マンション大規模修繕、その発注金額は本当に適正ですか——修繕積立金「値上げ」局面で、管理組合とオーナーが工事費の妥当性を見抜く方法【2026年8月】

「うちの大規模修繕、見積もりが高い気がするけれど、比べようがない」。最近、そんな相談が本当に増えました。管理費や修繕積立金の値上げが続くいま、いちばん大切なのは“値上げの前に、発注そのものを見直すこと”です。20年現場を歩いてきた立場から、工事費の妥当性を見抜く視点を、正直にお話しします。


正直に申し上げます。私のところに来る相談で、この一年ほど明らかに増えたのが「この見積もり、適正なのでしょうか」という問い合わせです。

きっかけはたいてい同じです。管理組合の理事会で修繕積立金の値上げが議題に上がる。あるいは、収益物件を持つオーナーさまが、管理会社から回ってきた大規模修繕の見積書を見て、金額の大きさに手が止まる。そこで「そもそもこの金額は妥当なのか」という、当たり前の、けれど答えにくい疑問にぶつかるわけです。

この記事は、株式会社明誠で長く大規模修繕の現場を預かってきた私(本間)が、マンションの管理組合理事長さま、そしてビルやマンションを収益物件として持つオーナーさまに向けて書いています。工事を「安くしてください」という話ではありません。払うべきものは払い、払わなくてよいものは払わない——その線引きを、発注する側が自分の目で見極めるための材料をお渡しします。ここからが本題です。

いま「発注金額は適正か」という問いが増えている背景

まず、なぜこの問いがいま増えているのか。背景には、マンションを取り巻く二つの「値上がり」があります。

ひとつは、工事費そのものの上昇です。資材価格と人件費の上昇が続き、10年前と同じ内容の工事でも金額が膨らんでいます。もうひとつは、それを支える修繕積立金の不足です。多くのマンションで、当初の積立計画が実際の工事費に追いつかず、値上げや一時金の徴収を迫られる場面が増えています。管理費や修繕積立金の「値上げ」がニュースで取り上げられるのも、こうした構造が背景にあります。

ここで起きがちなのが、順番の取り違えです。積立金が足りない、だから値上げする——この流れ自体は間違っていません。けれど、値上げを決める前に「その工事費、そもそも適正だったのか」を確かめた組合が、どれだけあるでしょうか。発注金額に2割の余地があれば、値上げ幅も一時金も、その分だけ小さくできます。順番としては、まず発注の妥当性、次に積立の見直し。これが本来の姿だと私は考えています。

そもそも大規模修繕はいくらかかるのか——国が示した「ものさし」

「適正かどうか」を判断するには、比べる基準が要ります。ありがたいことに、国がその“ものさし”を用意してくれています。

国土交通省は「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」を実施し、全国の工事事例を集計して、1戸あたりの工事金額の分布を公表しています。この調査は、工事を発注しようとする管理組合等が、適正な見積りかどうかを検討する際の指標となることを目的として行われたものです(出典:国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実態調査を初めて実施」)。

具体的な数字を挙げます。1回目の大規模修繕工事では、1戸あたりの工事金額は「100万円超120万円以下」が最も多く全体の約31%、中央値は約110.2万円でした。2回目は中央値が約106.1万円、3回目以降は約97.0万円という結果です。この集計は200社・818件の工事事例をもとにしています(出典:同上、および国土交通省の集計資料)。

大切なのは、この数字を「正解」ではなく「目安」として使うことです。マンションの規模、形状、階数、劣化の進み具合、地域によって適正額は動きます。ですから、手元の見積もりを1戸あたりに割り戻して、この中央値からどれだけ離れているかを見る。大きく外れていたら、その理由を説明できるかどうかを問う。これだけで、発注の議論はぐっと具体的になります。

なぜ同じマンションでも金額が大きく変わるのか——価格差の正体

同じような規模・築年数のマンションでも、見積金額が1.5倍、時に2倍近く変わることがあります。手抜きや不正があるという話ではありません。価格差には、いくつかの“正体”があります。

ひとつは、仮設費、とりわけ足場の費用です。大規模修繕の工事費のうち、足場をはじめとする仮設にかかる費用の割合は決して小さくありません。建物の形状や高さによっては、この仮設費が全体を大きく左右します。ここは後ほど詳しく触れます。

ふたつめは、数量と仕様の前提の違いです。補修する面積の想定、使う塗料や防水材のグレード、下地補修の範囲——こうした前提が各社でずれていると、単純な金額比較は意味を持ちません。安く見える見積もりが、実は補修範囲を絞っているだけ、ということもあります。

みっつめは、中間マージンの構造です。元請けが工事の多くを下請けに流し、そこに何層もの管理費が乗ると、実際に手を動かす職人に届く前に金額が膨らみます。品質は現場の職人が決めるのに、費用は流通の途中で増えていく。この構造こそ、私が長年もどかしく思ってきた点です。

もうひとつ、あまり語られない要因として、「比較のしにくさ」そのものが価格に反映されているという現実があります。発注者が金額の妥当性を確かめる術を持たないと、相場から離れた見積もりでも通ってしまう。だからこそ、発注する側が“ものさし”を持つことが、いちばんの価格対策になります。私は、発注者が賢くなることが業界全体を健全にすると本気で思っていて、この記事を書いているのもそのためです。

足場費という「見えにくい大きなコスト」——ここに工法の選択肢がある

価格差の正体の筆頭に挙げた足場費。実はここに、多くの発注者が知らない選択肢があります。それが工法の選び方です。

大規模修繕というと、建物の全面に足場を組む光景を思い浮かべる方が多いと思います。もちろんそれが最適な現場もあります。けれど、足場を組むこと自体に相応の費用と工期がかかり、しかも足場は工事が終われば撤去してしまう“消えもの”です。ここに手を入れられるかどうかで、総額は変わってきます。

株式会社明誠は、建物の特性に応じて次の3つの工法から最適なものをご提案できる、日本でも数少ない会社です。それぞれの特徴を整理します。

工法 概要 向いている建物・場面 コストへの効き方
通常足場工法 従来型の仮設足場を建物周囲に組んで施工する 中低層、複雑な形状、全面的な補修が必要な建物 足場の設置・撤去費が固定的にかかる
ロープアクセス工法(無足場工法) 産業用ロープで作業員が吊り下がり、足場を組まずに施工する 高層、足場の架設が難しい立地、部分補修、コスト最重視の物件 足場費を大きく圧縮でき、工期短縮・居住者の生活影響も抑えられる
ハイブリッド工法 足場とロープアクセスを部位ごとに使い分ける 大規模・複雑で、総合的なコスト最適化が必要な物件 必要な箇所だけ足場を組み、残りをロープで賄って総額を最適化

多くの会社は、このうち1つか2つの工法しか持っていません。すると、その会社が得意な工法に合わせた見積もりしか出てこない。足場ありきの見積もりしか手元にないと、そもそも比較のしようがないのです。3つの工法を横に並べて初めて、「この建物にとっての最安・最適」が見えてきます。ロープアクセス工法の詳細はこちら(ロープアクセスのご案内)でも解説しています。

念のため申し添えると、ロープアクセスは万能ではありません。全面的に下地から作り直すような工事では足場のほうが適する場面もあります。だからこそ、工法ありきではなく建物ありきで選ぶ。その中立性が、発注者の利益になると考えています。

実務としては、こう進めるのがおすすめです。まず現地調査で、どの面がどれだけ傷んでいるかを把握する。そのうえで「全面足場だといくら」「ロープアクセス中心だといくら」「ハイブリッドだといくら」を、同じ補修範囲・同じ仕様の前提で並べてもらう。同一条件で3通りの総額が横に並んだとき、初めて“建物にとっての最適”が数字で見えます。この比較表を作れる会社かどうか自体が、発注先を見極める試金石にもなります。私たちが3工法をすべて自社で扱えるようにしているのは、まさにこの比較を発注者にお見せするためです。

修繕積立金が足りない——「値上げ」の前にできること

ここで、冒頭の値上げの話に戻ります。修繕積立金については、国土交通省が「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」を示しています(平成23年4月策定、直近では令和6年6月に改定)。ここでは、専有面積あたりの積立額の目安が、建物の階数や延床面積に応じて幅(レンジ)で示されています(出典:国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」)。

たとえば20階未満で建築延床面積が5,000㎡以上1万㎡未満の場合、平均値は月あたり252円/㎡といった水準が示されています。もっとも、これはあくまで目安であり、機械式駐車場の有無などで必要額は変わります。単一の正解ではなく、幅で捉えるのが正しい読み方です。

そのうえで申し上げたいのは、積立金の議論には二つの入り口があるということです。ひとつは「いくら貯めるか(収入側)」、もうひとつは「いくらで工事するか(支出側)」。値上げは収入側の話ですが、支出側、つまり発注金額を適正化できれば、必要な積立額そのものが下がります。段階的に積立金を引き上げていく計画(段階増額方式)は、将来の負担が読みにくいという指摘もあります。収入側だけをいじる前に、支出側の工事費に手を入れる余地がないかを確認する。この順番を、ぜひ理事会で共有してください。

いつ発注するか——季節と工期という見落としがちな変数

金額の話に「時期」の視点を足させてください。私は、発注のタイミングも総額と品質に効いてくると考えています。

たとえば、いま原稿を書いているのは夏の盛りです。外壁塗装や防水は、気温や湿度、降雨の影響を受けやすい作業です。真夏は職人の安全面の配慮が必要になりますし、梅雨や台風の時期は工程が読みにくくなります。逆に、気候の落ち着いた季節は施工が安定しやすい。いつ着工するかで、工期の見通しやすさが変わり、それが結果的にコストや品質にも跳ね返るわけです。

私がお伝えしたいのは、「急いで発注しないこと」の価値です。値上げや一時金の話が出ると、どうしても「早く決めなければ」と気持ちが焦ります。けれど、前提をそろえた相見積もりを取り、工法を比べ、着工の季節まで含めて計画する——この準備に数か月かけたほうが、結果的に良い発注になることが多いのです。ロープアクセス工法は足場の架設・撤去が要らないぶん、工程の柔軟性が高く、天候による段取り替えにも対応しやすいという利点もあります。急かされる場面こそ、いったん立ち止まる。これは20年現場を見てきた私の実感です。

発注金額の妥当性を見抜く——5つのチェックリスト

では、実際に見積書を前にしたとき、何を確認すればよいのか。私が発注者の立場ならこう見る、という5点を挙げます。

  1. 1戸あたりに割り戻す:総額を戸数で割り、国交省の実態調査の中央値(1回目で約110万円)と比べる。大きく外れるなら、その理由を説明してもらう。
  2. 仮設費の内訳を見る:足場をはじめとする仮設費が総額のどれくらいを占めているか。ここが大きいなら、ロープアクセスやハイブリッドで圧縮できないか検討する。
  3. 数量と仕様をそろえて相見積もりを取る:補修面積・材料グレード・下地補修の範囲という前提を各社で統一する。前提がずれた見積もりは比較できない。
  4. 中間マージンの層を確認する:実際に施工するのは誰か。何社を経由するのか。手を動かす職人に費用が届いているかを問う。
  5. アフター(保証)と実績を確認する:安さだけで選ばない。保証年数、同種物件の施工実績、担当者の説明の丁寧さも「品質の価格」に含まれる。

この5点を、専門用語に負けずに一つずつ潰していけば、金額の“霧”はかなり晴れます。もし理事会だけで判断がつかなければ、利害関係のない第三者の目を入れるのも有効です。私の経験では、5点すべてを完璧に詰められなくても、1戸あたりの水準と仮設費の割合という最初の二つを確認するだけで、発注者の交渉力は目に見えて変わります。まずはできるところから、で構いません。

相見積もりで「安かろう悪かろう」を避けるには

「安く」と言うと、必ず「品質は大丈夫か」という不安がついてきます。もっともです。安さと品質は、本来トレードオフになりがちだからです。

ここで明誠が採っているのが、フランチャイズによる専門職ネットワークという仕組みです。塗装・防水・タイル・電気・看板といった各分野の専門職が加盟し、それぞれの得意分野を直接担う。中間の流通層を薄くしながら、手を動かすのは各分野のプロ、という体制です。だから高品質と低価格を同時に追える。安さのために品質を削るのではなく、無駄な流通コストを削って価格を下げる、という考え方です。

相見積もりを取るときは、単に3社の総額を並べるだけでなく、「なぜその金額なのか」を各社に語らせてください。前提をそろえ、根拠を問い、工法の選択肢まで含めて比べる。そうやって選ばれた見積もりなら、安くても不安は残りません。お見積もりのご相談はお問い合わせ窓口から承っています。

収益物件オーナーの視点——工事費だけが「原価」ではない

収益物件をお持ちのオーナーさまには、もうひとつ加えたい視点があります。それは、工事費だけがコストではない、ということです。

大規模修繕の期間中、建物の見栄えや居住性は一時的に下がります。全面に足場が組まれれば圧迫感が出ますし、窓が開けにくくなる、日当たりが落ちるといった声も出ます。賃貸物件であれば、これは入居者の満足度、ひいては空室リスクや家賃に跳ね返りかねません。工事による「稼働への影響」も、広い意味での原価なのです。

ここでもロープアクセス工法が効いてきます。足場を組まない、あるいは必要最小限にできれば、居住者・入居者の生活への影響を抑えられます。工期の短縮も、収益への影響を小さくする方向に働きます。工事費の数字だけでなく、こうした「見えないコスト」まで含めて総額を考える。それが、資産価値を長く保つオーナーの発注だと思います。無足場での施工事例はこちらでもご紹介しています。

私が現場で見た「発注のすれ違い」——ある管理組合の話

数字の話が続いたので、ひとつ現場の話をさせてください。個別の物件が特定されないよう細部は変えていますが、起きたことの本質はそのままです。

以前、築20年を少し超えたマンションの理事長さまから、2回目の大規模修繕の相談をいただきました。管理会社経由で出てきた見積もりは、正直に言えば決して不当な金額ではありませんでした。ただ、1戸あたりに割り戻すと、国交省の実態調査の中央値より2割ほど高い。理事長さまは「高い気はするが、根拠を説明できないから値上げを受け入れるしかないと思っていた」とおっしゃいました。

私が現地を見て気づいたのは、その建物が、全面足場を前提にした見積もりになっていたことです。ところが、劣化が集中していたのは一部の面と屋上まわりで、健全な面まで一律に足場を組む計画でした。そこで、劣化の激しい箇所は足場、それ以外はロープアクセスで賄うハイブリッドの案をお出ししたところ、仮設費が下がり、総額は当初案から目に見えて圧縮できました。工期も短くなり、居住者からの「足場で窓が開けられない期間」への不満も小さくなりました。

この話で私がお伝えしたいのは、「安い会社を見つけましょう」ということではありません。同じ建物でも、工法の前提が違えば総額は変わる。その前提を発注者が知らないまま議論が進むと、本来払わなくてよいコストまで積立金の値上げで賄うことになる——このすれ違いこそが、いちばんもったいないのです。理事長さまが最後に「もっと早く選択肢を知りたかった」とおっしゃったのが、今も忘れられません。

長期修繕計画は「作って終わり」ではない

もうひとつ、発注金額と切り離せないのが長期修繕計画です。長期修繕計画とは、これから数十年にわたって、いつ・どこを・いくらで直すかを見通した計画書のこと。修繕積立金の金額は、この計画を土台に決まります。

ここでよくあるのが、計画を一度作ったきり、実態と合わなくなっても更新していないというケースです。資材や人件費は動きますし、建物の劣化の進み方も当初の想定どおりとは限りません。古い前提のまま積立額だけが独り歩きすると、「気づいたら足りない」「急に値上げ」という事態を招きます。

国土交通省も、長期修繕計画は定期的に見直すことを前提に位置づけています。目安としては数年ごとに、直近の工事実績や物価の動きを織り込んで更新していく。発注金額の適正化と、計画の定期的な見直しは、車の両輪です。片方だけを頑張っても、資金計画は安定しません。値上げの議論が出たときこそ、計画そのものを棚卸しする好機だと捉えていただきたいと思います。

「誰が施工するか」を確かめる——業界のネットワークという裏付け

発注金額の話をすると、どうしても「価格」に目が行きます。けれど、最後に品質を決めるのは、現場で手を動かす職人です。だからこそ私は、発注先を選ぶときに「実際に施工するのは誰か」を確かめてほしいとお伝えしています。

明誠が各分野の専門職とフランチャイズでつながっているのは、この「誰が施工するか」を明確にするためでもあります。塗装は塗装の、防水は防水の専門職が直接担う。加えて、私たちは一般社団法人 全国建設業支援協会(JCSA)の運営を通じて、全国の建設業者との情報交換やネットワークづくりにも取り組んでいます。業界の中で顔の見える関係を持っていることは、いざというときの対応力や、無理のない価格の裏付けになります。価格の数字だけでなく、その背後にある施工体制まで見ていただければと思います。

よくある質問(FAQ)

Q1. 国交省の実態調査の中央値より高い見積もりが来ました。ぼったくりでしょうか。
必ずしもそうとは限りません。高層・特殊形状・劣化が進んだ建物では、適正額が中央値を上回ることは十分にあります。大切なのは金額の高低そのものより、「なぜその金額なのか」を発注先が説明できるかどうかです。説明が曖昧なら、そこを掘り下げてください。

Q2. ロープアクセス工法にすれば必ず安くなりますか。
いいえ、必ずとは言えません。足場費を圧縮できるケースでは効果が大きい一方、全面的に下地から作り直すような工事では足場のほうが適することもあります。だからこそ、工法ありきではなく建物ごとに最適を選ぶ姿勢が重要です。

Q3. 相見積もりは何社くらい取ればよいですか。
一般的には3社程度が目安とされますが、社数より前提をそろえることのほうが重要です。補修範囲・材料・下地補修の条件を統一しないと、社数を増やしても比較になりません。可能なら、異なる工法を扱う会社を混ぜると視野が広がります。

Q4. 管理会社に任せているので、自分たちで見積もりを比べる余裕がありません。
お気持ちはよく分かります。ただ、任せることと丸投げは違います。最低限、1戸あたりの金額を実態調査の目安と照らす、仮設費の割合を聞く——この二つだけでも、理事会の判断はぐっと確かになります。専門的な部分は、利害関係のない第三者に相談するという選択肢もあります。

Q5. 修繕積立金が足りないと言われましたが、値上げ以外に方法はありますか。
まず確認したいのは、工事費そのものに見直しの余地がないかです。工法の選択や前提の統一で発注金額が下がれば、必要な積立額も変わります。そのうえで、段階的な引き上げや工事の優先順位づけなど、収入側の工夫を組み合わせるのが現実的です。値上げは「最後の調整弁」と考えると、議論の順番が整理しやすくなります。

まとめ——値上げの前に、発注を見直す

長くなりましたので、要点を絞ります。

管理費や修繕積立金の値上げが相次ぐいま、最初にやるべきは、収入側の値上げではなく、支出側の発注金額の見直しです。国土交通省の実態調査という“ものさし”で1戸あたりの水準を確かめ、足場費という大きなコストに工法の選択肢で手を入れ、前提をそろえた相見積もりで妥当性を問う。この順番を踏むだけで、値上げ幅も一時金も、無理のない範囲に収まる可能性があります。

最後に、忘れてほしくないことをひとつ。発注金額を見直すのは、けっして「ケチをする」ことではありません。限られた積立金を、本当に必要な補修に正しく振り向けるための行為です。無駄を削って浮いた分を、次の修繕や、より確かな品質に回す。そう考えれば、発注の見直しは資産を守る前向きな一手だと分かっていただけると思います。

株式会社明誠は、通常足場工法・ロープアクセス工法(無足場工法)・ハイブリッド工法の3つを、建物にとってベストな形でご提案できる数少ない会社です。各分野の専門職とのフランチャイズ・ネットワーク、そして一般社団法人 全国建設業支援協会(JCSA)を通じた業界とのつながりを、発注者の利益に還元することを大切にしています。「この見積もり、適正なのだろうか」と迷ったら、判断材料をそろえるお手伝いをさせてください。押し売りはしません。まずは、あなたの建物にとっての“適正”を一緒に見極めるところから始めましょう。


出典

  • 国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実態調査を初めて実施~工事を発注しようとする管理組合等が適正な見積りかどうか検討する際の指標となります~」:https://www.mlit.go.jp/report/press/house06_hh_000154.html
  • 国土交通省 マンションの大規模修繕工事の修繕周期・工事金額の事例集計(200社818件):https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001477900.pdf
  • 国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」(平成23年4月策定/令和6年6月改定):https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001747009.pdf

※本記事の工事金額・積立金の数値は上記公的資料の公表値に基づく目安であり、個別物件の適正額は規模・形状・劣化状況・地域等により異なります。実際の発注にあたっては、現地調査に基づくお見積もりでご判断ください。

▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア

改正建築物省エネ法が2026年に成立——建物のCO2が資産価値を左右する時代、収益物件オーナーと管理組合が大規模修繕・省エネ改修で先手を打つ実務【2026年7月】

「建てるときのCO2」まで問われる時代が来た——2026年、改正建築物省エネ法が成立した

正直に申し上げます。今回のニュースを最初に見たとき、私は「ついにここまで来たか」と背筋が伸びる思いがしました。

2026年7月24日、参議院本会議で「建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律」の一部を改正する法律案、いわゆる改正建築物省エネ法が賛成多数で可決され、成立しました。衆議院ではすでに6月4日に可決されており、この日をもって法律として固まったことになります(出典:参議院 議案情報 第221回国会)。

私は大規模修繕の現場に20年近く立ってきました。マンション、ビル、ホテルの外壁を、足場を組んだり、ロープ一本でぶら下がったりしながら直してきた人間です。その私から見て、この法改正は「建物の価値の測り方そのものが変わる号砲」だと感じています。ここからが本題です。

何が新しいのか——「建てて壊すまで」のCO2を通算する

これまでの省エネの議論は、ほとんどが「建物を使っているとき」のエネルギー、つまり冷暖房や照明でどれだけ電気やガスを使うか、という話でした。

ところが今回の改正では、建物を建てる段階から使う段階までの各段階で出るCO2(二酸化炭素)を通算して評価する「建築物通算炭素排出量評価」という新しいものさしが創設されました(出典:Sustainable Japan「改正建築物省エネ法成立」、一次情報は上記・参議院議案情報)。

平たく言えば、「使うときのCO2」だけでなく「建てるときのCO2」まで含めて、建物一棟の生涯(ライフサイクル)でどれだけ炭素を出すかを見よう、という考え方です。専門用語では、建物を建てる・壊すときに出るCO2を「エンボディドカーボン(建設に埋め込まれた炭素)」、使っているときに出るCO2を「オペレーショナルカーボン(運用時の炭素)」と呼びます。今回の法律は、この両方を合わせて評価する枠組みを日本で初めて法制度に組み込んだ、という点が最大のポイントです。

誰に、どんな義務がかかるのか

条文で新たに設けられた努力義務・義務を、私なりに現場目線で整理すると次のようになります。

  • 建築主(発注する側)には、建物のライフサイクル全体のCO2を減らす努力義務がかかります。
  • 設計する建築士と、工事を請け負う建設業者には、建築主に対して「どうすればCO2を減らせるか」を説明する努力義務がかかります。
  • 建材メーカーには、製造する建築材料などの炭素排出量の原単位(材料あたりのCO2の目安)を表示する努力義務がかかります。
  • そして、一定規模以上の特定用途の建物を新築・増築・改築する建築主には、設計段階で通算炭素排出量の削減計画を作成することを義務化し、算定した評価結果とあわせて国土交通大臣に届け出るか通知することが求められます。

さらに、削減措置が著しく不十分だと国が判断した場合には、必要な措置をとるよう勧告できる仕組みも入りました。加えて、省エネ性能や環境負荷低減の程度を評価する認証制度も創設され、認証を取れば建物に認証標章を表示できるようになります。

「努力義務が中心なら、まだ先の話では」と思われた方もいらっしゃるでしょう。私の経験上、こういう制度は「努力義務から始まって、数年で本義務に格上げされる」というのが、日本の建築規制のいつものパターンです。実際、新築住宅・新築非住宅への省エネ基準適合義務化も、長い努力義務の時代を経て2025年4月に全面義務化されました(出典:国土交通省 令和4年度改正建築物省エネ法の概要)。今回の「通算炭素」も、同じ道をたどると見ておくのが安全だと私は考えています。

なぜ今、この法律なのか——2050年カーボンニュートラルという背景

そもそも、なぜ国はここまで建物のCO2にこだわるのか。理事会でこの改正を説明するとき、私はいつも背景から入るようにしています。背景を知ると、これが一過性の話ではないことが腹落ちするからです。

日本は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を国際的に掲げ、その途中目標として2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減することを目指しています(出典:国土交通省 令和4年度改正建築物省エネ法の概要)。

ここで問題になるのが、建物の存在感の大きさです。日本のエネルギー消費のうち、住宅・建築物を含む民生部門は約3分の1を占めるとされ、ここを削らずに国全体の目標は達成できません。だからこそ、新築の省エネ基準適合義務化(2025年4月に全面義務化)、中規模の非住宅建築物の省エネ基準引き上げ、そして今回の「建てるときのCO2まで通算する」という一手が、段階的に打たれてきたわけです。流れは一貫しています。「建物のエネルギーとCO2を、少しずつ、しかし確実に締めていく」——これが国の方針です。

私はこれを、脅しではなく「予告」として受け止めています。予告された変化に、早く手を打った建物ほど有利になる。それだけの話です。

なぜこれが「既存の収益物件オーナー・管理組合」の話なのか

ここで、多くの方がこう思うはずです。「うちは新築じゃない。もう建っているマンションやビルの話なのだから、関係ないのでは」と。

私は、まったく逆だと考えています。この法改正は、すでに建っている建物を持っている人にこそ効いてくる話です。理由を順にお話しします。

当面の対象は大規模建築から——でも方向は一つ

今回の削減計画の義務がかかる「一定規模以上の特定用途建築物」の具体的な線引きは、これから政令で定められます。報道によれば、国土交通省は当面、延べ床面積5,000平方メートル以上の事務所を対象とする方針で、2028年度にも施行が見込まれています。制度の運用状況を踏まえて対象を広げることも検討されている、と報じられています(出典:日本経済新聞「大規模オフィス、CO2排出量を報告義務」、中日新聞「大規模建築のCO2算定を義務化 28年度にも」)。

つまり、いきなり中小のマンションや一棟ビルすべてに計画義務がかかるわけではありません。ですが、対象を段階的に拡大していく方針が示されている以上、「今は対象外だから」と構えている時間は、そう長くないと見るべきです。制度の方向は一つ、「建物のCO2を見える化し、減らす」で固まっています。

「増築・改築」に計画義務——大規模改修は射程に入りうる

もう一つ、私が現場の人間として見逃せないと思っているのが、義務の対象が「新築」だけでなく「増築・改築」にも及ぶという点です。

大規模修繕や改修が一定の規模になれば、法的には「改築」や「増築」として扱われる場面が出てきます。たとえば外皮を大きく作り替えるような改修、増床を伴う改修などです。すべての修繕が対象になるわけではありませんが、「既存だから制度と無縁」とは言い切れない、というのが正確なところです。だからこそ、オーナーさまや管理組合の理事長さまには、早いうちに「自分の建物のCO2」を意識していただきたいのです。

建物のCO2には「運用時」と「建設時」の2種類がある

話を分かりやすくするために、もう少しだけ「建物のCO2」を分解させてください。理事会でそのまま使えるように、噛みくだいてお話しします。

運用時のCO2は「断熱・遮熱・設備」で下げる

一つ目は、先ほど触れた運用時のCO2です。冷暖房、給湯、照明、換気など、住んだり使ったりしている間に消費するエネルギーから出る炭素です。

分譲マンションでも一棟ビルでも、ここを下げる王道は「建物の外皮(外壁・屋根・窓)の性能を上げること」と「設備を効率の良いものに替えること」です。夏の西日で室温が上がりきってしまう建物と、外壁や屋上に断熱・遮熱の手が入っている建物とでは、同じエアコンでも消費電力がまるで違います。私は現場で、屋上の防水改修に合わせて断熱を入れた建物の管理員さんから「最上階の住戸のクレームが減った」という声を、何度も聞いてきました。数字にも人の暮らしにも、はっきり効くところです。

建設時のCO2は「建て替えより直す」を有利にする

二つ目が建設時のCO2、つまりエンボディドカーボンです。コンクリート、鉄、アルミ、そうした資材を作って運んで組み立てるだけで、建物は膨大なCO2を生み出します。

ここが今回の法改正で新しく光の当たった部分です。そして、既存の建物を持つオーナーさまにとっては、実は追い風になり得る話でもあります。なぜなら、建て替えは新しい建物を一から作る分、大量のエンボディドカーボンを発生させます。一方、既存の建物を活かして直す「改修(ストック活用)」は、その炭素を新たに出さずに済むからです。「建てるより直すほうが、炭素の面でも有利」——この考え方が、これから制度の後押しを受けていくと私は見ています。

「建てるより直す」が、制度でも後押しされる

私はこれまでもこのブログで、「建てるより直す時代」という話を繰り返してきました。工事費の高騰、資材の値上がり、人手不足。こうした事情から、建て替えるより既存の建物を長く大切に使うほうが、経済的に合理的になる場面が増えています。

今回の法改正は、そこに「炭素」というもう一つの理由を加えました。既存ストックを直して使い続けることが、資産の面でも、環境規制の面でも、両方から評価される時代に入ったということです。

私の経験上、これは収益物件オーナーさまにとって、非常に相性の良い流れです。既存の建物の価値を、大がかりな建て替え投資なしに、修繕と改修で高めていける。それを制度が後押ししてくれる。20年この仕事をしてきて、ここまで「直す側」に順風が吹いたことは、そう多くありません。明誠が大切にしてきた「足場仮設とロープアクセス、両方の選択肢から建物に最適な工法を提案する」という姿勢も、まさにこの「直して価値を上げる」時代に噛み合うものだと考えています。

大規模修繕は、省エネ改修の絶好機

ここで強くお伝えしたいのが、「大規模修繕は、省エネ改修を同時に進める絶好のタイミングだ」ということです。

マンションの大規模修繕は、およそ12年周期で巡ってきます(長期修繕計画の一般的な目安)。このとき、外壁や屋上に一斉に手が入ります。せっかく外皮に触れるこの機会に、防水や塗装と一緒に遮熱・断熱の手を入れておけば、運用時のCO2も光熱費も同時に下げられます。工事を別々に発注するより、一度でまとめたほうが、足場代も手間も大きく節約できるのです。

現場で20年やってきて、私が一番もったいないと感じるのは、この「一度きりの機会」を、ただの塗り替えで終わらせてしまうケースです。以前、ある築古のマンションで、前回の大規模修繕では外壁を普通の塗料で塗り替えただけ、という物件を拝見しました。屋上防水も、断熱を入れずに防水層だけをやり直していた。最上階の理事さんは「毎年夏になると寝室が暑くてたまらない」とこぼしておられました。次の修繕で遮熱塗装と屋上の断熱を提案し、色も一新したところ、体感は目に見えて変わったそうです。同じ足場を組むなら、同じロープでぶら下がるなら、「守るだけの工事」で終わらせず「価値を足す工事」にする。この差が、10年後・20年後の資産価値に効いてきます。

もう一つ申し添えると、省エネ改修は住民合意のハードルも下げてくれます。「積立金が上がるのに、見た目が新しくなるだけ」では、総会で反対の声が出やすい。ですが「光熱費が下がる」「夏の暑さがやわらぐ」「資産価値の維持につながる」という具体的な便益がセットになれば、住民の納得感はまるで違います。私はこれを、合意形成のための「もう一つの武器」だと考えています。

省エネ改修で効く工事は何か——外皮を制する者が炭素を制する

では、既存の建物で実際にCO2と光熱費に効く工事は何か。現場の実感を交えて、要点だけお伝えします。

部位 主な工事 期待できる効果
外壁 断熱・遮熱塗装、ひび割れ・タイル補修 夏の熱負荷を抑え、劣化進行も止める
屋上・屋根 防水改修+断熱 最上階の暑さ・寒さを緩和、雨漏り防止
窓・開口部 内窓・高断熱ガラスへの更新 熱の出入りが最も大きい部分を改善
設備 照明のLED化、給湯・空調の更新 共用部・専有部の消費電力を削減

遮熱・断熱塗装と防水を一体で施工する

とくに費用対効果が高いと私が感じているのは、外壁の遮熱・断熱塗装と屋上防水を一体で行う方法です。どうせ足場やロープで外皮に触れるなら、色を塗り替えるだけでなく、熱を跳ね返す・逃がさない機能まで持たせる。これで見た目も、資産の寿命も、光熱費も、まとめて手当てできます。屋上防水・漏水対策は、放っておくと躯体そのものを傷める大敵ですから、省エネと防水はセットで考えるのが賢いやり方です。

遮熱塗料は、屋根や外壁の表面温度を下げることで、室内に伝わる熱を抑える塗料です。屋上防水の上から遮熱仕様にすれば、防水層自体の熱による劣化もやわらぎ、防水の寿命を延ばす効果も期待できます。つまり一つの工事で「暑さ対策」「光熱費削減」「防水の長寿命化」の三つを同時に狙える。私が「必ずワンセットで」と申し上げるのは、こうした重なりがあるからです。もちろん、建物の向きや形状、既存の劣化状況によって最適な仕様は変わりますので、そこは現地を見て判断するのが鉄則です。

ここでロープアクセス(無足場工法)が効く理由

そして、私が「必ずワンセットで提案するようにしています」とお伝えしているのが、ロープアクセス工法(無足場工法)という選択肢です。

ロープアクセスとは、産業用のロープで職人が建物の外壁を上下しながら施工する工法で、大がかりな仮設足場を組まずに外壁の点検・補修・塗装ができます。この工法が省エネ改修の時代に効く理由は、大きく三つあります。

一つ目はコストです。足場の架設・解体費が丸ごと不要になる、あるいは大幅に減るため、浮いた予算を断熱・遮熱といった性能向上の工事に回せます。二つ目は工期です。足場を組む・ばらす時間がない分、工事が早く終わり、その間の居住者・テナントの負担も軽くなります。三つ目は、ここが今回の話とつながるのですが、足場そのものが持つCO2です。仮設足場は大量の鋼材を現場まで運び、組み、また運び出します。この運搬と設置にもエネルギーがかかっています。無足場で工事ができれば、この分の環境負荷も抑えられる、という見方ができるのです。

もちろん、ロープアクセスが万能というわけではありません。作業量が非常に多い全面改修や、部位によっては足場のほうが効率的な場合もあります。だからこそ明誠では、足場・ロープ・その両方を組み合わせるハイブリッドの三つから、建物ごとに最適な組み合わせをご提案しています。

コストと環境性能を両立させる「工法の選び方」

「省エネ改修は良さそうだが、費用が上がるのでは」——これは、理事会でもオーナーさまとの打ち合わせでも、必ず出るご質問です。ここは正直にお話しします。

性能を上げれば、材料費は多少上がります。ですが、工法の選び方次第で、その上乗せ分を足場費の削減で吸収できる場面は少なくありません。次の表は、あくまで考え方の整理ですが、工法ごとの向き・不向きの目安です。

工法 向いている場面 コストの考え方
通常足場工法 全面改修、複雑な形状、作業量が多い 足場費はかかるが大量施工で単価は安定
ロープアクセス(無足場) 部分補修、高層、足場架設が難しい建物 足場費が不要で総額を圧縮しやすい
ハイブリッド 大規模・複雑物件で総合最適が必要 部位で使い分け、全体コストを最適化

数字の体感としては、たとえば足場費が総工費の2〜3割を占めるような物件で、その一部を無足場に置き換えられれば、戸あたりの負担はまとまった額で変わってきます。具体的な削減幅は建物の形状・高さ・工事範囲で大きく変わりますので、断定は避けますが、「費用の考え方から相談したい」という段階からお手伝いできます。

環境性能が、賃料・空室・資産価値に効く時代へ

もう一つ、収益物件オーナーさまに強調したいのが、環境性能が「規制対応」だけの話ではなくなってきている、という点です。

省エネ性能や環境負荷の低さは、今回創設された認証制度のように「見える化」される方向に進んでいます。見える化されれば、それは入居者やテナント、金融機関、買い手が建物を選ぶときの判断材料になります。光熱費の安い建物、環境性能の高い建物が選ばれやすくなれば、それは賃料や空室率、ひいては資産価値に効いてきます。マンション・ビルのオーナーさま向けのご提案でも、私はこの「守りの修繕から、価値を上げる修繕へ」という発想の転換を、いつもお伝えしています。

ホテル・宿泊施設のオーナーさまへ——「止められない営業」と省エネ改修

ここで一点、ホテルや商業ビルを持つオーナーさまにも触れさせてください。私はマンションだけでなく、ホテルの大規模修繕の現場にも数多く立ってきました。

ホテルや稼働中の商業施設で一番の悩みは、「営業を止められない」ことです。客室や店舗を閉めれば、そのぶん売上が消えます。ところが従来型の全面足場を組むと、外観が覆われ、窓がふさがれ、宿泊体験そのものが損なわれます。ここでも無足場のロープアクセスは強力な選択肢になります。足場で建物全体を覆わずに、必要な面だけを、必要なぶんだけ直していける。営業を続けながら、遮熱塗装や防水、外壁補修を進められるわけです。

ホテルは客室の冷暖房負荷が非常に大きい業態ですから、外皮の断熱・遮熱改修は光熱費に直接効きます。省エネ改修は、環境対応であると同時に、はっきりと収益改善の投資になります。ホテルオーナーさま向けのご提案でも、私は「営業を止めない工法設計」と「光熱費の下がる外皮改修」を、必ずセットでお話ししています。

管理組合・オーナーが今からできる実務ステップ

最後に、では明日から何をすればよいのか。理事会でそのまま議題にできる形で、実務のステップをまとめます。

  1. 自分の建物のエネルギーの弱点を知る。 まずは共用部の電気・ガスの使用状況、最上階や西側住戸の暑さ・寒さのクレーム、屋上防水と外壁の劣化度を洗い出します。ここが省エネ改修の優先順位を決める出発点になります。
  2. 長期修繕計画に「省エネ改修」を組み込む。 次の大規模修繕のタイミングで、防水・塗装と一緒に断熱・遮熱を入れられないかを検討します。別々に工事するより、足場を一度で使い回せるぶん、はるかに経済的です。定期的な点検・調査で現状を正確につかむことが、計画づくりの土台になります。
  3. 補助金・支援制度の併用を確認する。 省エネ改修は、国や自治体の補助・支援の対象になる場合があります。年度や制度で内容が変わり、予算枠に達すると締め切られることもありますので、最新の公募情報を必ず確認してください(この記事では特定の制度の採否は保証できません)。
  4. 総会で「制度が変わった」ことを共有する。 今回の法改正のように、建物のCO2が資産価値と規制の両面で問われ始めたという事実を、理事会・総会で1分でも共有しておく。これだけで、次の修繕の合意形成がずっとスムーズになります。
  5. 工法から相談できる専門家に、早めに声をかける。 見積書が出てから工法を悩むのではなく、計画の段階で「足場か、ロープか、その組み合わせか」を一緒に考えられる会社に相談する。ここで総額が大きく変わります。

私はいつも理事長さまに、「省エネ改修は、環境のためだけにやるものではありません」とお伝えしています。光熱費が下がり、建物が長持ちし、資産価値が守られる。住まう人の快適さも上がる。環境への貢献は、その結果としてついてくるものです。順番を間違えなければ、これは損な話ではありません。

よくあるご質問(改正建築物省エネ法と大規模修繕)

理事会やオーナーさまとの打ち合わせで実際によく出るご質問を、Q&A形式で整理しておきます。

Q. うちは築20年のマンションです。今回の法改正で、何か新しい義務がかかりますか。
A. 現時点で削減計画の作成が義務化される「一定規模以上の特定用途建築物」の具体的な線引きは、これから政令で定まります。報道では当面5,000平方メートル以上の事務所から始まる方針とされ、一般的な既存マンションにただちに義務がかかるわけではありません。ただし、対象を段階的に広げる方針が示されており、また大規模な改築・増築には計画義務が及びます。「今は対象外」でも、次の大規模修繕を省エネの視点で設計しておく価値は十分にあります。

Q. 省エネ改修をすると、修繕費はどのくらい上がりますか。
A. 断熱・遮熱の材料を加える分、材料費は上がります。ただし工法の選び方次第で、その上乗せ分を足場費の削減で吸収できる場面が少なくありません。上がり幅は建物の高さ・形状・工事範囲で大きく変わるため、一律の数字は申し上げられません。まずは現地を見て、工法とセットでお見積りするのが正確です。

Q. 足場を使わないロープアクセスで、本当に外壁全体を直せるのですか。
A. 部分補修や高層物件の外壁塗装・シール打ち替え・防水などは、無足場でも十分に対応できます。一方で作業量が非常に多い全面改修では足場が効率的な場合もあります。だからこそ、足場・ロープ・ハイブリッドの三つから、建物ごとに最適な組み合わせを選ぶことが大切です。

Q. 補助金は使えますか。
A. 省エネ改修は国や自治体の補助・支援の対象になる場合があります。ただし制度は年度ごとに変わり、予算枠に達すると締め切られます。採否を保証することはできませんので、必ず最新の公募情報をご確認のうえ、計画に織り込んでいくことをおすすめします。

Q. 何から始めればいいですか。
A. まずは建物の現状把握です。外壁・屋上の劣化度、最上階や西側住戸の暑さ、共用部の光熱費。この三つを押さえるだけで、次の修繕で優先すべき省エネ改修が見えてきます。調査だけのご相談でも構いません。

まとめ:制度は「直して価値を上げる」時代の追い風になる

2026年の改正建築物省エネ法は、「建物のCO2を、建てるときから使うときまで通算して評価する」という新しいものさしを日本にもたらしました。当面の義務の対象は大規模な建物からですが、方向はもう一つに定まっています。建物の環境性能が、規制でも、資産価値でも問われる時代です。

そしてこの流れは、既存の建物を大切に直して使い続ける——私たちが20年やってきた「直す」という仕事にとって、間違いなく追い風です。大規模修繕という12年に一度の機会に、防水・塗装と一緒に省エネの手を入れる。足場の要る・要らないから工法を最適化して、浮いた予算を性能向上に回す。これができる会社は、まだ日本に多くありません。

これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。制度の話は難しく聞こえますが、やることはシンプルで、「次の修繕を、少しだけ賢く設計する」だけです。総会前の整理だけでも、長期修繕計画の見直しだけでも構いません。ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。

出典・参考資料

※本記事は2026年7月31日時点の情報にもとづいています。制度の詳細や対象範囲、施行時期は今後の政令等で定まります。補助金・支援制度の採否や適用可否を保証するものではありません。実際のご検討にあたっては、最新の公的情報をご確認ください。

▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア

オフィスビルの「選ばれる・選ばれない」は共用部と外装で決まる時代へ——福岡の新築ランドマークが坪3万6000円で内定8割、東京の空室率は1.99%。テナントビルオーナーが大規模修繕を『費用』から『投資』に変える実務【2026年7月】

2026年7月21日、福岡・JR博多駅前に新しいランドマークが全面開業しました。西日本シティ銀行の新本店ビル「西日本シティビル」です。地上14階・地下4階、延べ床面積は約7万5700平方メートル。オフィスフロアの賃料は1坪あたり月額3万6000円と、福岡市内で最高水準に設定されました。それでも入居内定率は8割に達したと報じられています(西日本新聞、2026年7月21日)。昨秋の時点では内定6割と報じられていましたから(日本経済新聞、2025年10月30日)、開業に向けて着実に埋まった格好です。

同じ週、もうひとつのニュースが流れました。オフィス仲介大手の三幸エステートと筑波大学の不動産・空間計量研究室が、賃貸オフィスビルの「アメニティ」——ラウンジ、屋上テラス、フィットネス、託児所といった対面型のサービス施設——が賃料と空室率にどう影響するかを調べた共同調査の結果です。

一見すると、どちらも私たち大規模修繕の会社とは関係のない話に見えるかもしれません。福岡の新築ビルも、オフィスのラウンジも、「うちの築25年のテナントビルには関係ない」と。

ですが私は、この2つのニュースは同じことを指していると受け止めています。オフィスビルの競争は、いま「立地」と「面積」から、「共用部と外装の質」に移っているということです。そしてこの変化は、新築を建てられるデベロッパーだけの話ではありません。むしろ、既存ビルを持つオーナーにとってこそ、投資判断を根本から見直すべきニュースだと考えています。

今日は、収益物件としてテナントビルを保有されているオーナーの方、そして管理組合や管理会社の立場で建物の将来を考えておられる方に向けて、「共用部と外装への修繕投資を、感覚ではなく数字で判断する」ための実務をお話しします。


1. まず事実を整理する——2つのニュースが示していること

福岡:「高い賃料でも埋まる新築」と「これから供給が続く市場」

西日本シティビルの坪3万6000円という賃料は、福岡市内では最高水準です。地下1階と1階の商業ゾーンにはシェイクシャックなど九州初出店を含む店舗が入り、単なるオフィスではなく「街の顔」として設計されています。

一方で、福岡のオフィス市場は今後も供給が続きます。ニッセイ基礎研究所のレポート「『福岡オフィス市場』の現況と見通し(2026年)」によれば、天神ビッグバン・博多コネクティッドを背景に、2026年から2028年の3年間で約4.8万坪の新規供給が見込まれ、総ストックに対する供給割合は主要地方都市のなかで札幌に次ぐ高さになるとされています。同レポートは需要も底堅いことから空室率は概ね横ばいと予測していますが、いずれにせよ「新しくて設備の整ったビル」の選択肢が、テナント側に増え続けることは間違いありません。

つまり福岡で起きているのは、テナントが「移る先」を持つ市場になったということです。

東京:空室は歴史的な低水準。しかし中身は二極化

一方の東京はどうか。三鬼商事の調査によると、2026年6月末時点の東京ビジネス地区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)の平均空室率は前月比0.08ポイント減の1.99%となり、約6年ぶりに1%台へ低下しました。平均賃料は29カ月連続の上昇です(日経不動産マーケット情報)。

数字だけ見れば「オフィスは絶好調」に見えます。ですが、その中身は一様ではありません。三幸エステートのオフィスレント・インデックス(2025年第2四半期)では、Aクラスビルの空室率が2.3%と大幅に低下する一方、Bクラスビルの賃料がコロナ禍前の2019年第4四半期以来で2万2000円/坪台を回復、Cクラスビルは2020年第2四半期以来で1万9000円/坪台を回復、という段階差が示されています。上から順に埋まり、下のクラスは「ようやくコロナ前に戻った」段階にあるわけです。

森ビルの調査でも、東京都心のオフィス需給に二極化の兆しが指摘されています(日本経済新聞)。企業が人材採用と出社率を意識してビルを選ぶようになった結果、「立地と設備水準の高いビル」に需要が集中し、そうでないビルは埋め戻しに時間がかかる構図です。

三幸エステート×筑波大の調査:アメニティは「気分」ではなく「数字」だった

ここに、冒頭のもうひとつのニュースが重なります。

三幸エステートと筑波大学の共同調査では、ラウンジ・屋上テラス・フィットネス・託児所などを「現代的なアメニティ」と定義したうえで、その有無による差を計測しています。公表されている結果によれば、現代的なアメニティを有するビルは、有さないビルに比べて2022年時点で賃料が5.3%高く、空室率の乖離は2.3ポイントまで広がっていました。そして2024年12月末時点で、東京都心5区の標準的なオフィスビル445棟のうち、現代的アメニティを備えるビルは111棟(24.9%)にとどまります。

私がこの数字で重要だと思うのは、5.3%という数字そのものよりも、「共用部への投資が賃料という形で回収される」ことが統計的に確認されたという点です。オーナーにとって共用部は長らく「収益を生まない、掃除代のかかる場所」でした。それが、賃料と空室率という2つの経営指標に効くと示された。これは投資判断の前提が変わったということです。


2. 「うちにラウンジは作れない」——それでも打てる手はある

ここで多くのオーナーの方が思われるはずです。「ラウンジも屋上テラスも、うちの規模では無理だ」と。

もっともです。延べ床数千坪の中規模ビルに、フィットネスや託児所を入れるのは現実的ではありません。私も、そこを目指すべきだとは思いません。

ですが調査が示しているのは「豪華な設備を作れ」ということではなく、テナントが建物を評価する目線が、専有部の広さから建物全体の印象と快適性に移ったという事実です。そして、その目線に最も強く影響するのは、実はもっと地味な部分です。

  • 外壁のチョーキング(触ると白い粉が付く劣化)や、雨だれによる黒い筋汚れ
  • エントランスのタイルの浮き・欠け、目地シーリングの割れ
  • 共用廊下・階段の床材の摩耗、鉄部の錆
  • 屋上防水の劣化に起因する最上階の雨染み
  • 夜間の外構照明の暗さ、看板の褪色

内見に来た企業の総務担当者が最初の30秒で受け取る情報は、ほぼこれで決まります。ラウンジがあるかどうかより前に、「このビルはきちんと手入れされているか」という判断が下されている。私は現場で、この「最初の30秒」が賃料交渉の余地を決めてしまう場面を何度も見てきました。

大規模修繕は、外装と共用部をまとめて更新できる、既存ビルにとって最大かつ最も費用対効果の高いバリューアップの機会です。 15年に一度しか来ないその機会を、「劣化したから直す」という守りの発想だけで使うのは、あまりにもったいない。


3. 修繕を「費用」ではなく「投資」として計算する

とはいえ、精神論では稟議は通りません。ここからは数字の話をします。

判断の型:①賃料の維持・向上額 ②空室期間の短縮 ③工事費、この3つを並べる

収益不動産の価値は、乱暴に言えば「NOI(純収益)÷ 還元利回り」で決まります。ですから修繕投資の評価も、この式に効くかどうかで見るのが筋です。

考え方の型としては、次の3つを同じ紙の上に並べます。

  1. 賃料の維持・向上額(年):修繕によって現行賃料を維持できる、あるいは更新時に減額要求を回避できる金額。新規募集で坪単価を数百円戻せるなら、それも計上します。
  2. 空室期間の短縮効果(年換算):埋め戻しが平均4カ月かかっていたものが3カ月になれば、1区画あたり1カ月分の賃料が毎回浮きます。
  3. 工事費(一時支出)と、その回収年数

たとえば延べ床1500坪・平均賃料が坪1万5000円のビルで、修繕によって賃料を坪300円分維持できたとすれば、年間で約540万円(1500坪×300円×12カ月)の差になります。これが10年続けば5400万円です。工事費が同じ規模なら、投資として成立する可能性が出てきます。

ここで大事なのは、「300円」や「1カ月」の前提を、自分のビルの実データで置くことです。過去5年の空室期間、更新時の減額交渉の履歴、退去理由のヒアリング記録。これらは多くのビルで管理会社の手元にあります。感覚ではなく履歴で語ると、金融機関との会話も変わります。

なお、これは一般的な考え方の枠組みであり、実際の効果は立地・築年・テナント構成によって大きく変わります。ここに挙げた数字は計算例であって、成果を保証するものではありません。ご自身の物件で試算される際は、必ず実績値を使ってください。


4. 工事費が上がり続けているという、避けられない前提

投資として考えるなら、コスト側の現実も直視する必要があります。

建設物価調査会が2026年7月上旬に実施した調査では、塗料・塗料用シンナーなど石油系原料への依存度が高い資材で価格上昇がみられ、シンナー価格が上伸、塩ビ管や防水材も強含みで推移していると報告されています(新建ハウジング/月刊『建設物価』2026年8月号)。大規模修繕で使う主要材料が、まさに値上がりの中心にあるということです。

ビルオーナー向けの民間調査(スマート修繕)では、直近1年間で支出が増加したと答えたオーナーが61%、うち修繕費の増加を実感したオーナーが66%に上るという結果も公表されています。事業者による調査であり数字の扱いには幅を見るべきですが、現場の実感とは大きくずれていません。

つまり、「もう少し様子を見よう」と先送りしても、工事費が下がって待った甲斐があるという状況ではないというのが、私の見立てです。むしろ、劣化が進んで下地補修の数量が増えれば、値上がりした単価がより大きな数量に掛かることになります。先送りのコストは、二重に効いてきます。

だからこそ、削るべきは「工事の質」ではなく「工事の無駄」です。そして、テナントビルの大規模修繕で最も大きな無駄が生まれやすいのが、仮設——つまり足場です。


5. 足場・ロープアクセス・ハイブリッド——テナントビルでの工法比較

私たちが日本でも数少ない会社だと自負しているのは、通常の足場仮設による工事、無足場工法であるロープアクセス、そして両者を組み合わせたハイブリッド工法の3つから、その建物にとって最適な工法を選んで提案できる点です。1つの工法しか持たない会社は、どうしても自社の得意な工法に建物を合わせようとします。3つ持っていれば、建物に工法を合わせられます。

テナントビルの大規模修繕という文脈で、それぞれの特徴を整理します。

項目 通常足場工法 ロープアクセス工法(無足場) ハイブリッド工法
仮設費 全面に架設するため大きい 原則不要(支点設置のみ) 必要な面のみ足場、他はロープ
工期 架設・解体の期間が加わる 架設・解体が不要で短縮しやすい 中間
適する部位 全面改修、下地補修が広範囲 外壁塗装、シーリング、タイル打診・部分補修、窓まわり 低層部は足場、高層部はロープ等
テナントへの影響 窓が塞がれる期間が長い/1階店舗の視認性低下 窓を塞ぐ期間が短く、店舗前の通路も確保しやすい 影響の大きい面だけ足場期間を短縮
防犯 足場が侵入経路になりうる(対策要) 足場を組まないため経路が生じにくい 足場部分のみ対策
留意点 敷地条件・道路占用の制約 大量の下地補修や全面改修には不向きな場合がある 工法の切替部分の納まり設計が要る

テナントビルがマンションと決定的に違うのは、建物が「営業している」ことです。1階に店舗が入っていれば、足場とメッシュシートで看板が隠れる2カ月は、そのまま売上の毀損になります。オフィスフロアなら、窓が塞がれた執務環境が続くことへの不満は、更新時の交渉材料になりかねません。来客の動線に足場が立てば、企業の「見え方」にも関わります。

ロープアクセス工法は、この点で明確な強みがあります。足場を架設しないため、窓が塞がれるのは職人が作業しているその瞬間だけです。1階店舗のファサードや看板を隠す期間も最小限で済みます。さらに、足場という侵入経路を作らないため、防犯面の懸念も生じにくい。

一方で、ロープアクセスが万能だとは申し上げません。タイルの浮きが広範囲に及ぶ、コンクリートの爆裂補修が多数ある、といったケースでは、足場を組んで面で作業したほうが結果的に安く早く終わることもあります。そこを正直に切り分けられるかどうかが、工法を3つ持つ意味です。

ハイブリッド工法は、たとえば「1階〜3階の店舗ファサードと下地補修の多い北面は足場、4階以上の塗装・シーリングはロープアクセス」といった使い分けをします。足場面積が減れば仮設費が減り、架設・解体の日数も減るため、テナントの負担期間も短くなります。

工事期間中にテナントを失わないための3つの実務

工法の選択と同じくらい、あるいはそれ以上に効くのが、工事中のテナント対応です。せっかく資産価値を上げるために工事をしたのに、その最中に退去が出てしまっては本末転倒になります。現場で効果が大きいと感じている実務を3つ挙げます。

第一に、着工の3カ月前に「工程の見える化」をテナントへ渡すこと。 「いつからいつまで、あなたのフロアの窓の外で何が起きるのか」を面ごと・階ごとに示した一枚の表があるだけで、問い合わせとクレームは目に見えて減ります。とくに来客の多い企業や、オンライン会議の音を気にする企業は、事前に分かってさえいれば自分たちで予定を調整できます。情報がないことが不満を生むのであって、工事そのものが不満なのではない、というのが私の実感です。

第二に、騒音を伴う工程を「時間帯で区切る」こと。 下地補修の斫り(はつり)や高圧洗浄は、どうしても音が出ます。これを終日行うのではなく、たとえば午前10時から12時、午後は14時から16時、といった形で時間帯を固定し、事前に告知する。テナント側は会議をその外に置けます。工期は多少延びますが、更新拒否による空室リスクと比べれば安いものです。

第三に、1階店舗の売上動線を最優先で守ること。 看板が隠れる、入口前に資材が置かれる、通路が狭くなる——この3つは店舗テナントにとって直接の減収要因です。ロープアクセスやハイブリッド工法で足場面積を減らせるなら、真っ先に減らすべきは1階店舗まわりです。ここは「工法を選べること」が最も分かりやすく効く場所でもあります。


6. 発注方式をどう選ぶか——責任施工方式と設計監理方式

工法と並んで結果を左右するのが、発注方式です。ここは立場によって意見が分かれるところなので、両論を併記します。

設計監理方式は、設計事務所やコンサルタントが調査・仕様書作成・施工会社の選定支援・工事監理を担い、施工は別会社が行う方式です。第三者の目が入るため仕様の妥当性を検証しやすく、複数社の相見積もりを同一条件で比較できるのが利点です。一方で、設計監理料が別途かかること、そしてコンサルタントと特定の施工会社が結びつく利益相反のリスクが以前から指摘されてきました。

責任施工方式は、調査から施工までを施工会社が一貫して担う方式です。窓口が一本化されて意思疎通が速く、設計監理料が不要な分だけ総額を抑えやすい。反面、仕様の妥当性を発注者側でチェックする力が求められます。

私の考えを申し上げるなら、規模と体制で選ぶのが現実的です。数十億円規模の工事で管理組合や資産管理会社に専任の担当者がいるなら設計監理方式の第三者性は有効ですし、中規模ビルでオーナーが実質1人で判断するなら、責任施工方式で信頼できる会社と組み、要所だけ外部の建物診断で検証する形のほうが、費用と手間のバランスが取れることが多い。どちらが優れているという話ではなく、チェック機能をどこに置くかの設計だと考えています。


7. 明誠のサービスについて(利益相反の明示)

ここからは私たち株式会社明誠のサービスの話になりますので、見出しを分けます。以上の内容は一般的な実務論としてお読みいただき、以下は「そういうサービスを提供している会社の主張」として、割り引いてご覧ください。

私たちはマンション・ビル・ホテルの大規模修繕工事を主力とし、通常足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3工法から建物にとって最適な方法をご提案しています。またロープアクセス工事としては日本で初めてとなるフランチャイズ展開を行っており、塗装・防水・タイル・電気・看板といった各分野の専門職が加盟しています。専門工事会社が直接施工に入る体制のため、中間マージンを圧縮しながら品質を確保することを目指しています。

テナントビルのご相談では、まず「足場を組んだ場合」と「ロープアクセスを併用した場合」の見積もりを並べてお出しすることが多いです。仮設費と工期がどれだけ変わるのか、そのぶんテナントの負担期間がどれだけ短くなるのかを、金額と日数で比較していただくためです。そのうえで足場のほうが妥当だと判断すれば、そう申し上げます。

加えて、私たちは一般社団法人全国建設業支援協会(JCSA)を運営し、全国の建設業に向けた経営支援情報の発信、オンラインセミナー、交流会、ビジネスマッチングを行っています。建設会社側の事情——資材価格、職人の確保、下請構造——を日常的に見ているからこそ、見積もりのどこに無理があるかも見えると考えています。


8. テナントビルオーナーのための実務チェックリスト7項目

最後に、明日から着手できる形にまとめます。

  1. 直近5年の「退去理由」を全件洗い出す。設備・老朽化・環境が理由に挙がっていれば、それは修繕で対処できる退去です。金額に直せます。
  2. 平均空室期間を区画別に出す。修繕投資の効果を測る基準線になります。これがないと、工事後の評価もできません。
  3. 外装の劣化を写真で記録する。北面・東面など、日当たりの悪い面から劣化は進みます。同じ位置・同じ画角で年1回撮るだけで、劣化速度がわかります。
  4. 屋上防水の保証期間と施工年を確認する。最上階の雨染みは、テナント側の損害賠償に発展しうる唯一の劣化です。優先度は常に高い。
  5. 見積もりは必ず「仮設費」を分離して比較する。総額だけ見ていると、工法の差が見えません。仮設費が総額の2〜3割を占めることは珍しくありません。
  6. 工事期間中のテナント対応計画を、契約前に文書で確認する。作業時間帯、騒音の出る工程の予告方法、店舗前の通路確保、看板の扱い。ここを曖昧にした工事は、必ずクレームになります。
  7. 修繕後の「訴求ポイント」を募集資料に反映する。せっかく外装とエントランスを更新しても、募集図面が古い写真のままでは投資が回収されません。工事完了は、募集条件を見直すタイミングでもあります。

まとめ——共用部は「コストセンター」から「収益の源泉」へ

福岡の新築ランドマークが市内最高水準の賃料で8割の内定を集めた事実と、共用部のアメニティが賃料に5.3%の差をつけていたという調査結果。この2つは、同じ方向を指しています。

テナントは、面積と立地だけでビルを選ばなくなった。 建物全体の印象、共用部の快適性、そして「きちんと手入れされているか」が、賃料と空室率という数字になって返ってくる時代になりました。

新築を建てられるのは限られた事業者だけです。しかし、既存ビルのオーナーには「大規模修繕」という、15年に一度の建て直しの機会があります。外装も、エントランスも、共用廊下も、照明も、まとめて更新できる。この機会を守りの支出として消化するか、収益を取り戻す投資として設計するかで、10年後の建物の立ち位置は大きく変わると私は考えています。

工事費は上がり続けています。だからこそ、削るべきは質ではなく無駄です。仮設費と工期の見直しは、その最も大きな余地が残っている場所です。

もし、お持ちのビルの外壁が気になっていて、それでも「テナントに迷惑がかかるから」と先送りにされているのなら——その前提そのものを、工法から見直せる可能性があります。足場を組まずにできる範囲がどこまでか、まずはそこから一緒に確認させてください。


参考・出典

  • 西日本新聞「JR博多駅前の好立地、預金獲得の前線基地に 西日本シティ銀行の本店ビル開業」(2026年7月21日)
  • 日本経済新聞「西日本シティ銀行、新本店ビルの名称決定 オフィスは6割が内定」(2025年10月30日)/「西日本シティ銀行、新本店ビル竣工」
  • 株式会社西日本シティ銀行「『西日本シティビル』開業日のお知らせについて」(2026年4月27日、公式リリース)
  • 三幸エステート株式会社・筑波大学不動産・空間計量研究室 共同調査「アメニティで見るオフィス市場の動向」「数字で見るオフィスのアメニティ」(PR TIMES/大学ジャーナルオンライン/日本経済新聞)
  • 三幸エステート「オフィスレント・インデックス(2025年第2四半期)」
  • 三鬼商事「オフィスマーケット」/日経不動産マーケット情報「東京オフィス空室率は6年ぶりに1%台に、賃料は29カ月連続上昇」
  • 森ビル調査「東京都心のオフィス需給に二極化の兆し」(日本経済新聞)
  • ニッセイ基礎研究所「『福岡オフィス市場』の現況と見通し(2026年)」
  • 新建ハウジング「シンナー価格上伸 塩ビ管・防水材など強含み――建設物価調査会」(月刊『建設物価』2026年8月号)
  • スマート修繕「2026年におけるオフィスビル修繕費坪単価の網羅的分析と資産価値最大化戦略」

※本記事に記載した数値・試算は、公表資料および一般的な考え方に基づく例示であり、個別物件での効果を保証するものではありません。実際のご判断は、建物診断と実績データに基づいて行ってください。

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新築マンションが平均1億3784万円の時代——23区の“8割が1億円超”でも、あなたの資産価値を決めるのは新築価格ではなく『大規模修繕の質』。収益物件オーナーと管理組合が中古価格の曲がり角で資産を守る実務【2026年7月】

新築マンションが平均1億3784万円の時代——23区の“8割が1億円超”でも、あなたの資産価値を決めるのは新築価格ではなく『大規模修繕の質』。収益物件オーナーと管理組合が中古価格の曲がり角で資産を守る実務【2026年7月】

「東京23区の新築マンション、ついに平均1億3784万円」。

このニュースを見て、「もう自分には関係ない世界の話だ」と思われた方こそ、今日は最後まで読んでいただきたいのです。なぜなら、この“新築が買えない時代”の本当の主役は、これから買う人ではなく、すでにマンションを持っている・住んでいるあなただからです。

私は塗装・防水から始めて、足場を組む大規模修繕も、産業用ロープを使った無足場のロープアクセス工法も、20年近く現場でやってきました。その立場から正直に申し上げます。新築がここまで上がると、世の中の合理的な選択は「新しく建てる・買う」から「今ある建物を長く、良く使う」へ確実に傾きます。そして、そのとき資産価値を分けるのは、立地でも新築時の価格でもなく、大規模修繕をどう積み重ねてきたかです。

今日はこの“新築1億円時代”の数字を正確に押さえたうえで、収益物件オーナーと管理組合が、中古価格の曲がり角で資産を守るために何をすべきかを、できるだけ具体的にお話しします。ここからが本題です。


「新築1億3784万円」の中身を、まず正確に押さえる

感情論に入る前に、数字を正確に確認します。曖昧なイメージで動くと、判断を間違えるからです。

2025年度、23区平均は初の1億3784万円

不動産経済研究所が2026年4月20日に発表した調査によると、2025年度(2025年4月〜2026年3月)に東京23区で発売された新築分譲マンションの平均価格は1億3784万円で、前年度から18.5%上昇し、年度としては初めて1億3000万円を超えました(出典:朝日新聞(Yahoo!ニュース)、株式会社不動産経済研究所)。

暦年(1〜12月)ベースでも、2025年の23区平均は1億3613万円で前年比21.8%上昇と報じられています(出典:nippon.com)。年度で見ても暦年で見ても、平均が「1億円台の後半に迫る」という水準に到達したわけです。

数字の桁が大きすぎて、かえって実感が湧かないかもしれません。戸あたり1億3784万円というのは、頭金2割・35年ローンでも月々の返済がおよそ30万円台に乗る世界です。共働きで世帯年収が相当高くなければ、そもそも土俵に上がれません。

「1億円超」は一部の高級区の話ではなくなった

さらに見逃せないのが、1億円超が“特別なエリア”の話ではなくなったという点です。報道によると、東京23区のうち19区、つまり全体の約8割で新築マンションの平均価格が1億円を超え、これまで比較的手が届きやすいとされてきた墨田区・荒川区・板橋区・足立区でも、初めて平均1億円を突破しました(出典:まいどなニュース(Yahoo!ニュース)、マイナビニュース)。

私はこの「19区」という数字に、時代の変わり目を強く感じました。都心の一等地だけが高いのではなく、生活圏として現実的な下町エリアまで、新築というだけで1億円がスタートラインになった。「新築を選ぶ」という選択肢が、多くの人にとって物理的に消えたということです。

なぜここまで上がったのか——現場から見た正体

理由は投機マネーだけではありません。私が毎日現場で肌に感じているのは、建てる・直すためのコストそのものが上がり続けているという事実です。

資材、とりわけ塗料や防水材、鉄・アルミといった建材は、原油とナフサの調達不安を背景に、この2〜3年で目に見えて値上がりしました。同時に、職人の高齢化と人手不足で人件費も上昇しています。2024年4月からは建設業にも時間外労働の上限規制(いわゆる働き方改革関連法の適用、俗に「2024年問題」と呼ばれます)が本格適用され、工期にも余裕を持たせざるを得なくなりました。

新築の価格は、この「上がり続けるコスト」を最も素直に反映します。だからこそ、私はお客さまにいつもこうお伝えしています。「新築が高いのは、裏を返せば、今ある建物を直して使うことの経済合理性が上がっているという合図です」と。


新築が買えないと、既存マンションの価値はどう動くのか

新築が高騰すると、行き場を失った需要は中古市場に向かいます。実際、首都圏の中古マンション価格はこの数年、記録的な上昇を続けてきました。ところが2026年、その流れに変化の兆しが出ています。

中古も上がってきた——だが2026年5月に曲がり角

東日本不動産流通機構(東日本レインズ)のデータによると、2026年3月の首都圏中古マンションの成約価格は平均5521万円で前年同月比11.6%上昇、成約㎡単価も約6年(71か月)にわたって連続で上昇してきました(出典:公益財団法人 東日本不動産流通機構)。新築が買えない層が中古に流れ、中古も釣られて上がる——きれいな連動です。

ところが、です。2026年5月には首都圏中古マンションの成約価格が5067万円まで下がり、19か月ぶりに前年同月を下回りました。成約単価に至っては、約6年(73か月)ぶりに下落へ転じたと報じられています(出典:東日本レインズ関連報道)。金利がじわりと上がり、価格が上がりすぎて実需の手が届かなくなった——そういう「曲がり角」のサインが出始めているのです。

私はここに、オーナーと管理組合にとって非常に大事な意味が隠れていると考えています。市場全体が右肩上がりのときは、正直、多少手入れが悪い物件でも値上がりの波に乗れます。ところが波が止まると、途端に「選ばれる物件」と「選ばれない物件」の差がむき出しになるのです。

立地では説明できない“同じ駅なのに数百万円違う”という現実

私は現場で、同じ駅・同じ築年数なのに、査定額が数百万円違うマンションを何度も見てきました。片方は外壁がひび割れ、シーリング(外壁の目地を埋めるゴム状の防水材)が痩せて黒ずみ、共用廊下の鉄部が錆びている。もう片方は、外壁がきれいに塗り直され、防水も更新され、掲示板には長期修繕計画がきちんと貼り出してある。

買い手が同じ予算を持って両方を見たら、どちらを選ぶかは明白です。立地が同じなら、最後に差をつけるのは建物そのものの手入れ、すなわち大規模修繕の履歴なのです。市場が曲がり角に来たいま、この差はますます値段に直結していきます。


20年後、築40年超マンションは3.3倍になる——国が鳴らす警鐘

「うちはまだ新しいから関係ない」と思われた方にも、避けて通れない未来があります。国土交通省が示しているマンションの高経年化データです。

数字が語る“これから”

国土交通省の資料によると、全国の分譲マンションストックは2024年末時点で約713.1万戸。このうち築40年以上のマンションは約148万戸ですが、10年後の2034年末には約2.0倍の293.2万戸、20年後の2044年末には約3.3倍の482.9万戸に増えると見込まれています(出典:国土交通省「マンションを巡る現状と課題」)。

つまり、これから20年で「高経年マンション」は爆発的に増えます。国土交通省はこの現状を踏まえ、令和7年(2025年)にマンションの管理・再生の円滑化を目的とした法改正(マンションの管理の適正化の推進に関する法律などの改正)を行いました。国全体として、「新築をどんどん建てる」から「膨大な既存ストックをいかに適切に維持・再生するか」へ、政策の軸足が明確に移っているのです。

高経年化は“脅し”ではなく“準備の合図”

私はこの数字を、危機を煽るために引用しているのではありません。むしろ逆です。築40年超が3倍以上に増えるということは、適切に修繕されたマンションが相対的に希少になり、価値が際立つということでもあります。

正直に申し上げます。手入れを怠って「その他大勢の老朽マンション」の中に埋もれるのか、計画的な修繕で「築古でも安心して住める・貸せる・売れるマンション」として抜け出すのか。その分かれ道は、これからの10年でつけた差で決まります。


資産価値を分けるのは「大規模修繕の質」と「修繕履歴」

ここまでの話をひと言でまとめます。新築価格でも、立地でも、築年数でもなく、資産価値の最後の決め手は「大規模修繕をどう積み重ねてきたか」です。ここからは、その中身を掘り下げます。

買い手と査定士は、実はここを見ている

中古マンションを買うとき、慎重な買い手や不動産会社の査定担当は、部屋の内装よりむしろ次の点を確認します。

  • 直近の大規模修繕がいつ行われ、何をしたか(外壁・防水・鉄部・給排水など)
  • 長期修繕計画が現実的に更新されているか
  • 修繕積立金の残高が計画に対して不足していないか
  • 一時金の徴収や借入れの予定がないか

内装は買ってからいくらでも直せます。しかし、外壁や防水、給排水管といった共用部の修繕は個人ではどうにもできず、管理組合の積立と合意形成に依存するからこそ、買い手はそこを厳しく見るのです。修繕履歴がしっかりしている物件は、それだけで「買っても安心」という値札がつきます。

現場で見た“安物買いの銭失い”

もう一つ、正直な話をします。私が現場で20年やってきて一番悔しい思いをするのは、「安さだけで選んだ前回の修繕」が、数年で剥がれてやり直しになっている現場に立ち会うときです。

以前、ある管理組合で外壁補修のお手伝いをしたとき、前回の工事からまだ5〜6年しか経っていないのに、塗膜が広範囲で膨れ、シーリングが切れて雨水が回り始めていました。理事長さまに伺うと、前回は「とにかく一番安い見積り」で決めたとのこと。ふたを開けてみれば、下地処理が省かれ、塗料も本来より薄く塗られていた。結局、本来12年もつはずの工事が、半分の年数でやり直しになったのです。

戸数80戸のマンションで、この“やり直し”が一戸あたりに換算するといくらの損失になるか。私が試算をお見せすると、理事長さまは言葉を失っていました。安物買いの銭失いは、大規模修繕の世界では文字通り「積立金の溶解」です。私はこれを、必ず数字で説明するようにしています。


【自社サービスのご案内】修繕コストを最適化する3つの工法

ここからは利益相反を明示するため、見出しで区切ってお話しします。ここは弊社のサービス紹介です。ただ、工法の選択肢を知っておくことは、他社に依頼される場合でも必ず役に立ちますので、フラットにお読みください。

大規模修繕のコストは「どう直すか」だけでなく「どうやって足場を確保するか」で大きく変わります。弊社は次の3つの工法を、建物ごとに最適な形でご提案できる、日本でも数少ない会社です。

3工法の比較

工法 概要 向いている建物・場面 コスト面の特徴
通常足場工法 建物全体に仮設足場を組む従来型 中低層、形状が複雑、全面的に手を入れる場合 足場架設・解体の費用と工期が必要
ロープアクセス工法(無足場) 産業用ロープで作業員が高所を施工 高層、足場が組みにくい、部分補修、コスト最重視 足場費を大きく圧縮でき、工期も短縮しやすい
ハイブリッド工法 部位ごとに足場とロープアクセスを使い分け 大規模・複雑物件で総合コストを最適化したい場合 必要な箇所だけ足場を使い、総額を抑えやすい

一般に、大規模修繕の工事費のうち足場の仮設費は決して小さくない割合を占めます。ここをロープアクセス工法やハイブリッドで最適化できると、同じ品質でも総額を抑えられる可能性があります。もちろん、すべての建物にロープアクセスが向くわけではありません。「ただし、全面的に下地から手を入れる必要がある場合や、作業の安全性・品質を優先すべき場合は、しっかり足場を組んだ方が良い」——この見極めこそ、3つの工法を持つ会社の腕の見せどころだと私は考えています。

戸あたりに換算して考える

工事費の話は、総額で聞くと大きすぎて実感が湧きません。私はいつも理事長さまに、「戸あたり・月あたりに割り戻して考えましょう」とお伝えしています。

たとえば総額が数千万円規模の工事でも、戸数と積立期間で割れば、一戸あたり月数千円〜の負担に落ちてくることが多いのです。逆に、工法選択でその総額を圧縮できれば、その分だけ積立金の値上げ幅を抑えられる、あるいは他の必要な工事に回せる。この「財布感覚」での説明を、私は必ずワンセットで行うようにしています。弊社の大規模修繕工事のご紹介でも、この考え方を大切にしています。


収益物件オーナー向け——“出口”を見据えた修繕戦略

ここからは、区分マンションやマンション一棟を賃貸に出している収益物件オーナーの方に向けた話です。オーナーにとって修繕は「コスト」ですが、見方を変えれば「出口(売却)と家賃を守るための投資」です。

修繕履歴は、そのまま売却時の“交渉材料”になる

先ほど述べたとおり、中古価格が曲がり角に来た局面では、買い手はますますシビアになります。売却時に「直近で大規模修繕を済ませ、外壁も防水も更新済み、修繕積立金も潤沢」と示せる物件は、価格交渉で強く出られます。逆に、修繕の先送りが積み上がった物件は、指値(値引き交渉)の格好の材料にされます。

私はオーナーの方には、こうお伝えしています。「修繕は費用ではなく、売るときに値切られないための保険だと考えてください」と。特に一棟オーナーの場合、共用部の管理は自分の裁量で決められる分、工法選択でコストを最適化できる余地も大きいのです。

空室対策としての“外観”

もう一つ、家賃と入居率の話です。築古物件でも、外壁がきれいで清潔感があれば、内見の第一印象がまるで変わります。外壁の汚れやひび、鉄部の錆びは、入居希望者に「管理が行き届いていない」という無言のメッセージを送ってしまいます。

大がかりな全面改修まではいかなくても、ロープアクセス工法なら足場を組まずに気になる部分だけを機動的に補修できます。空室が続いて家賃を下げるくらいなら、まず外観を整えて選ばれる物件にする——これは、私が収益物件のオーナーさまに繰り返しお伝えしている考え方です。


管理組合向け——積立金を守りながら資産価値を上げる進め方

分譲マンションの管理組合の理事長さま・修繕委員の方に向けて、実務の進め方を整理します。

まず「現状把握」から

いきなり工事会社を呼ぶ前に、次の順番で足元を固めることをおすすめします。

  1. 長期修繕計画を最新の物価・工事費で見直す(数年前の計画は、いまの資材高で確実にズレています)
  2. 修繕積立金の残高と、今後の必要額のギャップを把握する
  3. 直近の建物診断(劣化調査)を行い、本当に急ぐ工事と、待てる工事を仕分けする
  4. そのうえで、複数社から相見積りを取り、工法の選択肢も含めて比較する

この4ステップを踏むだけで、「業者に言われるまま」の修繕から、「組合が主導する」修繕へと立場が変わります。

総会で必ず聞かれる質問への備え

私が現場でお手伝いすると、総会でほぼ必ず出るのが次の質問です。

  • 「なぜこの金額なのか」→ 足場費・材料費・人件費の内訳で説明する
  • 「もっと安くならないのか」→ 工法選択(ロープアクセス/ハイブリッド)での圧縮余地を示す
  • 「本当に今やる必要があるのか」→ 建物診断の結果で、先送りのリスクを具体的に示す
  • 「積立金は足りるのか」→ 戸あたり・月あたりに割り戻して負担感を共有する

これらに事前に答えを用意しておけば、総会は驚くほどスムーズに進みます。反対のほとんどは、「説明が足りないことへの不安」から生まれる——これが、私が20年見てきた現場の実感です。

デメリット・不向きなケースも正直に

最後に、両論併記のために正直に申し上げます。ロープアクセス工法は万能ではありません。全面的に下地補修が必要な大規模改修や、バルコニー内部など作業導線が確保しづらい部位では、足場を組んだ方が品質・安全・工期の面で有利なことがあります。大切なのは「ロープアクセスありき」でも「足場ありき」でもなく、建物ごとに最適解を選ぶこと。だからこそ、3つの工法を比較検討できる状態を作っておくことが、組合にとっての最大の防衛策になります。


大規模修繕の“質”を見抜く5つのチェックポイント

「修繕の質が資産価値を分ける」と申し上げましたが、では素人の理事長さまやオーナーが、その質をどう見抜けばよいのか。私が現場で「ここを見てください」とお伝えしている5つのポイントを、正直にお話しします。専門家でなくても確認できるものばかりです。

1. 下地処理に時間と手間をかけているか

塗装や防水は、仕上げの塗料そのものより、その前の「下地処理」で寿命が決まります。ひび割れの補修、旧塗膜やサビの除去、高圧洗浄——ここを省くと、どんな高級な塗料を塗っても数年で剥がれます。見積書に下地処理の項目が細かく書かれているか、工程表にその日数が確保されているか。ここが最初の関門です。

2. シーリングを「打ち増し」ではなく「打ち替え」しているか

外壁の目地を埋めるシーリング(防水材)には、古いものの上から足す「打ち増し」と、いったん撤去して新しく入れる「打ち替え」があります。打ち増しは安く速いですが、寿命は短い。長く持たせるなら打ち替えが基本です。どちらを採用しているかを必ず確認してください。

3. 建物診断(劣化調査)の結果に基づいているか

「築12年だから」という年数だけで工事範囲を決めていないか。きちんと建物診断を行い、劣化の実態に合わせて範囲を決めているか。診断なしの“どんぶり勘定”は、過剰工事か手抜きのどちらかに傾きます。

4. 足場・工法の選択に説明があるか

なぜ全面足場なのか、なぜロープアクセスなのか。その選択に「建物の形状・高さ・劣化状況から見てこうです」という根拠が示されているか。私は必ず、複数の工法を比較したうえで「この建物にはこれが最適です」とご説明するようにしています。

5. 保証とアフター点検の中身

工事後の保証年数と、その保証が何を対象にしているか。定期点検の予定があるか。「工事して終わり」ではなく、その後も見てくれる会社かどうかは、長期の資産価値にそのまま効いてきます。

この5点をチェックできるだけで、「安いだけの危ない工事」を避け、積立金を本当に価値ある修繕に向けられます。私はこれを、必ず理事長さまにお渡しするようにしています。


よくある質問(FAQ)

Q. 新築が高いのは投資マネーのせいで、自分の中古物件には関係ないのでは?
A. 直接は無関係に見えても、新築が買えない需要は中古に流れ、中古価格を押し上げてきました。ただ2026年5月には中古が下落に転じており、今後は「手入れの良し悪し」で価格差が開きやすくなります。修繕の巧拙が、より直接的に資産価値へ効いてくる局面です。

Q. 大規模修繕は何年ごとにやるべきですか?
A. 一般には12年前後が一つの目安とされますが、建物の立地・仕様・劣化状況で最適な周期は変わります。まず建物診断を行い、部位ごとに「急ぐもの・待てるもの」を仕分けることをおすすめします。「必ず12年」と機械的に決めつけないことが大切です。

Q. ロープアクセスにすれば必ず安くなりますか?
A. 足場費を圧縮できる可能性は高いですが、すべての建物・工事で安くなると断定はできません。全面改修が必要な場合は足場が適することもあります。工法は建物ごとの比較で選ぶべきものです。

Q. 積立金が不足している場合はどうすれば?
A. まず現実的な長期修繕計画に更新し、必要工事の優先順位を明確にしたうえで、工法選択でコストを抑える余地を検討します。値上げや一時金、借入れの前に、できる工夫がないかを一緒に整理させていただきます。


まとめ——価値を守る主導権は、あなたの手にある

新築が平均1億3784万円、23区の8割が1億円超。この数字は、裏を返せば「今あるマンションを長く良く使うことの価値が上がっている」という合図です。しかし中古市場は2026年5月に曲がり角を迎え、これからは手入れの良し悪しがそのまま価格差になる時代に入ります。

そのとき資産価値を分けるのは、新築価格でも立地でもなく、大規模修繕をどう積み重ねてきたか。そして、その修繕をコスト最適化できるかどうかは、足場・ロープアクセス・ハイブリッドという工法の選択肢をどれだけ持てるかにかかっています。

これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。修繕の時期でお悩みのとき、あるいは総会前の整理だけでも、お問合せフォームから遠慮なくお声がけください。ご相談だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。


出典・参考資料

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大規模修繕で「談合」に払わされていた時代——公取委が計38社に排除措置命令方針。管理組合と収益物件オーナーが“設計監理方式の穴”から修繕積立金を守る実務【2026年7月】

「うちの管理組合は、まさか談合になんて巻き込まれていないだろう」。

そう思っていた理事長さまほど、今回のニュースは他人事ではありません。2026年6月、公正取引委員会が、首都圏の分譲マンション大規模修繕をめぐる談合で、施工会社と設計コンサルタント合わせて計38社に排除措置命令を出す方針を固めた、と各紙が報じました。対象となった工事は100件以上、施工会社への課徴金は総額でおよそ16億円にのぼる見通しです(出典:日本経済新聞「マンション修繕談合、公取委が30社超に排除命令へ」)。

私は大規模修繕の現場に20年近く立ってきましたが、この事件で一番申し上げたいのは、談合の当事者が悪いという単純な話では終わらせてはいけない、ということです。なぜなら、この談合が成立してしまった背景には、多くの管理組合が「良かれと思って選んでいる発注のかたち」が、そのまま抜け穴になっていたという構造があるからです。

今日は、この事件で実際に何が起きたのか、そして築15〜25年のマンション管理組合の理事長さまや、区分を複数お持ちの収益物件オーナーさまが、次の修繕で同じ轍を踏まないために、明日からできる実務を整理してお伝えします。

まず事実関係を、出典つきで正確に押さえる

感情論に流れないよう、確定している事実から並べます。

公正取引委員会は2025年3月、首都圏の分譲マンション大規模修繕工事の入札などで談合を繰り返した疑いがあるとして、修繕工事業者およそ20社に独占禁止法(正式名称:私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)違反の疑いで立ち入り検査に入りました。その約1年後の2026年6月、公取委は施工会社36社と設計コンサルタント2社、合わせて計38社に対し、再発防止を求める排除措置命令を出す方針を固めたと報じられています(出典:毎日新聞「マンション修繕談合、38社に排除命令へ 計16億円課徴金方針」)。

ここで用語を一つだけ。「排除措置命令」とは、独占禁止法に違反した企業に対して、公正取引委員会が「その違反行為をやめ、二度と繰り返すな」と命じる行政処分のことです。お金のペナルティである課徴金とは別物で、いわば企業の行動そのものを正させる命令だとお考えください(参考:公正取引委員会)。

報道時点ではまだ「方針」の段階で、最終的な社数や課徴金額には多少の幅が出る可能性があります。ですので本稿では、特定の企業名を名指しして断罪することはしません。私が大事だと考えるのは、誰が悪かったかを詮索することよりも、なぜ管理組合の側からこの談合が見抜けなかったのか、という一点だからです。

なぜ談合が成立したのか——「設計監理方式」という善意の落とし穴

今回の事件で報道が繰り返し指摘しているのが、「設計監理方式」の悪用という構造です。ここが本題です。

大規模修繕の発注方式には、大きく分けて二つあります。一つは「責任施工方式」。これは、調査・設計から施工までを一つの施工会社にまとめて任せるやり方です。もう一つが「設計監理方式(設計監理者を施工会社と分ける方式)」で、まず設計コンサルタントに劣化調査・仕様設計・工事監理を任せ、そのコンサルが作った仕様書で施工会社を入札にかける、という二段構えのやり方です。

設計監理方式は、本来とても理にかなった方式です。工事をする会社と、その工事を監理・チェックする会社を分けることで、施工会社の手抜きやお手盛りを第三者の目で防げる。だから国のマニュアルでも、透明性の高い方式として広く推奨されてきました。私自身、物件によっては設計監理方式が最適だと申し上げることもあります。

ところが、この「分離」が逆手に取られました。管理組合にとって専門家であるはずの設計コンサルが、裏で施工会社側と受注調整に関わっていたとされるのが、今回の事件の核心です。つまり、組合を守るべき審判役が、実は選手側と握っていた。こうなると、いくら複数社から見積もりを取っても、あらかじめ「今回はA社が取る番」と決まっているので、他社はわざと高い金額を出す。管理組合は「ちゃんと相見積もりも取ったし、専門家にも見てもらった」と安心しきったまま、割高な工事費を修繕積立金から払わされることになります。

私が現場で20年見てきて、一番悔しい思いをするのは、まさにこういう時です。理事のみなさんは本業を持ちながら、休日を使って真剣に何度も委員会を開いている。その善意と時間が、仕組みの穴一つで食い物にされてしまう。談合の当事者が責められるのは当然として、私はこの「善意が踏みにじられる構造」そのものを、管理組合の側の知恵で塞いでいく必要があると考えています。

談合で、管理組合はいくら余計に払っていたのか

「談合があった」と聞いても、自分の財布がいくら痛むのかがピンとこないと、行動には結びつきません。ここは数字で体感していただきます。

一般に、談合によって工事費が競争価格より1〜2割上振れすると言われます。仮に100戸規模のマンションで、大規模修繕の総額が1億5,000万円だったとしましょう。ここに15%の談合上乗せが乗っていたとすると、余計に払わされた金額はおよそ2,250万円です。

これを1戸あたりに割り戻すと、約22.5万円。修繕積立金を毎月1万2,000円ずつ積み立てているご家庭なら、実に1年半分以上のお金が、競争のふりをした金額に消えていた計算になります。しかも大規模修繕は12年周期で繰り返されますから、一度こういう業者と設計コンサルの組み合わせに当たってしまうと、次も、その次も、同じ構図で払い続けることになりかねません。

収益物件オーナーさまなら、この重みはさらに切実だと思います。区分を5戸お持ちで、それぞれの管理組合で同じことが起きていたら、談合上乗せだけで100万円超が利回りから静かに削られていく。表面利回り5%の物件で、修繕のたびに数十万円が余計に出ていけば、実質利回りは目に見えて痩せていきます。修繕は「コスト」ではなく「資産価値の維持投資」ですが、その投資に不当な中抜きが混じっていたのでは、守れるはずの資産価値も守れません。

自衛策その1——相見積もりで談合を見破る5つのチェック

では、専門家でない理事長さまが、どうやってこの手口を見抜けばよいのか。私がいつも理事会でお伝えしている、相見積もりのチェックポイントを5つに絞ってお渡しします。

第一に、見積書の「端数」を見てください。複数社の見積もりが、そろって同じような端数(たとえば全社が「〇〇万円ちょうど」に近い金額)で並んでいるときは要注意です。本気で積算した見積もりは、材料と数量から積み上がるので、普通は端数がバラつきます。

第二に、「辞退」や「異常に高い金額」が混じっていないか。談合では、本命以外の会社がわざと負けるために、見るからに高い金額を出したり、途中で見積もりを辞退したりします。3社に声をかけて1社だけが現実的で、あとの2社が明らかに高い、という並びが続くなら、競争が働いていない兆候です。

第三に、設計コンサルと施工会社の「距離」を確認する。設計コンサルが特定の施工会社ばかりを推してくる、あるいは過去に同じコンサルと同じ施工会社の組み合わせが繰り返されているなら、独立性を疑う理由になります。

第四に、「工事監理」を誰がやるのかを明確にする。工事監理(工事が仕様書どおりに行われているかをチェックする役割)を、施工会社と資本関係も取引関係もない第三者が担っているか。ここが曖昧なまま進む案件は、後からの検証が効きません。

第五に、内訳の「単価」を近隣事例と突き合わせる。足場の平米単価、塗装の平米単価、シーリングのメートル単価といった主要項目の単価は、地域相場がおおよそ決まっています。総額だけを見るのではなく、単価まで開示させて相場と照らすだけで、上乗せはかなり見えてきます。

この5つは、専門知識がなくても、理事のどなたかが「聞く」だけで実行できます。業者にとって、こういう質問を淡々としてくる管理組合は、一番やりにくい相手です。正直に申し上げますが、談合をしようとする側が最も嫌うのは、金額そのものより「なぜこの金額なのか」を説明させられることなのです。

現場で実際にあった「見えない上乗せ」

抽象論だけでは伝わりにくいので、私が過去に相談を受けた一件を、物件が特定されないよう数字だけ変えてお話しします。

築18年、80戸ほどのマンションでした。理事会は真面目な方ばかりで、設計コンサルに調査と入札の取りまとめを依頼し、3社から相見積もりも取っていました。総額はおよそ1億2,000万円。私のところには「この金額が妥当かだけ見てほしい」というセカンドオピニオンの相談で来られました。

見積書を開いて、まず気になったのが足場の平米単価でした。地域の相場から見て2割ほど高い。次に塗装の数量で、実際の外壁面積から逆算すると、計上されている塗り面積が明らかに多い。そして3社の見積もりが、主要項目でそろって似た単価に並んでいました。競争が働いていれば、単価はもっとバラつくはずです。

私は「談合だと断定はできませんが、少なくとも競争が効いていない兆候はあります」とだけお伝えし、単価の根拠開示と、独立した立場の監理者を別途立てることをご提案しました。結果として、その組合は仕切り直して発注し、最終的な工事費は当初見積もりよりおよそ1,500万円下がりました。1戸あたりにすると約19万円。理事長さまが「あのまま判子を押していたらと思うとぞっとする」とおっしゃっていたのを、今でも覚えています。

この時、私が特別なことをしたわけではありません。単価を相場と突き合わせ、数量を実測から検算し、監理の独立性を確認した。それだけです。談合という言葉が独り歩きすると身構えてしまいますが、防ぐための行動は、実はとても地味で、誰にでもできることばかりなのです。

自衛策その2——発注方式を「知ったうえで」選ぶ

もう一つの防衛線が、発注方式の選び方です。ここは両論併記でお話しします。どの方式にも、向き・不向きがあるからです。

設計監理方式は、第三者チェックが効くという本来の強みは今も有効です。今回の事件は「方式が悪い」のではなく「その第三者が独立していなかった」ことが問題でした。ですから設計監理方式を選ぶなら、設計コンサルの独立性をどう担保するか——たとえば管理組合が自分たちでコンサルを公募し、施工会社の選定過程を透明化する——ここに手間をかけられるかどうかが分かれ目になります。ただし、その手間と監理費用(工事費とは別にかかります)を許容できる規模の物件でないと、コストが見合わないこともあります。

責任施工方式は、調査から施工まで一社が一貫して責任を負うため、窓口が一本化され、工期も読みやすく、監理費用を別建てで払わずに済むという利点があります。私の経験上、中小規模の物件や、工期・生活影響を最優先したいケースでは、この方式が向くことが多いです。ただし、施工会社の中に監理機能が入るため、その会社の技術力と誠実さに品質が大きく左右されます。だからこそ、施工会社の施工実績、有資格者の数、そして「不都合なこともきちんと言うか」を見極めることが欠かせません。

私がここで申し上げたいのは、「どちらが正解」という話ではありません。自分の物件の規模・築年数・積立金の余力・住民の生活事情に照らして、方式のメリットとデメリットを理解したうえで選ぶ。その一手間が、談合のような「知らないうちに払わされる損」への一番の予防になる、ということです。

主な発注方式の違いを、判断の材料として表にまとめておきます。

発注方式 長所 注意点 向くケース
責任施工方式 窓口が一本化、工期が読みやすい、監理費が別建てにならない 施工会社内に監理機能が入るため会社選びが品質を左右 中小規模、工期・生活影響を最優先したい物件
設計監理方式 第三者による監理でお手盛りを防ぎやすい 監理者の独立性が崩れると今回のような穴になる、監理費が別途必要 大規模、透明性を最優先でき手間をかけられる物件
責任施工+第三者チェック併用 一貫責任と独立監理の両取りを狙える チェック役の人選と費用負担の設計が必要 どちらの弱点も埋めたい中〜大規模物件

大切なのは、この表のどれかを「正解」として丸暗記することではありません。自分の物件がどの列に当てはまるかを、理事会で一度言葉にしてみることです。それだけで、業者任せだった発注が「自分たちで選んだ発注」に変わります。

相見積もりは「何社に、どう声をかけるか」で決まる

相見積もりが形骸化する一番の原因は、声のかけ方にあります。設計コンサルや管理会社に「見積もりを集めておいて」と丸投げすると、集める側の裁量で、あらかじめ結論の見えた3社が並ぶことになりかねません。

私がおすすめしているのは、少なくとも1社は、管理組合が自分たちで見つけた会社を入れることです。ネットで調べても、知人の管理組合に紹介してもらってもかまいません。取りまとめ役とは無関係のルートから1社入れるだけで、金額の目線が一気に現実的になります。また、見積もりを依頼する際は、各社に同じ仕様書・同じ数量条件を渡すことが鉄則です。条件がバラバラでは、そもそも金額を比べられませんし、その「比べられなさ」こそが上乗せの隠れ場所になります。

そして、見積もりが出そろったら、必ず各社に同席してもらう場を分けて、単価の根拠を口頭で説明してもらってください。紙の上では立派でも、口頭で数量や単価の理由を問われると、答えに詰まる会社があります。それが、誠実な会社を見分ける一番わかりやすい物差しです。

自衛策その3——工法という、もう一つの防衛線

ここからは、私どもの仕事に直接関わる話になりますので、見出しを分けて正直にお話しします。

大規模修繕のコストは、発注方式だけでなく「工法」でも大きく変わります。特に足場です。一般的な大規模修繕では、建物全体を仮設足場で囲みますが、この足場の架設・撤去費用が、工事全体の2割前後を占めることも珍しくありません。ここが、実は見積もりの中でも金額の根拠が見えにくく、上乗せが紛れ込みやすい部分でもあります。

私どもが手がけているロープアクセス工法(産業用ロープを使い、足場を架けずに施工する無足場工法)は、足場を組まないことで、この足場費を大幅に圧縮できるのが最大の特長です。高層物件や、敷地が狭くて足場を架けにくい物件、あるいは足場設置による防犯・生活への影響を抑えたい物件で、特に効果を発揮します。工期も、足場の架設・撤去がない分だけ短くなります。

一方で、ロープアクセスにも不向きなケースはあります。施工面積が非常に広く、同時に大量の職人を張り付けたい場合や、部位によっては足場のほうが効率的なこともあります。だからこそ私どもは、足場・ロープアクセス・その両方を部位ごとに使い分けるハイブリッド工法まで含めて、建物ごとに最適な組み合わせをご提案するようにしています。足場ありきでもロープありきでもなく、その物件にとって一番ムダのないかたちを一緒に考える——これが、足場とロープアクセスの両方を自社で持っている会社の役割だと思っています。

談合の話と工法の話は、一見別のようでいて、実は同じ根っこでつながっています。どちらも「金額の根拠が見えるかどうか」の問題だからです。足場費であれ、施工単価であれ、なぜその金額なのかを説明できる相手と組むこと。それが、修繕積立金を守る本質だと私は考えています。

「自主申告した会社は課徴金を免れる」——リーニエンシーが示すもの

今回の事件で、もう一つ知っておいていただきたい仕組みがあります。課徴金減免制度(リーニエンシー)です。

これは、談合などの違反を自主的に公正取引委員会へ申告した会社が、申告の順番に応じて課徴金を減免される制度です。今回も、自主申告した会社は課徴金の納付を免れる見込みだと報じられています。談合は一社では成立しませんから、内部から「実はやっていました」と名乗り出る会社が出れば、全体が崩れる。だからこの制度は、談合を抑止する仕組みとして機能してきました。

なぜこの話を管理組合にお伝えするかというと、裏を返せば「談合はいつか必ず表に出る」という前提で発注に臨むべきだ、ということだからです。今、業界全体が公取委の動きに神経をとがらせています。つまり、いまは管理組合にとって、これまでで最も「まっとうな競争を求めやすい」タイミングでもあるのです。堂々と単価の根拠を求め、監理の独立性を問う。それを歓迎する誠実な会社と、嫌がる会社とで、いま最も差が見える時期だと私は感じています。

総会で必ず聞かれる3つの質問への答え方

修繕委員会や理事会で、いざこの話題を出すと、必ず返ってくる質問があります。理事長さまが説明に困らないよう、私なりの答え方を3つ用意しました。

一つ目、「大手に頼めば談合の心配はないのでは?」。残念ながら、今回の対象には名の通った大手も含まれると報じられています。会社の規模と、談合に関わるかどうかは別問題です。大事なのは知名度ではなく、金額の根拠を開示するかどうかです。

二つ目、「相見積もりを取っているのだから大丈夫では?」。相見積もりは必要条件であって、十分条件ではありません。今回の事件は、まさに相見積もりを取っていた組合で起きています。見積もりの「枚数」ではなく「中身の比較可能性」を確保して初めて、競争は機能します。

三つ目、「うちのような小規模物件でも狙われるのか?」。むしろ小規模物件のほうが、専門の担当者もおらず、チェックの目が届きにくいぶん、割高な金額が通りやすいという面があります。戸数が少ないほど、1戸あたりの負担は重くのしかかります。規模の大小にかかわらず、単価を確認する習慣は必要です。

この3つに落ち着いて答えられるだけで、委員会の議論はぐっと締まります。私はいつも理事長さまに、「専門家になる必要はありません、良い質問ができる人になってください」とお伝えしています。

収益物件オーナーの視点——「修繕の質」は出口価格に効いてくる

最後に、収益物件オーナーさま向けに一点だけ。

談合による上乗せは、その場の工事費が高くつくだけの問題ではありません。談合が成立する現場は、往々にして「金額は割高なのに、施工の質は担保されていない」状態になりがちです。監理が形骸化しているからです。そうなると、10年後・20年後の建物の傷み方に差が出て、それはそのまま売却時の出口価格や、空室率に跳ね返ってきます。

私はいつもオーナーさまに、「修繕は一番わかりにくい支出だからこそ、一番ちゃんと見てほしい支出です」とお伝えしています。家賃は毎月見るのに、12年に一度の大規模修繕は業者任せ、という方が本当に多い。けれど、資産価値をいちばん左右するのは、実はこの見えにくい支出のほうなのです。

談合対策は「長期修繕計画」を見直す好機でもある

最後にもう一歩、前向きな話をさせてください。今回の事件をきっかけに発注を見直すなら、その流れで長期修繕計画(今後30年程度の修繕項目と費用、積立金の推移をまとめた計画)そのものを点検されることを強くおすすめします。

というのも、談合による上乗せが疑われる現場では、長期修繕計画の金額もまた、割高な単価を前提に組まれていることが少なくないからです。計画上の工事費が過大なら、必要以上の修繕積立金を住民から集め続けることになり、それはそれで生活を圧迫します。逆に、工法の選択肢を持ち込んで足場費を圧縮できれば、同じ積立金でより多くの修繕をまかなえるようになり、値上げを先送りできる可能性も出てきます。

私はいつも理事長さまに、「大規模修繕は一回の工事ではなく、30年の資金計画の一部として見てください」とお伝えしています。目の前の見積もりを1割下げることも大事ですが、計画全体の前提単価を適正化できれば、効き方の桁が変わります。談合というネガティブなニュースを、自分たちの計画を筋肉質にする入口に変えていただきたいのです。

まとめ——「説明を求める管理組合」が、一番強い

今回の談合事件から、私たちが受け取るべき教訓は、業者を疑心暗鬼で見ろということではありません。むしろ逆で、「きちんと説明を求める」という当たり前のことを、管理組合とオーナーの側が習慣にするだけで、談合のような不当な上乗せは驚くほど成立しにくくなる、ということです。

相見積もりの端数と単価を見る。設計コンサルの独立性を確認する。発注方式のメリットとデメリットを理解して選ぶ。工法の選択肢を持つ。長期修繕計画の前提単価まで見直す。どれも特別な専門知識は要りません。必要なのは、「なぜこの金額なのですか」と一言聞ける姿勢だけです。そして、その一言を面倒がらずに歓迎してくれる会社を、パートナーに選ぶことです。

これは、私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。総会や修繕委員会の前段階で、「うちの発注のかたちは大丈夫だろうか」という整理だけでも、お力になれることがあります。ご相談だけでも、遠慮なくお声がけください。

出典・参考資料

▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア

管理会社に「切られる」マンションが急増する時代へ——小規模物件から始まった“管理難民”のなかで、収益物件オーナーと管理組合が大規模修繕を自ら主導し、工法選択でコストを守る実務【2026年7月】

「うちのマンション、来年から管理会社が引き受けてくれないかもしれない」。

そんな相談を、私はこの半年でずいぶん受けるようになりました。以前なら、管理組合が管理会社を「選ぶ」のが当たり前でした。ところが今は逆です。管理会社の側から「この規模では採算が合わないので、契約を更新できません」と通告される。いわゆる管理会社の“逆リプレイス”、そして行き場を失った「管理難民」という言葉が、業界の外にまで広がり始めています。

先日、日本経済新聞が「小規模マンションを切り捨てる管理会社『うまみない』と突然解約」という記事を出しました(出典:日本経済新聞)。ここで語られているのは、単なる一部の話ではありません。マンション管理という仕組みそのものが、静かに、しかし確実に地殻変動を起こしているという話です。

私は塗装・防水から始めて、足場を組む大規模修繕もロープアクセス(産業用ロープを使った無足場の高所作業)も、20年近く現場でやってきました。その立場から正直に申し上げます。管理会社に切られる時代というのは、裏を返せば「管理組合とオーナーが、修繕を自分の頭で考えなければ生き残れない時代」だということです。今日はその現実と、では何をすればいいのかを、できるだけ具体的にお話しします。


なぜ管理会社は小規模マンションを「切る」のか

管理業者は13年連続で減っている

まず、これは一部の管理会社の気まぐれではありません。構造的な問題です。

国土交通省が2025年6月に公表したデータによれば、マンション管理業者の登録数は2025年3月末時点で1,776社。前年から28社減り、13年連続の減少となりました(出典:国土交通省「マンション管理業者」)。

一方で、管理を委託したいマンション(管理組合)の数は増え続けています。分譲マンションのストックは全国で700万戸を超え、築古物件も年々積み上がっている。つまり、「頼みたい側」は増え、「引き受ける側」は減っている。需要と供給が逆転しているのです。

供給が足りなくなれば、供給する側が相手を選ぶようになる。これは経済の当たり前の帰結です。そして最初に選別の対象になるのが、手間の割に実入りの少ない小規模マンションでした。

小規模ほど「割に合わない」という現実

なぜ小規模から切られるのか。理由はコスト構造にあります。

30戸のマンションと100戸のマンションで、清掃や設備点検、フロント業務にかかる手間はそれほど変わりません。管理員を配置する手間も、理事会に出席する手間も、戸数に単純比例はしないのです。ところが管理会社が受け取る管理委託費は、おおむね戸数に比例します。

結果として、戸数が少ないマンションほど、1戸あたり・1㎡あたりの管理コストが割高になる。管理会社から見れば「同じ人手をかけても利益が薄い現場」ということになります。

私が現場でお付き合いのある管理組合でも、20戸台・30戸台の物件は、正直なところ管理会社の担当者の顔が半年に一度しか見えない、というところが少なくありません。人手が足りないから、採算の合う大規模物件に人が回される。小さいマンションほど後回しになる——これが今、全国で静かに起きていることです。

人手不足とカスハラ、そして法改正が背中を押した

もう一つ、現場を預かる者として見逃せない要因があります。担い手不足です。

管理員の高齢化が進み、募集をかけても応募が来ない。労働条件の厳しさもあって、現場に十分な人を配置できない。これは私たち工事会社の職人不足とまったく同じ構図で、建設・不動産管理の業界全体が抱える病です。

加えて2025年6月には、企業に対してカスタマーハラスメント対策を義務づける法律が成立しました。従業員を守る観点から、「クレームが過剰で継続が難しい現場からは撤退する」という判断を下す管理会社も出てきています。従業員を守るのは当然のことですが、その反射として「切られる」管理組合が生まれているわけです。

そして2026年4月には、改正マンション管理適正化法と改正区分所有法が施行されました(参考:国土交通省「マンション管理」)。管理組合を守るための制度整備が進む一方で、管理会社にとっては対応コストが増える面もあり、「不採算物件からの撤退」に拍車がかかるのではないか、という見方が業界内で語られています。組合を守るはずの制度が、皮肉にも撤退を後押しする一因になり得る——ここは冷静に見ておくべきところです。


「管理難民」が大規模修繕にとって本当に怖い理由

管理会社に解約されること自体も大変ですが、私がもっと心配しているのは、その先にある大規模修繕です。管理難民の問題は、実は修繕の問題と一本の線でつながっています。

「丸投げ」が通用しなくなる

これまで多くのマンションでは、大規模修繕の段取りを管理会社に任せてきました。修繕時期の判断、業者選び、見積りの取りまとめ、工事中の窓口——その多くを管理会社が担ってきたのです。

ところが管理会社が薄く広くしか関われなくなる、あるいは撤退してしまうと、この「丸投げ」が成立しなくなります。修繕の主導権を、管理組合とオーナー自身が握らざるを得なくなる。準備不足のまま12〜15年に一度の大工事に臨むことになれば、判断を誤ってコストが膨らんだり、必要な工事を先送りして劣化を進行させてしまったりする危険があります。

私はいつも理事長さまに、「管理会社にお任せでも、修繕の中身だけはご自分の言葉で説明できるようにしておいてください」とお伝えしています。管理難民の時代には、この備えが効いてきます。

「談合」という、もう一つの落とし穴

主導権を握らなければならないのに、判断材料が乏しい。そこにつけ込まれるリスクもあります。

記憶に新しいところでは、2026年6月、公正取引委員会がマンション大規模修繕工事をめぐる談合を認定し、施工会社と設計コンサルタントあわせて約40社に排除措置命令を出す方針を固めた、という報道がありました。対象は関東のマンション大規模修繕で、施工会社36社と設計コンサルタント2社の計38社。工事業者には総額約16億円の課徴金納付命令が予定され、遅くとも2021年秋以降、見積り合わせで受注予定業者を事前に決めていたとされます。しかも、その調整の場に関わっていたのが、本来は中立であるべき設計コンサルタントだったというのです(出典:さくら事務所「マンション大規模修繕の談合、約40社に排除措置命令へ」)。

これは私にとって、現場20年で一番悔しいタイプの話です。管理組合は「専門家に任せておけば安心」と信じていた。ところがその専門家の中立性が崩れていた。管理会社にも十分頼れず、頼った相手にも足元を見られる——この二重の不安こそが、今の管理難民時代の本質だと私は考えています。

だからこそ、「誰かに任せきりにしない」体制づくりが、これまで以上に大切になっているのです。


管理会社に頼り切らないための、修繕の「自衛」5ステップ

では、具体的に何をすればいいのか。ここからが本題です。管理会社に切られても、あるいは切られる前でも、管理組合とオーナーが自分たちで修繕を守るための手順を、5つに整理します。

ステップ1:自分のマンションの「劣化の現在地」を知る

修繕の主導権を握る第一歩は、建物の状態を自分たちで把握することです。外壁のひび割れ、タイルの浮き、屋上防水の膨れ、鉄部のサビ——こうした劣化は、素人目にもある程度は見えます。

私がおすすめしているのは、年に一度、理事会メンバーで建物を一周する「点検散歩」です。専門的な打診調査(タイルを叩いて浮きを探す検査)まではできなくても、「去年より汚れが増えた」「あの継ぎ目から水が垂れた跡がある」といった変化に気づけるだけで、業者任せにしない目が育ちます。

管理会社が薄くしか関われないなら、その分を組合の「気づく力」で補う。これが出発点です。

ステップ2:長期修繕計画を「現実の数字」で見直す

次に、長期修繕計画(今後20〜30年の修繕時期と費用を見込んだ計画書)を開いてみてください。多くのマンションで、この計画が数年前の物価で作られたままになっています。

ご存じのとおり、ここ数年で建設資材も人件費も大きく上がりました。塗料も防水材も値上がりが続き、計画時の見積りと実際の相場が乖離しているケースは珍しくありません。計画上は「積立金で足りるはず」でも、いざ発注すると足りない——という事態が起きやすくなっています。

管理会社に任せきりだと、この見直しも後回しになりがちです。最新の相場観で計画を洗い直し、積立金の不足があるなら早めに手を打つ。値上げにせよ工法の工夫にせよ、選択肢は時間があるほど広がります。

ステップ3:見積りは「複数社・同じ条件」で取る

談合の話でも触れたとおり、1社だけの見積りを鵜呑みにするのは危険です。かならず複数社から、同じ工事範囲・同じ仕様で見積りを取ってください(これを「相見積り」といいます)。

このとき大事なのは、金額の安さだけで比べないことです。安いには安い理由が、高いには高い理由があります。使う塗料のグレード、防水の工法、足場の有無、保証年数——条件を揃えて初めて、金額の差が意味を持ちます。

私はお客さまに、「見積書は金額の欄より、仕様の欄をじっくり読んでください」とお願いしています。数字だけを見比べても、本当に比較したことにはならないからです。

ステップ4:発注方式のメリット・デメリットを理解する

大規模修繕の進め方には、大きく分けて2つの方式があります。ここは自分のマンションの規模に合わせて選ぶべきところです。

設計監理方式は、設計コンサルタントが仕様づくりと工事監理を担い、施工会社を分けて発注する方式です。透明性が高いとされる一方、今回の談合報道が示したように、コンサルタントの中立性が崩れると逆効果になります。また、コンサルタント費用が別途かかるため、小規模マンションには負担が重くなりがちです。

責任施工方式は、調査から設計、施工までを一つの施工会社に任せる方式です。窓口が一本化されて話が早く、コンサルタント費用が不要な分、小規模物件では総額を抑えやすいという利点があります。ただし、施工会社の力量と誠実さに結果が左右されるため、信頼できる会社を見極める目が前提になります(参考:国土交通省 マンション管理関連情報)。

どちらが正解ということはありません。ただ、管理会社に頼りきれない小規模マンションほど、責任施工方式が現実的な選択肢になりやすい、というのが私の実感です。大切なのは、両方の長所と短所を理事会が理解したうえで選ぶことです。

ステップ5:工法の選択肢を「発注前に」持っておく

そして、私が一番お伝えしたいのがこれです。工事のコストは、工法の選び方で大きく変わります。

大規模修繕というと、多くの方が「建物全体に足場を組む」ことを当たり前だと思っています。たしかに足場は万能で、複雑な形状の建物や、全面的にじっくり作業したい場合には欠かせません。ただ、足場の設置と解体には、工事費全体の2割前後がかかるとも言われます。ここは見過ごせないコストです。

そこで選択肢になるのが、ロープアクセス工法です。産業用ロープを使い、足場を架けずに高所を作業する工法で、足場費を抑えられ、工期も短くなりやすい。何より、足場で建物を覆わないぶん、住んでいる方・使っている方の生活への影響が小さくて済みます。窓が塞がれない、防犯面の不安が減る、日当たりが確保される——居住者にとってのメリットは小さくありません。

もちろん、ロープアクセスが万能というわけではありません。大きな面をまとめて塗る作業や、足場が必要な部位もあります。だからこそ私は、足場とロープアクセスを部位ごとに使い分ける「ハイブリッド工法」を、必ずワンセットで検討するようにしています。ベランダ側は足場、外周のシンプルな壁面はロープアクセス、というように組み合わせれば、品質を落とさずに総額を下げられる余地が生まれます。

管理会社に頼れない時代だからこそ、「足場一択」ではなく、複数の工法から自分の建物に最適なものを選ぶという発想を、発注の前に持っておいていただきたいのです。

弊社では、ロープアクセス工法と足場仮設の両方を自社で扱い、建物ごとにどの工法が最適かをご提案しています。大規模修繕工事の総合的なご相談にも応じていますので、「そもそもうちは足場が要るのか要らないのか」という段階からでも、遠慮なくお声がけください。


もし管理会社から「更新しません」と言われたら——最初の90日でやること

ここまでは「切られる前の備え」の話でしたが、すでに更新拒否や解約の通告を受けてしまった管理組合もあるでしょう。その場合に、私が理事長さまにお伝えしている「最初の90日」の動き方を整理しておきます。慌てて動くと足元を見られますが、順序立てて動けば、必ず道はあります。

最初の30日:事実確認と引き継ぎ資料の確保

まずやるべきは、感情的に反発することではなく、事実の確認です。契約書を開いて、解約の予告期間(多くは3〜6か月前)と、次の管理者へ引き継ぐべき書類の範囲を確認してください。

このとき何より大切なのが、管理に関する書類・データの確保です。長期修繕計画書、過去の修繕履歴、設計図書、点検記録、修繕積立金の会計帳簿——これらは管理組合の財産であり、次の体制に移るための命綱です。私は「解約を告げられたら、まず紙とデータを全部こちらの手元に集めてください」とお願いしています。ここが抜けると、次の見積りも計画も組み直しになってしまうからです。

31〜60日:自主管理か、新しい管理会社か

次に、これからの体制を決めます。大きく分けて、自主管理(管理組合が自分たちで運営する)か、新しい管理会社を探す(リプレイス)かの二択です。

小規模マンションほど、この判断は悩ましいところです。新しい管理会社を探しても、同じ理由で断られたり、委託費が大幅に上がったりすることが珍しくありません。一方で、清掃や点検などの業務を個別の専門業者に切り分けて発注し、会計や総会運営だけをマンション管理士などの専門家に部分委託する「一部委託型の自主管理」で、むしろコストを下げている組合もあります。

正解は物件ごとに違います。ただ、どちらを選ぶにせよ、「大規模修繕をどう進めるか」だけは、この段階で切り離して考えておくことをおすすめします。管理体制が固まるのを待っていると、肝心の修繕が何年も先送りされ、その間に劣化が進んでしまうからです。

61〜90日:修繕の“単独ライン”を確保しておく

管理体制の移行と並行して、修繕については独立した相談ラインを持っておくと安心です。管理会社が薄くなっても、劣化は待ってくれません。

私のところにも、「管理会社が変わる過渡期で、修繕の話が完全に止まってしまった」というご相談がよく来ます。そういうとき私は、まず建物を見せていただき、「これは急ぐ工事か、数年待てる工事か」を切り分けます。雨漏りや鉄部の激しい腐食のように待てないものだけ先に手を打ち、全面的な大規模修繕は体制が落ち着いてから——という段取りにすれば、混乱期でも建物を守れます。

管理難民の時期こそ、「修繕だけは止めない」。これが資産価値を守る要だと、私は考えています。

工法で何が変わるのか——生活影響とコストの早見表

「工法を選ぶ」と言われても、素人にはイメージがわきにくいものです。そこで、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つが、コストと生活にどう影響するかを、私の現場感覚で早見表にまとめました。あくまで一般的な傾向で、実際は建物の形状や劣化状況で変わりますが、判断の入り口としてお使いください。

比較項目 通常足場工法 ロープアクセス工法(無足場) ハイブリッド工法
仮設コスト 高い(工事費の2割前後) 大幅に抑えられる 部位を絞るため中間
工期 長め 短くなりやすい 中間
生活への影響 建物を覆い、窓が塞がれやすい 影響が小さい 部位により差
防犯面 足場からの侵入リスクに注意 リスクが小さい 部位により差
向く建物 複雑形状・全面的な作業 高層・足場架設が難しい物件 大規模・部位ごとに条件が違う物件
注意点 費用と工期がかさみやすい 大面積の一括作業には不向きな面も どの部位をどちらで施工するか設計が要

この表で一番お伝えしたいのは、「足場が悪い・ロープが良い」という単純な話ではないということです。複雑な形状で全面をじっくり直したい建物なら、足場が最適解になることもあります。逆に、シンプルな四角い建物で、住民の生活影響を抑えたいなら、ロープアクセスやハイブリッドが効いてきます。

大切なのは、発注する前に、この3つを同じ土俵で比較できる会社に相談することです。1つの工法しか扱っていない会社に相談すれば、当然その工法の見積りしか出てきません。私たちが3つの工法を自社で持っていることにこだわるのは、まさにこの「比較して選べる」状態を、お客さまにお渡ししたいからです。

よくある質問(管理難民と大規模修繕)

最後に、実際に理事会や個別相談でよく受ける質問を、いくつかお答えの形でまとめておきます。

Q. 管理会社に切られたら、大規模修繕はもうできないのでしょうか。
いいえ、できます。大規模修繕は、管理会社を通さずに、管理組合が直接、施工会社に相談・発注することも可能です。むしろ「責任施工方式」で施工会社に一本化すれば、窓口はシンプルになります。管理会社の有無と、修繕ができるかどうかは、別の問題だとお考えください。

Q. 小規模マンションだと、工事も割高になりますか。
戸数が少ないと1戸あたりの負担が大きく見えるのは事実です。ただ、そこで効いてくるのが工法の工夫です。足場費を抑えられるロープアクセスやハイブリッドは、総額を圧縮できる分、小規模物件ほど1戸あたりの効果が体感しやすい、という面もあります。まずは工法込みで概算を出してみることをおすすめします。

Q. 相見積りは何社くらい取ればいいですか。
一般的には3社程度が目安とされます。大切なのは社数よりも、同じ工事範囲・同じ仕様で揃えて比較することです。条件がバラバラの見積りを何枚集めても、正しい比較にはなりません。

Q. 談合のニュースを見て不安です。どう身を守ればいいですか。
「専門家に任せておけば安心」という発想を、少しだけ疑うことです。中立であるはずの立場が崩れる可能性があると知ったうえで、複数社から仕様を揃えて見積りを取り、金額の根拠を説明できる会社を選ぶ。この基本を徹底するだけで、リスクはかなり下げられます。

Q. まだ管理会社に切られていませんが、今から準備すべきですか。
はい、切られる前こそ動きどきです。管理会社が元気なうちに、長期修繕計画を最新の数字で見直し、工法の選択肢を知っておく。この準備があれば、万が一体制が変わっても、修繕で慌てずに済みます。

戸あたりで考えると、判断はもっとシンプルになる

ここまで制度や工法の話をしてきましたが、最後に、理事会で判断するときの「ものさし」を一つお渡しします。それは、すべてを戸あたりで考えるということです。

たとえば、ある工事で全体の見積りが100万円下がったとします。総額だと大きな数字に見えますが、40戸のマンションなら1戸あたり2万5千円、20戸なら5万円です。逆に、足場費を削れずに総額が膨らめば、その負担も戸あたりで全員にのしかかります。

管理会社に任せきりだった時代は、こうした数字を「自分の財布の話」として実感する機会が少なかったかもしれません。けれど、これからは違います。管理難民の時代には、理事会の一人ひとりが「これは自分の家計にいくら響く話か」を体感として持つことが、いい判断につながります。

私はいつも、見積書を戸あたりに割り戻してお見せするようにしています。「総額300万円の差」より「1戸あたり月々いくらの積立で吸収できる差」のほうが、皆さん腹落ちが早いからです。数字を体感に変える——これは管理会社の手が薄くなるほど、組合自身が身につけるべき力だと思います。


まとめ:切られる時代は、選べる時代でもある

管理会社に切られるかもしれない、という不安は、決して小さくありません。頼れる相手が減っていくのは事実です。管理業者は13年連続で減り、人手不足も法改正も、その流れを後押ししています。

ただ、私はこの状況を、悲観だけで語りたくはありません。管理会社に「切られる」時代は、裏を返せば、管理組合とオーナーが自分の建物のことを、自分の頭で選べるようになる時代でもあるからです。劣化の現在地を知り、計画を現実の数字で見直し、相見積りを取り、発注方式を理解し、工法の選択肢を持つ。この5つを備えておけば、たとえ管理会社が薄くなっても、修繕でつまずくことはぐっと減ります。

そして工法の選択は、その中でも一番、コストと住み心地に直結する部分です。足場か、ロープアクセスか、その組み合わせか。ここを発注前に検討できるかどうかで、同じ建物でも結果は変わります。

これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。管理会社の動きに不安を感じたら、あるいは次の大規模修繕が5年以内に控えているなら、お問合せフォームからご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会の前段階の、工法や概算の整理だけでも、お力になれることがあります。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。


出典・参考資料

本記事は2026年7月20日時点の公開情報にもとづきます。制度・補助金・法令の内容は変更される場合がありますので、実際のご検討にあたっては各機関の最新の一次情報をご確認ください。

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マンション大規模修繕に「住民なりすまし」が潜り込む時代——修繕委員会を狙う利益誘導の手口と、管理組合・収益物件オーナーが修繕積立金を守る7つの実務【2026年7月】

今朝、いつものようにニュースに目を通していて、思わず手が止まりました。「マンション住民なりすまし、工事関係者が大規模修繕で利益誘導」——。分譲マンションの大規模修繕を話し合う住民の会合に、住民になりすました人物が入り込んでいた、という報道です(出典:読売新聞オンライン(Yahoo!ニュース転載)、日本経済新聞)。

正直に申し上げます。私はこの見出しを、ただの事件記事として読み流すことができませんでした。私たちは日々、マンションやビルの大規模修繕の現場に立っています。だからこそ、「修繕委員会」という場所が、住民の皆さんにとってどれほど大切で、同時にどれほど無防備になりやすいかを、身をもって知っているからです。

大規模修繕は、多くのマンションにとって12年に一度前後、数千万円から、規模によっては億単位のお金が動く一大事業です。その原資は、区分所有者の皆さんが毎月コツコツ積み立ててきた修繕積立金です。今回明らかになったのは、その大きなお金の流れを狙って、「住民のふり」をして意思決定の中枢に潜り込む手口があった、という事実でした。

今日は、この「住民なりすまし」というニュースを入口にして、管理組合の理事長さま、修繕委員の皆さま、そして収益物件をお持ちのオーナーさまが、自分たちの積立金と資産価値を守るために、明日からできる発注ガバナンスの実務を、現場の言葉で7つに絞ってお話しします。特定の会社を告発する話でも、業界を煽る話でもありません。仕組みで身を守る、という前向きな話です。

何が起きたのか——修繕委員会に「住民のふり」をして潜り込む

まず、報道されている事実を整理します。

複数のマンションで、大規模修繕を話し合う住民の会合に、その建物の住民ではない人物が「住民」あるいは「住民の親族」を名乗って参加していた事案が相次いで確認された、という内容です。目的は、工事関係者が自社側に工事の発注を誘導すること。つまり、意思決定のテーブルに味方を送り込み、内側から発注先の選定を有利に運ぼうとした、というわけです(出典:読売新聞オンライン)。

報道によれば、神奈川県内のマンションでは、大阪の工事会社の社員2人が住民になりすまして大規模修繕委員会に加わり、住居侵入の疑いで逮捕される事案も起きています。修繕委員会は、多くの場合マンションの集会室など「居住者しか入れない共用部」で開かれます。そこに部外者が身分を偽って立ち入れば、住居侵入という刑事事件になり得る——ここは押さえておくべき点です。

私が現場の人間として恐ろしいと感じるのは、手口の巧妙さそのものよりも、「気づかれにくさ」です。大規模修繕委員会は、ふだん顔を合わせない住民同士が、ある日突然「委員」として集められる場でもあります。誰が誰だか正確には分からない。その隙間に、なりすましは入り込みます。

「チラシルート」という手口——謝礼と引き換えに情報が抜かれる

報道でとりわけ注目されたのが、「チラシルート」と呼ばれる情報収集の手口です。

読売新聞オンラインによれば、工事会社グループ内の市場調査会社が、ターゲットにしたマンションに「内部調査のアルバイト募集」といった趣旨のチラシをまき、応募してきた住民に月1万5000円程度の謝礼を支払う。その見返りに、大規模修繕に関する住民側の情報——検討状況、予算感、有力視されている業者、住民の温度感など——を吸い上げていた、とされています。そして、潜入担当者が「住民の親族」を装って修繕委員会に加わる、という流れです(出典:読売新聞オンライン)。

ここで起きているのは、情報の非対称性の悪用です。工事を受注したい側が、管理組合が手の内にしている情報を先回りで握る。すると、相見積もりを取っても、あたかも競争しているように見えて、実は結論が最初から誘導されている、という状態が生まれかねません。国も、こうした事案を受けて、管理組合の役員選任時などに本人確認を徹底するよう注意を呼びかけています(出典:読売新聞オンライン)。

謝礼を受け取った住民の多くは、「アンケートに答える簡単なアルバイト」くらいの認識だったのかもしれません。悪意なく協力してしまう。ここに、この手口の一番いやらしいところがあります。だからこそ、個人の善悪ではなく、組合の「仕組み」で防ぐ必要があるのです。

なぜ大規模修繕が狙われるのか——動くお金の大きさ

そもそも、なぜ大規模修繕がこれほど狙われるのでしょうか。答えはシンプルで、動くお金が大きいからです。

国土交通省が初めて実施した「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」では、工事金額の目安が公表されています。1回目の大規模修繕では、戸あたりの工事金額が100万円超〜125万円以下という帯が最も多いという結果でした(出典:国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」報道発表)。仮に50戸のマンションなら、単純計算で工事総額は5000万円〜6000万円規模。100戸なら1億円を超えます。

これだけの金額が、12年前後に一度、一つの意思決定の場——修繕委員会と総会——で決まっていきます。受注できるかどうかで、一社の売上が大きく変わる。だからこそ、正攻法で選ばれる努力をする会社もあれば、残念ながら裏口から入ろうとする者も出てくる。修繕積立金というまとまったお金の周りには、常にこうした緊張があると考えておいた方が、組合を守るうえでは健全です。

背景にある構造問題——談合とバックマージンの「死角」

「住民なりすまし」は、突然湧いて出た話ではありません。その背景には、大規模修繕という市場が長年抱えてきた構造問題があります。

2026年には、マンションの大規模修繕工事をめぐって談合を繰り返したとして、公正取引委員会が施工会社と設計コンサルタント計約40社の独占禁止法違反を認定し、うち38社に排除措置命令を出す方針を固め、計約16億円規模の課徴金納付も命じる——という報道がありました。各社は遅くとも2021年秋ごろ以降、関東地方のマンションを対象に、見積もり合わせや入札の際に事前調整で受注者や価格を決めていたとされています(出典:毎日新聞(Yahoo!ニュース転載))。この件は、当ブログでも6月に詳しく取り上げました(関連記事:マンション大規模修繕で16億円の談合課徴金——設計コンサル方式の死角と発注先の見極め方)。

実は、国土交通省はこうした事態に、かなり前から警鐘を鳴らしていました。2017年(平成29年)1月には「設計コンサルタントを活用したマンション大規模修繕工事の発注等の相談窓口の周知について」という通知を出し、「一部のコンサルタントが、自社にバックマージンを支払う施工会社が受注できるように不適切な工作を行い、割高な工事費や過剰な工事項目・仕様の設定等に基づく発注等を誘導する」事例があると、はっきり指摘しています(出典:国土交通省「設計コンサルタントを活用したマンション大規模修繕工事の発注等の相談窓口の周知について」)。

談合、バックマージン、そして今回のなりすまし。手口は違っても、狙いは一つです。管理組合が持っている「情報」と「意思決定」を、外側からコントロールすること。裏を返せば、組合がこの二つをしっかり自分の手に握っておけば、これらの手口はぐっと効きにくくなる、ということでもあります。

発注方式の基礎——「責任施工方式」と「設計監理方式」、それぞれの落とし穴

守りの実務に入る前に、土台となる「発注方式」を押さえておきます。ここを理解しないと、防衛線の意味が伝わらないからです。

マンション大規模修繕の発注方式は、大きく「責任施工方式」と「設計監理方式」の2つに整理されます。

責任施工方式は、建物の調査診断から工事の設計、施工までを、施工会社に一貫して任せる方式です。管理組合の理事会や修繕委員会が主体となり、数社を公募・比較して発注先を決めます。窓口が一本化されて話が早い、設計監理の専門家費用がかからない、というメリットがあります。一方で、設計から施工まで一社が担うため、工事内容と費用の内訳が不明瞭になりやすく、工事費が割高になりやすい、という弱点も指摘されています。

設計監理方式は、建築士のいる設計事務所やコンサルタントに、調査診断・工事設計・工事監理を委託し、施工とは別の主体に任せる方式です。「診断・設計」と「施工」を分けることで、必要な工事を第三者の目で見極め、競争入札で施工会社を選べる。国土交通省も、工事と監理を分ける考え方を合理的なものとして位置づけています(出典:国土交通省「住宅:マンション管理」)。ただし、設計監理方式だからといって万能ではありません。今回の談合やバックマージンの多くは、まさにこの設計監理方式で「監理する側のコンサル」が中立でなかったために起きています。方式そのものではなく、「中立性が担保されているか」が本質なのです。

つまり、どちらの方式にも落とし穴があります。大切なのは方式の名前ではなく、「情報が開かれているか」「意思決定に部外者の利害が紛れ込んでいないか」です。ここからが、その具体策です。

守りの実務①:役員・修繕委員の「本人確認」と参加者名簿の徹底

最初の防衛線は、拍子抜けするほど基本的なことです。「その場にいる人が、本当にこのマンションの関係者か」を確認する仕組みを持つこと。

今回のなりすましが成立した最大の理由は、修繕委員会の参加者が「顔見知り前提」で運営され、本人確認がなかったことにあります。対策はこうです。修繕委員や理事を選任する際は、区分所有者名簿と照合し、代理出席の場合は委任状と続柄を確認する。委員会には毎回、署名式の出席簿を用意し、「誰が」「どの住戸の関係者として」参加したかを記録に残す。オブザーバーや業者の同席者も、氏名・所属を明示してもらう。

国土交通省の「マンション標準管理規約」も、役員が組合の利益のために職務を行うべきこと、そして利益相反の場面での慎重な取り扱いを求めています(出典:国土交通省「住宅:マンション管理」(標準管理規約))。名簿と出席簿という地味な一手間が、なりすましに対する最も効く一手だと、私は思います。

守りの実務②:利益相反ルールを明文化する(標準管理規約 第37条の2)

二つ目は、利益相反の見える化です。

マンション標準管理規約には、第37条の2として「役員の利益相反取引の防止」の規定があります。役員が自己または第三者のために管理組合と取引しようとするとき、あるいは組合と役員の利益が相反する取引をしようとするときは、理事会でその取引に関する重要な事実を開示し、承認を受けなければならない、という内容です。さらに、その決議に特別の利害関係を持つ理事は議決に加われない、とも定められています(出典:国土交通省「住宅:マンション管理」)。

これを、修繕委員会にも準用する運用を強くおすすめします。委員に就任する際、「特定の工事業者・コンサルと利害関係がないか」を自己申告してもらう。もし関係があるなら、その業者に関わる議決からは外れてもらう。この一手で、「住民の顔をした業者の代理人」が意思決定に加わる余地を大きく減らせます。ルールとして紙に書いてあること自体が、抑止力になります。

守りの実務③:情報を「閉じる」——検討状況を安易に外に出さない

三つ目は、情報管理です。「チラシルート」で抜かれていたのは、まさに検討中の内部情報でした。

大規模修繕の検討過程では、予算感、有力候補、住民の意見といったデリケートな情報が飛び交います。これらが外に漏れると、受注したい側は「刺さる提案」を先回りで作れてしまう。だからこそ、委員会資料の配布範囲を管理し、議事録の取り扱いを決め、住民向けアンケートも組合が自前で(あるいは信頼できる第三者を介して)実施することが大切です。「アルバイト」「謝礼」「内部調査」といった外部からの働きかけには、組合として警戒する——この温度感を共有しておくだけでも、抜かれ方は変わります。

念のため申し添えますが、住民の皆さんが情報提供のアルバイトに応じること自体を責める話ではありません。ほとんどの方は善意で、軽い気持ちで協力しているだけです。だからこそ、「そういう誘いがあり得る」と組合全体で知っておくことが、いちばんの予防になります。

守りの実務④:相見積もりは「同じ土俵」で——数量内訳書をそろえる

四つ目は、見積もりの取り方です。相見積もりは基本ですが、取り方を間違えると意味をなしません。

よくあるのが、各社バラバラの様式・バラバラの前提で見積もりを出させて、総額だけを比べてしまうケース。これでは、安く見える会社が本当に安いのか、単に工事項目を削っているだけなのかが分かりません。おすすめは、共通の「数量内訳書(同じ工事項目・同じ数量が並んだ様式)」を組合側で用意し、各社に同じ土俵で単価を入れてもらう方法です。こうすれば、項目ごとの単価で横並び比較ができ、過剰な仕様や不自然に安い項目が浮かび上がります。

一般的なマンション大規模修繕では、施工会社の選定に「見積もり合わせ」が採用されることが多いのですが、その精度は「様式をそろえられているか」で決まります。ここは、組合が主導権を握るべき一番の勘所です。

守りの実務⑤:材料費と労務費を「分けて」出してもらう

五つ目は、見積書の中身の話です。総額の一行だけでなく、材料費(材)と労務費(工)を分けて記載してもらいましょう。いわゆる「材工分離」です。

材工が分かれていると、値上げや値引きの理由が追えます。「塗料が高くなったので上がりました」なら材料費に、「職人の手間が増えました」なら労務費に反映されるはずです。ここが一括りの「一式」になっていると、どこにいくら乗っているのかが分からず、交渉の土台も、比較の土台も失われます。私たち株式会社明誠がお見積りを差し上げるときも、この材工の内訳をできる限り開くようにしています。数字を開くことは、信頼していただくための最低条件だと考えているからです。

守りの実務⑥:工事費の最大の塊「足場」を見直す——工法という選択肢

六つ目は、コスト構造そのものに踏み込む話です。

大規模修繕の見積書で、実は最も大きな塊のひとつが「仮設足場」です。建物の規模や形状にもよりますが、足場の設置・解体・養生が工事費に占める割合は決して小さくありません。ここにメスを入れずに、塗料のグレードだけで数万円を削っても、全体最適にはなりません(塗料そのものの値上げと見積対策については、マンション大規模修繕の塗料が「買えない・高い」時代に——見積書で張るべき5つの防衛線もあわせてご覧ください)。

そこで検討していただきたいのが、工法の選択肢です。株式会社明誠は、大規模修繕を次の3つの工法から、建物にとって最適なものを中立的にご提案しています。

一つ目は、従来型の仮設足場を組む「通常足場工法」。二つ目は、足場を組まずに産業用ロープで高所へ直接アプローチする「ロープアクセス工法(無足場工法)」。三つ目は、足場が必要な箇所にだけ足場を使い、それ以外はロープで施工する「ハイブリッド工法」です。ロープアクセス工法には、足場コストを削減できる、工期を短縮できる、そして入居者の生活や日照・防犯への影響が小さい、という3つの明確な利点があります。足場が長期間建物を覆うことによる圧迫感や、足場を伝った侵入リスクを避けられるのは、居住者の皆さんにとって想像以上に大きな安心です(詳しくは:ロープアクセス工法のご案内、大規模修繕サービス)。

「足場ありき」でも「ロープありき」でもなく、建物にとってベストな工法を選べること。この3つを提案できる会社は日本でも数少なく、私たちが最も大切にしている強みです(私たちの考え方:株式会社明誠のコンセプト)。

守りの実務⑦:収益物件オーナーの自衛——「他人任せ」が一番危ない

七つ目は、収益物件をお持ちのオーナーさま向けです。

区分マンションを複数戸お持ちの方、あるいは一棟をお持ちの方は、管理組合の理事会や修繕委員会に出席する時間がなかなか取れない、というのが実情だと思います。しかし、大規模修繕の適否は、そのまま物件の資産価値と将来のキャッシュフローに直結します。割高な工事や不要な工事に積立金が消えれば、いずれ一時金の徴収や積立金の値上げという形で、オーナーの負担に跳ね返ってきます。

一棟オーナーの場合は、意思決定を丸ごとご自身で担うことになります。だからこそ、発注方式の選択、相見積もりの様式づくり、材工分離、工法の比較といった一連のプロセスを、信頼できる施工会社と一緒に組み立てることが、そのまま防御になります。私たちは、オーナーさま向けに建物の無料調査からお引き受けしています(収益物件オーナーさま向けサービス)。「まず自分の建物が今どういう状態なのか」を客観的に知ることが、あらゆる自衛の出発点です。

正直に申し上げます——設計監理方式もコンサルも、悪ではありません

ここまで読んで、「では設計監理方式やコンサルは避けるべきなのか」と感じた方がいるかもしれません。そうではありません。

診断・設計と施工を分ける設計監理方式は、本来とても合理的な仕組みです。中立なコンサルタントが入れば、専門知識のない管理組合を強力に支えてくれます。問題は方式ではなく、「中立性が担保されているか」の一点です。誠実に仕事をしているコンサルタントや設計事務所は数多くいます。今日お話しした防衛線は、そうした信頼できるパートナーを、悪意ある一部と区別して見極めるための道具でもあります。業界全体を疑うのではなく、仕組みで健全さを担保する——その姿勢が、結果的に真面目な事業者を守ることにもつながると、私は信じています。

そしてもう一つ、正直に。ロープアクセス工法にも、向かない建物があります。外壁の劣化が激しく打診や下地補修の範囲が広い場合、バルコニーの形状が複雑で作業効率が著しく落ちる場合、あるいは足場を使った方がトータルで安全・確実な場合。こうしたケースでは、無理にロープを勧めることはしません。だからこそ、私たちは3つの工法を持ち、建物を見てから最適を選ぶのです。「うちはロープ専門です」という会社よりも、選択肢を持って中立に判断できる会社の方が、オーナーさまにとって安心だと考えています。

よくある質問

Q1. 修繕委員会に部外者がいるかどうか、どうやって見抜けばいいですか?
まずは出席簿と本人確認の仕組みを導入することです。「どの住戸の、誰の関係者か」を毎回記録し、区分所有者名簿と照合します。代理出席には委任状を求めます。見抜くというより、「なりすませない仕組み」を先に作るのが本筋です。

Q2. 相見積もりは何社くらい取ればよいですか?
一般には3社程度が目安とされますが、社数より「同じ数量内訳書で、同じ土俵で比較できているか」が重要です。バラバラの様式で10社集めるより、そろえた様式で3社を比べる方が、はるかに正確に判断できます。

Q3. すでにコンサルに委託していますが、中立性が不安です。
利益相反の自己申告書を求め、施工会社との資本・取引関係の開示を依頼してください。国土交通省は管理組合向けの相談窓口の周知も行っています(国土交通省 2017年通知)。第三者のセカンドオピニオンを取るのも有効です。

Q4. ロープアクセス工法にすると、本当に足場代は下がりますか?
足場の設置・解体・養生にかかる費用が抑えられるため、多くのケースでコスト削減につながります。ただし建物形状や工事範囲によって効果は変わります。まずは無料調査で、その建物に本当に合うかを見極めるのが確実です。

Q5. 入居者への影響は、足場とロープでどれくらい違いますか?
足場は建物を長期間覆うため、日照・通風・圧迫感に加え、足場を伝った侵入への防犯上の不安があります。ロープアクセスは足場を組まないため、こうした生活影響を小さく抑えられます。工期も短くなる傾向があり、賃貸物件では空室・退去リスクの低減にもつながります。

Q6. 明誠に相談すると、必ずロープアクセスを勧められませんか?
いいえ。私たちは3つの工法を持ち、建物にとって最適なものを中立にご提案します。足場が最適なら足場を、組み合わせが最適ならハイブリッドをお勧めします。まずは現状を知っていただくことを大切にしています(お問い合わせ)。

まとめ——積立金は「仕組み」で守る

「住民なりすまし」というニュースは、衝撃的な事件であると同時に、大規模修繕という市場が抱える構造——情報と意思決定を外から握ろうとする力——を、改めて可視化しました。談合も、バックマージンも、なりすましも、狙いは同じです。

だからこそ、守り方も一つに集約できます。管理組合とオーナーが、情報と意思決定を自分の手に握り、プロセスを開いておくこと。本人確認と出席簿、利益相反ルールの明文化、情報管理、そろえた様式での相見積もり、材工分離、工法という選択肢の検討、そしてオーナー自身の関与。今日の7つは、どれも特別な専門知識を必要としません。仕組みとして持つかどうか、それだけです。

私たち株式会社明誠は、3つの工法を中立にご提案できる立場から、皆さまの積立金と資産価値を守るお手伝いをしています。「うちの建物は今どういう状態で、どの工法が合うのか」——その最初の一歩として、建物の無料調査とお見積りをいつでもお引き受けします。相談だけでも構いません。気になることがあれば、お問い合わせページからお気軽にお声がけください。大切な積立金を、誰かの利益誘導のためではなく、皆さんの建物のために使い切る。そのお手伝いができれば、これに勝る喜びはありません。

出典・参考資料

  • 読売新聞オンライン(Yahoo!ニュース転載)「マンション住民なりすまし、工事関係者が大規模修繕で利益誘導…チラシで報酬うたい代理人として会議に出席」 https://news.yahoo.co.jp/articles/b450bf2850b94cb551c26e5091107cc47f6e0d1e
  • 日本経済新聞「マンション修繕不正、住人になりすまし利益誘導 渦中の社長に直撃」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC283AW0Y6A420C2000000/
  • 毎日新聞(Yahoo!ニュース転載)「マンション修繕談合、38社に排除命令へ 計16億円課徴金方針」 https://news.yahoo.co.jp/articles/5ea9e87a5718b6e476fa0be0807558072a4e8a37
  • 国土交通省「設計コンサルタントを活用したマンション大規模修繕工事の発注等の相談窓口の周知について」(平成29年1月) https://www.mlit.go.jp/common/001230147.pdf
  • 国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」報道発表資料 https://www.mlit.go.jp/report/press/house06_hh_000154.html
  • 国土交通省「住宅:マンション管理」(マンション標準管理規約 第37条の2 ほか) https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html

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マンション大規模修繕の塗料が「買えない・高い」時代に——日本ペイントHDの1.4兆円買収提案が映す世界再編と、管理組合・収益物件オーナーが見積書で張るべき5つの防衛線【2026年7月】

今朝、いつものようにニュースに目を通していると、塗装業界の人間なら誰もが二度見するであろう見出しが並んでいました。「日本ペイントHD、蘭アクゾに建築塗料事業の買収を提案 1.4兆円規模」。日本ペイントホールディングスが、塗料世界3位のオランダ・アクゾノーベルに対して、建築用塗料事業を総額75億ユーロ(約1兆3850億円)で買い取りたいと提案した、という内容です。

正直に申し上げます。私はこのニュースを、「業界の遠い話」として読み飛ばすことができませんでした。なぜなら、いま日本の塗装現場で起きていることと、この巨額のM&A(企業の合併・買収)は、間違いなく地続きだからです。

そして、この話の行き着く先にいるのは、私たち施工会社ではありません。マンションの管理組合であり、収益物件をお持ちのオーナーさまです。塗料の値段が上がり、モノが入りにくくなる。その最終的なツケは、12年に一度回ってくる大規模修繕の見積書の一番下の数字に、静かに乗ってきます。

今日は、この「塗料の世界再編」というニュースを入口にして、2026年のいま、管理組合と収益物件オーナーが自分の建物を守るために見積書のどこに線を引くべきかを、現場の言葉でお話しします。相場を当てにいく話ではありません。値上げの波を、工法と発注の仕方でどう受け流すか、という実務の話です。

何が起きたのか——日本ペイントHDが「建築用塗料」だけを1.4兆円で取りに行った

まず、ニュースの中身を整理します。

日本ペイントホールディングス(以下、日本ペイントHD)は2026年7月13日、オランダのアクゾノーベルに対し、その建築用塗料事業の買収を提案していると発表しました。金額は総額75億ユーロ、日本円でおよそ1兆3850億円。実現すれば同社として過去最大級の買収になります(出典:日本経済新聞「日本ペイントHD、蘭アクゾに建築塗料事業の買収を提案 1.4兆円規模」、時事通信)。

ここで大事なのは、「会社ごと」ではなく「建築用塗料事業だけ」を狙った提案だという点です。

実は日本ペイントHDは、これに先立って米国の塗料世界首位シャーウィン・ウィリアムズと組み、アクゾノーベル全体を約2兆円で共同買収する構想を進めていましたが、これは拒否され、2026年6月に断念したと発表しています(出典:日本経済新聞「日本ペイントHD、蘭塗料大手アクゾ・ノーベルの共同買収を断念」)。今回はそこから戦略を切り替え、自分たちの本丸である建築用塗料(住宅・ビル・マンションの外壁や屋根に塗る塗料)だけを単独で取りに行ったわけです。

現時点でアクゾ側の経営陣はこの提案に応じておらず、成立するかどうかは分かりません。ここは断定を避けます。ただ、方向性ははっきりしています。世界の塗料メーカーは、建築用塗料という土俵で、国境を越えた大きな塊になろうとしている。

なぜか。私はここに、2026年の塗料が置かれた苦しい現実が透けて見えると思っています。

その前に起きていたこと——2026年、日本の塗装現場は「塗料が買えない」状態に陥っていた

このニュースを理解するには、この春に日本の塗装現場で何が起きていたかを知っておく必要があります。

一般社団法人日本塗装工業会(全国の塗装工事業者が加盟する業界団体)は、2026年4月14日、国土交通省に対して「中東情勢に伴う塗料原材料の安定供給及び価格高騰に関する緊急要望」を提出しました(出典:一般社団法人日本塗装工業会)。

この要望の背景にある数字が、私には衝撃でした。同会が4月6日〜10日に会員に対して行った緊急アンケート(回答850社)では、塗料の希釈や道具の洗浄に不可欠なシンナーが「通常どおり入手できる」と答えた会社はわずか2.7%。「手に入らない」が55.1%、「数量制限あり」が42.2%。つまり、全国の塗装会社の97%が、シンナーを普通には買えない状態にあったということです(出典:日本塗装時報)。

シンナーが無ければ、溶剤系の塗料はそもそも塗れません。塗料そのものも同じ理由で品薄になりました。

原因は中東情勢です。ホルムズ海峡をめぐる緊張から原油とナフサ(石油化学製品の原料)の供給不安が広がり、そこから作られるトルエン・キシレンといった溶剤の流通が滞りました。

面白いのは、政府の説明と現場の感覚がまるで違っていたことです。経済産業省の赤澤大臣は2026年4月14日の記者会見で、こう説明しています。「原油や石油製品については、代替調達や備蓄石油の放出により、我が国全体として必要となる量は確保できている」。ではなぜ現場で足りないのか。大臣が挙げた実例が、実に人間くさい。

川上の石油化学メーカーが「4月までは前年並みに供給。5月は未定」とシンナーメーカーに伝えた。すると、シンナーメーカーと卸・小売は5月に備えて4月の出荷を直ちに半減した——。
(出典:経済産業省「赤澤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」2026年4月14日)

政府はこれを「卸の目詰まり」と呼び、4月13日に局長名で「原料調達に課題が生じても、それだけを理由に即座に生産を抑制しないでほしい」という要請を出しました。全体量は足りている。それでも現場には届かない。モノ不足ではなく、不安が作った品切れだったわけです。

私はこの一件を、20年の現場人生で忘れないと思います。材料は、世界のどこかの海峡の話ひとつで、あっけなく止まる。

塗料の値上げは、大規模修繕の見積にどう跳ね返るか

供給が細れば、値段は上がります。2026年に入ってから、大手塗料メーカー各社は相次いで値上げを公表しました。溶剤系塗料で20〜30%台、シンナー類にいたっては大幅な引き上げが公表されたケースもあります(各社の値上げ発表・業界報道による。数字はメーカー・製品ごとに幅があり、実際の見積単価は仕入れルートや時期で変わります)。

ここで、管理組合の理事長さまからよく聞かれる質問に先回りしてお答えします。

「塗料が3割上がったら、大規模修繕の総額も3割上がるんですか?」

答えは、いいえ、です。ここが一番誤解されるところなので、丁寧に説明します。

マンションの大規模修繕工事は、大きく分けて次のような費用でできています。

費用の区分 中身 私の感覚値
仮設工事費 足場、養生シート、仮設トイレ、資材置場など 工事費の約2割
直接仮設以外の労務費 職人の手間(下地処理・塗装・防水・シーリング) 大きい
材料費 塗料、防水材、シーリング材、タイル補修材 塗料だけなら数%〜十数%
現場管理費・諸経費 現場監督、保険、書類、利益 一定割合

※上表の「約2割」は、当社がこれまで見積を突き合わせてきた経験にもとづく体感値であり、公的統計に基づく数字ではありません。物件形状や工事内容で大きく上下します。

つまり、塗料そのものが工事費に占める割合は、多くの物件でそこまで大きくありません。塗料が30%上がっても、総額に効いてくるのは数%というのが実務の感覚です。

では、なぜ皆さんの見積が跳ね上がるのか。塗料だけが上がっているのではないからです。 シーリング材も、防水材も、鋼材(足場)も、そして何より職人の労務費が上がっています。全部が同じ方向に動いているとき、総額は静かに、しかし確実に押し上げられます。

国土交通省の「令和3年度マンション大規模修繕工事に関する実態調査」では、1回目の大規模修繕工事の戸あたり工事金額は「100万円超〜125万円以下」が最も多いという結果でした(出典:国土交通省「マンション大規模修繕工事に関する実態調査」)。この調査は数年前のものです。2026年のいま、同じ内容の工事を同じ金額でできるとは、私は口が裂けても言えません。

だからこそ、見積書に線を引くのです。

見積書の防衛線①:材料費と労務費を「分けて」出してもらう

ここからが本題です。私が理事長さまやオーナーさまにお伝えしている、5つの防衛線をお話しします。

第一の防衛線は、材工分離(ざいこうぶんり)。材料費と手間賃(労務費)を分けて記載してもらう、ということです。

多くの見積書は「外壁塗装 ○○㎡ × 単価○○円 = ○○円」という書き方になっています。この単価の中には、塗料代も職人の手間も一緒くたに入っています。これだと、値上げの説明を受けたときに、本当に材料が上がったのか、それとも別の何かが上がったのかが分からないのです。

「塗料が高騰しているので」という一言で、労務費や諸経費まで一緒に膨らんでいないか。分けて書いてもらえば、そこが見えます。私は自分の会社の見積でも、聞かれれば必ず内訳をお出しします。隠すことは何もありませんし、隠す会社を私は信用しません。

理事会での一言:「材料費と労務費、分けて出していただけますか。値上げの根拠を組合員に説明する必要があるので」。これで十分です。これは値切りではなく、説明責任のための資料請求です。

見積書の防衛線②:「見積の有効期限」と「単価スライド条項」を確認する

第二の防衛線。これは2026年に特に効きます。

塗料の値段が半年で二段階も上がるような局面では、見積書の有効期限が極めて重要になります。総会で承認を取るまでに3か月、契約から着工までに2か月——気づけば、見積を出した時点の材料単価はもう存在しない、ということが普通に起こります。

このとき、施工会社側は2つのどちらかを選びます。
1. 値上がりリスクを見込んで、あらかじめ高めの単価で見積を出しておく
2. 契約後に「材料が上がったので追加をください」と言う

正直に申し上げて、どちらも組合にとって嬉しくありません。1は最初から高い。2は総会をもう一度開く羽目になります。

だから私は、こう提案しています。「材料単価が◯%以上変動した場合は協議する」というスライド条項を、契約書に最初から入れておきましょうと。上がったら上がったで協議する。下がったら下がったで返す。互いに逃げ道を用意しておくほうが、結果として安く、そして揉めません。

なお、日本塗装工業会が国交省に出した緊急要望でも、発注者に対して価格変更・工期延長の協議に応じるよう求める趣旨が盛り込まれています(出典:日本塗装時報)。業界としても、そこは正面から議論しようとしている段階だとご理解ください。

見積書の防衛線③:塗料のグレードは「金額」ではなく「年数あたりの金額」で比べる

第三の防衛線。塗料選びの話です。

外壁に使う塗料には、大まかに次のようなグレードがあります。カッコ内は、あくまで一般的に言われている耐用年数の目安であり、環境(海沿い・日照・立地)によって大きく変わります。

グレード 一般的な耐用年数の目安 単価
ウレタン系 短め 安い
シリコン系 中くらい 標準的
フッ素系 長め 高い
無機系・無機ハイブリッド系 長め 高い

塗料が値上がりすると、多くの管理組合が「じゃあ一段安いグレードに落とそう」と考えます。気持ちはよく分かります。でも、私はここで必ず立ち止まっていただきます。

大事なのは1回の工事費ではなく、次に足場を組むまでの年数で割った金額です。

たとえば、塗料のグレードを一段下げて工事費を数百万円下げられたとします。でも、それによって次の塗り替えが数年早く来るなら、その数年で「足場代をもう一回払う」ことになる。先ほど申し上げたとおり、足場は工事費のおよそ2割を占めます。塗料代を削って足場代を増やす——これは私が現場で一番悔しい思いをする、典型的な失敗です。

長期修繕計画は、国土交通省の「長期修繕計画作成ガイドライン」でも、おおむね12年程度の周期を目安に外壁塗装などを見込むという考え方が示されています(出典:国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」)。この「12年」を守れる塗料なのか、それとも8年で色褪せる塗料なのか。年数で割って比べる。 これだけで判断はぐっと楽になります。

見積書の防衛線④:メーカー名より「下地処理の仕様」を読む

第四の防衛線。ここは職人としての本音を書かせてください。

塗料メーカーの再編ニュースを見て、「うちのマンションは大丈夫か、○○社の塗料が使えなくなるのでは」と心配される方がいるかもしれません。念のため申し上げると、その心配はほぼ要りません。塗料は代替が効きます。 同等性能の製品は各社が持っていますし、仮に世界の再編でブランドが変わっても、建物に必要な性能を満たす製品は必ず調達できます。

私が本当に心配してほしいのは、そこではありません。

塗膜(とまく:塗った塗料の膜)の寿命を決めるのは、塗料のグレードよりも、その下に何をしたかです。

  • 高圧洗浄で汚れとチョーキング(劣化して粉を吹いた状態)をきちんと落としたか
  • ひび割れ(クラック)を、幅に応じた正しい方法で処理したか
  • 浮いているタイルや爆裂(鉄筋が錆びて膨張しコンクリートを押し出した状態)を、塗る前に直したか
  • シーリング(目地に詰めるゴム状の充填材)を打ち替えたか、それとも上から重ねただけか
  • 下塗り材(プライマー・シーラー)を、素地に合ったものを規定量使ったか

高級な塗料を、汚れた壁にペタッと塗る。これほど無駄なお金の使い方はありません。逆に、標準的なシリコン系でも、下地処理が丁寧なら12年しっかり持ちます。私は自信を持ってそう言えます。

見積書で見るべきは、塗料の商品名の欄ではなく、その上に並んでいる「洗浄」「下地処理」「シーリング」の項目が、きちんと数量と単価をもって書かれているかどうかです。 ここが「一式」で済まされている見積書は、私なら質問します。

見積書の防衛線⑤:工事費で最も大きな塊は、塗料ではなく「足場」だと知る

そして、第五の防衛線。これが今日、一番お伝えしたいことです。

ここまで塗料の話をしてきて、こう言うのは妙に聞こえるかもしれません。でも、事実です。

塗料が20%上がっても、工事費全体に効くのはせいぜい数%。一方、足場は工事費のおよそ2割を占めます。 つまり、塗料の単価を1円単位で削る努力より、「そもそもその足場、全面に必要ですか?」という問いのほうが、桁ひとつ大きい。

これは私の会社の宣伝がしたくて言っているのではありません。理事会で3時間かけて塗料のグレードを議論した組合が、足場の仮設計画については施工会社の提案をそのまま受け入れている——そういう場面を、私は何度も見てきました。時間の使い方が、逆なのです。

(ここから先は自社サービスの話を含みます。判断材料のひとつとしてお読みください。)

工法を変えるという選択肢——ロープアクセスとハイブリッド工法

株式会社明誠では、マンション・ビル・ホテルの大規模修繕を、3つの工法から建物に合わせて提案しています。

1. 通常の足場仮設工法
従来どおり、建物の周囲に足場を組む方法です。作業効率が高く、全面的な補修や複雑な形状の建物に向きます。

2. ロープアクセス工法(無足場工法)
産業用ロープで作業員が屋上から吊り下がり、足場を組まずに施工する方法です。足場の架設費・解体費がまるごと不要になるため、足場費(工事費の約2割)を大きく圧縮できる可能性があります。工期も短くなりやすく、足場のシートで建物が覆われないため、居住者の生活影響や、収益物件であれば入居募集への悪影響を最小限にできます。

3. ハイブリッド工法
建物を部位ごとに切り分け、足場が必要な面(大規模な補修が必要な面、開口部の多い面など)には足場を組み、ロープで足りる面(傷みの少ない面、隣地が迫って足場が組めない面)はロープアクセスで対応する方法です。全面足場と全面ロープの、いいとこ取りです。

塗料が上がる。労務費も上がる。それでも総額を抑えたいなら、「削る」のではなく「組み替える」。私はこれを、必ずワンセットでご提案するようにしています。詳しくは大規模修繕工事のご紹介と明誠の3工法の考え方をご覧ください。収益物件をお持ちのオーナーさま向けの考え方はマンション・ビルオーナーさま向けページにまとめています。

正直に申し上げます——ロープアクセスが向かない建物もあります

両論併記のために、デメリットもはっきり書きます。ロープアクセス工法は万能ではありません。

  • 屋上に支点(アンカー)が取れない建物では、そもそも施工できません。屋上の構造物や躯体の状態を必ず現地で確認する必要があります。
  • 外壁の劣化が全面的に進んでいる建物では、補修する面積が広すぎて、ロープでの作業効率が足場に劣る場合があります。この場合は足場のほうが安く、早い。
  • 低層で敷地に余裕のある建物は、足場の架設費がそもそも安く済むため、ロープにする金銭的メリットが小さいことがあります。
  • バルコニー内部など、ロープでは届きにくい部位は、別途の段取りが必要です。

だから私たちは、「まず現地を見せてください」としか言えません。図面と写真だけで「ロープなら安くなります」と言い切る会社があったら、私はむしろ警戒します。建物ごとに答えは違うからです。

塗料の世界再編は、管理組合とオーナーにとって何を意味するのか

最後に、冒頭のニュースに戻ります。

日本ペイントHDがアクゾノーベルの建築用塗料事業を1.4兆円で取りに行った。この動きが意味するのは、建築用塗料が、規模を持たなければ原料の調達も価格交渉も生き残れない産業になりつつある、ということだと私は読んでいます。

原料は石油から来ます。その石油は、海峡ひとつの緊張で止まる。2026年春に日本の塗装現場が経験したのは、まさにそれでした。世界中の塗料メーカーが同じ不安を抱えているからこそ、巨大な塊になろうとしている。

では、この構造変化は建物の所有者にとって何を意味するか。私の見立ては、次の3点です。

1. 「安い塗料を探す」戦略の賞味期限は切れつつある
原料コストの上昇は、業界全体に等しくかかります。特定のメーカーだけが安く出し続けられる状況は、そう長くは続かないでしょう。材料単価の勝負から降りて、工法と工程で戦うほうが合理的です。

2. 見積の「時間的な鮮度」がこれまで以上に重要になる
半年前の見積は、もう別の建物の見積です。総会のスケジュールと見積の有効期限を、逆算して組んでください。

3. 修繕積立金の前提が古くなっている可能性がある
5年前・10年前に作った長期修繕計画の金額は、いまの材料費・労務費を織り込んでいません。値上げのニュースを見たら、塗料の心配をする前に、長期修繕計画の数字を見直す。これが一番効きます。

よくある質問

Q1. 塗料が値上がりしているなら、大規模修繕を数年先送りしたほうが得ではないですか?
A. おすすめしません。値下がりを待つ根拠がないうえに、先送りしている間に劣化は進みます。ひび割れから水が入って鉄筋が錆びれば、塗装だけでは済まなくなり、躯体の補修という高額な工事が追加されます。ただし、「全部を一度にやる」以外の選択肢はあります。緊急性の高い部位だけを先に直す(ピンポイント施工)という考え方も含めて、点検・調査からご相談ください。

Q2. 見積書で「一式」と書かれている項目が多いのですが、問題ですか?
A. すべてが悪いとは言いません。ただ、金額の大きい項目——足場、下地処理、シーリング、塗装——が「一式」で書かれているなら、数量と単価の内訳を求めてください。比較検討のしようがありませんし、後から追加請求が出やすくなります。

Q3. 塗料メーカーの再編で、うちのマンションで使っている塗料が製造中止になったらどうなりますか?
A. 同等性能の代替品は必ず存在します。むしろ、既存の塗膜との相性(付着性)の確認のほうが実務的には重要で、これは施工会社が試験や調査で確認します。ブランド名にこだわりすぎる必要はありません。

Q4. 値上げを理由に、契約後に追加請求されました。応じるべきですか?
A. まず契約書を確認してください。単価スライドや物価変動に関する条項があるか、その発動条件を満たしているか。条項がないのに一方的な請求であれば、根拠資料(メーカーの値上げ通知など)の提示を求め、協議の場を持つのが筋です。個別の契約解釈については、管理組合の顧問弁護士やマンション管理士にご相談ください。

Q5. ロープアクセス工法にすると、工事の品質は落ちませんか?
A. 工法と品質は別の問題です。品質を決めるのは下地処理と職人の腕、そして施工管理の体制です。当社はロープアクセスの技術者に加え、塗装・防水・タイル・電気・看板といった各分野の専門会社がフランチャイズとして加盟しており、専門職が専門部位を担当します。ロープだから雑になる、ということはありません。

Q6. 収益物件のオーナーです。空室が出ている時期に工事をすべきでしょうか?
A. 工事期間中に足場とシートで建物が覆われると、内見のたびに説明が必要になり、募集に響きます。ロープアクセスやハイブリッド工法は建物を覆わないため、この影響を抑えられます。工事時期と募集時期は、必ずセットで考えてください。

まとめ——値上げの波は、工法と発注で受け流す

長くなりましたので、要点を整理します。

  • 日本ペイントHDが、アクゾノーベルの建築用塗料事業に約1兆3850億円の買収提案(2026年7月13日発表、成立は未定)。世界の塗料業界は再編局面に入っている。
  • その背景には、2026年春に日本の塗装現場を襲ったシンナー・塗料の供給難(日本塗装工業会の調査で、シンナーを通常どおり入手できる会社は2.7%)と、相次ぐ値上げがある。
  • しかし、塗料代が20〜30%上がっても、大規模修繕の総額に効くのは数%。総額を押し上げているのは、材料・労務・仮設の全方位的な上昇である。
  • 管理組合・オーナーが張るべき防衛線は5つ。①材工分離で内訳を出させる ②見積の有効期限と単価スライド条項 ③塗料は「年数で割った金額」で比較 ④塗料名より下地処理の仕様を読む ⑤工事費の最大の塊は足場。
  • そして最後の一手が、工法の組み替え。ロープアクセス工法・ハイブリッド工法で足場費そのものを圧縮する。ただし建物によって向き不向きがあり、現地調査なしに断定はできない。

塗料が上がったというニュースを見て、理事会で「どこを削るか」の議論を始める前に、まず「どこを組み替えられるか」を考えてみてください。削れば建物が痩せます。組み替えれば、建物は痩せずに費用だけが下がる余地があります。

私は現場で20年、建物が痩せていくのを見てきました。修繕積立金が足りないから、塗料のグレードを落とす。足場代がもったいないから、次の工事まで我慢する。その積み重ねが、10年後、20年後の資産価値の差になって、はっきりと表れます。

見積書を前に迷われたら、ご相談だけでも遠慮なくお声がけください。総会の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。お問合せはこちらから。現地を拝見したうえで、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つを並べて、正直な金額と正直なデメリットをお出しします。

次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。

出典・参考資料

※本記事に記載した工事費の構成比(足場が工事費の約2割 等)は、当社がこれまで見積を比較してきた経験にもとづく体感値であり、公的統計に基づく数値ではありません。物件の規模・形状・劣化状況により大きく変動します。また、契約・税務・法務に関する個別のご判断は、専門家(弁護士・マンション管理士・税理士等)にご相談ください。

▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア

大規模修繕をすると固定資産税が下がる——「マンション長寿命化促進税制」で減税を取り逃す組合の“3つの落とし穴”。収益物件オーナーと管理組合が2027年3月の期限までに動く実務【2026年7月】

今朝、いつものようにニュースに目を通していると、神奈川県三浦市の地域メディアが「マンションの長寿命化に資する大規模修繕工事を行うと固定資産税が減額される制度」を取り上げている記事が目に留まりました(出典:湘南人「【三浦市】三浦市のマンション長寿命化大規模修繕工事で固定資産税が減額される制度とは?」)。

同じ日のニュースには、「修繕積立金が足りないマンションが急増し、大規模修繕を“借金”で乗り切るケースが増えている」という論考も流れてきました(出典:アゴラ「修繕積立金が足りないマンション急増:大規模修繕を『借金』で乗り切る危うさ」)。

この2本が同じ朝に並んでいたことに、私は正直、少し複雑な気持ちになりました。片方では「お金が足りないから工事ができない」と言われ、もう片方では「工事をすれば税金が安くなる制度がある」と言われている。それなのに、私が日々うかがう管理組合の理事会で、この減税制度の名前が最初から出てきたことは、体感でほとんどありません。

正直に申し上げます。この制度は、知らないまま工事を終えてしまうと、後から取り返しがつきません。申告期限があるからです。

今日は、この「マンション長寿命化促進税制」を、制度の説明ではなく現場の実務として整理します。何がいくら安くなるのか。どういう組合が使えて、どういう組合が取り逃すのか。そして収益物件をお持ちのオーナーさまが、まず何を確認すべきか。ここからが本題です。


まず結論:大規模修繕をした「翌年度の建物分の固定資産税」が減る

制度の正式名称は「マンション長寿命化促進税制(固定資産税の特例措置)」といいます。国土交通省が所管し、令和5年(2023年)4月からスタートしました(出典:国土交通省「マンション税制/マンション長寿命化促進税制(固定資産税の特例措置)」)。

ざっくり言えば、こうです。

一定の要件を満たすマンションが、長寿命化に資する大規模修繕工事を行うと、その翌年度分の「建物部分」の固定資産税が減額される。

ポイントを3つに絞ります。

項目 内容
減額の対象 各区分所有者に課される建物部分の固定資産税(土地は対象外)
減額の割合 1/6〜1/2の範囲内で市町村の条例が定める(国が示す参酌基準は1/3)
減額の範囲・期間 1戸あたり床面積100㎡相当分まで/工事完了の翌年度分(1年分)

減額割合が「1/6〜1/2」と幅を持っているのは、これが市町村の条例で決まるからです。たとえば東京都(23区)は「2分の1」で運用されています(出典:東京都主税局「長寿命化に資する大規模修繕工事が行われたマンションに対する固定資産税の減額制度」)。横浜市、横須賀市、西宮市なども、それぞれ自治体のページで制度を案内しています(出典:横浜市、横須賀市、西宮市)。

つまり、同じ工事をしても、建物が建っている自治体によって減額幅が違う。ここが最初の実務ポイントです。「うちの市はいくらなのか」は、必ず所管の市区町村(資産税課・固定資産税課)に確認してください。ネット記事や一般論で判断しないでいただきたいのです。

三浦市のようなニュースが地域メディアに載る、というのは、裏を返せば「自治体側も、この制度がまだ十分に知られていないと分かっている」ということだと私は受け止めています。


「たかが1年分」と侮ってはいけない理由

ここで、こう思われた方も多いはずです。

「1年分だけ、しかも建物分だけ。大した額じゃないでしょう?」

たしかに、金額のインパクトだけを見れば、大規模修繕の工事費そのものに比べれば小さい。数万円から十数万円という水準になる住戸が多いでしょう(実際の税額は評価額・自治体・住戸面積で変わるため、ここでは断定しません)。

それでも私が「無視してはいけない」と申し上げるのは、この減税が、総会の空気を変えるからです。

大規模修繕の総会で、いちばん強い反対意見は何か。私の経験上、それは「工事の必要性がわからない」ではありません。「お金がない/これ以上負担したくない」です。修繕積立金の値上げ議案がセットになっていれば、なおさら空気は重くなります。

そこで、こう説明できたらどうでしょうか。

「今回の工事は、要件を満たせば来年度の建物分の固定資産税が減額される対象になり得ます。負担が増えるだけの話ではありません」

金額の大小ではなく、「この工事は、行政も後押ししている“正しい投資”である」という一言が、議案を通す力になる。私は理事長さまに、いつもそうお伝えしています。修繕積立金の値上げと減税をワンセットで説明できる組合は、合意形成が明らかに速いのです。

そして、この制度の設計思想そのものが、実はそこにあります。国交省は制度の目的を「必要な修繕積立金の確保や適切な長寿命化工事の実施に向けた管理組合の合意形成を後押しすること」と明記しています(出典:国土交通省 マンション税制)。減税は目的ではなく、合意形成のための道具として用意されている。この理解が、現場ではいちばん実用的です。


適用要件を、現場の言葉で分解する

制度のパンフレットは丁寧ですが、正直、理事会で回し読みするには少し硬い。私はいつも、要件を「建物の話/工事の話/管理の話」の3つに分けてご説明しています。

① 建物の要件——築20年以上・10戸以上

  • 新築された日から20年以上が経過していること
  • 総戸数10戸以上であること
  • 居住用の専有部分を有するマンション(区分所有建物)であること

築20年というのは、多くのマンションで「2回目の大規模修繕」が視野に入る時期です。つまりこの制度は、はじめから2回目以降の工事を想定して作られています。

② 工事の要件——「長寿命化工事」を過去に1回以上+今回

ここが技術的にいちばん大事なところです。制度が言う「長寿命化工事」とは、次の3つをすべて含む工事を指します。

  1. 外壁塗装等工事
  2. 床防水工事(開放廊下・バルコニー等)
  3. 屋根防水工事

この3点セットです。「外壁だけ塗り替えた」「屋上防水だけやった」という単発の工事は、ここで言う長寿命化工事にはあたりません。

そのうえで、

  • 過去に1回以上、この長寿命化工事を実施していること
  • 令和5年(2023年)4月1日から令和9年(2027年)3月31日までの間に、2回目以降の長寿命化工事を完了していること

が求められます(出典:国土交通省 マンション税制(告示・制度概要))。

適用期限は2027年3月31日。ここから逆算すると、大規模修繕は計画から着工まで1年〜1年半かかることが珍しくありません。「まだ先の話」ではないのです。

③ 管理の要件——「積立金を上げた」または「行政の助言・指導を受けた」

3つ目が、実はいちばん取り逃しの多いところです。次のどちらかに該当する必要があります。

A:管理計画認定マンションの場合
 → 令和3年(2021年)9月1日以降に、修繕積立金の額を管理計画の認定基準未満から認定基準以上に引き上げたこと

B:助言・指導を受けた管理組合の場合
 → 行政から助言または指導を受け、長期修繕計画の見直し等を行い、その長期修繕計画が一定の基準に適合することとなったこと

(出典:国土交通省「マンション長寿命化促進税制の要件(助言又は指導を受けた管理組合の管理者等に係るマンションの場合)」PDF)

要するに、「工事をした」だけでは足りない。「管理を立て直した」ことがセットで求められるわけです。国が減税というインセンティブで動かしたいのは工事そのものではなく、修繕積立金と長期修繕計画の適正化だ、ということが要件からはっきり読み取れます。


落とし穴①:「過去に1回」を証明する書類が出てこない

ここからが、私が現場でいちばんヒヤリとしている話です。

要件②で「過去に1回以上、長寿命化工事を実施していること」とありました。この“過去の工事”は、証明書で示す必要があります。国交省は「過去工事証明書」の様式を用意しています(出典:国土交通省 マンション税制(証明書の様式等))。

問題は、その「過去の工事」が10年前、15年前だということです。

  • 当時の施工会社がすでに廃業している
  • 工事書類が管理会社の交代時に散逸した
  • 竣工図書はあるが、外壁・床防水・屋根防水の3点すべてをやった証拠が残っていない
  • 「たしか屋上防水は次回に見送った」と、当時の理事の記憶だけが頼り

——こういうケースを、私は何度も見ています。

大規模修繕の見積もりや工法の相談で管理組合にうかがい、話の流れで「前回の工事の書類、残っていますか」とお尋ねすると、理事長さまが倉庫の段ボールをひっくり返すことになる。そして半分くらいの確率で、必要な部分が出てこないのです。

私が申し上げたいのは、書類の確認は“工事の相談”と同時にやるべきだということです。工事が終わってから探し始めると、間に合いません。理由は落とし穴③で説明します。

もしお手元の書類で判断がつかない場合は、施工会社に「当時の工事内容が長寿命化工事の3要件を満たしていたか」を確認できることがあります。私どももご相談を受けたときは、まずここから一緒に整理します(お問合せはこちら)。


落とし穴②:修繕積立金の「引上げのタイミング」が合っていない

要件③のAをもう一度読んでください。

令和3年9月1日以降に、修繕積立金の額を認定基準未満から認定基準以上に引き上げたこと

ここには、2つの罠があります。

罠1:引き上げたのが令和3年8月以前だと、この要件に乗らない
 「うちはとっくに積立金を上げているから大丈夫」——そう思っていたら、値上げの決議が令和3年(2021年)8月の総会だった。日付が1か月違うだけで、この要件から外れてしまう可能性がある。

罠2:もともと積立金が十分だった“優等生”組合が、逆に乗りにくい
 「認定基準未満から認定基準以上に引き上げた」という書き方なので、最初から基準を満たしていた組合は、この経路に乗せられないことがあります。この場合はB(助言・指導ルート)の検討になります。

制度の趣旨からすれば当然の設計ではあるのですが、現場感覚では「まじめにやってきた組合ほど、要件の当てはめに一手間かかる」ように見えることがある。だからこそ、自己判断せず、所管自治体のマンション管理担当課に早い段階で相談することを、私は強くおすすめしています。

なお、修繕積立金の水準そのものについては、国交省が「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」を公表しています。理事会で議論する際の共通のものさしとして、こちらを一度は開いておくと話が早くなります。


落とし穴③:申告は「工事完了後3か月以内」——ここで一番多く取り逃す

そして、最大の落とし穴です。

この減税は、自動では適用されません。所有者(区分所有者)が、市区町村に申告する必要があります。

そして申告期限は、一般に「長寿命化工事が完了した日から3か月以内」とされています(各自治体の案内で確認できます/出典:横須賀市、西宮市)。

大規模修繕の竣工直後というのは、現場も組合もいちばんバタバタしている時期です。検査、手直し、精算、竣工報告、総会報告——そのうえ理事の任期が切り替わることも多い。そこに「3か月以内に、証明書を揃えて、各区分所有者が申告する」という作業が乗ってきます。

正直に申し上げて、これは段取りを事前に組んでおかないと、まず流れます。

私はいつも、次の順番で準備することをお願いしています。

  1. 工事の相談段階で、過去工事の書類と積立金の引上げ時期を確認する
  2. 着工前に、所管自治体に「この工事で要件を満たすか」を照会しておく
  3. 工事中に、施工会社に「大規模の修繕等証明書」の発行段取りを確認する(発行には建築士等の証明が必要になります)
  4. 竣工と同時に、証明書一式を揃えて各区分所有者に配布し、申告してもらう

つまり、税制の話は工事が終わってからではなく、工事を発注する前に始める。これに尽きます。


収益物件オーナーが最初に確認すべき「一棟か、区分か」

ここまでは管理組合の話でした。ここからは、収益物件をお持ちのオーナーさま向けの話です。

まず、身も蓋もない確認から入ります。

この制度は、区分所有マンション(=管理組合があるマンション)を前提に設計されています。築20年以上・10戸以上・居住用専有部分を有する、といった要件も、管理計画認定制度や修繕積立金という管理組合の仕組みとひもづいています。

したがって、

  • 区分所有の1室〜数室を投資用に持っているオーナーさま
     → 管理組合が要件を満たせば、ご自身の住戸の建物分の固定資産税が減額対象になり得ます。ただし賃貸中の住戸の扱いを含め、個別の判断は所管自治体と税理士にご確認ください。

  • 賃貸マンションを一棟まるごと単独所有しているオーナーさま
     → 区分所有・管理組合という枠組みから外れるため、この制度の対象にならない可能性が高いと考えられます。適用可否は必ず所管自治体にご確認ください。

私は、この2つ目のパターンのオーナーさまにこそ、正面から申し上げたいことがあります。

減税が使えないなら、工事費そのものを下げるしかない。

そして、そこには制度に頼らずに動かせる、大きな余地があるのです。


減税額より、はるかに大きい「足場」という費目

大規模修繕の見積書を、私は年間に何十枚と見ます。そのなかで、多くの理事長さま・オーナーさまが見落としている費目があります。

仮設足場です。

私どもが日々見積書を拝見するなかでの実感値として、マンションの大規模修繕において、仮設足場(および仮設工事)は工事費全体の2割前後を占めることが少なくありません。建物の形状、階数、隣地との距離によって上下しますので、あくまで目安として受け取ってください(公的な統計値ではなく、当社の見積比較にもとづく体感値です)。

つまり、こういうことです。

減税で戻ってくるのが「建物分の固定資産税の1/3〜1/2を1年分」だとすれば、
足場を見直すことで動くのは「工事費そのものの数%〜十数%」。

桁が違うのです。

もちろん、減税は取れるなら取るべきです。両方やればいい。ですが、優先順位を間違えないでいただきたいというのが、20年近く現場に立ってきた私の本音です。


ロープアクセス・ハイブリッド工法という、第3の選択肢

ここで、私どもがご提案している工法の話を少しだけさせてください。押し売りをするつもりはありません。選択肢を知らないまま発注してしまうことが、いちばんもったいないと思っているからです。

大規模修繕の工法には、大きく3つあります。

工法 概要 向いている建物
通常足場工法 建物全体を仮設足場で覆う従来型 中低層、形状が複雑、全面的に躯体補修が必要な建物
ロープアクセス工法(無足場工法) 産業用ロープで作業員が壁面に直接アクセスして施工。足場を組まない 高層、足場の架設が難しい、居住・稼働を止めたくない建物
ハイブリッド工法 部位ごとに足場とロープアクセスを使い分ける 大規模・複雑で、総合的なコスト最適化が必要な建物

ロープアクセス工法の要点は、単に「安い」ことではありません。建物の使い方を止めないことです。

足場を組むと、外壁は約2〜4か月にわたってメッシュシートで覆われます。窓は開けにくくなり、日当たりは落ち、防犯上の不安も生まれます。分譲マンションなら住民の不満として現れますが、収益物件では、これが「空室が埋まらない」という形で現金に直撃します。

内見に来たお客さまが、足場とシートに覆われた建物を見上げて、そのまま帰ってしまう。私はこの場面を何度も見てきました。工事費を数十万円削るために、賃料収入を数十万円逃している——そういう構図が、実際に起きているのです。

一方で、私は「何でもロープアクセスにすべき」とは決して申し上げません。躯体の劣化が広範囲に及んでいる建物、タイルの浮きが大量にある建物では、足場を組んだほうが結果的に安く、確実です。建物を見ずに工法を決める会社は、信用しないでいただきたい。これは同業として、はっきり言います。

だからこそ、私どもは3つの工法をすべて自社の選択肢として持っています。詳しくはロープアクセス工法のご紹介と大規模修繕工事のご紹介をご覧ください。


「減税の要件を満たす工事」と「工法の選択」は両立する

ここで、大事な整理をしておきます。

長寿命化工事の要件は「外壁塗装等工事・床防水工事・屋根防水工事のすべて」を含むこと、でした。ここに工法の指定はありません。

つまり、

ロープアクセス工法やハイブリッド工法で施工しても、工事の内容が要件を満たしていれば、減税の対象になり得る。

ということです(最終的な適用可否は、証明書の内容と所管自治体の判断になりますので、事前照会を必ず行ってください)。

これは、私が理事会でお話しすると、いちばん驚かれるポイントです。「無足場だと、ちゃんとした工事とみなされないのでは」と心配される方が本当に多い。そんなことはありません。求められているのは工事の内容と品質であって、足場を組んだかどうかではないのです。

私はこれを、必ずワンセットでご提案するようにしています。

  1. 工法で工事費を下げる(足場費・工期・空室リスクの圧縮)
  2. 要件を満たして減税を取る(建物分の固定資産税の減額)
  3. その分を修繕積立金に残す(次回の工事に備える)

3つ目がいちばん大事です。工事費を下げて浮いたお金を、そのまま積立金に残せた組合は、次の12年がまるで違います。


2027年3月31日から逆算する、現実的なスケジュール

適用期限は令和9年(2027年)3月31日までに完了した長寿命化工事です。今日は2026年7月14日。残りは約20か月です。

大規模修繕の標準的な流れから逆算すると、こうなります。

時期 やること
2026年7〜9月 過去工事の書類確認/積立金の引上げ時期の確認/自治体への事前照会
2026年9〜12月 建物調査・診断、工法の比較検討(足場/ロープアクセス/ハイブリッド)、見積取得
2027年1〜3月※ 総会決議、施工会社決定
2027年春〜 着工(※この時点では2027年3月末の期限に間に合いません)

——お気づきでしょうか。今から動いても、2027年3月31日の完了には間に合わない可能性が高いのです。

正直に申し上げます。すでに調査・診断が終わっていて、あとは総会決議と発注だけ、という段階の組合でなければ、期限内完了は現実的ではありません。

では、意味がないのか。そうではありません。

理由1:制度の延長・見直しが議論される可能性がある
 この特例措置は、これまでにも適用期限の延長が行われてきました。今後の税制改正で扱いがどうなるかは、現時点では確定していません。断定はできませんので、最新情報は必ず国土交通省と所管自治体でご確認ください。

理由2:要件の整備そのものが、組合にとって資産になる
 過去工事の書類を揃え、修繕積立金を適正水準に引き上げ、長期修繕計画を見直す——これは減税のためだけの作業ではありません。マンションの管理状況が「見える化」される時代に、そのまま資産価値の裏づけになります。管理計画認定を取っておくことの意味は、減税だけにとどまりません。

理由3:工法の比較検討は、いつやっても効く
 足場を見直してコストを下げるという打ち手は、税制の期限とは無関係です。

ですから、「間に合わないから何もしない」ではなく、「要件整備と工法比較は今から始めて、工事のタイミングは制度の動向を見て決める」——これが、私が今いちばん現実的だと考えている進め方です。


現場から:段ボール3箱の書類と、20万円

最後に、ひとつだけ現場の話をさせてください。

築28年、48戸の分譲マンション。2回目の大規模修繕の相談で、理事長さまからお電話をいただきました。積立金は決して潤沢ではなく、見積もりを取ったら想定より2割以上高かった、と。

私は建物を拝見して、外壁の劣化が全面的ではなく、足場が本当に必要なのは一部だと判断しました。ハイブリッド工法をご提案し、仮設費を圧縮する方向で計画を組み直しました。

そのうえで、私はこうお尋ねしました。

「前回の工事、外壁と床防水と屋上防水、全部やっていますか。書類は残っていますか」

理事長さまは、管理員室の倉庫から段ボールを3箱、引っ張り出してこられました。埃をかぶった竣工書類のなかから、前回(14年前)の工事の内訳書が出てきました。外壁塗装、開放廊下の床防水、屋上防水——3点、すべて入っていた。

私は、その場でこう申し上げました。

「長寿命化促進税制、対象になる可能性があります。市役所に事前に照会しておきましょう。工事が終わってから探し始めていたら、3か月では間に合いませんでした」

減額される税額は、1戸あたり十数万円ではありません。数万円規模です。48戸でも、金額としては決して大きくない。

それでも、あの日の理事長さまの表情を、私は忘れません。「工事費が下がって、税金も下がる」——その2つが揃ったことで、総会の議案は、驚くほどすんなり通りました。

現場で20年やってきて、私が一番悔しい思いをするのは、「知っていれば取れたものを、知らずに取り逃した」場面に立ち会うときです。この記事が、その一つでも防げるなら、書いた甲斐があります。


よくあるご質問(FAQ)

Q1. 減額されるのは何年分ですか?
A. 長寿命化工事が完了した翌年度分の、建物部分の固定資産税です。継続的に毎年減額される制度ではありません。

Q2. 減額の割合は全国一律ですか?
A. いいえ。1/6〜1/2の範囲内で市町村の条例により定められます(国が示す参酌基準は1/3)。たとえば東京23区は1/2で運用されています。必ず所管自治体にご確認ください。

Q3. 賃貸に出している区分所有の住戸でも対象になりますか?
A. 制度は居住用の専有部分を対象としており、所有者が居住しているかどうかで一律に線を引く制度ではありません。ただし、個別の適用可否は所管自治体の判断となります。税務の個別判断は税理士および所管自治体にご確認ください。

Q4. 一棟まるごと所有している賃貸マンションは使えますか?
A. この制度は区分所有マンション(管理組合・管理計画認定制度)を前提とした設計になっているため、対象外となる可能性が高いと考えられます。必ず所管自治体にご確認ください。一棟オーナーさまは、工法選択による工事費の最適化のほうが効果が大きい場合があります。

Q5. ロープアクセス工法で施工しても、減税の要件を満たせますか?
A. 要件は工事の内容(外壁塗装等・床防水・屋根防水のすべてを含むこと)で定められており、工法の指定はありません。したがって内容が要件を満たしていれば対象になり得ます。ただし証明書の内容と自治体の判断によりますので、着工前の事前照会をおすすめします。

Q6. 申告を忘れてしまいました。あとから申告できますか?
A. 申告期限は一般に工事完了後3か月以内とされています。期限を過ぎた場合の取扱いは自治体により異なりますので、まずは所管自治体の資産税担当課にご相談ください。この「3か月」が、実務上いちばんの落とし穴です。


まとめ——制度は、動いた組合の側にしか味方しない

今日の要点を、もう一度だけ整理します。

  1. マンション長寿命化促進税制は、長寿命化に資する大規模修繕工事をしたマンションの、翌年度の建物分の固定資産税を1/6〜1/2(参酌1/3)減額する制度。
  2. 要件は「築20年以上・10戸以上」「外壁・床防水・屋根防水の3点セットを過去に1回以上+今回」「積立金の引上げ、または助言・指導を受けた計画見直し」。
  3. 落とし穴は3つ——①過去工事の証明書類、②積立金引上げのタイミング(令和3年9月1日以降)、③申告は工事完了後3か月以内。
  4. 適用期限は2027年3月31日(今後の税制改正での扱いは確定していないため、最新情報は要確認)。
  5. 収益物件オーナーは、まず「区分所有か、一棟所有か」を確認する。一棟所有なら、減税より工法によるコスト最適化が本丸。
  6. ロープアクセス工法・ハイブリッド工法でも、工事内容が要件を満たせば減税の対象になり得る。

制度というのは、待っていても向こうからは来ません。申告しなければ減額されないし、書類がなければ証明できない。動いた組合の側にしか、味方をしてくれないのです。

私どもは、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3工法から、その建物にとって本当に最適なものをご提案できる、日本でも数少ない会社です(私たちの考え方)。工事のご依頼をいただく前の、「そもそもうちは減税の対象になるのか」「工法で本当に安くなるのか」という段階のご相談だけでも、遠慮なくお声がけください。総会の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。

これは私が現場で20年見てきた、嘘偽りのない感想です。次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。


出典・参考資料

※本記事は制度の概要を一般的に解説したものであり、個別の税務判断を行うものではありません。適用可否・減額割合・申告手続きは、必ず所管の市区町村および税理士にご確認ください。

▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア

空室に税金がかかる時代へ——神戸市の「空室税」答申案が“タワマン以外”にも広がった。収益物件オーナーと管理組合が、空室・修繕積立金・大規模修繕を一本の線でつなぐ実務【2026年7月】

今朝、いつものように建設・不動産のニュースに目を通していて、思わず手が止まりました。

「空室税、タワマンに限定せず——神戸、中心部の分譲対象」。

神戸市の有識者会議が2026年7月10日、都心部の空室所有者に課税する、いわゆる「空室税」の答申案を示した、という報道です。しかも当初の議論の入口だったタワーマンションに限らず、対象地区の分譲マンション全体を課税対象とする方向だといいます(出典:神戸市「居住と税制のあり方に関する検討会」、日本経済新聞「神戸中心部の空室税『タワマン以外も』 市検討会が答申案」)。

私はマンションやビル、ホテルの大規模修繕(建物全体を計画的に補修・改修する工事のこと)の現場に20年近く立ってきました。税制の専門家ではありません。それでも、このニュースを「他人事ではない」と感じたのには理由があります。空室は、税金の問題である前に、建物の問題だからです。

空室が増えると、管理費や修繕積立金の集まりが悪くなる。総会の決議が通りにくくなる。工事が先送りされ、建物が傷む。建物が傷むから、さらに空室が埋まらない——。この悪循環を、私は現場で何度も見てきました。神戸市が動いたということは、行政もついに「空室は所有者個人の自由の問題ではなく、街と建物の維持の問題だ」と踏み込んだということです。

今日は、この「空室税」の答申案を入口に、収益物件オーナーさまと管理組合が、空室・修繕積立金・大規模修繕を一本の線でつないで考えるための実務をお話しします。結論から申し上げます。空室対策と修繕コスト削減は、別々のテーマではありません。工法の選び方ひとつで、両方に同時に効きます。

1. まず事実を押さえる——神戸市「空室税」答申案の中身

感情論の前に、報道と一次情報から分かっている事実だけを整理します。

(1)議論の主体
神戸市の「居住と税制のあり方に関する検討会」。2025年5月30日の第1回から議論が重ねられ、2026年7月10日の第6回で答申案が示されました。これはもともと、タワーマンションと地域社会との関わり方に関する有識者会議の報告書で「タワーマンションの空き部屋の所有者に対する法定外税の可能性」が指摘されたことを受けた検討です(出典:神戸市「居住と税制のあり方に関する検討会」)。

「法定外税」とは、地方税法に定めのない、自治体が独自に条例で設ける税のことです。

(2)対象エリア
JR新神戸駅からJR神戸駅にかけて広がる「都心機能誘導地区」、およそ314ヘクタールが想定されていると報じられています。

(3)対象となる物件
分譲マンション。戸建ては含まれません。そして最大のポイントが、タワーマンションに限定しないという方向性です。

(4)「空室」の判定方法
住民票の有無を基本に判断し、住民票がない場合は必要に応じて納税などの実績を調べる、とされています。

(5)これからのプロセス
答申を受けて市が導入を決める場合、市議会での条例可決と、総務大臣の同意が必要になります。つまり、今日時点で税金が確定したわけではありません。ここは冷静に押さえておくべきところです。

(出典:共同通信「『空室税』、タワマンに限定せず 神戸、中心部の分譲対象」)

私が注目したのは、(3) の「タワマンに限定しない」という一点です。ここに、行政の問題意識の本質が表れていると感じました。

2. なぜ「タワマンに限定せず」なのか——空室は“建物全体”を蝕むから

当初の議論は、投資目的で買われ、誰も住んでいないタワーマンションの一室——いわゆる「電気のつかない部屋」への問題意識から始まりました。街の賑わいが失われる、地域コミュニティが成り立たない、防災上も誰がいるのか分からない、といった論点です。

しかし議論が進むにつれて、「それはタワマンだけの話なのか?」という当然の問いが出てきます。中層の分譲マンションでも、相続で取得したまま放置されている住戸、投資で買ったまま貸しても住みもしない住戸、売れ残ったまま塩漬けになっている住戸は、確実に存在します。そして——ここが重要なのですが——建物の維持管理という観点では、空室が中層マンションで起きた方が、影響はむしろ深刻になり得ます。

理由は単純です。総戸数が少ない建物ほど、1戸の空室が組合財政に占める重みが大きいからです。300戸のタワマンで10戸空いても3.3%ですが、30戸のマンションで10戸空けば33%です。管理費と修繕積立金の3分の1が不安定になる。これは、大規模修繕の資金計画を根底から揺るがします。

行政が「タワマンに限定しない」と踏み込んだのは、空室問題の本質が“派手なタワマンの空き部屋”ではなく、“建物を維持する体力の喪失”にあることに、議論が行き着いたからだと私は読んでいます。

3. 数字で見る「空室」——もはや例外ではない

現場感覚だけでは説得力がありません。公的統計で確認しましょう。

空室があるマンションは、全体の34.0%。
国土交通省の「令和5年度マンション総合調査」によれば、空室があるマンションの割合は34.0%。完成年次が古いマンションほど、空室がある割合が高くなる傾向がはっきり出ています。さらに、所在不明・連絡先不通の空室があるマンションは3.3%にのぼります(出典:国土交通省「令和5年度マンション総合調査」)。

3棟に1棟は、すでに空室を抱えている。これが日本のマンションの現在地です。

空き家は全国で900万2千戸、空き家率13.8%。
総務省「令和5年住宅・土地統計調査」では、空き家数は900万2千戸と過去最多、空き家率は13.8%と過去最高を更新しました。しかも見落とされがちですが、空き家のうち共同住宅が502万9千戸(55.9%)を占めます。「空き家=地方の古い戸建て」というイメージは、もう実態と合っていません(出典:総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査」)。

居住者の高齢化も同時進行。
同じマンション総合調査では、70歳以上の居住者の割合は25.9%(前回調査比+3.7ポイント)。1984年(昭和59年)以前に建てられたマンションでは、実に55.9%が70歳以上です。

空室と高齢化。この二つが同時に進むと、管理組合はどうなるか。役員のなり手がいない、決議に必要な賛成が集まらない、値上げが決まらない、工事が決まらない。私が現場でお会いする理事長さまの多くが、まさにこの壁の前で立ち止まっておられます。

4. 空室が管理組合と建物に与える、3つのダメージ

空室を「使っていない部屋があるだけ」と考えると、本質を見誤ります。空室は、次の3つの経路で建物そのものを傷めます。

ダメージ①:修繕積立金と管理費の「回収不能リスク」

空室そのものは滞納ではありません。所有者がきちんと払っていれば問題ないからです。しかし、空室が長期化する住戸ほど、所有者の関心が薄れ、相続が発生し、連絡が取れなくなる確率が上がります。所在不明・連絡先不通が3.3%のマンションで発生しているという数字は、そのなれの果てです。

修繕積立金は、大規模修繕という「まとまった支出」のために10年、20年かけて積むお金です。その原資に穴が空くということは、工事の時期が来ても資金がないという事態に直結します。

ダメージ②:総会決議が「動かなくなる」

大規模修繕の実施や、修繕積立金の値上げは、総会での決議事項です。空室で所有者が不在、あるいは無関心だと、議決権行使書すら返ってきません。反対されるのではなく、「賛成にも反対にも届かない」ことで議案が流れる。これが、実務で一番厄介です。

私が伺った物件でも、「劣化診断では明らかに手を打つべき段階なのに、あと数戸の賛成が集まらず1年先送り」というケースがありました。その1年で外壁のひび割れは進み、雨水が入り、翌年の見積りは上がっていました。先送りには、必ず値札がつきます。

ダメージ③:建物の劣化が「空室をさらに生む」

外壁が汚れ、シーリングが痩せ、鉄部が錆びている建物は、内見の第一印象で確実に負けます。賃貸に出しても決まらない、売りに出しても値がつかない。すると所有者はますます「空けたまま」を選び、管理への関心を失う——。

空室 → 資金不足 → 修繕先送り → 劣化 → さらに空室。この輪を、私は「マンションの静かな下り坂」と呼んでいます。神戸市が税で介入しようとしているのは、この下り坂に入った建物が街に増えることへの危機感なのだと思います。

5. 神戸だけの話ではない——先行事例と、全国への波及

「うちは神戸じゃないから関係ない」と思われた方に、一つだけお伝えしておきたい事例があります。

京都市の「非居住住宅利活用促進税」、いわゆる空き家税です。市街化区域内の、居住実態のない住宅に課税する法定外税として、すでに総務大臣の同意を得て条例が成立しています。課税開始はシステム開発の都合で1年延期され、令和12年度(2030年度)からの予定とされています(出典:京都市「非居住住宅利活用促進税について」)。

つまり日本では、「住まない住宅に自治体が課税する」という枠組みが、すでに一度、国の同意を得て成立しているのです。神戸市の答申案は、その延長線上にあります。

税制の行方を予測するのは私の仕事ではありません。ただ、「空室を抱え続けるコストは、これから上がる方向にある」という流れは、収益物件を持つ立場として頭に入れておいて損はないはずです。固定資産税、管理費、修繕積立金、そして場合によっては空室への課税。持っているだけで出ていくお金が増えていく。

だとすれば、オーナーさまが取り得る手は、突き詰めると3つしかありません。

  1. 貸す(稼働させる)
  2. 売る(手放す)
  3. 持ち続ける(コストを許容する)

そして——1でも2でも3でも、建物の状態が結果を左右します。貸すなら決まりやすさ、売るなら価格、持ち続けるなら維持費。すべて、建物のコンディションが効いてくる。ここで、ようやく大規模修繕の話に戻ってきます。

6. 【現場から】足場は、ときに“空室対策の敵”になる

ここからは、統計ではなく、私が現場で見てきた話をします。

賃貸に出している住戸をお持ちのオーナーさまから、こんなご相談をよくいただきます。

「大規模修繕の期間中は、入居が決まらないんですよ」

これは、感覚ではなく実態です。建物全体に仮設足場を組み、メッシュシートで覆う。すると何が起きるか。

  • 内見の印象が落ちる:足場とシートで外観が見えず、室内も暗くなる
  • 日照・通風が遮られる:既存の入居者からも不満が出る
  • 防犯上の不安:足場は物理的に上階へ登れる経路になります。実際、工事期間中の防犯対策は管理組合の重要議題です
  • プライバシーへの懸念:窓の外を職人が行き来する。特に単身女性の入居者から敬遠されやすい
  • 騒音・臭気:高圧洗浄や塗装の臭いは、内見の日に当たれば決定打になります

結果として、工事期間中は募集を止める、あるいは賃料を下げる。3〜6か月にわたる工事なら、その間の機会損失は決して小さくありません。大規模修繕は資産価値を守るための投資なのに、その工事のやり方次第で、目先の稼働率と収益を削ってしまう。これが、収益物件オーナーさまが抱える、あまり語られないジレンマです。

そして空室税のような制度が現実味を帯びるなら、この「工事期間中に空室が埋まらない」という問題は、単なる機会損失ではなく、課税リスクにもつながりかねない話になります。少なくとも、以前より重く受け止める理由が増えました。

数字にしてみると、無視できない金額になります

抽象論では動けませんので、簡単な試算をしてみます。あくまで考え方を示すための仮の数字で、実際の金額は物件によって大きく変わることを、先にお断りしておきます。

たとえば、賃料10万円の住戸を10戸お持ちのオーナーさまがいるとします。通常であれば、退去が出ても1か月ほどで次が決まる立地です。ところが大規模修繕が始まり、建物全体が足場とシートで覆われた。工期は5か月。この間、たまたま2戸が退去し、募集をかけたものの内見が入らず、工事が終わるまで決まらなかった——。

10万円 × 2戸 × 4か月=80万円。これが、消えた家賃です。さらに「早く決めたい」と考えて賃料を5,000円下げれば、その減額は入居後もずっと続きます。5,000円 × 12か月 × 2戸で、年間12万円。契約が続く限り、この差は毎年効いてきます。

もし工法の見直しで工期を2か月短縮でき、しかも建物がシートで覆われずに済んだなら、この損失の相当部分は発生しません。仮設費の削減額だけでなく、「稼働を止めなかったこと」の価値も、工法選択のリターンに含まれる。私が収益物件のオーナーさまに、必ずこの視点をお伝えする理由です。

7. ロープアクセス(無足場工法)が、空室リスクを下げる理由

私たち明誠が、通常の足場工法に加えてロープアクセス工法(無足場工法)と、両者を組み合わせたハイブリッド工法を扱っているのは、まさにこの問題に答えを出すためです。

ロープアクセス工法とは、屋上から産業用ロープで作業員が降下し、外壁の補修・塗装・防水・シーリング打ち替えなどを行う工法です。足場を組まないため、次のような違いが生まれます。

  • 建物がシートで覆われない:外観が見える。内見にも影響が出にくい
  • 日照・通風が確保される:入居者の生活影響が最小限
  • 足場という“侵入経路”ができない:防犯上の不安が大きく減る
  • 仮設・解体の期間が不要:工期そのものが短くなる
  • 足場費用が発生しない:一般に工事費の2割強を占める仮設費を圧縮できる

つまり、空室リスクを下げながら、同時に工事コストも下げられる。空室対策と修繕コスト削減が、工法選択という一点で交わるのです。

もちろん、ロープアクセスが万能だと申し上げるつもりはありません。正直に、限界もお伝えします。

  • 大量の資材を同時に上げ下げする作業(外壁全面の大規模なタイル張り替えなど)には不向きな場合があります
  • 屋上に支点(アンカー)を確保できない構造では採用できません
  • 複雑な形状や、低層で足場の方が早い建物もあります
  • 有資格の技能者が必要で、施工体制のある会社が限られます

だからこそ、私たちは「ロープありき」で提案しません。建物ごとに、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つから最適解を選ぶ。これが明誠の立ち位置です(詳しくはロープアクセス工法のページをご覧ください)。

8. 3つの工法を、空室・収益の目線で比べる

一般的な傾向として、次のように整理できます(建物条件により異なります)。

比較軸 通常足場工法 ロープアクセス工法 ハイブリッド工法
仮設費 工事費の2割強を占めることが多い 原則発生しない 必要な部位のみ
工期 仮設・解体の期間が加算される 短くなりやすい 中間
外観・内見への影響 シートで全面が覆われる 影響が小さい 部分的
入居者の生活影響 日照・通風・プライバシーに影響 最小限 部分的
防犯面 侵入経路が生まれるため対策が必要 足場に起因する不安がない 部位により対策
大量施工・重量物 得意 不得意な場合がある 得意な部位に足場を割当
向く建物 中低層、複雑形状、全面改修 高層、足場架設が困難、コスト重視 大規模・複雑で総合最適が必要

見ていただきたいのは、「どれが優れているか」ではなく「どの軸を優先するか」です。全面的にタイルを張り替える必要がある建物なら、足場を組んだ方が結局は安く早い。逆に、外壁の部分補修と塗装・シーリングが中心で、稼働を止めたくない収益物件なら、ロープアクセスの価値が跳ね上がります。

そして実務で最も多いのが、ハイブリッドです。北面は足場、他の3面はロープアクセス。低層部だけ足場、上層はロープ。こうした「使い分け」で、コストと生活影響のバランスを取ります。

現場から——「全面足場」を疑うところから始まる

以前、築30年を超える中層マンションの相談を受けたことがあります。総戸数は50戸ほど、うち数戸が長く空いたままでした。管理会社経由で出てきた見積りは、当然のように建物全面に足場を組む前提。仮設工事だけで総額の2割を優に超えていました(物件が特定されないよう、状況は一部変えて記しています)。

現地を拝見して、まず確認したのは劣化の分布です。実際に手を入れる必要があるのは、雨掛かりの厳しい面と、シーリングの痩せた目地、そして共用廊下側の鉄部が中心。全面をタイルごと張り替えるような工事ではありませんでした。

そこでご提案したのが、部位ごとに工法を切り替えるという考え方です。低層部と作業量の多い面には足場を残す。上層階と、点在する補修が中心の面はロープアクセスで対応する。結果として仮設の範囲は大きく縮み、工期も短くなりました。

理事の方々に一番喜ばれたのは、実は金額ではありませんでした。「建物全体がシートで覆われる期間が短くなったこと」です。日当たりが戻る、洗濯物が干せる、外から建物が見える。住んでいる方にとっては、そこが一番の関心事なのだと、あらためて学びました。

そして空室を抱えていたオーナーの方からは、「募集を止めずに済んだ」と言っていただきました。空室対策とコスト削減が同じ方向を向いた、分かりやすい例だったと思います。

9. 空室と積立金の悪循環を断つ——「第4の選択肢」

修繕積立金が足りない。この相談を受けたとき、多くの現場で提示される選択肢は3つです。

  1. 値上げする(住民の合意が要る/空室所有者の同意は取りにくい)
  2. 借り入れる(利息が乗る/将来世代の負担になる)
  3. 工事を先送りする(劣化が進み、次の見積りはさらに上がる)

どれも痛みを伴います。特に空室を抱えた組合では、1は決議が通らず、3に流れがちです。

私が申し上げたいのは、その手前にある第4の選択肢です。

  1. 工事そのもののコストを、工法で下げる

見積書の「仮設工事」の欄を見てください。総額の2割強がそこに計上されているなら、その2割強は、建物を直すお金ではありません。職人を高所に運ぶための、いわば「移動手段」の代金です。移動手段を変えられるなら、そのお金は建物を直すことにも、積立金を残すことにも回せます。

これは値切りではありません。品質を落とすことでもありません。工法という前提条件そのものを、建物に合わせて設計し直すという話です。私はこれを、「削るのではなく、組み替える」とお伝えしています。

10. オーナーさま・管理組合が、今日からできる5つのこと

① 自分の物件の「空室状況」を数字で把握する
何戸中、何戸が空いているか。そのうち賃貸募集中は何戸か。所在不明の所有者はいないか。管理会社に確認すれば分かります。

② 長期修繕計画の前提を確認する
計画がいつ作られたか。前提となる工事費単価はいつの相場か。建設コストは10年で約3割上がっています。5年以上前の計画なら、金額の前提が現実と乖離している可能性が高いと考えてください。

③ 見積書の「仮設工事」の割合を見る
総額に占める仮設費が何%か。2〜3割を大きく超えているなら、「本当に全面足場が必要か」を一度質問してみる価値があります。理由を丁寧に説明できる会社かどうかも、そこで見えます。

④ 工事期間中の「募集停止リスク」を試算する
賃貸に出している住戸があるなら、工事期間×賃料×想定空室戸数を計算してみてください。この金額が、工法選択の判断材料になります。

⑤ 所有自治体の動きを確認しておく
神戸市が答申段階に入ったこと、京都市の空き家税が2030年度課税開始予定であること。この2つは、他自治体の検討材料になり得ます。管理状況の届出義務化を進める自治体も増えています。

よくあるご質問

Q. 神戸市の空室税は、いつから課税されるのですか?
現時点では答申案が示された段階です。市が導入を決めた場合でも、市議会での条例可決と総務大臣の同意が必要です。開始時期は確定していません。確定情報は必ず神戸市の公式発表でご確認ください。

Q. 賃貸に出していれば課税対象になりませんか?
報道によれば、非居住かどうかは住民票の有無を基本に判断するとされています。制度設計の詳細は今後の条例で定まりますので、断定はできません。税務の個別判断は、必ず税理士や所管自治体にご相談ください。

Q. 空室があると、大規模修繕はできなくなりますか?
できなくなるわけではありません。ただ、資金と決議の両面でハードルが上がります。だからこそ、工事費そのものを工法で圧縮し、必要な決議のハードルを実質的に下げるアプローチが有効になります。

Q. ロープアクセスは、足場より品質が落ちませんか?
落ちません。使う材料も工程も同じです。違うのは「職人がどうやってその場所に行くか」だけです。むしろ足場がない分、施工面に近い距離で作業でき、丁寧に見られるという声もいただきます。

Q. 築40年の中層マンションでも使えますか?
屋上に支点を確保でき、施工範囲が塗装・防水・シーリング・部分補修が中心であれば、多くの場合で採用可能です。まず建物を見せていただくのが確実です。

Q. 相談だけでもいいのですか?
もちろんです。「工事を発注する前提」でなくて構いません。長期修繕計画の金額が今の相場に合っているか、仮設費の割合が妥当か、という整理だけでもお力になれます(施工事例はこちら)。

おわりに——空室は「持ち方」の問題であり、「直し方」の問題でもある

神戸市の答申案は、まだ確定した税制ではありません。けれど、この動きが投げかけている問いは、税とは関係なく重いものです。

「その部屋を、あなたはどう使いますか。その建物を、誰が維持しますか。」

空室を埋めるには、建物が選ばれるものでなければならない。建物が選ばれ続けるには、適切なタイミングで手を入れなければならない。手を入れるには、お金と決議が要る。お金と決議を整えるには、工事のコストが現実的な水準でなければならない——。

すべては、一本の線でつながっています。私たち明誠が、足場・ロープアクセス・ハイブリッドの3つの工法を持ち、日本で初めてロープアクセス工事のフランチャイズを展開してきたのは、この線のどこかで詰まっている建物を、少しでも前に進めたいからです(明誠の考え方はこちら)。

「足場ありきでもロープありきでもなく、この建物にとって一番いい組み合わせを一緒に探しましょう」。理事長さまやオーナーさまに、私はいつもそうお伝えしています。工法は目的ではなく、資産価値を守るための手段だからです。

総会の前段階の整理だけでも、お力になれることがあります。ご相談だけでも遠慮なくお声がけください(お問合せフォームはこちら)。

次回も、現場で本当に使える話だけをお届けします。

出典・参考資料

▼ロープアクセス工法・無足場工法の詳細解説はこちら
ロープアクセスドットコム|無足場工法専門メディア

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