職種名
平松 勇貴
予定通りの現場はない
――すべての状況を見渡し、工事を成立させる平松勇貴

「問題なく終わる現場の方が珍しいですね」
そう語るのは、現場管理を担う平松勇貴だ。
工事現場では、予定通りに進むことはほとんどない。
朝決めた工程が午後には変わることもある。
足場を組んで初めて想定以上の傷みが見つかることもあれば、
別の職種の作業の遅れが全体に影響することもある。
多くの協力会社が出入りする現場では、それぞれの事情や段取りが複雑に重なり合う。
一つ判断を誤れば、現場全体の流れは止まる。
その中で、平松は安全、品質、工程、収支、そして人の動きまでを見渡しながら、
一つひとつ判断を重ねていく。
華やかな仕事ではない。
だが、その積み重ねがなければ現場は成立しない。
中学時代からの友人である本間幸紘とともに、
平松は今日も現場を支え続けている。

第1章 予定通りに進まない。その前提で現場を動かす
ホテルの外壁改修工事だった。
工期は約8か月。
ロープアクセスによるタイル補強工事で、外壁のタイルにドリルで穴を開け、
剥落を防ぐためのピンを打ち込んでいく。
建物がホテルであること自体は珍しくない。
だが、この現場には客室だけでなく、宴会場や会議室が併設されていた。
客室だけであれば、チェックアウトからチェックインまでの限られた時間を使って
音の出る作業を進めることができる。
しかし、このホテルは駅に近く、宴会や会議の予定がほぼ毎日のように入っていた。
「今は音を止めてください」
そんな連絡がホテル側から入る。
会議が始まれば、ドリルの音は出せない。
だからといって工事を止めることもできない。
作業場所を変更する。
工程を組み替える。
別の職種を先に動かす。
一週間先まで予定を見直し、
「今週はこちらから進めよう」と段取りを組み直すこともあった。
現場では、毎日のように調整が発生する。
「1か月以上続く現場で、何事もなく終わることはまずないですね」
平松はそう振り返る。
現場管理の仕事は、単に工事の進捗を確認することではない。
安全管理、協力会社との連携、工程調整、品質確認。
そして問題が起きれば、その影響が現場全体に広がる前に、最善の方法を考え、
流れを組み替えていく。
目立つ仕事ではない。
だが、その判断が積み重なることで、現場は止まることなく動き続ける。
約8か月に及んだ工事は、大きな事故もなく完了した。
「長いこと、きれいに収めてもらってありがとうございました」
工事を終えた後、施主からそう声を掛けられた。
平松にとって、その一言は、
神経をすり減らし続けた日々が、報われる瞬間でもあった。
第2章 思い通りにならない海で学んだこと
平松が最初に選んだ仕事は、建設業ではなかった。
高校卒業後、千葉県の海上技術学校で取得した資格を活かし、船会社へ就職した。
海を目指すきっかけは、小学生の頃にさかのぼる。
夏休みになると、小笠原諸島・父島で暮らす叔母一家のもとを訪れ、
一か月近くを過ごした。
漁師だった叔父の働く姿を間近で見ながら過ごした時間は、
少年だった平松の心に強く刻まれた。
「海っていいな。船に乗る仕事がしたい」
その思いは中学生になっても揺らがず、
より専門的な資格を取得できる海上技術学校へ進学。
卒業後、念願だった船会社への就職を果たした。
「夢が叶いました」
そう振り返る。
学生時代には、大型船で約九か月にわたる実習も経験した。
中国からの帰港途中、大型台風の中を航行したこともある。
港にとどまることもできず、荒れた海へ向かわなければならなかった。
その時、自然の圧倒的な力を目の当たりにした。
「自然には、人間なんて太刀打ちできないなと思いました」
船上で寝泊まりしながら働く生活は決して楽ではなかった。
それでも、幼い頃から憧れ続けた世界だった。
しかし23歳の時、父親の他界をきっかけに状況が変わる。
家族を支えるため、東京へ戻る決断をした。
知人の紹介で塗装業の世界へ入り、マンション改修工事を中心に経験を積む。
約8年間、職人として現場に立ち続けた後、31歳で独立。
夢を追い海へ出た青年は、新たな場所で、もう一度人生を築き始めた。

第3章 現場を見ることと、動かすことは、まったく違った
独立後も、中学時代からの友人だった本間幸紘との縁は続いていた。
当時の明誠は、大きな転換期を迎えていた。
長年手がけてきた戸建住宅の改修工事から、ロープアクセスを活用したビル改修へ――。
事業の軸を移そうとしていた本間は、
それまで担当していた戸建住宅の現場管理を引き継いでくれる人を探していた。
声が掛かったのが、個人事業主として働いていた平松だった。
「現場のことは分かっているし、できるだろう」
そう思った。
それまでマンションの大規模改修工事で塗装職人として経験を積んできた。
規模の大きな現場にも数多く携わってきたのだから、
一軒家の工事なら対応できるはずだ――そんな自信もあった。
しかし、その考えはすぐに打ち砕かれる。
一軒家とマンションでは、仕事の勝手がまったく違った。
何より、平松が経験してきたのは「施工する側」であり、
「現場を管理する側」の仕事ではなかった。
現場管理では、複数の現場が同時に動く。
平松が任されたのは、常時6〜7件の現場。
本間が担当していた頃は、多い時で17〜18件もの現場が並行して動いていたという。
すべての現場を毎日回るわけではない。
工程を見ながら、仕上がりを確認するタイミングを見計らって現場を回る。
完成前に品質を確認し、必要があれば職人へ修正を依頼する。
その判断の積み重ねが、工事全体の品質を決める。
だが当時は、どのタイミングで現場を回り、どう伝えれば思い描いた仕上がりになるのか。
その感覚は、まだ身についていなかった。
「完全になめていましたね」
平松はそう振り返る。
約1年4か月、試行錯誤を重ねたものの、最終的には現場管理から離れる決断をする。
自分の実力不足を痛感した。
職人として知っていることと、現場全体を動かす判断は、まったく異なる仕事だった。
この経験が、平松の仕事の軸を決定づけていく。
第4章 ロープアクセスという、新たな選択肢
現場管理を離れた後、平松はしばらく仕事から距離を置いていた。
そんな時、明誠の現場が工程どおりに進まず苦労していることを知る。
「プレーヤーとしてなら手伝いますよ」
そう伝え、平松は再び現場に立つことを決めた。
慣れ親しんだ職人としての仕事だった。
その頃、明誠ではロープアクセス工法の導入が進んでいた。
最初に話を聞いた時の印象は、正直なところ不安の方が大きかったという。
「危ないことをやるなと思いました」
講習を受け、実際に現場に立っても、その気持ちはすぐには変わらなかった。
しかし経験を重ねるうちに、少しずつ見え方が変わっていく。
足場を組まなくても対応できる工事がある。
必要な場所だけを効率よく施工できる。
これまで諦めていた現場にも、新しい選択肢が生まれる。
「これは結構いいかもしれない」
ロープアクセスという工法の可能性を、現場で実感するようになっていった。
そして2024年、本間から新たな構想を聞く。
ロープアクセスと足場を組み合わせたフランチャイズ展開だった。
建設業界に新しい仕組みを広げようという挑戦だった。
その話を聞いた時、平松は素直に「面白そうだ」と思った。
そこへ本間から声が掛かる。
「一緒にやっていかないか」
返事に迷いはなかった。
2025年3月、平松は正式に明誠へ入社した。
第5章「平松なら大丈夫」と言われるまで
現在の平松は、現場管理者として数多くの案件を統括している。
現場が始まれば、まず全体を俯瞰する。
工程は問題ないか。
協力会社の手配は間に合うか。
安全面に問題はないか。
追加工事が必要になった場合はどうするか。
工事が始まって初めて見えてくる課題も多い。
足場を組み、近くで外壁を見ると、地上からは分からなかった傷みが見つかることがある。
その場合は、補修方法を見直し、新たな専門業者を手配し、
工程や予算まで組み直さなければならない。
現場を止めるわけにはいかない。
必要な段取りを整理し、「この方法が最善だ」と判断したうえで、本間へ相談する。
すると返ってくる言葉がある。
「平松なら大丈夫だろう」
本間からそう言われることが増えた。
信頼されている証だ。
もちろん、プレッシャーもある。
自分の判断ひとつで工事の品質も利益も変わるからだ。
それでも平松は笑って言う。
「今はエネルギーになりますね」
任される責任が、次の判断を支える力になっている。
あの日の挫折も、現場で積み重ねてきた経験も、
そのすべてが、いまの判断を支えている。
第6章 最善の判断は、「想う」ことから生まれる
平松が仕事の中で大切にしている言葉がある。
「想」。
特別な理念として掲げているわけではない。
現場の話をしていると、ごく自然に出てくる感覚だ。
先の工程をどう組むかを考える。
協力会社が動きやすい段取りを考える。
オーナーの立場を考える。
同じ現場で働く仲間の負担も考える。
どれか一つだけを優先すれば、現場はどこかで止まってしまう。
だから全体を見渡し、誰も無理をしない形を探し続ける。
そんな今の自分だからこそ、若い頃の自分に伝えたいことがある。
「もうちょっと真面目に考えろ、ですかね」
そう言って、平松は少し笑う。
職人として現場を見ていた頃には、見えていなかった景色がある。
現場は、一人では成立しない。
誰か一人の力でも動かない。
それぞれが相手を想い、役割を果たして初めて、一つの現場になる。
平松勇貴は今日も、その中心で現場全体の流れを静かに見つめている。





