職種名
堤 由香
「一人じゃないよ、みんないるよ」
――会社を止めない仕組みをつくる堤由香

総務、経理、契約書、請求書、DM発送。
株式会社明誠の事務所では、日々さまざまな業務が動いている。
現場のように目立つ仕事ではない。
だが、その仕事が止まれば会社は止まる。
「私しか分からない状態をつくらないようにしています」
そう語るのは、総務を担う堤由香だ。
かつての堤は、「自分でやった方が早い」と、一人で仕事を抱えるタイプだった。
しかし、困った時には助け合い、何事もオープンに共有する明誠の風土の中で、堤の働き方は変わっていった。
そして今、堤は“仕組みを整える人”として、
人と人をつなぎ、業務が止まらない流れをつくっている

第1章 偶然が連れてきた、新しい人生
すべては、一枚の紙から始まった。
当時の堤は、別の職場でパートとして働いていた。
子育てが少し落ち着き、
「そろそろ正社員として働くことも考えようか」と思い始めていた頃だった。
長く仕事から離れていた期間もあり、ブランクへの不安もあった。
そんなある日、
建物の前に貼られた一枚の紙が目に入った。
「あれ、求人だ。」
それが株式会社明誠との出会いだった。
「事務ならいけるかな、って。ちょっと舐めてましたね。」
建設業界で働いた経験はなかった。
学校卒業後は教育関連企業で教材制作やデザインを担当し、
その後はWebサイトの構築や運営にも携わってきた。
結婚・出産を経て、一度は仕事から離れ、
クリーニング店の受付なども経験している。
だからこそ、久しぶりの挑戦には、不安もあった。
年齢、ブランク、事務経験の不足。
それでも、思い切って面接を受けた。
「ダメもとでした。」
本間社長に会った時の印象は鮮明に残っている。
「いい意味で、建設業っぽくないなって思いました。」
柔らかな雰囲気の青年社長だった。

第2章 事務所には誰もいなかった
入社してまず驚いたのは、事務所の静けさだった。
現場のスタッフは朝から現場へ向かう。
社長も外出していることが多い。
気づけば、事務所にいるのは自分一人だった。
「え、誰に何を聞けばいいんだろう。」
これまでの職場は、常に周りに人がいた。
分からないことはすぐに聞ける。
困れば相談できる。
それが当たり前だった。
しかし明誠は違った。
もちろん、冷たいわけではない。
LINEを送れば誰かが答えてくれるし、現場の人も話しやすい。
それでも日中はそれぞれの持ち場にいるため、自分で判断する場面が多かった。
特に難しかったのは、お金の流れの把握だった。
請求書の発行、入金確認。
建設業では、工事を複数回に分けて請求することも多い。
「これ、何回目だっけ?」
「全部でいくらの工事なんだろう。」
分からないことがあるたびに、データを一つずつ開いて確認した。
通帳記帳に行き、入出金を追うこともあった。
「これかな、これかな、って探していました。」
引き継ぎが十分ではない業務もあり、日々が手探りだった。
それでも、仕事は止まらない。
少しずつ仕事を覚えながら、目の前の業務を片づけていった。
その頃の堤はまだ知らなかった。
一人で仕事を抱え込むことの限界と、助け合う文化の存在を。
第3章 誰もやらないなら、自分がやる
当時の明誠は、成長の途中にあった。
新しい仕事が増え、会社の体制も変化していく。
請求書、契約書、入出金の管理。
工事後の報告書づくり。
事務所の仕事は、堤が想像していた以上に幅広かった。
一方で、事務所にいるのは自分一人。
仕事は増えていく。
でも、他にやる人はいない。
それが、当時の現実だった。
「あ、じゃあ私がやるんですね。」
頼まれたわけではなかった。
「頼むね」と言われた記憶もない。
ただ、その状況になれば、誰かがやらなければならない。
そして、その場にいたのが自分だった。
仕事が増えるにつれ、パートの勤務時間だけでは回らなくなっていった。
「パートの時間じゃ足りなかったんです。」
このままでは仕事が回らない。
そう感じた堤は、自ら正社員への切り替えを申し出た。
それは、責任感だったのかもしれないし、負けず嫌いだったのかもしれない。
堤は後にこう語っている。
「ここで投げ出したら、負けた気がするので。」
まだこの頃の堤は、「自分でやった方が早い」と考えていた。
人に任せるより、自分でやる。
分からないことは自分で調べる。
そうして、一つずつ仕事を抱えていった。
だが、その働き方は、やがて限界を迎えることになる。

第4章 「無理だ」と思った、その先へ
堤はもともと、「自分でやった方が早い」と考えるタイプだった。
人に教えるより、自分でやる。
任せるより、自分で動いた方が早い。
その方が確実で、効率もいい。
前職でも、一人で黙々と仕事を進めることが多かった。
だから明誠に入ってからも、その働き方は変わらなかった。
仕事が増えても、自分で動く。
分からないことは、自分で調べる。
気づけば、多くの仕事を一人で背負っていた。
だが、その働き方は、少しずつ限界を迎えていた。
象徴的だったのが、DM発送の業務だった。
明誠では、不動産管理会社や建物オーナーへ
ダイレクトメールを定期的に発送している。
パンフレットの手配。
送付先リストの精査。
宛名印字。封入。発送。
一度に発送する数は、7000~8000通に及ぶこともある。
本来なら、梅雨前に届けたい。
雨が降り始めた時に、
「そういえば、あの会社から案内が来ていたな」と思い出してもらうためだ。
しかし、現実はそう簡単ではなかった。
DM作業だけに集中するわけにはいかない。
請求書もある。
契約書もある。
現場からは次々と依頼が届く。
気づけば、発送は夏へ、秋へとずれ込んでいた。
「やってもやっても終わらないんです。」
そして、堤は思った。
「無理だ。」
それは、諦めではなかった。
一人で抱え込む働き方の限界を認めた瞬間だった。
その頃から、堤は少しずつ気づき始めていた。
明誠という会社は、一人で抱え込む会社ではないのだと。
社長の本間は、会社のことを隠さない。
良いことも、困っていることも。
時にはプライベートな悩みも含めて、率直に社員へ共有する。
堤は振り返る。
「社長は全部さらけ出すというか。みんな知ってます。」
困りごとを一人の問題にしない。
だから社員もまた、困った時には助けを求める。
そんなオープンな空気が、自然と会社に根づいていた。
そして、本間自身もまた、仕事を抱え込まない人だった。
必要だと思えば、人に任せる。
新しい講座や資格取得の機会があれば、
「これ申し込んだから、受けてね。」
と背中を押すこともある。
現場のことも、事務のことも、一人で抱え込まず、人に託す。
任せる。
頼る。
支え合う。
その積み重ねが、明誠のチームワークを育んでいた。
DM発送もそうだった。
社長がアルバイトを手配し、現場スタッフも雨の日には事務所で作業を手伝ってくれた。
封筒にシールを貼る人。
パンフレットを入れる人。
気づけば、一人で抱えていた仕事に、多くの手が加わっていた。
「仕事はチームプレーだと思うんです。」
今では、堤もそう考えている。
その思いを決定づけた出来事があった。
年末の夜、自宅でくつろいでいた時のことだった。
ふと、頭にある仕事が浮かんだ。
「あれ、請求書、出したっけ。」
確認すると、重要な請求手続きが漏れていた。
一瞬、血の気が引いた。
資金繰りも決して楽ではない時期だった。
すぐに社長へ連絡した。
返ってきたのは、責める言葉ではなかった。
落ち着いた返答と、解決へ向けた行動だった。
その時、堤は改めて思った。
一人ですべてを把握するのは無理だ。
そして、自分しか分からない状態は危険なのだと。
人は、一人では働けない。
会社もまた、一人では回らない。
堤の仕事観は、この頃から少しずつ変わり始めていた。
第5章 会社が止まらない仕組み
「自分しか分からない状態は、良くないなと思ったんです。」
請求漏れの出来事も、DM発送の苦労も、堤に一つの気づきを与えた。
一人ですべてを抱え込む働き方には、限界がある。
もし自分が休んだら。
もし急に仕事ができなくなったら。
その時に会社が止まってしまう状態は、決して健全ではない。
だから堤は考えた。
どうすれば、誰でも分かる状態をつくれるのか。
工事が決まれば契約書を作る。
管理部門から現場へ引き継ぐ。
請求を行い、入金を確認する。
事務所と現場。
それぞれの仕事が滞りなく進むように、流れを整えていった。
特別な改革ではない。
「ここまでは終わったので、次お願いします。」
そんな日々のバトンタッチを、丁寧に積み重ねてきた。
DM発送も同じだった。
かつては自分一人で抱え込んでいた作業も、
今では他の事務スタッフへ引き継げるようになった。
宛名印刷も任せられる。
封入作業は、みんなで進める。
一人の仕事だったものが、チームの仕事に変わっていった。
請求や入金の管理も、システム上で見える化が進んだ。
誰もが状況を確認できる。
誰か一人の頭の中だけに情報がある状態を、少しずつ減らしてきた。
堤は言う。
「好き勝手やらせていただいてます。」
そう笑うが、その言葉の裏には責任もある。
明誠は自由な会社だ。
だが、その自由は、誰かが支えているからこそ成り立つ。
本間社長がつくる「任せる文化」。
困った時には助け合う風土。
その文化が続いていくように、日々の仕事を仕組みに変えていく。
それもまた、堤の大切な役割なのかもしれない。
派手な仕事ではない。
だが、会社が止まらずに動き続けるためには、誰かが土台を整えなければならない。
今日も堤は、事務所で会社を支えている。
第6章 仕事に「〇」をつける理由
仕事で大切にしていることを一言で表すとしたら――。
堤は迷わず、「えん(縁、円、〇)」と答える。
その言葉には、いくつもの意味が込められている。
一つは、人と人との縁。
現場と事務所。
社員同士。
お客様と会社。
仕事は、一人では完結しない。
誰かから誰かへと受け渡され、つながりながら進んでいく。
だからこそ、コミュニケーションは何より大切だと堤は考えている。
「自分の周りのことしか分からない状態は良くないと思うんです。」
情報が共有されていなければ、分からないことが増え、二度手間も生まれる。
堤は笑いながら言う。
「個人的に、二度手間が嫌いなんです。」
仕事が半分ほど進んだ頃になって、
「実はこういう目的で使いたかったんです。」
と言われることがある。
そんな時は心の中で思う。
――先に言っておいて欲しいな。
もちろん、口には出さない。
だからこそ、必要な情報は最初に共有する。
誰もが動きやすいように整える。
その積み重ねが、会社全体の仕事を円滑にしていく。
もう一つの「えん」は、「〇」。
堤は、中途半端な状態を残すのが好きではない。
「フラフラぶら下がってるのが嫌いなんです。」
分からないことは調べ、確認し、一つずつ終わらせる。
仕事に、きちんと〇をつける。
それが、堤の流儀だ。
人との縁をつなぎ、
仕事に〇をつけ、
会社が円滑に回るよう整える。
「えん(縁、円、〇)」には、そんな想いが込められている。
現場の最前線に立つわけではない。
けれど、みんなが安心して働ける土台を整える。
それが、堤の仕事だ。
第7章 「一人じゃないよ」を、次の誰かへ
朝8時。
堤の一日は、掃除とゴミ出しから始まる。
お茶を準備し、メールを確認する。
退社後に飛び交ったLINEを見返しながら、その日の優先順位を決める。
請求書。
契約書。
入金確認。
現場から届く依頼。
今日も事務所では、仕事が動き始める。
だが、かつてとは少し違う。
今はもう、一人で抱え込むことはない。
必要な情報を共有し、次の人に引き継ぐ。
一人ではなく、みんなで前に進んでいく。
思い返せば、あの日目にした一枚の紙が、すべての始まりだった。
「事務ならいけるかな。」
そんな軽い気持ちだった。
もし今、入社した頃の自分に声をかけるとしたら、何と言うだろう。
少し考えて、堤はこう答える。
「細かくなりすぎないで、って言いますかね。」
そして、もう一つ。
きっと、こうも言うだろう。
――一人じゃないよ、みんないるよ。
過去の自分へ向けられたその言葉は、
これから明誠に加わる誰かにも、そっと受け継がれていく。





