模が大きい建物ほど効きます。高層部は足場の架設費が跳ね上がるため、その部分をロープアクセスに置き換えるだけで、仮設費の削減幅が大きくなりやすいからです。一方、低層部の複雑な形状や、一度に広い面を仕上げたい工程では足場が向きます。建物が大きいほど「どこを足場にして、どこをロープにするか」という設計の余地が広がり、ハイブリッドの効果が出やすいと私は感じています。規模の大きな物件こそ、複数パターンの比較見積りをおすすめします。
Q. まず何から始めればよいですか?
A. 建物の現状を専門家に見てもらう「調査」からです。劣化の程度が分からなければ、待てるかどうかも、いくらかかるかも判断できません。明誠では無料の調査・お見積りに対応しています。お問合せフォームからお気軽にご相談ください。
まとめ——札幌のニュースを、自分の資産の話として読む
札幌の旗艦再開発が縮み、高級ホテルが撤退した。このニュースは、資材と労務の高騰がもはや局所的な問題ではなく、日本の建設全体を覆う潮流であることを、はっきりと示しました。新築が採算で縮む時代は、裏を返せば「いま持っている建物を、いかに長く・賢く持つか」が資産戦略の中心になる時代です。国も、建替えではなく長寿命化を政策の柱に据えています。
その主役が、大規模修繕です。ただし、修繕費も同じ高騰の波を受けている以上、「やるかやらないか」だけでなく「どう工法を組んでコストを抑えるか」まで踏み込まなければ、資産は守れません。足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つを建物ごとに使い分ける——私たちがこの3つを自社で持ち、必ず複数パターンで比べてご提案するのは、まさにそのためです。会社としての考え方は明誠の想い(コンセプト)にもまとめています。
これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。建設費が高いことを嘆くより、その現実の中で自分の資産をどう守るかに頭を切り替えたオーナーさま・管理組合さまが、10年後に笑っていると私は思います。ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 建設通信新聞Digital「札幌の再開発、規模縮小し32.6万㎡に 高級ホテルも撤退」
- 札幌市「北5西1・西2地区 第一種市街地再開発事業」
- 国土交通省「建設工事費デフレーター」
- 国土交通省「令和8年3月から適用する公共工事設計労務単価について」
- 国土交通省「住宅:マンションに関する統計・データ等」
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
大規模修繕の塗料が「止まる」時代に——ナフサ調達不安で材料不足・値上がりが続く2026年、管理組合と収益物件オーナーが見積書と工法で打つコスト防衛の実務【2026年7月】
「塗料が来ないので、工程が組めない」——2026年夏の現場で起きていること
正直に申し上げます。この夏、私が現場の職人や取引先のメーカー担当者と話していて、一番多く出てくる言葉が「塗料が読めない」です。
読めない、というのは値段だけの話ではありません。「発注してから何日で入るのか」「そもそも希望の色・グレードが確保できるのか」という、納期そのものが揺れているのです。大規模修繕(マンションやビルの外壁・防水などを12年前後の周期でまとめて直す工事)は、足場をかけ、下地を直し、塗って、防水して、と工程が数珠つなぎになっています。真ん中の「塗る」が1週間止まれば、後ろの工程がまるごと後ろにずれます。
先日も、ある管理組合の理事長さまから「見積を取ったら、去年より材料費がずいぶん上がっていて驚いた。何が起きているのか」とご相談をいただきました。私はこの手のご質問に、いつも川上(原料)の話から順にご説明するようにしています。塗料が高い・入りにくいのは、現場のわがままでも、工事会社の便乗値上げでもありません。もっと手前で、日本全体の「材料の入口」が細くなっているからです。
この夏、私のところに届くご相談は、大きく3つに分かれます。「見積が去年より高くて、妥当なのか分からない」。「工事の時期だが、材料が高いので少し待つべきか」。「そもそも、うちの建物にどの工法が合うのか」。どれも、根っこは同じ「材料が不安定な時代に、どう損をせず修繕するか」という問いです。この記事は、その3つの問いにまとめてお答えするつもりで書いています。
この記事では、いま起きている「塗料が止まりかける」現象の正体を、原料であるナフサの話までさかのぼって整理します。そのうえで、管理組合や収益物件オーナーの立場で、修繕積立金をムダに減らさないために見積書のどこを見ればいいのか、そして工法の選び方でコストと工期をどう守れるのかを、現場の視点でお伝えします。築15〜25年でそろそろ2回目・3回目の修繕が視野に入っている方、区分マンションを複数お持ちのオーナーの方は、まさに「うちの話」として読んでいただけるはずです。
なぜ塗料が不足・値上がりするのか——「ナフサ」という川上の話
塗料の値段と納期を左右しているのは、ナフサという石油製品です。ナフサは原油を精製してできる液体で、プラスチックや塗料、溶剤(塗料を薄めたり乾きを調整したりする液体)の大もとの原料になります。ここが細くなると、塗料も防水材もシーリング材も、あらゆる建築材料が一斉に影響を受けます。
問題は、日本がこのナフサを海外に強く依存している点です。報道によれば、日本はナフサの約4割を中東から輸入しており、国産分の約4割も原料は中東由来の原油に頼っています(出典:時事通信「政府、ナフサ備蓄の復活検討 調達不安拡大で、保管が課題」)。つまり、中東情勢が荒れると、輸入も国産も同時に揺らぐ構造になっているのです。
実際、2026年に入ってからの中東情勢の悪化で、中東産ナフサの供給が細り、石油化学各社は米国・オーストラリア・インドなど非中東地域からの代替調達を急いでいます。国内では、エチレン(プラスチックや各種化学品の基礎原料)を作る生産プラントの一部が減産に追い込まれる場面もありました。原料の入口が細れば、その先にある塗料・溶剤の生産も当然しわ寄せを受けます。住宅・建設業界で塗料や溶剤の不足が相次いだのは、この流れの延長線上にある出来事です。
ここで一つ、歴史の話をさせてください。実は日本には、かつてナフサの備蓄制度がありました。しかし1993年、石油化学業界からの「コスト負担が重い」という要望を受けて廃止されています。それから30年あまり、「安く・必要なだけ・都度買えばいい」という前提で回ってきたわけです。ところが2026年、その前提が崩れました。赤沢亮正経済産業相は7月7日、供給の安定に向けてナフサの備蓄を検討する考えを表明しています(出典:時事通信 同上、資源エネルギー庁「中東情勢を踏まえた石油及び関連製品等に関する対応」)。
数字で見ると、事態の深刻さが伝わります。報道や公的資料によれば、国内には12基のエチレン生産プラントがあり、2026年4月初旬の時点でそのうち6基が減産体制に追い込まれ、フル稼働を保てていたのはわずか3基という異常な状況でした。政府・業界は、すでに調達済みの輸入ナフサと国内精製で当面の需要を確保しつつ、中東以外からの輸入を月45万klから90万kl規模へと倍増させて在庫でしのげる期間を半年以上に延ばす、といった綱渡りの対応を進めています(出典:資源エネルギー庁「中東情勢を踏まえた石油及び関連製品等に関する対応」)。日本全体の石油備蓄はおよそ8カ月分ありますが、ナフサそのものを厚く積んでいるわけではない、というのが今回あぶり出された弱点です。
もっとも、備蓄を「検討する」からといって、明日から塗料が潤沢になるわけではありません。ナフサはガソリンに近い性質で揮発しやすく、長期の液体備蓄が難しいという技術的な壁があります。ペレット(固形の樹脂原料)の形で持つ、あるいは原料となる原油の備蓄を厚くする、といった代替案が検討されている段階です。私はこのニュースを「すぐ解決する朗報」ではなく、「材料の不安定さが一過性ではなく、当面続く前提で修繕計画を組みましょう」というサインとして受け止めています。政府が制度の復活まで議論するということは、それだけ根が深いということでもあるからです。
もう少しかみ砕きます。塗料が現場に届くまでには、原油 → ナフサ → 基礎化学品(エチレンなど) → 樹脂・溶剤 → 塗料メーカーでの調合、という長い川の流れがあります。今回の不安は、その一番上流である原油・ナフサで起きています。上流が細ると、下流にいくほど「どこかで止まるかもしれない」という不安が積み重なり、メーカーは在庫を厚めに持とうとし、価格には安全マージンが乗ります。これが、現場から見ると「去年より高い・納期が読めない」という形で表れるわけです。犯人は目の前の工事会社ではなく、この川全体の細りなのだと、まずは知っておいていただきたいのです。
大規模修繕に効く3つの材料——塗料・防水材・シーリング材
「ナフサが原料」と一口に言っても、大規模修繕に直接効いてくる材料は主に3つです。管理組合やオーナーが見積書を読むときの土地勘として、ざっくり押さえておくと役に立ちます。
まず塗料です。外壁塗装や鉄部塗装に使う材料で、樹脂・顔料・溶剤からできています。ナフサ由来の溶剤や合成樹脂の価格・供給に直結するため、今回の影響を最も受けやすい材料です。グレード(アクリル・ウレタン・シリコン・フッ素・無機など、耐久年数が上がるほど高くなる)によっても納期の読みやすさが変わります。
次に防水材です。屋上やベランダ、廊下の床を雨から守る材料で、ウレタン防水や塩ビシート、アスファルト系など複数の工法があります。ウレタン系はとくに石油化学製品との関わりが深く、価格転嫁の波を受けやすい部類です。
3つ目がシーリング材(コーキング材)です。外壁の目地やサッシまわりの隙間を埋める、ゴム状の材料です。地味ですが、ここが切れると雨漏りの入口になります。シーリングも石油化学由来の原料が多く、近年は継続的に値上がり傾向にあります。
先日、あるオーナーさまの物件で、前回の修繕から10年ぶりにシーリングの状態を点検したことがありました。南面のサッシまわりのシーリングが痩せて、指で押すと弾力を失い、ところどころ切れかけていたのです。まだ雨漏りには至っていませんでしたが、あと1〜2年放置していれば、間違いなく水が入り、下地の補修まで必要になっていました。地味な材料ほど、切れると被害が大きい。これは私が現場で何度も見てきた事実です。
ここで一つ、周期の話も添えておきます。塗料の塗り替えはおおむね12年前後を目安に語られますが、防水は屋上で10〜15年、ベランダやバルコニーはそれより短いこともあり、シーリングに至っては塗装より早く傷む部位が出てきます。つまり、大規模修繕は「全部を12年ごとに一度だけ直す」ものではなく、部位ごとに寿命の違う材料の集合体なのです。材料が高い局面では、この寿命の違いを踏まえて「今回どこまで一緒に直すか」を設計できるかどうかが、総額を大きく左右します。足場を一度かけるなら、次に傷みそうな部位もまとめて手当てしておくほうが、足場代を二重に払わずに済む——これは現場の鉄則です。
私が現場で20年やってきて申し上げたいのは、「材料が高い局面ほど、必要な材料をケチると後で高くつく」ということです。たとえば耐久性の低い塗料に切り替えて目先の見積を下げても、次の修繕が早く来れば、足場代を含めた総額ではかえって割高になります。塗料のグレードは、シリコンなら期待耐用がおよそ12〜15年、フッ素や無機系ならさらに長く見込めるとされ、単価が高い材料ほど「1年あたりのコスト」ではむしろ有利になることも珍しくありません。材料高騰は、安いものに逃げる理由ではなく、「本当に必要な仕様を、いかにムダな周辺コストを削って実現するか」を考える理由にすべきだと私は考えています。
管理組合・収益物件オーナーが見積書で張る「5つの防衛線」
では、材料が不安定な2026年に、どうやって修繕積立金を守るのか。私がいつも理事長さまやオーナーさまにお伝えしている、見積書のチェックポイントを5つに整理します。押し売りではなく、相談前のセルフチェックだと思って使ってください。
| 防衛線 | 見るポイント | なぜ効くか |
|---|---|---|
| ①材料の「銘柄・グレード・数量」明記 | メーカー名・製品名・㎡数まで書いてあるか | 「塗料一式」では高騰時に何を削られたか分からない。仕様の透明化が第一 |
| ②材料費と施工費(労務)の分離 | 材料と手間が分けて書いてあるか | 値上がりの正体が材料なのか手間なのかを切り分けられる |
| ③有効期限と単価の前提日 | 見積の有効期限・単価の基準月 | 材料価格が動く前提で、いつまで有効かを合意しておく |
| ④代替仕様の提示 | 同等性能の別材料や工法の選択肢があるか | 特定材料が欠品しても工程を止めない保険になる |
| ⑤足場・仮設費の内訳 | 足場面積・単価・共通仮設費 | 工事費の中で材料以外に削れる大きな塊はここ |
とくに①と⑤は大切です。材料が不安定なときほど「塗装一式◯◯円」という丸めた見積は危険で、中で何が起きているか見えません。逆に、銘柄と数量まで開示された見積は、材料が動いても交渉の土台になります。
相見積もり(複数社から見積を取ること)を取るときも、この5点をそろえておくと比較の精度が上がります。よくあるのは、A社とB社で「一式」の中身が違うのに、総額だけを並べて「B社のほうが安い」と判断してしまうケースです。実際には、B社は下地補修の数量を少なく見込んでいただけで、工事が始まってから「追加です」と言われて結局高くなる、ということが起こり得ます。数量と仕様をそろえて初めて、フェアな比較になります。私はご相談のとき、他社さんの見積を持ってきていただければ、どこがそろっていないかを一緒に読み解くようにしています。
そしてもう一つ、断っておきたいことがあります。ここで挙げた5つは「安い会社を選ぶためのチェックリスト」ではありません。むしろ、極端に安い見積が出てきたときに「どこを削ったのか」を見抜くための道具です。相場から大きく外れて安い見積には、必要な下地補修を省く、耐久性の低い材料に落とす、といった理由が隠れていることがあります。私が一番悔しい思いをするのは、目先の安さで選んだ工事が数年で傷んで、結局オーナーさまが二度払いになる場面です。
戸あたりいくら効くのか——数字で「材料高騰」を体感する
材料費の話は、率(パーセント)で言われてもピンと来ないものです。そこで、財布の感覚に落として考えてみます。
仮に50戸のマンションで大規模修繕の総額が6,000万円だったとします。1戸あたりに直すと120万円。ここで材料費が全体の3割を占め、その材料が2割上がったとすると、総額は約360万円増え、1戸あたりでは7万円強の負担増です。これは修繕積立金にそのまま効いてきます。「材料が2割上がった」という一行のニュースが、各戸にとっては数万円単位の現実になる、ということです。
一方で、仮設費が総額の2割を占め、工法の見直しでその仮設費を仮に3割圧縮できたとすると、総額でおよそ360万円、1戸あたり7万円強を取り返せる計算になります。つまり、材料高騰で膨らんだぶんを、仮設の工夫でちょうど相殺できる可能性がある、ということです。数字はあくまで一例で、建物ごとに前提は変わりますが、「材料で上がったぶんを、材料以外で取り返す」という戦い方が現実的だと分かっていただけると思います。私が見積のご相談で必ず仮設費の話をするのは、ここに一番大きな交渉の余地があるからです。
「工法でコストを下げる」——足場・ロープアクセス・ハイブリッドの使い分け
材料の値段は、正直なところ一工事会社の努力で下げきれるものではありません。ナフサの話がそうであるように、川上の相場は現場の外で決まります。だからこそ私は、「材料で削れないなら、材料以外で削る」という発想を大事にしています。その最大の対象が、仮設——とくに足場です。
大規模修繕の工事費のうち、足場を含む仮設費は一般に2割前後を占めるとされます。建物の形状や高さによって幅はありますが、材料と並ぶ大きなコストの塊であることは間違いありません。ここに手を入れられるかどうかで、総額は大きく変わります。
明誠では、建物の特性に応じて3つの工法から最適な組み合わせをご提案しています。1つ目は通常の足場工法。全面をしっかり囲うため、広範囲の作業や複雑な形状に向きます。2つ目がロープアクセス工法(産業用ロープで作業員が降下しながら施工する無足場工法)。足場を組まないぶん仮設費を抑えられ、工期も短く、足場で囲われないため居住者や利用者の生活・営業への影響も小さくできます。3つ目が、その両方を部位ごとに使い分けるハイブリッド工法です。
たとえば、下地補修が多い低層部は足場でしっかり作業し、傷みの少ない高層部の塗装や部分補修はロープアクセスで、というように分ければ、足場面積そのものを減らせます。全面足場を前提にしていた見積が、工法の組み替えで仮設費を圧縮できることは珍しくありません。材料が高い今だからこそ、この「仮設で取り返す」発想が効いてきます。
具体的なイメージをお伝えします。ある中高層の建物で、当初は全面に足場を組む前提で見積が出ていました。しかし現地を拝見すると、劣化が集中しているのは下層階のバルコニーまわりと、屋上の防水でした。上層階の外壁は塗膜こそ傷んでいるものの、下地は健全。そこで、下層部と屋上は足場と部分的な仮設で丁寧に、上層階の塗装はロープアクセスで、という組み合わせをご提案しました。足場をかける面積が減れば、その分の材料費・組立解体の手間・近隣への影響がまとめて軽くなります。しかも、足場で建物全体を囲わないため、居住者の方の採光や通風、テナントの看板の見え方といった「暮らしと商売への影響」も小さくできました。これは、材料の値段を1円も動かさずに実現できるコスト削減です。
居住者・利用者への影響が小さいという点は、実は工期にも効きます。足場の組立・解体には日数がかかり、その間は建物全体が幕で覆われます。ロープアクセスやハイブリッドで仮設を軽くできれば、工期そのものを短縮できる場合があり、住民の負担期間も、賃貸物件なら「工事中で見栄えが悪い」期間も短くなります。コスト・工期・生活影響の3つを同時に軽くできるのが、工法を選べることの本当の価値だと私は考えています。
ただし、両論を正直にお伝えします。ロープアクセスは万能ではありません。下地補修が全面にわたる、装飾が複雑で大量の材料や道具を同時に扱う、といった現場では、足場のほうが安全で結果的に安いこともあります。だからこそ「無足場ありき」でも「全面足場ありき」でもなく、建物を実際に見てから決めるべきなのです。私はこの見極めを、必ず現地調査とセットでご提案するようにしています。工法を3つとも自社の選択肢として持っているからこそ、どれかに誘導せず、建物にとって本当にベストな組み合わせを中立に選べる——これが明誠の一番の強みだと思っています。大規模修繕全体の考え方は大規模修繕工事のご紹介でも整理しています。
それでも今、動くべき理由——「先送り」が一番高くつく
材料が高い局面では、「値段が落ち着くまで工事を先送りしようか」という声も出ます。お気持ちはよく分かります。ですが、私はここを慎重にお考えいただきたいと思っています。
第一に、材料価格がすぐ下がる保証はありません。政府がナフサ備蓄という制度論にまで踏み込んでいる以上、供給の不安定さは当面続く前提で見ておくのが現実的です。「下がるまで待つ」が「ずっと待つ」になりかねません。
第二に、修繕の先送りは劣化の先送りではないということです。シーリングの切れや塗膜の劣化を放置すれば、雨水が入り、下地の鉄筋やコンクリートまで傷みます。そうなると、次の工事は塗り直しでは済まず、下地補修という重い工事が増え、かえって高くつきます。私が現場で見てきた「一番もったいないパターン」は、数年の先送りで補修範囲が倍増したケースです。塗料が数割高くなること以上に、下地まで傷んだときの追加費用のほうが、金額としてはよほど大きくなります。
第三に、修繕積立金の設計です。国土交通省は長期修繕計画(30年程度の期間で、いつ・何を・いくらで直すかをあらかじめ決めておく計画)の標準様式や、修繕積立金の目安を示すガイドラインを公表しており、計画的な積立と工事の実施を推奨しています(参考:国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」)。材料高騰は、この長期計画が前提にしていた工事費の数字を狂わせます。5年前・10年前に組んだ計画の金額のままでは、いざ工事という段になって「積立が足りない」という事態になりかねません。だからこそ、いま必要なのは「先送り」ではなく、「工法の見直しを含めた計画の再点検」です。同じ予算でも、仮設費を圧縮できれば、材料が上がったぶんを吸収できる可能性があります。
賃貸経営の視点でも同じことが言えます。外壁や共用部の見た目・防水性能は、そのまま空室率や賃料維持に直結します。雨漏りやタイルの浮きを放置した建物は、入居者にすぐ見抜かれます。収益物件オーナーの方は、修繕を「コスト」ではなく「資産価値と収益を守る投資」として、下げるべきは総額、守るべきは性能、という順で考えていただきたいと思います。物件タイプ別のご相談は管理組合向けのご案内やマンション・ビルオーナー向けのご案内もご参照ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 塗料の値上がりは、いつ落ち着きますか。
A. 断定はできません。原料であるナフサの供給が中東情勢に左右されており、政府も備蓄制度の復活を検討する段階です。少なくとも当面は不安定さが続く前提で修繕計画を立てるのが安全だと、私は考えています。
Q. 材料が高いので、安いグレードの塗料に変えれば得ですか。
A. 一概には言えません。耐久年数の低い塗料に落とすと次の修繕周期が早まり、足場代を含めた総額でかえって高くつくことがあります。守るべき性能は守り、仮設費など材料以外で総額を下げるのが基本の考え方です。
Q. ロープアクセス(無足場工法)にすれば必ず安くなりますか。
A. 建物によります。仮設費を抑えられるケースは多い一方、下地補修が全面にわたる現場などでは足場のほうが適することもあります。現地調査のうえ、足場・ロープアクセス・ハイブリッドから最適な組み合わせを選ぶことをおすすめします。
Q. まだ工事の時期ではありませんが、今できることはありますか。
A. 現状の劣化診断と、長期修繕計画の前提数字(材料費・仮設費)の見直しから始めるのが有効です。診断だけ、計画の整理だけでも、将来のコストの読み違いを防げます。
Q. 見積を1社しか取っていません。それでも大丈夫でしょうか。
A. できれば複数社での比較をおすすめします。ただ、単純な金額比較だけでは、安い理由(材料グレードや下地補修の範囲)が見えません。本記事の「5つの防衛線」を使って、仕様と内訳をそろえた上で比べると、正しい比較ができます。
まとめ——材料で削れないなら、仮設と計画で守る
2026年の塗料不足・値上がりは、現場の都合ではなく、ナフサという川上の供給不安から来ています。中東依存という構造、1993年に廃止された備蓄制度、そして政府による備蓄再検討——この流れを見れば、材料の不安定さが当面続く前提で修繕を考えるのが現実的だと分かります。
その前提に立てば、管理組合や収益物件オーナーが取るべき手は明確です。見積書は銘柄・数量・仮設費の内訳まで開示させて透明化する。守るべき性能は守り、削るのは仮設費など材料以外の塊から。そして「下がるまで待つ」ではなく、工法の見直しを含めて計画を再点検する。材料で削れないなら、仮設と計画で守る——これが私の結論です。材料の値段は、正直なところ私たち工事会社にも、そして政府にもすぐには動かせません。だからこそ、動かせるところ——仕様の透明化、工法の選択、計画の前倒しの点検——に、いま手をつけておく価値があります。
うちの建物ならどの工法の組み合わせが最適なのか、いまの見積は妥当なのか。ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会前の整理や、現状の劣化診断だけでも、お力になれることがあります。現地を見ずに「安くします」とは申しません。建物を拝見したうえで、材料が高い時代でも総額を抑える現実的な道筋を、正直にお示しします。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
ご相談はお問合せフォームからどうぞ。
出典・参考資料
- 時事通信「政府、ナフサ備蓄の復活検討 調達不安拡大で、保管が課題」(2026年7月15日)
- 資源エネルギー庁「中東情勢を踏まえた石油及び関連製品等に関する対応」
- 経済産業省「赤澤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」
- 内閣官房「中東情勢を踏まえた燃料油・石油製品の安定供給確保及び重要物資の安定的な供給確保のための対応方針(案)」(令和8年4月10日 経済産業省)
- 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」
本記事は2026年7月17日時点の公開情報に基づきます。制度・価格の最新状況は各一次情報をご確認ください。記載の費用割合・耐用年数は一般的な目安であり、建物の規模・形状・劣化状況により変動します。
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
大規模修繕の「夏工事」で誰が責任を負うのか——熱中症対策が罰則付きで義務化された今、収益物件オーナーと管理組合が知るべき工期・工法の判断軸【2026年7月】
「工事のことは施工会社に任せているのだから、現場の暑さ対策までオーナーが気にする必要はない」——もし、いまお持ちの物件やお住まいのマンションで夏場の大規模修繕を検討していて、そうお考えなら、今日の話は他人事ではありません。2025年6月から、職場の熱中症対策は「罰則付きの義務」になりました。そして、その義務が二度目の夏を迎えるのが、まさにこの2026年の夏です。
私は20年近く、マンション・ビル・ホテルの大規模修繕の現場に立ってきました。正直に申し上げます。真夏の工事は、職人にとっても、建物にとっても、そして発注者であるオーナーさま・管理組合さまにとっても、一年でいちばんリスクの高い季節です。今日はその理由と、発注者の立場でいま何ができるのかを、現場目線でお話しします。
この夏、工事現場で熱中症が起きたら——まず何が変わったのかを整理する
2025年6月、熱中症対策は「努力目標」から「罰則付きの義務」になった
まず、制度の話から始めます。ここは数字と条文の話なので、少しだけお付き合いください。
2025年6月1日に施行された改正・労働安全衛生規則(ろうどうあんぜんえいせいきそく=働く人の安全と健康を守るための国のルール)によって、一定の暑さの環境で作業する労働者への熱中症予防措置が、事業者(=施工会社)に義務付けられました。対象となるのは、WBGT(暑さ指数)が28度以上、または気温が31度以上の環境で、連続して1時間を超える作業、または1日の合計が4時間を超える作業です(出典:厚生労働省 職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行))。
WBGTという言葉は聞き慣れないかもしれません。これは気温だけでなく湿度と日射・輻射(ふくしゃ=地面や壁からの照り返し)を加味した「体感に近い暑さの指標」で、屋外の工事現場ではふつうの気温より数度高く出ることも珍しくありません。つまり、天気予報が「31度」でも、足場の中や屋上では体感的にもっと過酷、ということです。
義務化された措置の柱は、大きく二つです。ひとつは、体調異常が起きたときにすぐ報告・対応できる体制の整備。もうひとつは、症状の悪化を防ぐための措置と手順を、あらかじめ定めて現場全員に周知しておくこと。これに違反した場合、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性があります(出典:同上/keiyaku-watch 労働安全衛生規則改正の解説)。
ここで強調したいのは、これが「気をつけましょう」というスローガンではなく、罰則を伴う法的義務になったという点です。現場の空気は、去年から明らかに変わりました。
数字が語る現実——建設業は熱中症死傷の「最多業種」
制度が厳しくなった背景には、深刻な数字があります。
厚生労働省の確定値によれば、2024年(令和6年)に職場で発生した熱中症による死傷者(死亡または休業4日以上)は1,257人で、統計上の過去最多を更新しました。前年からおよそ14%の増加です。そして、その全体の約4割が建設業と製造業で発生しています(出典:厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況」)。
さらに、業種別に2020年からの5年間を合計してみると、建設業が961人と最も多いというデータもあります(出典:同上)。私たちの業界は、残念ながら熱中症災害の「常連」なのです。
戸あたりの感覚に置き換えると、たとえば100戸規模のマンションの大規模修繕には、繁忙期で延べ数百人日の職人が入ります。真夏にその人数が炎天下や足場の中で作業をする——数字を知ったうえで現場を見ると、この季節の工事がいかにギリギリの綱渡りかが分かっていただけると思います。
そしてもう一点、見落とされがちな事実があります。熱中症は「屋外の炎天下」だけで起きるわけではない、ということです。足場にメッシュシートを張った内部、風の抜けない屋上のパラペット(屋上の立ち上がり部分)際、閉め切った地下ピットなど、建物の工事にはむしろ熱がこもりやすい場所が数多くあります。天気予報の気温だけを見て「今日はそこまで暑くないから大丈夫」と判断するのは危険だ、というのが現場の実感です。だからこそ国も、気温ではなくWBGT(暑さ指数)を基準に据えたのだと私は理解しています。
発注者(オーナー・管理組合)は本当に「無関係」なのか
直接の義務は施工会社。だが「時期」と「工期」を握るのは発注者
ここからが本題です。法律上、熱中症対策の直接の義務を負うのは、労働者を雇う施工会社です。オーナーさまや管理組合さまが条文上の義務者になるわけではありません。
ただ、私はいつも理事長さまやオーナーさまにこうお伝えしています。「工事の“時期”と“工期”を最終的に決めているのは、実は発注者側です」と。
総会の日程、住民合意のタイミング、予算年度の都合——さまざまな事情から、「どうしても夏に着工したい」「お盆前に足場を払いたい」という要望が出ます。その気持ちはよく分かります。しかし、無理な工期が現場にしわ寄せされると、いちばん危険なのは職人の身体であり、次に危ういのが工事の品質です。発注者が「安全に無理のないスケジュールか」という視点を持つだけで、現場は大きく変わります。
もうひとつ知っておいていただきたいのは、万が一、現場で重大な事故が起きれば、工事はストップし、原因究明と再発防止で工期は大幅に遅れるということです。結果として、住民の生活影響が長引き、仮設費用がかさむ。安全は「コスト」ではなく、工期と資産を守る「保険」だと、私は考えています。
私が現場で見た「真夏の突貫」の危うさ
現場で20年やってきて、私が一番悔しい思いをするのは、無理なスケジュールのせいで職人にも建物にも良いことがなかった、というケースに出くわしたときです。
以前、ある築18年のマンションで、総会の関係から「8月中に外壁塗装まで終わらせたい」という強い要望をいただいたことがありました。連日WBGTが高く、午後は作業を中断せざるを得ない日が続きました。工程は詰まり、職人は朝5時台から動く。こういうとき、無理を通せば必ずどこかにひずみが出ます。私はそのとき、理事会に「9月にずらす部位を作りましょう」と提案し、乾燥時間に余裕のいる塗装工程を涼しい時間帯と時期に振り分けました。工期は数日延びましたが、仕上がりと安全は守れた。あのときの判断は、いまでも間違っていなかったと思っています。
逆のケースもあります。あるビルのオーナーさまは、当初「なるべく早く、安く」というご希望でした。しかし現地を一緒に確認しながら、屋上防水は真夏を避けたほうが硬化不良のリスクが小さいこと、外壁の一部はロープアクセスに切り替えれば足場の架設期間そのものを減らせることをご説明したところ、「それなら急いで夏にまとめてやる必要はないね」とご納得いただけました。工期は結果的に短くなり、足場の仮設費も圧縮できた。急がないことが、結果的に安く・安全に・きれいに仕上がる——夏の工事では、この逆説がしばしば成り立ちます。私はいつも、こうした判断材料をできるだけ包み隠さずお伝えするようにしています。
猛暑期の大規模修繕で起きやすい、3つの品質リスク
暑さは職人の身体だけでなく、工事の「質」にも直結します。発注者として知っておくと、施工会社との会話が変わる3点をお話しします。
リスク1:塗装——気温と乾燥時間のミスマッチ
塗料には、それぞれ適した施工温度と乾燥時間があります。真夏は塗膜(とまく=塗った塗料の膜)の表面だけが先に乾き、内部が乾ききらないうちに次の工程へ進んでしまう「早期乾燥」の失敗が起きやすい季節です。表面はきれいでも、数年後に膨れや剥がれとして出てくることがあります。「夏は乾きが速いから工事が早く進む」というのは、必ずしも正しくありません。
リスク2:防水——シート・ウレタンの施工不良
屋上やバルコニーの防水も、暑さに敏感な工事です。ウレタン防水(液体状の防水材を塗り重ねる工法)は高温で硬化が早まりすぎ、シート防水は熱で伸縮します。炎天下の屋上はWBGTが極端に高くなる場所でもあり、職人の消耗と施工品質が同時に問われる、いわば夏工事の「最前線」です。
リスク3:職人の集中力低下がもたらす「見えない手抜き」
これは私がいちばん気にしている点です。暑さで集中力が落ちれば、下地処理の一手間を省いたり、養生(ようじょう=周囲を汚さないための保護)が甘くなったりする。悪意のある手抜きではなく、過酷な環境が生む「無意識のミス」です。だからこそ、職人が無理なく動ける環境をつくることは、発注者にとっても品質を守る話につながるのです。
猛暑の現場で、私たちが実際にやっていること
制度や工法の話が続きましたので、現場で実際にどんな手を打っているのかも、具体的にお話しします。発注者の皆さまが施工会社を見極めるときの「質問のヒント」にもなるはずです。
まず、作業開始前と作業中に、現場でWBGT(暑さ指数)を測ります。数値を「見える化」して職人全員で共有し、基準を超える時間帯は作業内容を入れ替える。炎天下で神経を使う高所作業は午前中の涼しいうちに、比較的軽い準備作業は午後に回す、といった具合です。次に、こまめな休憩と水分・塩分の補給を工程に最初から織り込みます。「時間が押しているから休憩を削る」——この“休めない風潮”こそが、いちばん危ない。私はいつも職長に「工程より人だ」と伝えています。
さらに、単独作業をできるだけ避け、複数人で互いの体調を見合える体制をつくります。熱中症は本人が気づかないうちに進むことがあるためです。ロープアクセスの現場では、そもそも安全管理上つねに複数人で連携して作業しますので、この「相互監視」が自然に働くという利点もあります。
具体的な話をひとつ。ある真夏の外壁補修で、私たちは午後1時から3時の最も暑い2時間を、外壁面での作業ではなく、日陰での準備・段取りの時間にあてる工程を組んだことがあります。一見すると「昼の2時間、外壁を止めるなんて非効率だ」と思われるかもしれません。しかし結果として、熱中症による中断や体調不良がゼロで、手直しもなく、トータルの日数はむしろ当初計画どおりに収まりました。暑い時間に無理に手を動かすより、涼しい時間に集中して進めるほうが、最後まで見れば速くて確実だった——現場でこういう経験を重ねるほど、私は「工程は人の限界に合わせて組む」ことの大切さを実感しています。
こうした一つひとつは地味で、見積書の金額には表れにくい部分です。だからこそ、発注者の皆さまには「安いだけの見積もり」の裏で、こうした安全のための手間がきちんと確保されているかを見ていただきたいのです。過去には、修繕積立金の不足や、施工途中での会社の体力不足が工事の質に影を落とすケースも見てきました(関連する話題は本間社長ブログでも折に触れてお伝えしています)。安さの理由が「安全の削減」であってはいけません。
「足場」と「ロープアクセス」——猛暑期に効く工法の違い
ここで、私たちが3つの工法(通常の足場、無足場のロープアクセス、両者を組み合わせるハイブリッド)を扱う立場から、夏の工事に関わる工法の違いをお話しします。
足場は輻射熱がこもり、工期も長引きやすい
一般的な枠組足場にメッシュシートを張ると、風が通りにくくなり、内部に熱がこもりやすくなります。足場の中の体感温度が外より高くなる、というのは現場ではよく知られた話です。加えて、足場は架設と解体に時間と費用がかかるため、どうしても総工期が長くなり、その分だけ猛暑にさらされる期間も延びます。
ロープアクセス(無足場工法)で酷暑曝露を減らす
一方、ロープアクセス工法(産業用ロープで職人が壁面に直接アクセスして施工する無足場の工法)は、足場の架設・解体が不要なぶん総工期を短縮しやすく、結果として職人が炎天下にいる総時間を圧縮できる可能性があります。開けた空間で作業するため熱がこもりにくく、必要な面だけを機動的に施工できるので、涼しい時間帯に作業を集中させる、といった柔軟な工程も組みやすい。私はこれを、猛暑期の一つの有力な選択肢としてご提案することがあります。
居住者・利用者の生活への影響という点でも、足場を長期間組まないぶん、窓を塞がれる期間が短く、防犯面の不安も小さくできます。詳しくはロープアクセス工法のご紹介もご覧ください。
この「生活・営業を止めない」という利点は、ホテルや商業施設の改修では特に効いてきます。足元では新しいホテルの建設計画があちこちで報じられていますが、一方で、いま稼働している既存のホテルや店舗をどう維持していくかという課題も、同じ重さで存在します。客室の稼働を止めず、宿泊客の目に触れる足場を長期間立てずに外壁や防水を直したい——こうしたご相談は、夏の繁忙期を控えたこの時期に増えます。私は、稼働を止めないことそのものが売上に直結する物件ほど、ロープアクセスやハイブリッドの価値が大きいと感じています。
ただし万能ではない——ロープアクセスが不向きなケース
両論併記で正直に申し上げます。ロープアクセスは万能ではありません。全面打診(外壁を叩いて浮きを網羅的に調べる作業)や、大量の資材を長期間揚げ下ろしする大規模な改修では、足場のほうが効率的で安全な場合があります。バルコニーの形状や建物の構造によっては、ロープでのアクセスそのものが難しいこともあります。
だからこそ、私はこれを、必ず建物ごとに見極めてご提案するようにしています。「足場だけ」でも「ロープだけ」でもなく、部位ごとに使い分けるハイブリッド工法が最適解になることも少なくありません。足場とロープアクセスの両方を持っている会社だからこそ、涼しい季節に足場工程を、猛暑期にロープ工程を、といった季節を意識した工程設計もできます。総合的なご提案は大規模修繕工事のご紹介にまとめています。
夏工事という切り口で3工法を並べてみる
工法選びを「夏の工事」という視点で整理すると、それぞれの得手不得手が見えやすくなります。あくまで一般的な傾向であり、実際は建物ごとに判断が必要ですが、比較の入り口としてご覧ください。
| 観点 | 通常の足場工法 | ロープアクセス(無足場)工法 | ハイブリッド工法 |
|---|---|---|---|
| 猛暑期の熱のこもりやすさ | メッシュシート内に熱がこもりやすい | 開放空間で熱がこもりにくい | 部位により使い分け |
| 総工期の傾向 | 架設・解体があり長くなりがち | 短縮しやすい | 中間 |
| 炎天下での職人の総曝露時間 | 長くなりやすい | 圧縮しやすい | 中間 |
| 全面打診・大規模改修への適性 | 高い | 部位により制約あり | 高い |
| 居住者の生活影響(窓塞ぎ等) | 大きくなりやすい | 小さくしやすい | 中間 |
| 向いている場面 | 全面改修・大量資材の揚重 | 部分補修・高層・工期最優先 | 大規模で総合最適が要るとき |
大切なのは、この表のどれか一列が「正解」なのではない、という点です。建物の高さや形状、劣化の範囲、住民の合意状況、そして季節——これらを掛け合わせて初めて、その物件にとっての最適解が決まります。私が「まず現地を見せてください」と申し上げるのは、このためです。
「安全」と「コスト」は対立しない——長期収益で考える
ここまで読んで、「安全を優先すると工期が延びて、費用がかさむのではないか」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。その心配は自然なものです。しかし私は、猛暑期の工事に関しては、安全とコストはむしろ同じ方向を向くことが多いと考えています。
理由は三つあります。第一に、事故が起きればその時点で工事は止まり、原因究明・是正・工期延長のすべてがコストとして跳ね返ります。第二に、暑さによる施工不良(塗装の膨れ、防水の硬化不良など)は、数年後の手直し工事という「見えない追加費用」を生みます。表面的に安く早く仕上げたつもりが、次の修繕周期を待たずに再工事、では元も子もありません。第三に、足場の架設期間が長引けば、それ自体が仮設費という日割りのコストになります。工期短縮は、安全であると同時に、費用面でも効いてくるのです。
収益不動産のオーナーさまにとって、修繕は単年度の出費ではなく、長期の資産価値と収益を守るための投資です(工法選択と資産価値の関係については、過去の本間社長ブログ記事でも繰り返しお話ししてきました)。修繕積立金や工事予算は限られています。だからこそ、「その年の総会に間に合わせる」という短期の都合だけで工法や時期を決めるのではなく、10年・20年先の資産価値まで見据えて判断していただきたい。私はいつも、目先の見積金額の大小だけでなく、「この工事が何年もつのか」「次の修繕までの総コストはどうか」という視点をお持ちいただくようお願いしています。建設業経営者の皆さまとの情報交換の場(当社が運営する一般社団法人全国建設業支援協会=JCSAの活動)でも、この「長期で見るコスト」の考え方は、業界全体でもっと共有されるべきだと感じています。
発注者が今夏できる、現実的な5つの備え
では、オーナーさま・管理組合さまが、この夏の工事に向けて具体的に何をすればよいか。押し売りではなく、契約前の整理として役立つ5点を挙げます。
- 1. 見積・契約段階で「熱中症対策の体制」を確認する:施工会社に、WBGTの測定方法、休憩・給水の計画、異常時の連絡体制を質問してみてください。きちんと答えられる会社は、現場管理の質も高い傾向があります。
- 2. 工期に「夏の余白」を持たせる:猛暑日は作業中止もあり得ます。最初から余裕のある工程を組んでおけば、無理な突貫を防げます。
- 3. 乾燥時間の要る工程(塗装・防水)の時期を相談する:真夏を避けられる部位は避ける、という発想を持つだけで品質リスクは下がります。
- 4. 工法を「足場ありき」で決めない:無足場のロープアクセスやハイブリッドを含め、複数の工法を比較検討する。夏工事では工期短縮が安全にも直結します。
- 5. 施工写真・報告書での品質確認方法を、着工前に決めておく:無足場工事でも、施工写真と施工報告書で仕上がりを確認できます(ご希望に応じて動画記録も可能です)。「どう確認するか」を先に握っておくと安心です。
これらは、どの工法・どの会社で工事をする場合でも役に立つチェックポイントです。私は、相談だけでもこうした整理のお手伝いができればと思っています。
よくあるご質問(FAQ)
Q. 発注者(管理組合・オーナー)が、施工会社の熱中症対策違反で罰せられることはありますか?
A. 労働安全衛生規則上の義務者は、労働者を雇う施工会社です。発注者が同条文で直接罰せられるわけではありません。ただし、無理な工期を求めた結果として事故や品質不良が起きれば、工期遅延や追加費用という形で発注者側にも影響が及びます。安全に無理のないスケジュールかどうかを確認することが、結果的にご自身の資産を守ることにつながります。
Q. 夏に工事をするのは避けたほうがよいのでしょうか?
A. 一概に避けるべき、とは申し上げません。適切な工程管理と工法選択をすれば、夏でも品質の高い工事は可能です。大切なのは、乾燥時間の要る工程の時期を調整し、工期に余白を持たせ、職人が無理なく動ける環境を確保することです。
Q. ロープアクセスなら熱中症のリスクはゼロになりますか?
A. いいえ、ゼロにはなりません。屋外作業である以上、暑さのリスクは残ります。ただし、足場内に熱がこもりにくいことや、総工期を短縮して炎天下の総時間を減らせる可能性があることは、猛暑期の一つの利点だと考えています。建物ごとに最適な工法は異なりますので、比較のうえで判断することをおすすめします。
Q. 安全対策をしっかりやる会社は、やはり工事費が高くなるのでしょうか?
A. 一概にそうとは言えません。確かに、休憩や測定、複数人での体制づくりには手間がかかります。しかし前段でお話ししたとおり、事故や施工不良による手直し、足場の長期化による仮設費を避けられれば、トータルの費用はむしろ抑えられることが少なくありません。見積書の総額だけでなく、「その金額で何年もつのか」「安全と品質の裏づけがあるか」まで含めて比較していただくのが、結局はいちばん損のない選び方だと私は考えています。
Q. まだ工事の時期も決めていない段階でも、相談してよいものでしょうか?
A. もちろんです。むしろ、時期や工法を決める前の段階でご相談いただくほうが、選択肢を広くお示しできます。私たちは、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つの工法を建物に合わせてご提案できる数少ない会社です。現地を拝見したうえで、夏を避けるべき工程、無足場に切り替えられる部位などを、フラットにお伝えします。
むすびに
熱中症対策の義務化は、職人を守るためのルールです。しかし私は、それが同時に、発注者であるオーナーさま・管理組合さまの資産と工事品質を守るルールでもあると考えています。無理のない時期に、無理のない工期で、建物に合った工法で——この当たり前を積み重ねることが、猛暑の時代の大規模修繕では何より効きます。
これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。夏の工事の進め方や工法の比較で迷ったら、お問合せフォームからご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会や着工の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 厚生労働省「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」
- 厚生労働省 熊本労働局「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)」
- 建設業労働災害防止協会(建災防)「熱中症予防対策」
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)「職場における熱中症による死傷者数が1,257人となり過去最多に」
- 「【2025年6月施行】労働安全衛生規則改正とは?熱中症対策の義務化・定義・対応方法・罰則」
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア
大規模修繕「12年周期」はもう古い?——高耐久仕様で“18年周期”へ。国も認める「長周期化」を、収益物件オーナーと管理組合は積立金不足の時代にどう使いこなすか【2026年6月】
「うちは築12年だから、そろそろ一回目の大規模修繕です」——理事会でこう言われると、なんとなく「12年でやるのが当たり前」だと思い込んでいる方が、いまも本当に多い。先日、ある大手デベロッパーの新築マンションが「購入者が選ぶSUUMO AWARD 2026」を受賞したというニュースが目にとまった。評価された取り組みのひとつが、屋上防水やシーリングの一部を高耐久仕様にして、大規模修繕工事を従来の12年周期から18年周期へと延ばす、という設計だった(出典:大和ハウス工業「『購入者が選ぶSUUMO AWARD 2026』で2部門の優秀賞を受賞」)。
私はこの記事を読んで、「いよいよ来たな」と思った。長く現場でマンションやビルの修繕に立ち会ってきた人間として、「12年周期」という数字がひとり歩きしていることに、前々から危うさを感じていたからだ。
この記事では、そもそも「12年周期」という常識がどこから来たのか、なぜいま国も業界も「長周期化(修繕周期を延ばすこと)」へ動いているのか、そして収益物件オーナー・管理組合がこの流れをどう使えば修繕積立金不足の時代を乗り切れるのかを、私の現場感覚も交えて整理したい。数字はできるだけ公的な一次情報に基づいて示し、断定は避けて「目安」として扱う。
まず事実関係——「12年周期」は法律でもルールでもない
最初に、いちばん大事な事実をお伝えする。「12年で大規模修繕をしなければならない」という法律もルールも、実は存在しない。
多くの管理組合が拠り所にしているのは、国土交通省の「長期修繕計画作成ガイドライン」だ。このガイドラインは令和6年(2026年の2年前、2024年)6月に改定されており、大規模修繕工事の周期について「部材や工事の仕様等により異なるが、一般的に12年〜15年程度」と示している(出典:国土交通省「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン等の改定について」)。
ここで見落としてはいけないのは、二つある。ひとつは、ガイドラインはあくまで「目安」であって義務ではないこと。もうひとつは、最新版がすでに「12年」ではなく「12年〜15年程度」と、幅を持たせた書き方に変わっていることだ。
私はいつも理事長さまに、こうお伝えしている。「12年という数字は、出発点であってゴールではありません」と。建物の劣化のスピードは、立地(海沿いか内陸か)、日当たり、使っている材料、前回の工事の丁寧さで大きく変わる。同じ築12年でも、まだ十分もつ建物もあれば、すでに待ったなしの建物もある。数字だけで決めるのは、健康診断を受けずに「年齢が来たから手術しましょう」と言うようなものだ。
ではなぜ「12年」がこれほど常識として定着したのか。理由のひとつは、かつてのガイドラインや施工事例の多くが12年前後を標準としてきたこと。もうひとつは、建築基準法に基づく「特定建築物定期調査」のなかで、竣工後一定年数を経た外壁について全面打診等の調査が求められる、という制度的な節目が「だいたい10年〜12年」のあたりに来るからだ。つまり12年というのは、「外壁を全面的に見なければならない時期」と「足場を架けるなら、ついでにまとめて修繕しよう」という発注側の事情が重なってできた、いわば慣習的な数字にすぎない。慣習であるがゆえに、見直す余地は十分にある。
念のため補足すると、外壁の打診調査などの安全に関わる義務まで「延ばしてよい」という話ではない。延ばせるのは、あくまで塗り替えや防水のやり直しといった「修繕の周期」であって、安全点検の義務は別物だ。ここを混同すると危険なので、最初に線を引いておきたい。
なぜいま「18年周期」へ動くのか——三つの構造要因
では、なぜ「12年」から「15年」「18年」へと、業界全体の重心が動き始めているのか。私が現場で感じている要因は、大きく三つある。
一つ目は、材料が確かに進化したこと。 屋上防水のシート、塗膜防水、外壁の塗料、目地のシーリング——いずれもこの10年〜20年で耐久性が目に見えて上がった。かつて「10年もてば御の字」だった部材が、高耐久仕様なら15年、18年と現実的に視野に入るようになっている。先ほどのSUUMO AWARDの事例も、まさに「屋上防水とシーリングを高耐久仕様にしたから周期を延ばせた」という話だった。材料の進化が、長周期化の土台になっている。
二つ目は、修繕積立金の不足という、待ったなしの財政事情。 国土交通省は同じく令和6年6月に「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」も改定した。そこでは、段階的に積立金を増やしていく「段階増額積立方式」について、初期の額は均等積立とした場合の基準額の0.6倍以上、最終の額は1.1倍以内に収める、という新しい考え方が示された(出典:国土交通省「『マンションの修繕積立金に関するガイドライン』の改定について」)。
これは裏を返せば、「将来いきなり倍以上に値上げするような無理な計画は見直しなさい」という国からのメッセージだ。資材も人件費も上がり続けるなか、積立金は思うように増やせない。だとすれば、工事の「回数」そのものを減らすしかない。30年で2回やる工事を1.7回に減らせれば、それだけで生涯コストは下がる。長周期化は、財政の側からも強く求められているのだ。
三つ目は、環境負荷と「住みながら工事」の負担を減らしたいという意識の変化。 工事のたびに足場を架け、住民は洗濯物も干せず、ベランダも使えない数ヶ月を過ごす。これが12年ごとに来るのと18年ごとに来るのとでは、住み心地もテナントの満足度もまるで違う。収益物件であれば、工事期間中の入居者の不満や退去リスクは、そのまま家賃収入に響く。回数を減らせること自体に、はっきりとした価値がある。
ただし——「ただ延ばす」のは一番危ない
ここからが本題だ。長周期化はいいことずくめに見えるが、私は声を大にして言いたい。「お金がないから、とりあえず工事を先送りする」のと、「計画的に周期を延ばす」のは、まったくの別物だ。
正直に申し上げる。現場で20年やってきて、私が一番悔しい思いをするのは、「先送り」を「長周期化」と取り違えた建物に呼ばれたときだ。点検もせず、ただ予算がないからと工事を遅らせ、気づいたときには防水が切れて躯体(建物の骨組み本体)に水が回り、本来なら表面の補修で済んだはずが、コンクリートの中の鉄筋まで錆びて、修繕費が何倍にも膨らんでいる。こうなると、長周期化どころか、緊急工事で一番高い買い物をする羽目になる。
長周期化が成立する建物には、共通点がある。それは「ちゃんと見ている」ことだ。
- 高耐久の材料を、必要な部位に計画的に使っている
- 定期的に専門家が点検し、劣化の兆候を早期につかんでいる
- 小さな不具合を、小さいうちに部分補修している
逆に言えば、この三点がないまま周期だけ延ばすのは、虫歯を放置して「歯医者に行く間隔を空けました」と言っているのと同じだ。延ばしていいのは、手入れをしている建物だけ。ここを取り違えないでいただきたい。
ひとつ、実際の現場の話をさせていただく。数年前、ある築16年のマンションに呼ばれたことがある。一回目の大規模修繕を「予算がないから」と先送りし続け、当初の計画より4年遅れていた建物だった。下から見上げる限りは、塗装の色あせ程度で大きな問題はなさそうに見えた。ところが、ロープアクセスで職人が壁面に降りて間近で見ると、北側のタイル目地のシーリングがやせて切れ、そこから入った水で、一部のタイルが「浮いて」いた。指で押すと、ぽこぽこと音がする。放置すれば、いずれタイルが剥落して通行人に当たる危険もあった。結局、本来なら数十万円の部分補修で済んだはずの箇所が、広範囲の張り替えに発展し、見積もりは当初の何倍にもなった。理事長さまは「下から見ても全然わからなかった」と肩を落としておられた。私が一番悔しいのは、まさにこういう瞬間だ。「延ばす」こと自体が悪いのではない。「見ずに延ばす」ことが、建物とオーナーの両方を傷つけるのだ。
長周期化を支える鍵は「点検」と「部分補修」——ここで工法が効いてくる
では、点検と部分補修を、どうすればコストをかけずに回せるのか。ここで、私たち明誠がこだわってきた工法選択の話が効いてくる。
従来、マンションの外壁を点検しようと思えば、足場を架けるか、ゴンドラを吊るか、あるいは下から双眼鏡で眺めるしかなかった。足場を架ければ数百万円、ゴンドラも大掛かりだ。「点検のためだけにそんな費用は出せない」——これが、多くの管理組合が点検を後回しにしてきた本当の理由だと、私は思っている。
ここで力を発揮するのが、ロープアクセス工法だ。これは産業用のロープを使って、職人が壁面を上下しながら点検・補修を行う「無足場工法(足場を架けない工法)」である。足場を架けないぶん費用を大きく抑えられ、しかも必要な部位だけをピンポイントで点検・補修できる。
私はこれを、長周期化とワンセットで提案するようにしている。仕組みはこうだ。高耐久材料で大きな工事の周期を延ばす一方で、その間にロープアクセスで定期点検と部分補修を機動的に回す。こうすれば、「延ばす」ことのリスク——気づかぬ間の劣化——を最小限に抑えながら、足場を伴う大規模修繕の回数そのものを減らせる。点検が安く小回りよくできるからこそ、安心して周期を延ばせる。これが、私の考える「正しい長周期化」だ。
収益物件オーナーの損得勘定——戸あたりで見ると景色が変わる
収益物件オーナーの方には、ぜひ「戸あたり・年あたり」で損得を見ていただきたい。
仮に、ある工事の総額が同じだとしても、その効果が12年もつのか18年もつのかで、1年あたりのコストはまるで違う。単純化して言えば、12年周期と18年周期では、同じ工事を「1.5倍長く」効かせられる計算になる。30年というスパンで見れば、大規模修繕の回数が一回減るかどうかは、戸あたりにならせば数十万円単位で効いてくる話だ。
ごく単純化した試算で、景色の違いを見ていただきたい。あくまで考え方を示すための仮の数字であり、実際は建物ごとに大きく変わる点はご了承いただきたい。
| 項目 | 12年周期 | 18年周期(高耐久仕様) |
|---|---|---|
| 60年間の大規模修繕回数(目安) | 約5回 | 約3〜4回 |
| 1回あたりの工事費(仮に1回1.2億円とする) | 1.2億円 | 高耐久材で割増、仮に1.35億円 |
| 60年間の累計工事費(概算) | 約6.0億円 | 約4.7〜5.4億円 |
| 周期間の点検・部分補修 | 任意 | 計画的に必須 |
この表で言いたいのは、「高耐久材で1回あたりは少し高くなっても、回数が減るぶん、長い目で見れば累計の負担は軽くなりうる」ということだ。もちろん、これは点検と部分補修をきちんと回し、計画どおりに周期を延ばせた場合の話。手入れを怠れば、この計算は簡単に崩れる。数字のうまみは、あくまで「正しく延ばせたご褒美」だと考えていただきたい。
戸あたりに引き直すとさらに実感が湧く。仮に100戸のマンションで60年間に1回分の大規模修繕(1.2億円)を減らせたとすれば、戸あたり120万円。月額の積立金に換算すれば、60年で割って戸あたり月1,600円ほどの差になる。たかが月1,600円と思われるかもしれないが、これは「同じ建物の品質を保ったまま」生み出せる差だ。値上げ交渉で住民ともめることを思えば、決して小さくない。
加えて、収益物件には「工事をしていない期間こそが稼ぎどき」という側面がある。足場を架けている数ヶ月は、見栄えも住み心地も落ちる。新規の入居づけにも不利だし、既存入居者の不満もたまる。工事の回数が減るということは、満足度の高い「平常運転」の期間が長くなるということ。これは家賃の維持・空室率の低下という形で、じわじわと収益に効いてくる。
もちろん、注意点もある。高耐久材料は初期費用が一般材より高い。短期で売却を予定している物件なら、その投資を回収しきれないこともある。だからこそ、「この建物を、この先何年保有するのか」という出口戦略とセットで、長周期化が得かどうかを判断する必要がある。私は、ここを抜きに「とにかく高耐久がいい」とは決して言わない。
管理組合が総会前に整理しておきたい五つの質問
6月はマンションの総会シーズンだ。理事会・総会で長周期化の話題が出たとき、最低限これだけは整理しておくと議論が前に進む、という五つの質問を挙げておく。
- いまの長期修繕計画の周期は、何年で組まれているか。 その根拠は「12年が常識だから」になっていないか。
- 前回の工事で、どの部位にどんな材料を使ったか。 高耐久仕様だった部位はあるか。記録は残っているか。
- 直近で、専門家による外壁・防水の点検をいつ行ったか。 点検なしに「延ばす/早める」を議論していないか。
- 積立金の計画は、将来いきなり倍増するような無理な前提になっていないか。 国のガイドラインの考え方(初期0.6倍以上・最終1.1倍以内の目安)に照らして無理がないか。
- 次の工事で、足場・ロープアクセス・両者の組み合わせ(ハイブリッド)のどれが自分の建物に合うか、比較検討したか。
この五つに「はい」と答えられない項目があれば、それはそのまま、専門家に相談すべきテーマだということだ。
工法選択で「長周期化」をどう設計するか——足場・ロープ・ハイブリッド
最後に、工法の話を整理しておく。私たち明誠は、通常の足場仮設による工法、足場を架けないロープアクセス工法、そして両者を部位ごとに使い分けるハイブリッド工法の三つを、建物の特性に応じて提案できる。日本でも、この三つを自前で揃えている会社は多くない。
長周期化という観点で言えば、それぞれに役割がある。
- 足場工法は、全面打診や大面積の塗り替えなど「一度にまとめてやり切る」大規模修繕の本番に向く。長周期化のスタート地点で、高耐久材料をしっかり施工する場面だ。
- ロープアクセス工法は、周期と周期の「あいだ」の点検・部分補修に向く。安く小回りが利くからこそ、延ばした期間のリスクを抑えられる。
- ハイブリッド工法は、形状が複雑で足場が架けにくい部分だけロープアクセスを使うなど、大規模・複雑物件で総合コストを最適化したいときに効く。
つまり、長周期化は「材料」だけで決まるのではない。「どの工法で施工し、どの工法で維持していくか」という設計とワンセットで初めて成り立つ。だからこそ、複数の工法を一社で比較提案できることに意味がある、と私は考えている。建物ごとのベストは、必ず比較した先にしかない(大規模修繕工事のご紹介)。
長周期化は「一社でまとめて見られる体制」があってこそ回る
もうひとつ、現場の人間として強くお伝えしたいことがある。長周期化を本当に回そうとすると、「窓口の一本化」がきわめて重要になる、ということだ。
考えてみてほしい。長周期化とは、大きな工事の合間に、塗装・防水・タイル・シーリング、ときには電気設備や看板まで、こまめに点検し、傷んだところだけを直していく営みだ。ところが、これを分野ごとにバラバラの会社へ頼んでいると、何が起きるか。「塗装屋さんは塗装しか見ない」「防水屋さんは防水しか見ない」となり、分野の境目——たとえばタイルとシーリングの取り合い部分——の劣化が、誰の担当でもないまま見落とされる。私はこの「境目の見落とし」で水が入った建物を、いくつも見てきた。
私たち明誠は、ロープアクセス工法を軸に、塗装・防水・タイル・電気・看板といった各分野の専門職がフランチャイズとして加盟する体制をとっている。これは、ロープアクセス工事としては日本で初めてのフランチャイズ展開だ。なぜこの形にこだわったのか。理由はまさに、長周期化のような「長く・こまめに・分野横断で」建物を見続ける営みには、各分野の専門職が一つの窓口に集まっている体制が向いているからだ。専門職がそれぞれの腕を持ち寄ることで、高い品質を保ちながら、中間マージンを削って価格も抑えられる。点検で見つかった小さな不具合を、その場で「ではこの目地はうちの防水班が、このタイルはタイル班が」と振り分けられる。これが、長周期化を絵に描いた餅で終わらせないための、地味だが決定的な土台になる。
理事長さまにも収益物件オーナーさまにも、私はいつもこうお伝えしている。「工法の数」と同じくらい、「分野をまたいで一気通貫で見てくれる窓口があるか」を見てください、と。長く付き合う相手だからこそ、ここは妥協してほしくない。
よくある質問——長周期化をめぐる五つの疑問
最後に、理事会や個別相談で実際によくいただく質問に、私なりにお答えしておく。
Q1. 国が「18年周期にしなさい」と決めたのですか?
いいえ。国の最新ガイドラインは大規模修繕の周期を「一般的に12年〜15年程度」と幅を持たせて示しているだけで、18年を推奨しているわけではない。18年周期は、高耐久材料を使い、点検を組み込んだ建物で「結果として延ばせる」という選択肢です。あくまで建物次第、というのが正確なところだ。
Q2. うちは普通の材料で前回工事をしました。それでも延ばせますか?
慎重に考えたほうがよい。一般材で施工した部位は、メーカーが想定する耐用年数を超えて無理に延ばすと、かえって劣化が一気に進むことがある。まずは専門家の点検で、いまの劣化具合を正確に把握することをおすすめする。延ばせるかどうかは、点検の結果が教えてくれる。
Q3. 高耐久材料にすると、どれくらい費用が上がりますか?
部位や材料によって幅が大きいので、ここで断定はできない。一般に、屋上防水やシーリングを高耐久仕様にすると初期費用は上がるが、そのぶん次の工事までの間隔を延ばせる。「初期費用の増加分」と「延ばせる年数」を天秤にかけて判断するのが筋で、必ず複数の仕様で見積もりを取り、比較していただきたい。
Q4. 周期を延ばすと、その間の点検費がかさみませんか?
だからこそ、点検を安く回せる手段が要になる。足場を架けての点検は高くつくが、ロープアクセスなら必要な部位だけを低コストで点検・補修できる。点検費を抑えられるからこそ、トータルでは長周期化のメリットが出る、という設計が大事だ。
Q5. 収益物件なのですが、近く売却するかもしれません。それでも高耐久にすべき?
出口戦略によります。数年内の売却を考えているなら、高耐久材の投資を回収しきれない可能性がある。一方で、長期保有して家賃収入を得続けるなら、長周期化の恩恵は大きい。「あと何年、この建物を持つのか」を先に決めてから、材料と工法を選ぶ——順番を間違えないことが肝心だ。
まとめ——「12年だから」で決めない。建物を見て、延ばせる建物に育てる
長くなったので、最後に要点をまとめたい。
「12年周期」は法律でもルールでもなく、出発点にすぎない。国の最新ガイドラインはすでに「12年〜15年」と幅を持たせ、材料の進化と積立金不足を背景に、業界は18年周期も視野に入れ始めている。大手デベロッパーが長周期化の取り組みで評価を受けたのは、その象徴だ。
ただし、お金がないからの「先送り」と、手入れをしたうえでの「長周期化」は、似て非なるものだ。延ばしていいのは、高耐久材料を計画的に使い、点検と部分補修を続けている建物だけ。そして、その点検と部分補修を安く機動的に回す手段として、ロープアクセスという選択肢がある。
これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想だ。周期の数字に振り回されるのではなく、自分の建物をよく見て、「延ばせる建物」に育てていく。その視点を、ぜひ次の理事会で1分だけでも話題にしてみてほしい。周期をどう設計するか、点検をどう組み込むか——そのあたりの整理だけでも、お力になれることがある。ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。
出典・参考資料
- 国土交通省「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン・同コメント及びマンションの修繕積立金に関するガイドラインの見直しについて」(令和6年6月改定)
- 国土交通省「『マンションの修繕積立金に関するガイドライン』の改定について(段階増額積立方式における適切な引上げの考え方)」
- 大和ハウス工業「『購入者が選ぶSUUMO AWARD 2026』で2部門の優秀賞を受賞」(2026年6月)
▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア

